映画年代史1980年
「映画の教室」by Masaaki Kambara
第932回 2025年12月27日
デヴィッド・リンチ監督・脚本、イギリス・アメリカ合作映画、原題はThe Elephant Man、ジョン・ハート主演、アンソニー・ホプキンス、アン・バンクロフト共演、アボリアッツ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞、124分。
サーカスでエレファント・マンとして見せ物になっていた奇人(ジョン・メリック)と、外科医(フレデリック・トリーヴス)との交友を描いた感動作である。一般公開をしようとするが、関係機関が許可を出さないことから、興行主(バイツ)はいらだっている。
見せるには刺激が強すぎるとの判断からだったが、腹立ちを奇人に向け、暴行をしたことから、立ち上がれなくなってしまう。助手をしていた少年が心配をして医者に駆け込んだ。
ロンドン病院の外科医は、以前からこの奇人に興味をもっていたが、見ることができないままいた。金を握らせて見せてくれと頼んでもいた。少年に呼ばれて駆けつけ診察すると、入院を必要とするものだった。
興行主は拒んだが、命に関わるもので、死んでしまえば商売にもならないと説得し承諾させる。病院に連れてきて隔離病棟に入れるが、病院長(カー・ゴム)に許可も得ないままの判断だった。
食事をそっと持って行ってやろうとすると、病院長に呼び止められ、手にしていた皿を看護師に頼むことになる。戸を開けると驚いて悲鳴をあげ、料理の入った皿をひっくり返してしまう。それまで布で覆われていた顔を、私たちもはじめて見ることになる。
変形してコブとなった無残な顔だった。背骨も曲がってまっすぐに歩くことはできない。奇人は若い看護師の反応に傷つくが、婦長は外科医とともに平気な顔をして接している。
外科医は学術的関心から、これまでの生い立ちを聞き出そうとする。母親の写真をもっていて、美しい女性だった。象に襲われたのちに生まれた子どもであり、エレファント・マンと呼ばれるようになったが、象のような鼻をしているわけではない。
母親は生まれた息子の奇形を恐れて、姿を消してしまったが、そのことが息子を傷つけたにちがいない。にもかかわらず母の写真を宝物のように持っていた。外科医は知能について知ろうとして、話しかけるが反応は鈍かった。
聞き取りはできるようで、首の動きでイエスなら縦に振ることも理解した。口伝えでことばを暗唱することもでき、初対面のあいさつと自己紹介を、繰り返し練習して病院長と引きあわせた。
覚えさせられたセリフだと見破られ部屋を去ると、奇人が聖書の一節を暗唱する声が聞こえてきた。これも覚え込ませたものだったが、教えていない箇所まで語り出した。外科医は驚いて病院長に伝えると、理解を示し病院での受け入れにはたらいてくれることになる。
医師の間では治療の必要な患者も多く、興味本位からの奇人の受け入れを拒む声も大きくなっていた。治療は不可能なことがわかっているので、病室の無駄遣いとみなされた。外科医は奇人が文字を読み、聖書に親しんでいたことも聞きつけた。
容貌に恐怖され、コミュニケーションにならないことから、ことばのやりとりが閉ざされてしまっていたのである。能力は十分にあった。屋根裏部屋の窓からは大聖堂の尖塔しか見えなかったが、そこから想像力を働かせて、教会全体を模型でつくりあげていた。
奇人との会話が成り立つことが知られ、その存在に引かれて、高明な舞台女優(ケンドール夫人)が見舞いにやってくる。差別なく接する姿に感激して、涙を流して喜んでいる。誘われて観劇にも出かけた。外科医の自宅にも招待され、夫人からも違和感のない自然な対応を受けた。美しい女性から優しくされたのは、はじめてだったと感慨深く伝えている。
女優が見舞いのことを新聞に投稿したことから、話題となりその後も面会が続く。訪問者の誰もが優しく接してくれて、貴人も着飾った衣服をそろえて浮かれている。化粧セットもプレゼントされていた。
奇人とともに外科医も報道されたことから、診察希望者が増えた。そんな外科医を見ながら、婦長は奇人はまたしても見せ物になってしまったと懸念を伝えた。奇人を紹介する学会発表もおこなって、評価を得ており、自分のやっていることは、興行主と変わらないのではないかと悩んだ。
病棟の看守が奇人を使って一儲けしようと、酒場で観客を集めて料金を取っていた。職員の帰った病棟に案内して見せ物にしている。病院から一向に帰ってこないことを憤慨した、興行主もそれに加わっていた。
好機の目にさらされ、興行主に捕まって、奇人はまた心身ともに動揺して倒れてしまう。サーカスに連れ戻され、猛獣と同じ檻に閉じ込められた。興行主に知られないように、仲間のこびとたちが力を合わせて救い出すことができた。見つかったことが病院にも知らせられると、外科医は駆けつけた。
抱きかかえて病室に戻る。奇人を追い出そうとする声を排除するために、病院長は反対派を押さえ込もうと策を練っていた。女王の命を受けた王女がやってきて、エレファントマンに対する病院の対応を讃美する。
親書を読み上げるが、そこでも病院の貢献が讃えられていた。その後、病院長は奇人受け入れの賛否を役員たちに持ちかけると、反対するものはいなかった。奇人に対して、あなたは一生ここに住むことができるのだと伝えられる。奇形を前にした嫌悪感に対して、これでも自分は人間なのだと訴え続けたが、喜びに流す涙は確かに動物にはできない、人間であることを証明するものだった。
第933回 2025年12月28日
マイケル・チミノ監督・脚本、原題はHeaven's Gate、クリス・クリストファーソン主演、ジョン・ハート、イザベル・ユペール、クリストファー・ウォーケン共演、219分。
自由を求めてアメリカにやってきた、移民を排斥する権力に、立ち向かう保安官(ジェームズ・エイブリル)の死闘を描く。はじまりは1870年ハーバード大学の卒業式からである。ブラスバンドを先頭に行進している。
主人公が駆けつけて列に加わると、友人(ビリー・アーヴァイン)は大事な日に女の家に行っていたのかと、遅れたことを非難している。友人は卒業生を代表して壇上に上がり、演説に成功し喝采を浴びた。
この二人が20年後にばったりと、地方(ワイオミング州)のいなか町で再会することになる。この地方には多くの移民が列車で押し寄せていて、先に住みついた住民への盗みが絶えなかった。主人公は知事から保安官として任命され、移民と親しく接していた。
ことに牛泥棒については厳しい処分がされ、射殺された者さえいた。畜産協会のリーダー(フランク・カントン)が急先鋒で、移民に弾圧を加えはじめる。主人公の旧友もこの会に属していたが、移民には寛容な対応を主張することで、他のメンバーから白眼視をされていた。
一人うなだれていたところに、主人公が現れて、顔を見て驚く。ふたりはともに裕福な家庭に育ち、名門の大学ではリベラルな考え方を身につけていた。主人公は40歳代なかばになっていたが、独身を通している。
なじみの娼婦(エラ・ワトソン)がいるようで、深い関係をもっていても、結婚に発展していくものではなかった。女は自宅を使って仲間たちと、娼婦の館を経営していた。女に言い寄るもう一人の男(ネイサン・チャンピオン)がいた。
畜産協会に雇われるガンマンであり、最近の牛泥棒を射殺したのもこの男だった。女は愛されてプロポーズされ、二人の男の板ばさみになる。主人公からは料金は取らないが、この男からは料金を支払うまでは思い通りにさせなかった。女の気持ちを察すると、男は主人公に強い敵愾心を燃やしている。
プロポーズされたことを主人公に伝えて反応を見るが、結婚するつもりはないようだ。それなのに女を誘って、この土地を離れようと持ちかける。誕生祝いに馬車を贈っていたのもそのためだった。女は土地も自宅もあると言って、誘いには乗ってこない。
