絵画のモダニズム

by Masaaki Kambara

目次

原始の教訓モダニズムを読み解くイズムの変遷モダニズムの横暴タブローの歴史絵画の終焉イズムの綱渡り

   絵画を中心に 19-20世紀の美術の思考をたどる。近代絵画史のイズムの変遷は実に論理的で、時に論理的すぎるという側面に出会うことにもなるが、まずはこれまで築かれてきたイズムの変遷史を理解し、その上で批判的に再評価や新発見を加えて美術史を流動化させるという方向性を取りたい。近代の出発はロマン派の台頭からだが、これを語るには前提として新古典主義との対比の理解が不可欠となる。それを経て19世紀の半ばに写実主義の主張がなされ、それを徹底させるなかから印象派が誕生する。印象派によって絵画はいったん崩壊するが、それを再構築するなかでポスト(後期)印象派が生まれ、絵画とは何かという根源的な問いが繰り返される。職業とはならない画家という存在の危うさは一方で世紀末のパリで装飾性を求め、アールヌーボーからアールデコへというデザイン世界に新世界を求めていく。ポスト印象派が突き詰めた形と色の純粋化は、20世紀の美術を開始するフォーヴィスムとキュビスムを生み出す。そして20世紀を特徴づける表現主義に拍車をかける。やがて色彩革命は抽象絵画にたどり着き、形の探求は目に見えないものを描くという方向性を見つけ、フロイトの精神分析に助けられてシュルレアリスムを切り開く。一方で1920年代の都市の時代ではイズムとは無関係に画家の生きざまをさらすエコール・ド・パリを見落とすことはできない。デラシネが芸術家の肖像を確立する。戦前のアヴァンギャルドは未来派、ダダを加えて、絵画のみに終始しない映像やパフォーマンスに活路を見出していく。戦後は舞台をパリからニューヨークに移し、アンフォルメルと抽象表現主義からスタートし、そのアンチテーゼとして1960年代にはポップアートが、さらにはその俗的なイメージを払拭してミニマリズムや概念芸術が叫ばれる。その後イメージの復権は新表現主義が、スーパーリアリズムやニューペインティングというかたちで循環しており、その後90年代のシミュレージョニズムからネオポップというようにひとりの作家の名を出さないでも、その変遷をたどれるようなくっきりとした様式史を設定できる。しかしそれを時代様式として見てよいかというのが、ここからの問題である。10年おきにめまぐるしく交替してきたものは、様式(スタイル)というよりも流行(ファッション)に近い。新しいもののみを最高の価値として受け入れてきたモダニズムの美術史は、半世紀以上も作家活動をする現実の個々の作家にとっては何を意味するのか。すべては世代論として置き換えられる気もする。ピカソのカメレオン的変貌を前にして、キュビスムの作家としてだけではすまされない画家の真実が、美術史の真実とは別にある。 

第1章     新古典主義 

芸術の力近代の胎動ダヴィッドとゴヤ 個のイマジネーションナポレオンの野望新古典主義の美学グロのジレンマ中世か古代か古典主義の選択 

 近代は新古典主義とロマン主義の対立からはじまる。舞台はフランス、ナポレオンの時代で、古代ローマをあこがれ、古典主義を目指す。これが形式美を重視するのに対して、ロマン主義は個性美に目を向け、近代の理念を確立していく。

*以下第1章から第12章までのレジュメについては、この分野の定番である高階秀爾『近代絵画史:ゴヤからモンドリアンまで(上)(下)』中公新書1975から抜粋された。同著はその後2017年に増補カラー版が出版されている。

第3章  写実主義

万国博覧会クールベのレアリスム現実は借用目にみえる通りに描く世界の起源スキャンダル天使は描かない画家のアトリエ写真術との競合バルビゾン派ミレーと日本テーマではなくモチーフドーミエのスナップショットマネの挑戦

 新古典主義とロマン主義の対立をよそに、第三の勢力として写実主義が台頭する。目に見えるものしか描かないという信条から、現実世界に目を向け、主題だけではなく、光学や色彩理論を用いて、絵画の科学として印象主義が誕生する。 

ただの目に過ぎないポストが意味することサンラザール駅印象派をこえる原色主義セザンヌ:埋もれようとする孤高父親の意味ルノワールの立ち位置ゴッホとオランダひまわりゴッホと日本ゴッホとゴーギャンボナール:都会生活のデカダンス 

 目の構造にこだわるあまり、絵画の崩壊を招いた反省は、輪郭線を取り戻し、平面上に世界を構築し、形態を単純化して色彩によって表現性を強めることで、印象主義を乗り越え、20世紀の新たな絵画運動を切り開いていく。


第6章  象徴主義

サンボリスムルドン:浮遊する眼球木炭画の意味発光体目力と自力ムンク:前向きな悲鳴クリムトとウィーンファムファタール(宿命の女)ロダン:あとずさりする情念ブロンズの象徴性荻原守衛のデスペア「女」のサンボリスム

 絵画を純化する動向とは別に、時代の気分を反映した大衆性を基盤にして、多様な都市の繁栄と退廃を映し出そうとする。建築や工芸などデザイン運動とも連動しながらアール・ヌーヴォーの名の下でヨーロッパ全域に広がっていく。

数字の魔力印象から表現へモローの教育論マティス:南仏の光「窓」のシンボリズム地中海的気質小さな地中海ブラマンク:行動する絵画疾走する風景デュフィ:絵画から服飾へルオー:道化と王の孤独マティスとルオードイツ表現主義

 20世紀は表現の時代だ。はじまりはフランスのフォーヴィスムとドイツ表現主義で、色彩革命が目指される。キュビスムは逆に形態革命を目指し、自然を解体して再構築することで確固とした絵画を探求していく。

