第8章「快楽の園」エデンの園

第710回 2024年2月16

楽園

ボスの現存作品中で最大の、美術史上では難解な謎めいた作品として知られている「快楽の園」という祭壇画について細かく見ていきたい。スペインのプラド美術館に所蔵されている。まずはトリプティークの三連になった祭壇画形式の左翼面の「エデンの園」について話を進めていく(図1)。宗教絵画の中で、楽園の表現が系譜として引き継がれている。キリスト教絵画において、聖書を読んでその中からイメージされるものがいくつか出てくる。パラダイスという語がある。旧約聖書はギリシャ語で書かれて、それをラテン語に翻訳され、次に各国の言語に翻訳された。日本語にも訳されるが、その中でパラダイスにあたるものが、訳しようがなくて、現代に至っている。楽園という語が一番ポピュラーなものとして定着しているだろう。エデンという地名がある。それは楽園と同義語なのか。地上の楽園という概念が出てくると、楽園という概念そのものが拡張していく。旧約聖書に出てくるし、新約聖書にもキリストのことばのはしばしにも出てくる。イスラム教のコーランのなかにも登場する。アダムとイヴという人物も出てくるので、ルーツをたどると今のイラン・イラクあたりにたどりつく。そこが人類の発祥地でかつてアダムとイヴが住んでいた。

図1 ボス「快楽の園」左翼パネル

第711回 2024年2月17

エデンの園

エデンの園はどこにあるのかと探したときに見つからなかった。実際にあったのか、なかったのかすらも定かではない。聖書はどこまでが本当で、どこからが嘘かという話で、旧約聖書については人類の始まりが書かれている。あるいは地球のできかたが書かれている。誰も見てきたことがないのに実際にあったかどうかなど誰も信じないものだろう。それでも伝聞で今日まで至る。楽園はかつてはあったのだが、いつの頃かなくなってしまって、失楽園という語もでてくる。失われた楽園を取り戻す、見つけ出すという流れも、その中に出てくる。古い昔を回顧する、エデンの園はよかったぞというイメージの世界だけで定着している。それが楽園の概念だ。

楽園をめざしていろんな楽園思想が、その後登場してくる。イマジネーションのなかで多くの造形作品が登場してくる。そんななかでボスの描いた「快楽の園」は、楽園イメージの宝庫のようにみえる。それはどういう形で出来上がってきたか。当時のあるいは少し前の楽園の考え方はどうであって、この時代からどんなふうに変わってきたか。これを考えるのにいくつかの大きな出来事がある。

ひとつは1492年というコロンブスがアメリカ大陸を発見した年である。「快楽の園」は1500年前後に描かれたものだろう。新大陸とは何なのか。新大陸の風景が絵になる(図1)。コロンブスが見つけに出たのは、エデンの園を発見するためだった。エデンの園はその段階では地球上のどこかにあるだろうという話だ。楽園をなぜ探すのかというと、楽園では歳を取らないし、病気もしないし、すべてが満たされた宝庫であった。そこでは労働を必要としない。

図1 ヤン・モスタールト「アメリカの征服」1535年

第712回 2024年2月18

労働のはじまり

労働という概念が出てくるのは、そんなに古い話ではない。現在では何らかの形で仕事をしないと食っていけないという考えが植え付けられている。一生勤めをしたことのない人間はまれだ。皇室でさえ給料の対象である。外交をおこなってそれによって給料を得ているということもできる。労働という概念は18世紀にイギリスで産業革命がおこり、そこで賃金労働者が出現し、そこから生まれてくるものだ。これと対になって労働者の進化とユートピア思想があった。ユートピアは楽園思想の典型的なあらわれだった。仕事をする者にとっての楽園をつくろうということだ。それ以前は楽園には労働はなかった。

ブリューゲルの絵の中に「怠け者の天国」というのがある(図1)。それは一種の楽園の姿だ。木の下ででっぷりと太った人間が寝そべっている。口を開けると果実が口の中に落ちてくる。人間が食おうとするのではなく、食い物のほうから人間の口に入ってきてくれる。聖書の書かれている楽園についてもそういうものだった。手掛かりは聖書にどのように記述されているかである。

