塩田千春展:魂がふるえる

2019年06月20日~10月27日

森美術館


2019/7/21

 塩田千春についての情報は、私にとって限られたものだった。最初は泥水に浸かり、のたうちまわるパフォーマンスを記録したヴィデオ作品で、「水浴考」と題した東京国立近代美術館の所蔵品展での小企画だった。次には豊田市美術館での「蜘蛛の糸」という企画展での冒頭、一部屋を使って黒い糸の張り巡らされたインスタレーションである。ともに衝撃を伴って受け止めた記憶に生々しいものだ。

 ワンマンショーを森美術館でおこなうというので、楽しみにしていた。と同時にあの広い展示スペースをひとりで埋めるだけのキャリアがあるのだろうかという心配もあった。しかしそれは私の知らないだけの話だったようだ。海外での実績は、年譜を見れば一目瞭然で、ことにドイツでの評価が高いようだ。今回のメインになるイメージは、赤い糸である。黒い糸と対比をなし生命の発散を意味する。

 大変な仕事量で、展示室内を糸で埋め尽くす。黒い糸ウエディングドレスや椅子を繭のように覆い尽くす姿は、蜘蛛の糸を暗示する。それに対して、赤い糸は運命の絆を連想させ、天に向かって解き放たれる。最後の部屋では赤い糸で天井から吊り下げられた無数のトランクが、インパクトのある情景を生み出していた。すべてが旅行カバンとして使い古されていて、階段状に上昇していく。赤い糸とトランクという謎めいた組み合わせが、いつまでも脳裏に焼き付いている。展示室を通過する時の落下の予感が、不可解を加速する。空港のターンテーブルでは、いつも見かける景色なのに、改めて見直すと、古びたトランクのノスタルジックな叙情性が増大する。

 圧倒的な視覚効果は、舞台演出でも成果を上げたようで、オペラや舞踊の美術スタッフとしての海外での成果も紹介されている。情念がほとばしる劇的効果は、赤い糸が潜在的に隠し持っている能力だろう。多くは天井から吊るされて、抽象性と暗示力が、具体的な舞台装置とは異なったファンタジーの世界へと観客を誘っている。

 絵の額縁や窓やドアなどのフレームも、重層的に並べられると、優れたメッセージを伝えるものとなる。それは世界を眺める装置でありながら、集合すると無数の目のように見えて、開かれた世界をのぞき見る装置という意味を付加していく。逆方向からは無数の目によって監視されているという閉塞感も生まれて、視線は錯綜し、混沌とした世界状況を象徴しはじめる。遥か彼方に目は向くが、いつも閉鎖された壁が築かれているという二重性に、世界の不条理を認めることになるのだ。


by Masaaki KAMBARA