畜産協会は移民の殺害計画を立てていた。数十人の傭兵を雇って、リストアップした125名の移民を抹殺する許可を、大統領にまで求めていた。そこには娼婦の名前も挙げられている。
密かに鉄道で傭兵がやってくる。不気味なコートを着た騎馬集団である。主人公となじみであった駅員は、連絡のないままの列車が通過したのをあやしみ、探りを入れるが見つかって、情け容赦もなく殺害されてしまった。
手ごわい相手が来ることから、主人公は危機感を強めていく。移民たちが集会場に集まったとき、結束を固めようとして、手に入れることのできた、人名リストから氏名を読み上げた。該当者は名前を聞くとおびえている。移民の人種はさまざまだったが、共闘の輪が築かれていく。
激しい死闘がはじまった。全体に長すぎる映画であるが、ことに戦闘場面は、敵味方が入り混じって判別できないほどだ。迫力に満ちた映像が続き、多くの仲間が命を落とした。主人公の恋敵も、もとは雇われの身だったが、委員会のやり口に反旗を翻して、娼婦の館にこもって権力に立ち向かった。
火を放たれ出てきたところを銃撃された。主人公と娼婦は生き延びて、殺害された男を弔っている。死を前にしてメモ書きを残していて、娘への愛と主人公への友愛を連ねていた。反発しながらも、主人公に友情を感じ取っていたことを知る。
家を失い女は主人公とともに旅立つ決意をするが、家を出たところで待ち構えていた敵に射殺される。付き添っていた仲間も犠牲になるが、主人公は反撃をして生き延びた。
場面は変わり静かな海に浮かぶ客船に乗って、遊ぶ主人公の姿があった。豪華客室には着飾った主人公と、初めてみる美女がソファに寝そべっている。何の苦労もなく、優雅に日々を送る財産家の、歳を重ねた素顔としか見えないものだった。
映画名の「天国の門」とは何なのか。娼婦の館につけられた名称というには、あまりにも頼りなげなものだ。自由を求めてアメリカにやってきた、移民たちの地獄のような日々とは、対極にある名称だった。
第934回 2025年12月29日
ロバート・グリーンウォルド監督作品、原題はXanadu、オリビア・ニュートン=ジョン主演、ジーン・ケリー、マイケル・ベック共演、96分。
画家志望の若者(ソニー・マローン)が壁面から抜け出した娘に、恋をする顛末を描いた音楽劇。歌と踊りと特殊映像やアニメを網羅した、ファンタスティックな恋愛のゆくえを追う。
オリヴィア・ニュートン・ジョンのパンチのきいた歌唱と、ジーン・ケリーの年輪を重ねた安定感のあるダンスとの、二度とはない共演を楽しむことができた。
ピカソのあだ名で呼ばれる若者は、芸術家になろうとして飛び出すが、食ってはいけず、古巣の広告店に戻ってきた。仕事はレコードジャケットをそっくりに拡大して壁面に写すことだった。雇い主は勝手に原画に手を加えることを嫌って、芸術家はいらないと言う。
そんな壁面に描かれた女性が、抜け出してローラースケートに乗って街を走りはじめた。歩いていた若者にキスをして走り去る。若者はひと目見たその顔を忘れられなくなってしまう。
次の仕事にレコードジャケットを渡されたとき、写真にそっくりの女性が写されていた。誰かを知ろうとデザイナーを訪ねるが、いつのまにか写ってしまっていたと言っていて、はっきりとはしない。手をあぐねていたとき、再度見かけて追いかけていく。
話をすることができ、名前(キーラ)も聞き出した。親しくなると素性が明かされる。自分は人間ではない。ゼウスの娘として神話に出てくるミューズで、9人いる姉妹のひとりだと言った。目的があって送られてきたのだという。恋の手助けをする存在だったが、若者と同じように自分も恋をしてしまったのだった。
若者は町でクラリネットを吹く、老紳士(ダニー・マグワイア)と知り合い親しくなった。今は親のあとを継いで建築業に就いているが、もとは舞台人だった。1945年の思い出が懐古される。愛する女性がいて別れたが、戻ってくると信じて待ち続けた。
老紳士の過去の、栄光を伝えるアルバムを開いて、著名人であることを知り、若者は驚いている。自身を過信したせいでもあったのだろう、女は返ってこなかった。それ以来エンターテイメントの仕事を去っていた。
若者が仲のよくなった女性を紹介したとき、どこかで会ったような気がするとつぶやいている。ひとりになったときに妄想で、別れた女性と、ふたりでダンスをしている。女性兵士のファッションで登場して、数十年の年輪を感じさせるものだ。見ると若者の彼女と同じ顔立ちをしていた。ミューズはこの男のために、使命を受けて送られてきていた。
老紳士はかつての夢を取り戻し、ダンスの興行を思い立ち、若者に共同での運営を持ちかける。若者には資金はなかったが、創作意欲を発揮した。場所は老紳士の手がけた広い建築物が、再利用されることになった。
名称を何にしようと考えたとき、若者の彼女が提案したのは、フビライの頃の中国で楽園として知られたザナドゥがどうかということだった。老紳士は生まれ変わったように積極的に取り組むことになった。
若者は愛の告白をするが、ミューズは恋することができない。使命が終われば戻って行かなければならない。ミューズは新しい事業が立ち上がったことを確認すると、もとの壁面に戻っていった。
若者はそこに辿り着こうとして、壁面に頭から突進する。みごとに壁をすり抜けて、女のいる世界に入り込むことができた。見つけることができたが、このままでは元の世界に戻れなくなることを知らせ、説得をしてあきらめをつけさせた。
若者たちが新しくできた施設ザナドゥに集まって、ダンスに興じているのをよそに、若者は沈んだ顔をしている。老紳士は慰めて、一杯飲もうと誘った。グラスを手に取り、持ってきたウェートレスを見ると、去って行った女の顔をしていた。老紳士はすでにその場にはいない。先に娘の顔を見て、二人だけにしようとしたのだった。若者は笑みを浮かべて、映画は終わった。
第935回 2025年12月30日
マーティン・スコセッシ監督作品、ジェイク・ラモッタ原作、原題はRaging Bull、ロバート・デ・ニーロ主演、キャシー・モリアーティ、ジョー・ペシ共演、アカデミー主演男優賞・編集賞受賞 、129分。
実在するボクサー(ジェイク・ラモッタ)の自伝を映画化したもので、「怒れる雄牛」の異名をもつプロボクサーが、チャンピオンになるまでの話である。興行としての側面を前にすると、大きな力に組み込まれることに抵抗を示すが、強いだけではチャンピオンにはなれなかった。
弟(ジョーイ・ラモッタ)がいるが、兄の非常識な行動には手を焼いている。家庭でも夫婦喧嘩が絶えない。大声を上げてののしりあうのを、アパートの住人たちは聞いている。やがてファイターとして名が知られ、若い娘(ビッキー・セイラー)が現れることで、新しい家庭が築かれていった。
知り合ったとき娘は15歳だったが、その後3人の子どもをもうける。若かったことから家に閉じこもってはいない。男友だちとのつきあいも積極的だった。若くて美人だったことから、主人公は嫉妬深くなっていく。
敵対する相手側の男と酒場にいるのを弟が見かけて、連れ出そうとするが、言うことを聞かず、男たちどうしは乱闘になる。兄が知ればただでは済まされない。
弟は兄嫁の行動について、兄には内緒にしていたが、兄はまちがって妻と弟との仲を疑った。弟の家にまで乗り込んで、殴りつけるに至る。弟にも妻子がいて、叔父の剣幕におさな子たちが唖然としている。
弟は兄には歯が立たず、マネージャーとしての役割を担っていた。興業としてボクシングを取り仕切っているボス(トミー)がいて、双方を呼び出して、警察沙汰になるような乱闘を戒め、仲直りをさせた。
興業主の力は強く、逆らえば試合すらできない。チャンピオンになるためには、挑戦者として選ばれる必要があるが、それも彼らの権限だった。主人公は次々と戦績を重ねていく。