図1 ブリューゲル「怠け者の天国」

第713回 2024年2月19

創世記

基準になるのは旧約聖書の創世記である。神は6日間をかけてこの世をつくった。光あれと言って光が出てくる。土と水が分かれて陸が出てくる。土をこねて人をつくった。アダムは土という意味だ。そこに命を吹き込んだ(図1)。そこから人類の誕生となる。一人だと寂しいのでアダムのわき腹から女をつくった。それがイヴである。土くれから生まれたのが人間である。そして二人を楽園に置いた。

創世記第2章8節に記述されている。神は東方のエデンに園をもうけてアダムを置いた。東方という語が出てくる。ここが出発点である。東方とはどこかという探求心がその後出てくる。エデンという語の語源も探られていく。もとは「平原」を意味するヘブライ語に由来する。これと同じ発音で意味を異にする語に「快楽」があった。そこから快楽や喜びの意味が派生していく。

アメリカ映画に「エデンの東」というのがある。東のほうにエデンがある。さらにその向こうには何があるのか。アダムはそこに住んでいた。悪魔がやってきて知恵をつける。エデンの園には大きな木が二本あって、一本は生命の木、もう一本は知恵の木である。生命の木には噴水のように水が流れていて、四方に広がっていく。それを食うと永遠の命をもつことになる。知恵の木を食うと知恵がつく。アダムとイヴがいて、イヴがまず悪魔にそそのかされて、知恵の木の果実、一般にはリンゴだとされているが、これをかじる。それによって知恵がついてしまう。なかなかうまいぞということで、アダムにも勧める。知恵がつき悪賢くなってくるので、神は怒り、次に生命の木を食われて、永遠に生きられては困る。それは神になることを意味するので、二人を楽園から追放する。

図1 ミケランジェロ「アダムの誕生」システィナ礼拝堂天井画部分

第714回 2024年2月20

楽園さがし

追放された行先はどこか。アダムは追放後、鍬や鎌を手にするようになる。エデンの園ではそんな道具はなく、労働はなかった。楽園を追われて以降、それは始まっていく。絵画表現ではアダムがスコップをもって土を耕す姿があらわされる。それは楽園追放後の地上での話だ。地上だとするとエデンの園は地上にはなかったのかということにもなってくる。ここがやっかいなところで、エデンの園はどこにあったかという、エデンの園探しが起こってくる。はじめからそれは天上にあったということになれば、だれも探しにはいかない。地上のどこか、目につかないところにあったという発想で、たとえば山をいくつも越えて、やっと行き着くような山頂であると考えられる。しかも平原ということだから、山頂だけれども広がりのある場所が想定される。あるいは行き着けないということから、極楽島のような島も考えつかれる。山や海や島のイメージが羽ばたいて錯綜している(図1)

ヨーロッパ人、あるいはキリスト教徒は、具体的に探し始める。そのなかで東方にあるということから、東に行けば楽園にたどり着くだろう。西洋では東を向いて祈るが、それはキリストが生まれた聖地エルサレムの方向だった。新約聖書はエルサレムでのキリストの行動を書いたものだが、旧約聖書はもう少し東の地域での話だ。現実には今のアラビア半島に流れているチグリス・ユーフラテス川でのことだ。聖書の記述では楽園の中央に命の泉があって、そこから四方に流れができるが、そのうちの二つはチグリス・ユーフラテス川と記述される。他の二つについてはその後の解釈では、ナイル川とガンジス川だという。ヨーロッパ人にはインドの川の源流が、どこからはじまるかはわかってはいなかっただろう。チグリスとユーフラテスにしても、さかのぼるとどこに行くかは、よくわからなかっただろう。二つの川をさかのぼっていくと一か所に交わって、そこが楽園ということになる。それを求めて旅を重ねていった。途中で消えてしまって地下を流れ、下流域で再び地上に出てくるということもあっただろう。ナイル川が出てくると、それらの川が一か所に行きつくわけがない。聖書というものが、でたらめだということだが、彼らはそうは思わなかった。楽園さがしはまだまだ続いていく。

