勅使川原三郎 ライヴミュージック&ダンス『天上の庭』

2022年9月16日(金)19:00開演

愛知県芸術劇場 コンサートホール


2022/9/19

 バッハの無伴奏チェロに共鳴するように男女のユニットダンスが展開する。バレエやフィギュアスケートなら抱き上げたりもしていただろう。デュエットというにはふたりは触れ合うことなく、距離感を感じ取りながら、無意識を装って、それでいて反応しあっている。照明はおもに女にあたり、男は影のなかで踊っている。振りはわからないが、気配と息づかいを感じる。見比べながらあわただしく視線を走らせていると、ときおり視界から消えまた現れる。同じ動作はなく、繰り返しのリズムは意識的に避けられているようだ。

 クライマックスに至ってふたりは、やっとパラレルのポーズをとる。つまりそこではじめてユニットとなるのである。コンテンポラリーダンスに分類されるのだろうが、バッハの選曲に違和感はない。現代音楽のほうがふさわしいのだろうが、そうすればさらに難渋なものとみなされ、敬遠されたかもしれない。というかバッハの方にクラシックを超える現代性があったというべきか。少なくとも旋律を超えてチェロという楽器が本質的に根ざしていた舞踊的なものを開示させたと言うほうがいいだろう。コダーイの無伴奏チェロは、選曲センスのよさを感じさせるもので、その孤独な響きが現代舞踊とみごとに共鳴しあっていたように思う。18世紀ならヘンデルの天上の音楽でよかったかもしれないが、21世紀の天国の庭には少なくとも宮廷風の優美はない。

 照明もまた主役となる。見せるための照明ではない。隠すための暗示なのだ。影の存在感が増して、ダンサーを浮遊化させている。暗転もまた照明であるというのは、沈黙もまた音楽だというのと対応する。チェロ一台の自然音だけで場内に緊張をみなぎらせたように、沈黙のふたつの動く影だけでアートとなっている。空間が疎密の波となって揺れ動いている。ダンサーを見ているのか、無化した空白を見ているのかわからないのも、照明のせいだが、たぶん目を閉じていても全身で舞踊を鑑賞しているはずだ。それは聞き取れないほどの鍛え抜かれた息づかいがすでに舞踊だからだろう。目を閉じればかすかに感じ取れる名手の持ち味ということだ。

 黒の衣装もまた沈黙を演出する小道具となる。それが最後には黒の刺繍におおわれた豪華なドレスに、さらには女性のほうはそれと対をなす赤のドレスで登場し、宮廷風あるいはルネサンス風の格調あるゆったりとした動きに空気を染め上げていく。舞台装置はない。シンプルな木製の椅子が15脚並べられている。15人が座るわけではない。登場人物は3人だけで、チェリストが何度か場所を変えて演奏し、ときおりダンサーが次の場を待って、息を整えている。ベネツィアでの練習風景を写した写真がネット上にあがっていたが、椅子が数脚、無造作に置かれていた。大ホールの最前列ではなくてその一脚に腰を下ろして鑑賞してみたいと思った。たぶんそこにこそ、つつましくもゴージャスな現代の「天上の庭」はあったのだろう。


by Masaaki Kambara