自伝に沿って実際の試合が、日時と対戦相手名を記述して、テレビ画面に再現されている。主人公を演じたロバート・デ・ニーロの鍛えられた身体とアクションに引き込まれる。引退後の太りきった、醜い腹のたるみと対比をなして、同じ人物とは思えない役づくりに感銘を受けた。
興行主の指示に従うことで、チャンピオンになることができたが、同時に負けるようにという指示にも従わざるを得ない。観客が勝敗に必死になるのは、スポーツへの純粋な敬意だけではなかった。賭金のゆえであり、当然そこにはイカサマもあった。賭博に利用されることを、嫌いながらも巻き込まれていく、人間の弱さがある。
チャンピオンになり、名声と富を獲得するが、やがて次の世代にその地位は奪われていく。敗北の指示に従うことで、さらに富は倍増する。邸宅を構え財産を築き、家族も豊かな生活に満足している。
引退後は築いた財産を使って事業を手がける。主人公もまたバーの経営に乗り出した。人前に立って芸人のように、小話をして笑わせている。客を楽しませるエンターテイメントという限りでは、ボクサーの仕事と同じものだったのかもしれない。
オーナーとして、店に出ているときに、若い娘が声をかけてきて、誘いをかける。年齢を聞くと21歳だと言う。友だちもいて、同じように21歳と答えた。彼女たちに仕事を斡旋することになったが、その後捜査の手が伸びてきて、15歳の少女たちをそそのかした罪で、取り調べを受けることになった。
だらしなく太ってしまい、かつてのプロファイターとしての、魅力的な男の素顔は、もはやそこにはなかった。妻も見放して離婚を決意するに至る。子どもたちだけでなく、屋敷が自分の所有になるよう、司法手続きを進めていた。
主人公は財産をなくし、弟の姿を見つけて近づいていっても、知らない顔をして通り過ぎていく。兄に面と向かうと、哀れな姿に弟も、手を差し伸べざるを得なかった。
第936回 2025年12月31日
アラン・パーカー監督作品、原題はFame、アイリーン・キャラ、ポール・マクラーレン、モーリーン・ティファー、バリー・ミラー出演、マイケル・ゴア音楽、アカデミー賞作曲・主題歌賞受賞、134分。
ニューヨークの芸術高校4年間の生活を追った群像劇。学科は音楽とダンスと演劇に分かれている。受験の日に集まってきた若者たちの夢見る表情がいい。受験番号にそって歌唱力や演技力が判定されている。
多くは貧困家庭でありスターをめざし、映画タイトルにあるように「名声」をあこがれた。野望に目を輝かせているなか、親に薦められて引っ張られてきた娘(ドリス)もいる。母親が心配げにながめている。うまくいくと母親のほうが涙ぐんでいる。
男のほうでも消極的で、騒がしいのを好まない者(モンティ)もいて、仲間から離れてひとりいた。集まりを避けて出てきた娘と顔をあわせると、声かけをして親しくなっていく。女はユダヤ人、男はゲイだった。
積極的な女が受験するのに、付き添いできた男(リロイ)がいた。ともに黒人だったが、ダンスの審査をすると、男のほうが圧倒的に優れていた。女は落とされ、受験していなかった男のほうに、急いで手続きを取らせている。女は不平をぶちまけて去っていった。
入学することになるが、学校嫌いであり、教師を困らせている。一般科目として英語の授業も課されているが、学ぼうとはしない。英語の文章を読むことができなかった。
英語の女教師と口論となり、不満から学内のガラスを割りはじめた。退学すると息巻いていたが、学年があがると落ち着いた。四年生になり実力が認められ、卒業後の舞台公演が決まると、英語教師に知らせたかった。このとき教師は夫の入院で心がふさいでいたが、病院を訪れて報告と慰めを伝えた。
タクシー運転手の息子(ブルーノ)が、音楽好きで入学してきた。授業ではクラシック音楽が中心だったが、電子音楽に興味をもっていて、楽器も含めて電子機器を持ち込んでいた。地下室に運び込まれて、孤立してヘッドフォンをつけて自分の世界に入り込んでいる。
仲間たちと楽器演奏をすることもなく、父親は心配してタクシーにスピーカーを設置して乗り込んで、息子の作曲した曲を大音量で流しはじめた。聞きつけた生徒たちが集まってきて、ダンスの輪が広がっていった。
息子は自作が認められたことを喜び、父親も息子を誇ってみせた。これをきっかけに女友だちもできて、父親も遠巻きにその姿を見て喜んでいる。歌唱力のあるプエルトリコ娘(ココ)だったが、四年生になったときに、アクシデントに見舞われてしまう。
歌を聞いたという音楽関係者が声をかけてきた。魅力的な契約話を持ちかけて誘う。娘は期待に胸を膨らませて、事務所を訪ねる。映写機がセットされ、撮影がはじまるが、やがて衣服を脱ぐよう要求された。
スターを憧れる若者をねらった悲劇は少なくない。甘い誘いも卒業を間近にすると横行する。慎ましい男女のカップルも長続きはしなかった。娘には一年生のとき、憧れの上級生がいて、カリフォルニアでの仕事が決まり、メジャーデビューが約束された。
娘は遠くから眺めているだけだったが、視線を感じたと思い込んで声をかけた。今後の活躍を期待すると伝えるだけの話だったが、忘れられないでいた。学年が上がると、別の男(ラルフ)に目移りをする。はじめの男の前で、演技上だったがその男とキスをする。
演技練習にしては気持ちがこもりすぎて、いたたまれなくなった男は、二人を残して去って行った。去り際に鍵を置いて出て行ったので、長らく愛の巣になっていた部屋だったのだとわかる。三角関係ではあるが、男同士の向上心は落ち込んだときに、優しく手を差し伸べてやっていた。
この3人がカフェにいるときに注文を取りに来たウエーターの顔を見ると、憧れの上級生だった。女は驚くがカリフォルニアではうまくは行かずに戻ってきていた。スターになるには、もっと上があるのだと思い知らせる出来事だった。
確執も伴いながらも、4年間の成果として、見ごたえのある卒業発表会につなげて、映画を締めくくった。人種の坩堝であることも一因ではあるが、まだまだアメリカならではのショービジネスは健在で、ヤングパワーが炸裂している。
第937回 2026年1月1日
ヤノット・シュワルツ監督作品、リチャード・マシスン原作・脚本、原題はSomewhere in Time、クリストファー・リーヴ、ジェーン・シーモア主演、ジョン・バリー音楽、サターン賞衣装デザイン賞・音楽賞・ファンタジー映画賞受賞、103分。
じつによくできた話である。この映画の見どころは冒頭にある。若いころに愛を交わした恋人が、急に姿を消した。探し続けて老人になり、死にまぎわになってやっと見つけた。
声をかけていくが、相手はキョトンとしている。なぜなら二人が出会うのはそれから8年後のことだからである。これはネタバレにあたるが、たぶん何のことを言っているのかわからないはずだ。
タイムスリップする事で、不思議な恋愛体験をすることになる若者(リチャード・コリアー)の話である。主人公は大学の劇団で戯曲を書いている学生だった。評判を呼んでまわりから称賛されている。
ひとりの老女が現れて感激したようで、真剣な表情を浮かべて、手を握りプレゼントだといって、懐中時計を渡して立ち去った。1972年のことである。別れ際に戻ってきてと、謎めいたことばを残したことから、この後も気になっていた。
8年後、主人公は劇作家となり活躍している。スランプに陥り、旅行に出るが、途中「グランドホテル」を通り過ぎる。建築の外観が目を引いて引き返し、宿泊することにした。学生時代から一度泊まってみたいと思っていた。部屋からは湖が見える。
ホテルの歴史を展示室にしてあって、そこで魅力的な女性の肖像写真に出くわす。気になって調べると、有名な舞台俳優(エリーズ・マッケナ)だった。このホテルでの公演後、女優を辞めてしまい、姿を消してしまったのだという。