都市の時代大衆化路線異邦人の悲哀キスリング:亡命とレジスタンスモジリアーニ:モンパルナスの灯日本人画家フジタ:変装したトリックスター戦争画の問題アールデコカッサンドル:大陸的野望サヴィニャック:自虐美の成立

 絵画とは何かを突き詰めていく理論的で純粋な美術運動とは一線を画して、芸術都市パリに異邦人たちが、集まっていた。画家の個々のスタイルを前面に出し、アール・デコのデザイン様式とも対応しながら、 1920年代の都市の時代を生き抜いた。

カトリックとプロテスタントマニュフェスト夢の視覚化キリコ:バナナと彫像バルチュス:巨大な絵ハガキマンレイ:ダダからシュルレアリスムへ遊び心前向きな生産性ダリ:不条理の演出マグリット:デペイズマン(転位)エルンスト:シュルレアリスムの技法ヴェルフリ:アールブリュットの位置づけ

 反芸術をめざすことで、絵画理念を問い直す。見えないものを見えるようにするという絵画の定義を実現するために、夢や無意識の世界に目を向け、写実主義を推し進め、超現実の幻想にたどりつく。絵画だけでなく写真や映像、さらには文学や演劇とも連動した総合芸術に視野を広げていった。

第12章 抽象絵画

ヒトラーの影バウハウスカンディンスキー:翻弄された生涯抽象美の誕生モンドリアン:縁取られた地図国境線水平垂直へのこだわり地図と風景画マレーヴィチ:究極の抽象解釈の多様性音楽への接近写真と建築展示との親和性退廃芸術

 シュルレアリスムと並び、前衛運動のもう一つの柱となる。絵画を色の塗られた平面だとする究極の定義のもとで、単純な幾何学的形態と色彩に還元する。ドイツ、オランダ、ロシアが拠点となって、東洋の書とも連動しながら裾野を広げていく。

アメリカの時代アンフォルメル美術批評とコレクターアートマーケットの拡大影の仕掛人ポロック:重力を超えた暴走抽象的な幻影無重力空間アクションペインティングロスコ:悲しみの共有杉本博司:海は名をもつか視覚をこえた体感

 戦後アメリカ美術はニューヨークを拠点に、抽象表現主義からスタートする。アクション・ペインティングの別名のように、行為の跡形という点を重視するなら、対象化された作品よりも、一体化したパフォーマンスへと変貌を示唆する運動にも見える。


*第13章から第18章までのレジュメは、H.H.アーナスン『現代美術の歴史―絵画・彫刻・建築・写真』(上田高弘ほか訳)美術出版社1995. から抜粋されているが、私の執筆した本文とは必ずしも一致していない。

第14章 ネオダダ

オブジェとアクションラウシェンバーグ:存在と不在のあいだアンデパンダン展河口龍夫の実験闇の缶詰デュシャン:英雄伝説不在の力中西夏之のパフォーマンス「絵画」の問い直し額縁だけのタブローデュシャン伝説再制作レオナルド神話ジョーンズ:抽象としての具象文字と数字消印有効消されたデ・クーニング月の石ダンボールの機能クリスト:パッケージの変容梱包の意味洞窟のたとえ浮世の画家

 国旗や標的など日常ありふれたオブジェを芸術の文脈で読み直すことで、芸術的創作とは何かを問い直す。マルセル・デュシャンの存在は大きく、反芸術の理念が、アメリカに移籍され、次代のポップアートへの橋渡しがなされる。

ポップカルチャーウォーホル:機械になりたい無数に並ぶ壮観ポップアートの哲学イズムを排する思想リキテンスタイン:保守的前衛の成功画商の存在ホックニー:華麗なる同性愛工藤哲巳:檻のなかの自由主義籠の鳥ポップの擬態ライリー:オプアートからの脱皮リヒター:リアリズムの写実とぼかし

 機械により大量生産されたスーパーマーケットのもつ商品に美を見出し、新たな視点が打ち出される。産業革命の先行したイギリスが、ポップミュージックもあわせて、大衆性に基づいたデザイン運動を展開させる。抽象表現主義を脱して、具象的なモチーフを対象にし、フラットな画面を特徴とする。

60年代のイデオロギー表現の変貌ミニマリズム具象と具体コスース:概念のかなたにある不在と実在ジャッド:物を置けない棚を考えるステラ:イリュージョンをへて実空間へレリーフ絵画フォンタナ:タブローからの逸脱セラ:禅宗の教え関根伸夫:穴のある彫刻のぞき込む鑑賞カプーア:闇に落ち込む闇と黒エルリッヒ:鏡と窓の不思議網膜上の絵画

 機械により大量生産されたスーパーマーケットのもつ商品に美を見出し、新たな視点が打ち出される。産業革命の先行したイギリスが、ポップミュージックもあわせて、大衆性に基づいたデザイン運動を展開させる。抽象表現主義を脱して、具象的なモチーフを対象にし、フラットな画面を特徴とする。

第17章 新表現主義

1980年代生むから生まれるへバスキア:ニューヨーカーの意識と無意識黒人文化落書き絵画(グラフィティ)ネオの矛盾「新」という語の欺瞞キーファー:五感に伝わる挑発横尾忠則タブローのゆくえポップミュージック

 ミニマルアートの反動として、再度表現性の強い絵画が、ニューペインティングの名で、開始される。グラフィティと名乗る落書きも大都市を中心に起こり、一度限りのパフォーマンスに美の根拠を求める。絵画を中心にした活動だが、その後のネオポップに時代様式は移行しても、売買可能な現代アートの主流として、絵画形式は維持されている。