図1「エデンの園」ベリー公の時祷書より

第715回 2024年2月21

東方の楽園

東方だということで、どんどん東に向かうが、一時期はインドにターゲットがあてられた。そこに向かった冒険者の旅行記が残されている。11世紀あたりの話である。さらに世紀が下がると、インドにもなさそうだということで、さらに東に向かう。中国を経由して、やがて日本が見つかる。そこは島で、陸続きのところには楽園はないというあきらめが生まれていた。中国から日本が見えたのだろう。そこで紹介されたのが黄金の国だということだった。様々な尾ひれがついてヨーロッパに伝わった。マルコポーロが中国で日本のことをジパング(黄金の島)の名で聞きつけた。日本がエデンの園になった一時期があったということだ。日本よりさらに東かと思うが、そこには海しかない。日本からさらに向こうに行けば何かありそうだという期待が膨らむ。その後アメリカ大陸のすぐ隣に日本が位置する地図も登場した(図1)

やがて地球はまるいのではないかという情報が伝わると、東に行ってたどり着かないならば、西行きでもエデンの園にたどり着けるのではと考える。西に向いてヨーロッパ人は海を渡り始めた。その時に陸地が見えて見つかったのがアメリカ大陸だった。そこにある島々を最初に見つけたときに、ひとまわりしてインドにたどり着いたと思った。そこから西インド諸島という名があてられ、今も残っている。

図1 ジパング(1544年のアメリカ図より)

第716回 2024年2月22

新大陸のイメージ

楽園が見つかったというコロンブスの情報が伝わっていく。アメリカ大陸で発見した、普通ではないヤシの実であったり、この世のものとは思えないようなものが見つかった。エキゾチックなものを見つけていく歴史が積み重ねられていく。ボスの絵の中に出てくるアダムとイヴの後ろにヤシやシュロに近い樹木が描かれる(図1)。当時のヨーロッパの人たちが目にするものではなかった。楽園を飾る光景として採用された。ボスはその段階では、コロンブスを経て入ってきた新しい知識が反映してこれらの絵が構成されているということになるだろう。

エデンの園の中心に生命の泉を思わせる噴水があって、泉になっていてそこから川となって流れが築かれている。背後には動物がいるが、ゾウとキリンが目立った位置にいる。どちらもヨーロッパにはいないもので、アフリカやインドを旅行する中で見つけ出されたものだ。ボスはそれらを自分の目で見たことはなかっただろう。ただボスの時代にゾウは見世物として、あちこちを移動していたという記録はある。船で運んだのだろうが、ゾウのあまりの重たさに地中海で輸送船が沈没したという記録も残る。エキゾチックな文物が楽園と結び付けられて、ヨーロッパ中に紹介されていった。これらをベースにしながらボスのイメージはできあがってきた。

図1 ボス「快楽の園」左翼パネル部分

第717回 2024年2月23

閉じられた庭

平原という話だが、エデンはだだっ広い野原だった。記述の上からはとんでもなく広い場所だった。たどり着けないような山の上となると、そんなに広い場所は考えられるだろうか。山頂なら雲の上にあるかもしれない。それなら日頃は見えないのではないか。限られた時だけにちらっと見えるような、そういうものがエデンの園に向かう道筋として想定される。普段は見過ごしてしまい、ひそかに入り口があって、そこから入り込んでいくとエデンの園にたどり着けるというようなことも考えつかれていく。

平原でありながら、狭い限られた場所でもあり、エデンの園を描いた絵画を並べてみると、中世では狭い領域を壁で区切ったようなエデンの園が登場する。15世紀の写本では中心部分に噴水があり、命の泉に充てられる。アダムとイヴが二手に分かれて、まわりを壁で閉じられている。庭がありまわりが壁で閉ざされるという概念は、聖母マリアの表現と対応している。聖母のことを「閉じられた庭」という言い方で呼ばれることがある。マリアを庭先に座らせて、受胎告知の絵はそれにあたるが、まわりを生垣が取り囲んでいる。これらは狭い庭だが、これが中世の楽園のイメージと抱き合わされていく(図1)。囲いは堅固で簡単には中に入ることができない。マリアの純潔のイメージを暗示させるものだった。