何があったのかが気にかかる。失踪の理由を知りたくて、さらに探っていくと、謎めいた事実がわかってくる。評伝を書いた作家にも会いに行き、話を聞こうとするが話したがらない。
主人公の直感は、8年前に出会った老女が、この女優ではないかと思っていた。その後、図書館で雑誌の記事から、女優の生前最後の写真が掲載されていて、8年前の老女であることが確認できた。
老女からもらったのだと懐中時計を見せると、作家は驚き女優が最後まで身につけていたものだと証言した。それなら時計を手放した8年前に死んだということになる。作家はさまざまな遺品を集めていた。そのなかに「時間旅行」と題した書物があり、主人公の出た大学教授(フィニー)が執筆したものだった。
手がかりがつかめるかと、教授を訪ねる。タイムトラベルはできるが、まわりに現代のものは遠ざけて、集中して自己催眠をし念じなければならない。秘訣を聞き出すと、ホテルの部屋にこもって1912年の環境をつくりだす。
当時はやりのスーツを仕立て、古銭を集める。何度も失敗を重ねたが、やっと成功して、同じホテル内だが様相が変わった。女優の名を伝えて探しまわることになる。
見つけ出したのは湖畔を散歩している姿だった。怪しまれるが食い下がって話しかけていく。このとき女優は、あなたでしたかという、すでにどこかで会っているような、謎めいた返事をしたのが気にかかる。
マネージャー(ロビンソン)が現れて二人を引き裂き、その後も監視を続けていく。5歳の頃に才能を見出され、この男の指示に従って、女優として大成することができた。男は予知能力に優れ、娘にまだ見ぬ男性が現れて、身を持ち崩してしまうことになるのだと恐れていた。
女優は主人公を運命の人だと確信しはじめていく。主人公もまた同様だった。当時の宿泊者名簿を見つけ出して、ページをくっていくと、女優の名が見つかった。その少し下の欄に主人公は自分の名前も書かれているのを見つけだした。
マネージャーはならず者を雇い、主人公を縛りあげて閉じ込め、女優と引き離そうとする。ホテルでの公演を終えて、劇団は次の地へと向かった。主人公が拘束を解いたときには誰もいなかった。
落胆していたときに、女優は走り帰ってくる。一行から逃れてきたのであり、それ以降行方不明になったという事実を裏づけるものだった。ふたりは離れない覚悟をして、行動を共にする。
幸せななかで、主人公は胸ポケットからコインを出したとき、見ると1979年の刻印をもっていた。現代のものは処分したつもりでいたが紛れ込んでいた。とたんに主人公は闇の中に吸い込まれるように、女優の前から姿を消してしまった。
目を開くと現代に戻っていた。もう一度ベッドに横たわって念じるが、過去には戻れない。何日も部屋に閉じこもり、落胆し憔悴しきった姿で、親しくなっていたホテルのボーイ(アーサー)に発見される。ぼんやりとした霧の中で、二人の男女が再会するのが見えた。
主人公は女優を主役にして戯曲を書くと約束していたが、女優の答えはあいまいで、二人でいる幸せに浸りきっていた。そして突然男は姿を消してしまったのである。老齢になって死を前にしてやっと見つけ出すことができた。
男は昔のままで歳を取らないでいた。自分のことは、わかってもらえないと諦めながらも、帰ってきてほしいと謎めいたことばをつぶやいていた。そして確かに愛する人は帰ってきたのだった。時のいたずらに翻弄された、悲恋の哀愁にため息をつくことになる。
ラストシーンは霧の中での再会を描いているが、主人公は命を落としたわけではない。彼女との約束はみごとに果たして、彼女を主役にした物語を書き上げた。それがこの映画ということなのだろう。
第938回 2026年1月2日
クリント・イーストウッド監督作品、原題はBronco Billy、デニス・ハッキン脚本、クリント・イーストウッド主演、ソンドラ・ロック共演、116分。
カウボーイの曲芸一座(ワイルド・ウェスト・ショー)が、みごとな技を見せている。座長(ブロンコ・ビリー)は厳しく、メンバーが給料に文句をつけると、とたんに腹を立てて雨の中でも、全員を集めて説教をはじめる。やり玉にあげられた男は、ベソをかいて全員の思いを代弁しただけだと言い訳をしている。
みんなボスのおかげで立ち直ってきた連中だった。金儲けは眼中になく、子どもたちが喜ぶことを第一に考えて、活動を続けてきた。料金を取らないショーも少なくなかった。
ガラガラヘビの蛇使い(ビッグ・イーグル)と投げ縄での鮮やかなパフォーマンスのあと、ボスである主人公の出番となる。拳銃の名手であり、抜き打ちを得意として、馬に乗って登場する。アクロバットでの乗馬も見せ場になっている。
若い娘が助手として紹介され、投げあげる皿を連続して撃ち抜く。手足を拘束され、まわる車輪に乗せられた助手に向かって、ナイフを投げつける芸もある。目隠しをして投げることになると、恐れをなして助手は長続きしなかった。
並行してもうひとつ別の事件が進行していた。大金持ちの娘(アントワネット・リリー)がいて、父親の遺産相続人になっていた。母親はいたが血のつながりはなかったということだろう。ただしある年齢までに結婚することを条件としていた。好きでもなかったが、そのことだけに男(アーリントン)を見つけて結婚をする。
新婚旅行に出ると、男は喜んで期待するが、女はからだに触れさせようともしない。腹いせに男は金目のものを、荷物ごと盗んで逃げ去ってしまった。女は一文なしになってしまい、連絡をしようにも電話代もない。
そのとき小銭を借りようとして声をかけた相手が、主人公だった。若くて美人だったので、ちょうど助手がいなくなっていたことから目をつけた。素直ではなかったが、射撃の腕前はもっていた。
言われた通りにしないで、カウボーイの悪口を言ったとき、短気な主人公は腹を立てて追い出した。ワゴン車を含めて何台かの車での移動だったが、放り出された女を憐れんだ仲間が、後続の車に乗せてやっていた。
主人公は町で、小切手を現金化しようとして銀行を訪れたとき、銀行強盗に出くわした。子どもを殴りつけたのを見て、憤慨すると射撃の腕前を披露することになった。強盗一味はまたたくまに一掃され、支店長は感謝を述べている。
女が町に出たときに、新聞の一面を見て驚く。自分は死んだことになっていた。財産家の娘が殺害され、夫が財産を持ち逃げしたという記事だった。夫は見つけ出されるが、そこで財産を管理する弁護士(エドガー)にそそのかされた。
弁護士は相続する娘の義理の母(アイリーン)と恋仲になっていて、財産を横領する策を練っていた。夫には妻の殺害は心身を喪失した上での、突発的なアクシデントとすることで、刑を免れるよう画策した。
娘は自身の身分を隠して、サーカス一座に同行するが、傲慢と思っていた主人公の人格に、しだいに惹かれるようになっていった。この女が一座に加わってから不運が続き、疫病神だと言って追い払おうという声もあったが、主人公もまた手放したくなくなっていた。
主人公は娘を相手に生い立ちを語り出す。自分はもとはカウボーイではなく、ワンルームの家に育った都会人だった。靴を売り歩くセールスマンをしていたが、カウボーイをあこがれてこの道に入ったのだと言う。
娘も主人公の人となりを知りたがった。結婚をしているのかという問いには、一度だけしたが、親友との情事を知り射殺した。なぜ親友のほうを殺さなかったのかという答えは、親友だったからというものだった。
長期の服役の間に、刑務所で知り合ったのが今の仲間たちだった。それぞれは前科者にはちがいないが、極悪非道な者は一人としていなかった。公演先には病院や施設も含まれ、毎年のように無料で慰問をしてまわっていた。
投げ縄の名手(レオナード)に娘は質問して、父親から学んだのかと聞く。父親との関係は劣悪で、主人公から教わったのだと答えた。この男が酒場での乱闘のあと警察に捕まり、ベトナム戦争での脱走兵だと判明した。主人公は救いようがないと匙を投げ、脱走兵は銃殺だと通説を言い放った。それでいて保安官に話をつけ、仲間を救い出すことになる。
