野口里佳 不思議な力

2022年10月07日~2023年01月22日

東京都写真美術館


2022/10/28

 アオムシが空中をゆったりと浮遊している。風景は動かないので静止画だが、よく見ると動いているので動画だとわかる。写真美術館という名称は、現代では拡張されて、静止画と動画をともに許容する映像博物館という語がふさわしいものといえるだろう。

 同じく空中を舞うつがいの小虫がいる。そこにもうひとりがやってきて、ふたりにちょっかいを出す。しつこく食い下がるが、やがてあきらめて立ち去ってしまった。少なくともそういうふうに見えるが、まわりの風景はなんら変わることはない。このように見つめ直さない限りは目に止まらないドラマが、自然界には数多く誕生しては消滅している。カメラがそれを追いかけているからには、そのように男女の愛のトライアングルを見よということだろう。そしてそれは私たちに世界の広がりと狭さを教えて、地球上に生息するものの普遍性に気づかせて安堵することになる。

 今度は同じように静止画を見ているのに、動いてみえてくる。目に見えない不思議な力の存在を感じているのだ。というかそんなモチーフが選ばれている。モチーフは変われども通底しているなにものかがある。指先に小さなキューヴが留まっている。スプーンの先に小さな輪が表面張力のようにくっついている。きゅうりのツルが巻きながら、今にも動き出しそうに身構えている。デリケートな振動をともなう動きが静止画のなかに閉じ込められている。もちろん動画で見せてもいいが、一枚の静止画にとどまった動きの永遠を感じるほうに、写真の魅力を感じ取ることができる。

 風を受けて椰子の木が変形している。それは今まさに暴風を受けている一瞬とも、長い年月をかけて生み出されたかたちの変形ともとれる。どちらをも許容できるのが、静止画の秘密であり、それはあり得ない不可視の力を含んでいる。なぜなら時が止まることなど、現実にはありえないからである。海底を映し出した一枚もよく見ると震えるようにしてうごめいている微生物を感じ取ることになる。


by Masaaki Kambara