図1「楽園」1410年頃

第718回 2024年2月24

失楽園

それがやがて新大陸が発見されると変化していく。新大陸のイメージは、巨大で地平線が続くような、広大な原野だった。その段階で楽園そのものがそれに同調していく。ボスのものでもかなり遠くまで見晴らしのきくような、広い区域が想定されている(図1)

楽園探しがひと段落つくところがある。それは地球が一回りされたときで、コロンブスが新大陸を発見した時には地球を一回りしたはずだったが、インドと思っていたのがさらに西に進んでいくと、本来ならヨーロッパに戻るものがそうではないようだ。西海岸まで達して太平洋を望むとどうしようもないことになる。

その後マゼランが世界一周するが、それでも楽園は見つからなかった。その段階で出された結論は、楽園はもうこの世にはないのだということだった。エデンの園は存在しないというのが結論だった。そこから失われた楽園、失楽園という概念が出てくる。その後も本当になくなったのかという疑問視はあった。16,7世紀に描かれた地図を見ると、パラダイスあるいはエデンという地名が見いだされる。

図1 ボス「快楽の園」左翼部分

第719回 2024年2月25

エデンの地図

中世以来ヨーロッパでの地図の描き方にTО図がある(図1)。地球が丸いということは想定されていないが、円盤の中にTという字を書いて、大陸を三つに分割する。ヨーロッパとアフリカとアジアである。これらが交わるとことがエルサレムで、キリストが生まれた聖地エルサレムが地図の中心にある。今の空間意識ではこれを90度回転すると見えてくる。Tの長い縦線は地中海にあたる。炎で燃えているところがあり、そこにエデンの文字が読み取れる。太陽が昇るところという概念だろう。見方を変えれば天上に見えるが、回転させるとアジアの果てということになる。そうすれば日本の位置にみえてもくる。エデンが中世の段階では、アジアの東のはずれにある。北が上という設定はまだない。

世界一周をしたがエデンの園はなかったことから、地上にはないという考え方が浮上する。ないということを納得できない人間は、空中に浮かんでいるとも考えてみる。空中庭園はこれとは別にメソポタミア以来イスラム伝説として登場する。空中にぽっかりと浮かぶ楽園である。空を飛んでいかないとたどり着けない。人間が生きている間は無理な地平でもある。地上にはないということから、空想的な話にするのと、もはやなくなってしまったとあきらめをつけるのとに二分していく。

図1「TO図」1472年

第720回 2024年2月26

楽園から庭園へ

なくなったとすればどうしてかという理由を考える。西洋人は論理的な納得を求める。聖書を読み直して、楽園が失われた可能性を探っていく。そこで見つかるのがノアの洪水という話だった。ノアの箱舟のことだが、この段階で地上に住むすべてのいきものが一掃される。地球上が水浸しになって、何十日も続く。箱舟に入りきらなかった生物が絶滅する。ノアの箱舟に入ったのは、人間ではノアの一家8人と動物のつがいである。船はぷかぷかと浮かんでいただろう。

その段階で地球は水没するので、エデンの園も壊滅したと考えた。そこで探すのをあきらめた。このあきらめたということが次のステップとなる。楽園から庭園へという、ないのなら自分たちでつくろうではないかという発想である。庭をつくるということを、この段階から積極的におこなっていく。自分の身近なところに、エデンの園を人間の手によってつくること、つまり探求から建設へという流れを築いていく。

17世紀は庭園の時代だったという。フランス式の幾何学庭園がでてくる(図1)。この時の庭園のつくり方も、エデンの園をなぞったようなプランが成立する。中央に噴水があって、そこから四方に川が流れていく。これをベースに庭造りがされていく。中央の噴水を挟んで小道が四方に広がる。四つの区画に分割される。

