川瀬巴水 旅と郷愁の風景  

KAWASE HASUI Travel and Nostalgic Landscape

2023年4月11日(火) ~ 6月11日(日)

広島県立美術館


2023/4/26

 ながらく川瀬巴水の木版画をまとめてみたいと思ってきたがやっと実現した。が旅情をかき立てる。それは現実の旅行では避けたいものであるのだが、風情を呼び起こしている。北斎と広重から続く正統な風景版画の系譜を築いているようだ。薄明の微妙に変化する空気感の表現がいい。山並みに連なる茜色の階調が、心に沁みいる。なかには暗がりの街並みに民家の明かりだけが窓にともるものもある。さらにエスカレートすると、宮島というタイトルは読めるが、目をこらさないと鳥居は見えない。

 浮世絵版画の伝統を踏襲しているが、時代は大きく変化している。大屋根のある日本の古式を写した一枚がある。ひさしから見える暗闇にあかりがともるのは、繰り返し描いてきたものだが、目をこらすと窓のかたちは規則的に列をなしていて、鉄筋と思えるビルから見えるあかりなのだとわかる。寺の大屋根の見える雪景色を背景に三人の人物の立ち姿を描いたものがある。情緒あふれるものだが、地面に引かれた線路のあとから、路面電車を待っているのだとわかる。何気なく添えられた小人物に、背中におんぶをして、子守をする少女が見つかると、時代のもつ気分が情景を豊かにする。

 粗探しにも似た、このような好奇心は、映画で時代劇を見ていて、遠景に煙突や電柱を発見しておもしろがるのに似ている。ガス燈のともる文明開花を写した小林清親からの系譜とみてもよい。京都の名園から借景に高層ビルが見えるのを、隠すのではなくて、時代の反映として楽しむ信条に通じるものだ。伝統はつねに時代の波に乗りながら活性化されていく。それが伝統というものだろう。

 東京生まれの江戸っ子なのに、東京八景を描くよりも、地方の自然を絵にすることを好んだようだ。出世作となった塩原三部作がいい。それぞれのタイトルは、「塩原おかね道」「塩原畑下り」「塩原しほがま」とある。縦長の構図は通常より長く、雄大な自然を縦に切り取ることで、見る者の想像力を刺激する。浮世絵版画よりも水墨画の山水図を思わせ、カラフルであることで、現実感を増幅する。取材をした地方名をたどってみると、近隣には決まって温泉地がある。日本人の心にフィットする癒やしの旅情なのだが、巴水を愛したコレクターのひとりにスティーブ・ジョブズがいたというのも興味深い。


by Masaaki Kambara