銀行強盗を退治したことをマスコミに報道されると、取材を借りて公演の宣伝ができた。そのために観客動員がされ、入場料収入が期待できた。テントを張っての仮設舞台だったが、事故で火災を起こしてしまい、テントが焼け落ちてしまう。
落胆して最後に下した結論は、列車強盗だった。ボスは決断するとあとには引かない。娘は反対して資金は自分が何とかするというが、ボスはまだ給料も払ってはいないのに、何を言っているのかという反応だった。決行するが馬で駆けても列車には追いつけず、失敗に終わった。
テントがなければ仕事にはならない。これまで無料で公演をしてきた精神病院に助けを求めることにした。院長は布を調達してテントを提供することを約束した。
星条旗を連ねた派手なテントが完成した。じつは娘の夫が刑を免れて、ここに収容されていた。一座の中に妻を見つけ出すと、院長に訴えると警察も動きはじめる。
夫は身の潔白を晴らそうとする。前科者からなる一座に身を置いていたことから、妻の立場が危うくなり、FBIの捜査もはじまっていく。主人公はこの女はやはり疫病神だったのだと判断して、仲間を連れてその場を離れた。
それでも女を忘れられずに、仕事に集中できないでいる。苦悶を察した一座の女(ランニング・ウォーター)が、娘に電話を入れる。蛇使いの原住民メンバーの妻で、娘が気を許していた女性だった。
娘は屋敷に戻り、財産を取り戻していた。義理の母に向かっても強く対して、弁護士にも負けてはいなかった。それでいて主人公から追い出されたことに落胆して、大量の睡眠薬を飲んで眠りについた。電話をもらってもうろうとしたなかで話を聞きつけると、カプセルを噴き出して目覚めた。
自分から連絡をしようとはしなかったが、連絡が来るのを心待ちにしていた。求めに応じて公演に駆けつける。主人公は助手を失って、一座の男仲間に代役を頼んでいた。幕が開き、助手の紹介をすると顔を見せたのは娘だった。息のあった演技が観客を魅了している。
第939回 2026年1月3日
コリン・ヒギンズ監督作品、原題は9 to 5 / Nine to Five、ジェーン・フォンダ主演、リリー・トムリン、ドリー・パートン、ダブニー・コールマン共演、110分。
大企業(ロサンゼルスのコンソリデーテッド社)のオフィスビルに勤務する女性たちの引き起こすドタバタ喜劇である。話の展開が軽やかで、テンポ良く進むのが見ていて気持ちがいい。封建的な社会制度に縛られていた、オフィスレディの地位向上をめざす挑戦的な意図が読み取られる。
夫の浮気がもとで離婚をした女(ジュディ・バーンリー)が主人公である。はじめての勤務で戸惑いながら出社すると、課長の女性社員(ヴァイオレット・ニューステッド)が案内してくれた。部長(フランクリン・ハート)は、心という名をもつが心はなく傲慢で、気をつけるようアドバイスを受ける。
課長も昇進のこともあって、その鍵を握っていることから、部長を悪く言いながらもへつらっている。コーヒーを入れるのも、自分の仕事だと引き受けていた。
専属の秘書(ドラリー・ローズ)がいて、肉感的な女性で部長は誘いをかけるが、乗ってはこない。部長室で情事に及んだとき、部長夫人がやってきたこともあった。
海外旅行の計画を立てて、勤務先にまで押しかけていた。長期な休みは取れないと言って、難色を示している。新任の主人公を含めて、部長を嫌う3人が集まって、ストレス解消のマリファナパーティを開いた。
それぞれが部長殺害の妄想を語り合った。銃で追い回したり、窓から突き落としたりしている。ドラッグによりハイになったせいもあり、奇想天外なイメージが羽ばたいた。
次の日、部長はチェアーの背もたれの故障で転倒して、気を失い救急車で運ばれる。故障を直すよう指示されていた秘書が責任を感じて、病院にまで付き添った。
転倒する前にコーヒーを飲もうとしており、課長が用意したものだった。砂糖とまちがって、パッケージがそっくりだったことから、猫いらずを入れたことがわかり、課長は自分のせいだと思い込んだ。
部長の事故を知ると、課長は新任を同伴して病院に駆けつけた。部長は打撲しただけのことだったが、同じ時間に救急搬送されてきた患者とまちがってしまう。刑事がやってきていて、重要な証人だったが死亡したのだった。
ベッドに横たえられた遺体は、すっぽりと布で覆われていた。部長だと思い込んだ課長は、遺体からコーヒーが調べられることを恐れた。隙を見て白衣を羽織って、遺体を運び出そうとする。仲間の二人がその姿を見つけると手を貸した。
トランクに詰めて車を走らせる。課長は重石をつけて海に沈めようと言っている。そんなことをすれば罪は重くなる。甘味料とまちがったというなら罪は軽いはずだと言ってなだめる。自分たちも共犯になってしまうことも恐れている。
途中で白バイに追われて、トランクのようすがおかしいと言ってきた。ドアからのぞくと3人が並んでいて、猫いらずを手にしていたことから怪しまれると、とっさに白衣を着ているのは女医だと言った。
ふたりが誤って猫いらずを飲んでしまったので、病院に急いでいるところだと言い訳をする。警官はそれなら白バイで先導しようと言うと、あわてて発進して逃げ去った。
必要があってトランクを開いたときに顔が見えた。部長ではなかった。まちがって運び出したのだと思い、知られないように病院に戻し、さらには部長の遺体を探し出さなければならない。
遺体は戻したが、部長は見つからないまま、次の日に何事もないような顔をして出社する。部長も出社してきて驚くが、3人はほっとしてことの成り行きを話し出す。
その会話を聞きつけて部長に報告したスパイがいた。日ごろより部長に媚を売っていた部下(ロズ・キース)だった。それを聞いて部長は反撃に出る。打撲による外傷だけではなく、胃から猫いらずが、検出されたのだと嘘をついて、3人を殺人犯として告発すると言っておどした。これを秘書に伝え、自分の言いなりになるよう持ちかけた。
3人の女は結束を固めて、部長を拉致監禁するという暴挙に出る。夫人が海外旅行に出ていて数週間は不在であることから、部長宅に閉じ込めることにする。広い邸宅であり、大声を出しても聞こえることはなかった。
部長がながらく不在なのは怪しまれることから、出勤しているように見せかけ、秘書が代わりにサインをした。3人が力を合わせて見張りをしたが、これまでもサインをまねて代筆してきたことから、思い切った会社の改革にも取り組んだ。
9時から5時までという規則を廃して自由出社にし、交代制を導入すると、成果が現れるようになった。主人公が部長宅で見張りをしているときに、離婚相手が姿を見せた。浮気相手とはすでに別れていて、復縁を迫ろうと考えていた。会社から尾行をしてたどり着いたのだった。
引き入れると2階で人声がした。隠しきれずに見つかると、男が鎖につながれて、監禁されていた。誰だと聞かれると上司だと答える。SM趣味かと顔を歪めると、元妻は否定せずに、復縁を受けつけないまま追い返した。
部長の部下もようすをうかがいに、さかんにやってくる。真相が明かされることを懸念して、フランス語研修だと称して、部長名で長期出張に出した。部長宅を家宅捜査するなかから、不正経理が見つかる。
倉庫に残された在庫を勝手に処分して私欲を肥やしていた。倉庫を確認に行くと確かに何も入っていなかった。その後、部長が反撃に出たとき、在庫品を買い戻し倉庫を埋めることで、不正を隠蔽している。
部長は3人の女を告発するつもりでいたが、会長(ラッセル・ティンズワージー)がやってきて、この部署の成績が20%も伸びていることを賞賛すると、それもできなくなってしまった。社内に託児所も設けていた。会長は部長の功績だとほめたたえた。具体的な説明を聞かれると答えきれず、課長に交代せざるを得なかった。