 島の話について。日本は島国だ。日本に楽園が置かれる前に、インドのわきにあるセイロン島が一時期エデンの園だとされたことがある。中国に出てくる神仙思想では、楽園は東と西に分かれた。中国人にとって西は神秘の対象だった。西方浄土という名で仏教思想が根づき、シルクロードを経て、ヒマラヤ山脈を越えていく。仏教伝来はその逆を進んだ。西に極楽浄土があり、山の峰をいくつも越えて、やっと楽園にたどり着くことができた。もうひとつは東を向いて行っても楽園がある。ヨーロッパが東を向いてやってきて、中国人が西を向いて進んだところに両者が出会う地がある。今では石油がわき出す宝庫である。ドバイは現代の楽園の結晶のようにさえ見える。楽園をめぐっていろいろなイメージづくりがなされていって、ボスの作品にも反映していった。

図1 ヴェルサイユ庭園

第721回 2024年2月27

アダムとイヴの結婚

 具体的な細部の記述についてみていくと、中央に神がいて、イヴの手首を握っている。これはエデンの園でまずアダムがつくられ、一人では寂しいだろうからイヴがつくられた。イヴはつくられたばかりで、神は脈をはかるようにして、その動きを確かめているようだ(図1)。場面としてはイヴの誕生ということになるが、そのあとの主題である「アダムとイヴの結婚」ともいえる。神が中央にいてアダムとイヴを引き合わせるようにも受け止められる。手をふたりにあわさせるようなしぐさをもっている。

 イヴという存在をどんなふうに見るか。イヴは確かにアダムのパートナーあるいは分身だった。アダムのわき腹の骨を一本取ってそこからイヴをつくったということなら、女性は男性の一部分だという解釈が成り立つ。けしからんぞということにもなってくるが、キリスト教での考え方である。男性中心の世界観が成立する中での解釈だが、聖書を読み直すと、イヴの誕生にもう一つの読み方ができることに気づく。神がイヴをどこかでつくってもってきたというふうにも取れる。男を土くれでつくったと同じように、女も土でつくり、引き合わせたということになる。

図1 ボス「快楽の園」左翼部分

第722回 2024年2月28

リリスとイヴ

聖書とは異なった創世神話を探ってみると、ユダヤ伝説にいきつく。そこに登場する女性にリリス(リリト)がいる。それはアダムの最初の妻だとされる。この伝説に従うと、神はアダムをつくってのち、これと対等に女性をつくってアダムのもとに連れてきた。彼女はアダムに従わず対等を主張する。アダムを裏切り地上に降りて、悪魔と交わって毎夜にわたって悪魔の子を産み続けた。神はリリスを追い払い、自己主張をしないように、アダムの体の一部から女をつくり、イヴと名付けた。そこではイヴは二番目の妻ということになる。

イヴは貞節な従順な女性ということになるが、その後のイヴの系譜でみると、かなり誘惑者的なイヴ像がルネサンス以降出てくる。ことにドイツのクラナッハなどが描くイヴは、アダムを食ってしまうようなイメージがあり、ヴィーナス像と重なってみえる。ギリシャ神話の人物だが豊饒な美の誘惑者という意味が付加される。ボスの図像をイヴではなくリリスではないかという説も出されている。

イヴの誕生の図像は、ふつうはアダムのわき腹から生え出てくるように描かれる(図1)。ここではそうではなくて、どこかからイヴを連れてきて引き合わせている。イヴの顔立ちを見ると、アダムがそれを見て、美しさに見とれているようにとれる。イヴのほうは伏し目がちで、慎み深くもみえるが、自身の美を誇っているふうでもある。あいまいな感じの表現になっている。解釈によってとらえ方が異なってくる。女性の貞節さよりも女性のもつ性的な力が、男性を誘っているようだ。ウーマンパワーを備えた、誘惑者としての女性のイメージとみたほうが、中央の画面で展開する表現を解釈するにはふさわしいものだろう。

図1 ミケランジェロ「イヴの誕生」システィナ礼拝堂天井画部分