部長は会長から見込まれて、ブラジルでの海外勤務を言い渡される。不満げであるが、手腕を期待され拒むことはできなかった。3人の女性のその後が紹介されて映画は終わる。
課長は副社長にまで上り詰め、主人公は大企業の社長夫人に収まり、秘書は歌手になって舞台の仕事を楽しんだことを知らせた。部長はブラジル奥地でアマゾネスに襲われて行方不明とのことである。
第940回 2026年1月4日
ジョエル・オリアンスキー監督・脚本・原案、原題はThe Competition、リチャード・ドレイファス主演、エイミー・アーヴィング、リー・レミック、サム・ワナメイカー、ジョセフ・カリ、タイ・ヘンダーソン、ヴィッキー・クリーグラー共演、123分。
ピアノコンクールに挑戦する若者たちの、さまざまな境遇を見比べながら、競争社会の現実を考えることになった。主人公(ポール・ディートリック)は中流家庭の息子だが、父親が熱心に尻を叩いて、一流のピアニストにしたいと思っている。
地域のコンクールで3位だったが、父親は世界規模のコンクール(ヒルマン・コンペティション)を受けさせたい。息子本人は地方で優勝できないのに、大規模なコンペティションに通るはずはないと、自分の実力を冷静に受け止めている。
友人の紹介でピアノ教師の就職も探していた。市の仕事でありこれまでの実績から考えて、応募すれば落ちることはないと言われた。給料も悪くはなく本人もその気になっていた。
最後の挑戦のつもりで、父親の顔を立ててコンクールに臨むことにした。一次審査はカセットによるもので、各地から送られてくる。熱心な母親が娘の代わりに弾いて送ったものもいた。娘は不正に驚くが、そっくりの弾き方ができるのだと自慢している。
主人公は一週間の滞在のつもりで、現地(サンフランシスコ)に入りホテルを予約した。ルームサービスはなく、簡素なものだった。金持ちの黒人(マイケル・ハンフリーズ)はピアノのある高級ホテルに泊まっている。ロシアから来た少女(タチアナ・バローノヴァ)もいる。
ニューヨークからはイタリア系の美貌を誇る青年(ジェリー・ディサルヴォ)も来ていた。曲のレパートリーは少なく、コンクールを足がかりにして、デニーロやパチーノのようなスターを目指していた。
会場にタクシーを乗り付けてやってきた娘(ハイディ・ジョーン・スクーノーバー)が、主人公を見かけて声をかけてきた。誰だったか思い出せないでいると、以前のコンクールでいっしょだったが、ともに落選したことを語ると思い出す。男のそっけない態度に女は不満げだった。
そのあとにやってきたニューヨーク男は、声をかけて自分もコンクールに残っているひとりだとアピールするが、相手にされずあきらめて、やってきた別の娘を誘っていた。
主人公は声をかけてきた娘にそっけない態度を取ったが、本心は気が散ることを避けたいからだった。娘のことはわかっていた。トイレに入って鏡に向かってピアノ以外には目を向けないと言い聞かせた。
娘のほうは熱心なピアノ教師(グレタ・ヴァンドマン)が付き添っていた。豪邸が提供されピアノのある部屋に寝泊まりできた。直前まで練習は欠かせず、環境の整わないものは、賃貸しのピアノルームを時間単位で借りて、追い立てられている。
集まってきた12人はくじを引いて審査の順番を決める。主人公は自分のくじを不利なくじを引いた者と交換してやっていた。はじめに演奏すると映える曲があり、その逆もあるのでレパートリーの少ない者には、ありがたくない方法だった。
このうち6名に絞られ、オーケストラと共演して、ピアノ協奏曲が演奏されることになる。二日をかけての審査で、3人ずつの演奏会が開かれることになっていた。このときアクシデントが起こり、ロシア(ソ連)から来ていた少女に付き添っていた女教師が亡命を企てた。
国家間に緊張が走り、演奏会の延期が決められる。問題が解決しなければ中止の事態も起こる。女教師は大物ではなかったので、大問題にはならないだろうと判断された。著名な演奏家の西側への亡命が続いた頃である。
一週間の延期が決定した。主人公の両親もやってきていたが、長らく滞在することができず帰っていく。父親の健康もすぐれず、これまで無理をして息子を支援してきた。母親は弱音を吐いて息子に相談をもちかける。
市が採用するピアノ教師の面談日が迫っていた。息子は迷いながら出した結論は、コンクールにかけてみることだった。年齢制限(30歳)があって今年が自分にとっては最後であること、二股をかけるとコンクールにも集中できないというのが決断理由だった。
一週間延期されたことを、練習時間が伸びたと言って喜ぶ応募者もいた。主人公は苦しい胸の内を、ライバルの娘に知らせに行く。正直になって心を開くと、たがいの意地の張り合いが消え去った。
二人は夢を語る。どちらかが優勝すれば、その賞金をもって二人で旅に出よう。男も同意してエールを送りあった。本番が来て出た結果は、主人公は二位、娘が一位というものだった。主人公はベートーヴェン、娘はプロコフィエフを演奏した。
パーティ会場から二人して抜け出して、逃避行をするつもりでいたが、二人になったとき、男はあきらめをつけたように、荷物をまとめて帰宅の準備をした。娘は自分が一位になったからだろうと憶測する。
審査はまちがっていて、あなたの方が優れていたとなだめるが通じなかった。あなたが一位ならば、予定通りだったはずだとまで言うが、男の決意は変わらなかった。
ともに賞金を獲得した名誉であるが、一位と二位との間には、天と地の開きがある。優勝者には名声と記念演奏会が待ち受けている。主人公のプライドには、耐えがたいものがあったのだろう。わかるような気がした。
第941回 2026年1月5日
アーヴィン・カーシュナー監督作品、原題はStar Wars: Episode V -The Empire Strikes Back、ジョージ・ルーカス製作総指揮、ジョン・ウィリアムズ音楽、マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー出演、アカデミー賞音響賞・特別業績賞受賞、124分。
帝国軍が反乱軍をせん滅しようとして押し寄せてくる。逃げ延びたのは氷に埋め尽くされた惑星(ホス)である。反乱軍には姫と呼ばれる女性(レイア・オーガナ)がいて、軍を統括している。これとお似合いの貴公子のような風貌をもつ若者(ルーク・スカイウォーカー)がいる。
好対照の荒くれ兵士(ハン・ソロ)がいて、姫に嫌われながらも信頼を置かれている。行動力は人並外れたものがある。上品さはなく姫に対しても、愛しながら高圧的な態度を取り続けた。嫌った姫は若者に寄り添うことで、愛のトライアングルが成立している。
人間の姿をしているこの3人を中心にして、物語は展開していく。これに加えて毛むくじゃらの、ゴリラのような飛行士(チューバッカ)がいる。さらにロボットが2台いて、ノッポ(C-3PO)とチビ(R2-D2)である。
帝国軍を指揮する首領(ダース・ベイダー)は、黒づくめの鎧姿で部下には厳しく、失敗した提督は即座に交代され、情け容赦なく抹殺されていた。さらにその上には皇帝がいて、ときおり登場して指示を与えている。
帝国軍には新兵器が導入され、激しい攻撃が仕掛けられる。地上戦になるとカメ・ゾウ・キリンのようなロボット(AT-ATウォーカー)が現れて、対向する砲弾は跳ね返されている。戦闘機でワイヤーを引っ掛けて何回もまわり、脚を拘束して倒し、爆発させる作戦が功を奏していた。
スピード感あふれる戦闘場面が見どころで、耳元を通り過ぎる飛行船の立体音響が、効果を盛り上げている。映画館の大スクリーンで見なければ、魅力は半減してしまうだろう。
ストーリー展開はエピソード5とあるように、シリーズを途中から見たものには不親切なものかもしれない。ここでは巨大な敵から逃げのびるというのが、基本的な流れであり、わかりやすいものだった。
襲撃を受けバラバラになって逃げ延びるなかで、若者とチビのロボットが、他の4人と離れてしまった。不時着した小惑星で出会った、コビトのようなモンスター(ヨーダ)から、若者は教えを受ける。若者の父親のことも知っていた。
世界を支配するための秘技であり、その力(フォース)を身につける方法が伝授される。正しく用いればよいが、悪に染まれば世界は破滅の道に導かれるのだと警告される。そして悪に染まる誘惑のほうが、圧倒的に多い。
その例として帝国軍の首領のことがあげられる。この秘技を悪の道に利用しようとしたのだという。若者はやがてこの首領と一騎討ちをすることになる。修行をなかばにして、仲間の危機が知らされる。助け出すために中断して、必ず戻ってくると言いおいて出ていった。
姫は兵士とともにいたが、捕らえられた。兵士は旧友(ランド・カルリジアン)を頼って仲間を連れて身を寄せていた。その男も帝国軍には反感を抱いていたはずだったが、首領と取引をして裏切ってしまっていた。兵士は戦いに敗れ、凍結され行方不明になる。
若者は駆けつけて首領と一騎討ちに持ちこむ。光線を放つ刀剣(ライトセーバー)を用いた戦いで、腕を切り落とされてしまった。同じ修行をした同志であり訴えかけると、首領は二人で世界を支配しないかと持ちかけてきた。そして自分はお前の父なのだという、驚くべき真実を打ち明けた。
若者は教えを思い出し、悪に向かう誘惑を否定した。助け出した姫の肩を抱きかかえて、行方不明になった兵士を救い出そうと決意する。精巧な義手が作られて、手首に精密機器が埋め込まれているのがみえる。
次回作につなげるような、未完のままの締めくくりだった。秘技を身につけて騎士(ジェダイ)になり、その重要人物(オビワン)も登場するが、このエピソードだけを見ている限りでは、大きな役割ははたしていないようだ。
第942回 2026年1月6日
ウィリアム・ウィアード監督作品、トム・ホーン原作、原題はTom Horn、スティーブ・マックイーン製作総指揮・主演、98分。
実在のカウボーイ(トム・ホーン)の生涯を追う。インディアン(ジェロニモ)と戦い、勝利したヒーローとして知られるが、後半生は決して幸福なものではなかった。新しい時代についていくことができず、古き良き西部魂を捨て去ることはできなかった。
牛泥棒を防ぐ用心棒として雇われ、ラブロマンスも経験するが、最後は絞首台で命を落とした。不運な男の生きざまをスティーブ・マックィーンが、淡々と演じている。
流れ者のようにやってきた町(ワイオミング州ハガービル)では、主人公の名は知られていたが、あまり有難くは思われていない。ひとりの牧場主(ジョン・コーブル)が声をかけ、牛泥棒に悩まされている現状を伝え、追い払ってくれないかと誘ってきた。
町には連邦保安官(ジョー・ベル)がいて、手荒な争いは嫌っていた。そのために無法者が我が物顔にはびこっている。主人公は引き受けると、ならず者たちの集団に警告を与えている。四人組の犯行に出くわすと、発砲してきたので二人を撃ち殺した。
逃げるふたりは左右に分かれたが、一方は遠方まで馬で逃げるのを、ライフルでみごとに仕留めていた。もう一人は水たまりで落馬したのを見ながら銃を向けて、今見たままを伝えるよう言って逃してやった。
その後も情け容赦なく発砲を続けたことから、恐れられていくが、行きすぎだという声も起こってくる。ことに町中での銃撃戦を目撃した市民には、衝撃的に目に映った。そんなすさんだ光景のなかでの安らぎは、ひとりの女性(グレンドレーネ)との出会いだった。
雇い主に呼ばれた食事会で、振る舞われたロブスターを恐る恐る食べるのを、興味深げに微笑みながら、見ている女がいた。声をかけてきて怖いもの知らずなのに、食い物は恐ろしいのかと笑った。
ハワイ出身の女教師であり、西部にあこがれてやってきたのだという。主人公は海を知らないので、ロブスターははじめてだと答えた。そこから二人の関係は深まっていく。荒くれ馬を調教して女に贈り、二人して遠出をするまでに至る。授業中に馬を届けると生徒たちは、興味深々でふたりをのぞき見ていた。
女と二人でいる時に、襲われたことがあった。主人公は女を守ったが、襲撃相手には女の前でも容赦することはなかった。町の有力者たちは、主人公の粗暴な行動を歯止めにかかる。羊飼いが何者かによって殺害された。少年もまた犠牲になった。
犯人はわからないまま、撃ち込まれた弾丸が主人公の銃のものと、同一だったことから逮捕される。裁判が行われるが、強く否定することもなく、そのまま絞首台に送られることになる。首吊りの手順が細かく指示されている。
最後にどんでん返しがあるのかと思って見ていたが、床が開いてそのまま首が吊るされて映画は終わった。無実の罪だったが、真相はわからないままだった。ノンフィクションなので、史実を歪めることはできない。
愛をかわした女も立ち去ってしまった。映画に華を添えるフィクションだったのだろう。主役を演じたアクションスターが、この年に50歳で病没していることを思うと、映画全体に心なしか、哀愁が漂っているように見えた。
第943回 2026年1月7日
バズ・キューリック監督作品、原題はThe Hunter、スティーブ・マックイーン主演、キャスリン・ハロルド共演、ミシェル・ルグラン音楽、97分。
逃亡した犯人を連れ戻すことで、賞金稼ぎをする男(ラルフ・ソーソン)の話。保釈金を支払わせることによって警察は収入になるのだから、賞金稼ぎの存在は不可欠なものだった。
実在した人物を主人公として、スティーブ・マックィーンが演じ、遺作となった。末期がんと診断されたとは思えないようなアクションを披露して、最後の輝きを放っていた。
捕まった犯人は刑事だと思い込んだが賞金稼ぎであり、これまでの収入を裏付けるように裕福な生活を送っている。結婚はしていないようだが、広い自宅には妊産婦(ドティ)がいて同居している。大型犬も飼っていて玄関に寝そべっている。おもちゃの鉄道も走っている。広間にはいつも仲間が集まってカードゲームをしている。
主人公はジャンパーにジーンズ姿で、裕福な生活を送っているとは思えない。帰宅するとぐったりとしていて、賭け事には加わらない。みんなからはパパの愛称で呼ばれている。身重の女性は学校の教師であり、主人公の仕事とは不釣り合いなものだった。
犯罪をおかした黒人少年を追いかけて、捕まえて連れ帰る。電気機器の修理ができるので、そのまま自宅で便利づかいをして、同居させることになった。トースターやラジオの修理をしている。
少年は盛場にいて白人の客が来ていると聞くと、警察だと勘違いをして裏口から逃げようとした。主人公はすでに裏口に回っていて、扉を開けた途端に、銃を少年のひたいに押し当てた。その後、少年は女のよき話し相手になっていく。
粗暴な大男との格闘もあった。捕えてみると、保安官の甥にあたることがわかった。懸賞金はその都度変わるが、体を張った仕事は割に合わないことも多かった。
6000ドルという大金が、懸賞金として提示されたことがあった。女の出産のこともあって、稼ぎたいと思い、シカゴまで出向く決心をする。追跡を察知した犯人は地下鉄に逃げ込み、銃を構えて人質を取って盾にする。
主人公は列車の屋根に登って、ようすを伺っている。車内から天井にむけて発砲されると、パンタグラフを握りながら、宙づりになって、銃弾から身をかわしている。
驚くようなスタントプレイが続き、犯人は駅でホームに降りて地上に上がり、車を奪って逃走する。主人公もそれを追いかけ、トラックに乗り込む。駐車場でのカーチェイスのすえ、犯人の車は高層階から柵を乗り越えて、川に突っ込んでしまった。車の運転は無謀で、駐車するのに前後の車にぶつけている。
犯人に死なれてしまえば元も子もない。身柄を確保して連れ戻さなければ、懸賞稼ぎにはならなかった。主人公は徒労の末、一銭にもならずぐったりとなって帰宅する。そんなときカードゲームで遊んでいる仲間がいると、腹を立てて追い返したこともあった。
この時は家を空けている間に、女はいなくなっていた。黒人少年が暴行を受けた姿で倒れていた。主人公を逆恨みする暴漢(ロッコ)の仕業だった。学校に連れて行かれたのだと聞き、向かうと教室内で手足を縛られていた。相手はマシンガンを手にしていた。音を聞きつけたガードマンが扉を開くと撃ち殺された。
主人公は逃げ出すと、追いかけてくる。実験室に逃げ込むと、机にセットされたガス栓をすべて開いてまわる。犯人が追いかけて、人の気配にむけて発砲したとき、引火して犯人を吹き飛ばしただけでなく、部屋ごと爆発してしまった。
教室に戻り、女を拘束から開放して車で立ち去る。乗ったとたんに陣痛が起こり、病院に急ぐ。女を寝かしたまま、主人公は受付に伝えて倒れ込んでしまった。医師が車に駆けつけたとき、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
引き返してきた父親に新生児が手渡された。これまで子どもをほしがってはいなかった、主人公に笑みがこぼれていた。取り立てて印象的なストーリー展開ではないが、マックイーンへのオマージュとして、素顔を感じさせるこだわりの一点となった。
第944回 2026年1月8日
マイケル・アプテッド監督作品、原題はCoal Miner's Daughter、ロレッタ・リン原案、シシー・スペイセク、トミー・リー・ジョーンズ主演、アカデミー賞主演女優賞受賞、125分。
14歳になろうとする少女が、大人の男と恋をして結婚し、歌の才能を開花させ成功する話。最後に思い出すのは、貧しい少女時代の家族のことだった。全編にカントリー・ミュージックが鳴り響き、アメリカンノスタルジーに裏打ちされた歌曲が心に沁みる。原題の「炭坑夫の娘」は主人公の作曲した歌曲名である。
炭坑町(ケンタッキー州ブッチャー・ホーラー)の貧しい家庭に生まれた少女(ロレッタ・リン)は、父親からことに愛されていた。8人の兄弟がいたが、かけがえのない娘であり、父親からのプレゼントも、ひとりだけ特別だった。女の子だからと素敵なドレスをもらっている。
この少女に目をつけて近づいてきた男(ドゥーリトル・リン)がいた。父親と同じ炭坑夫だったが、赤いジープを乗り回し、評判は良くなかった。ジープをもつことから酒の密売にも誘われていて、実行していれば仲間と同じように殺されていたかもしれなかった。
そんな男とのつきあいを父親は許すことはない。夜遅くまで家を空けて帰ってきた時は、殴りつけられていた。母親はいたわりながらも、同じ思いで心配していた。二人は情熱にまかせて、結婚を決意する。
男がプロポーズすると、少女は父親に聞いてと答えた。父親に結婚をしたいと許しを請うと、母親に聞いてと答える。母親のところに行くと、父親に聞くようにと言う。埒があかず両親がいっしょにいるところをねらって、ふたりで頼み込んだ。
父親は二つの条件を出すことで許した。娘を殴らないことと、近くに住むことだった。男は誓ったが、ともに約束を破ることになる。殴りつけるのは結婚生活がはじまっても、からだを許すことがないことからだった。年齢を考えれば当然のことかもしれない。
男は炭坑の仕事で終わりたくないと打ち明け、新しい仕事を求めて飛び立とうとしていた。殴られて実家に戻った時は、両親は喜んで受け入れてくれた。父親は手放したくなかったが、娘は男から父親を取るか、夫を取るかを迫られていた。
男は旅立ち、貯めることのできた旅費が送られてきたとき、妻は喜びを隠せなかった。鉄道駅での父と娘の別れが映し出されている。男は林業に携わっていた。大型のトラクターを操作しながら、たくましく働く姿があった。
娘は妊娠をして、次々と子どもを産んでいく。子育てのいっぽうで、歌がうまく、夫が聞きたがり、結婚記念日にはギターがプレゼントされた。結婚式はシンプルで指輪も用意できていなかったことから、妻はいつまでも結婚指輪をほしがっていた。酒場でひとりでいるときは、指輪をしていないことから、酔っ払いから誘惑されることにもなる。
母親から連絡があり、父親の死を知らせるものだった。長らく離れていた実家に戻ることができた。その後、母親は住み慣れた炭坑町を離れ、娘のもとにやってきて、産まれた子どもたちの世話をすることになる。
娘は手がすくことになると、夫の提案を受け入れて、歌手としてチャレンジしはじめた。ギターを手にラジオ局に売り込みに出かける。夫がマネージャーとして手腕を発揮した。
自作の曲「酒場の女」があり、電波に乗って知られるようになっていく。あこがれていたカントリーの有名歌手(パッツィ・クライン)の歌を取り上げると、本人から声がかかり、共演をするまでに至る。ツアーに加わり、濃い化粧をまねると、素朴な魅力に惹かれてきた夫は気に入らなかった。
有名歌手が事故死を遂げると、娘はますます忙しくなり、夫との距離がはなれていく。夫は疎外感から別の女と遊んだりもした。妻の元を去って、肉体労働をすることで、自分を取り戻すと、妻は夫がそばにいてくれる有り難さにあらためて気づくことになる。
夫が戻ってきても、多忙な生活は続き、舞台を前にして歌いたくないと弱音を吐いた。夫は客が待っていると背中を押すが、歌うことができずスピーチで訴え、救いを求めて夫の名を呼んだ。夫に抱きかかえられてステージを去っていく。
夫は妻の同意も得ずに、新居を構想していた。生まれ育った村に似た土地を見つけていた。勝手なふるまいに離婚まで口走るが、寝室をどこにするかの意見のちがいで言い合うと、離婚などにはならなかった。
年輪を感じさせる半生の波瀾万丈に思いを馳せながら、15歳からはじまった女の一生は、まだまだ先は長いということに改めて気づく。母親と負けないほどに子をもうけ、最後は双子の娘を産んでいて、夫が満足げに両腕に抱きかかえていた。孫を知らないまま死んでしまった父親への、娘の悔恨にも思いをはせることになる。
第945回 2026年1月9日
ジョン・ランディス監督作品、原題はThe Blues Brothers、ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド主演、ジェームス・ブラウン、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、ツイッギー共演、148分。
音楽映画としても優れたものだが、それ以上にカーチェイスをはじめ、とんでもないスピードで、シカゴの街を駆けめぐるアクションに圧倒される。開閉式の橋で左右の橋が上がりはじめるのを、発進して橋を飛び越えてしまうのに、まずは驚かされる。
はじまりはずんぐりとしたチビの男(ジェイク・ブルース)が、刑務所(ジョリエット刑務所)から出所するところからである。5年の刑が3年での仮出所になったと言っている。黒づくめの所持品を返されて門を出ると、同じような黒づくめでサングラスの男が待っていた。
パトカーに乗っているが、警官とは思えない。会話から弟(エルウッド・ブルース)だということがわかる。キャデラックではないのかと聞くが手放していて、古くなったパトカーを払い下げで安く買っていた。パトカーなのでエンジンは申し分ない。
二人で向かった先は教会だった。兄は嫌がったが、女性の院長(メアリー・スティグマタ)が出てきて、弟が兄の出所を報告している。そこは二人が育ってきた施設(孤児院)でもあり、口やかましいが恩人だった。
教会の実情を聞くと、5000ドルの税金を納めないと、立ち退かなければならないことを知る。兄はそれくらいはわけがないと思ったが、悪事をはたらいての金はだめだと断られた。
キリスト教の教訓を伝えて、説教を聞くようにと命じられ、別の教会に出向く。黒人の住人たちが大勢集まったなかに混じって、後方に立っていると黒人の聖職者(ジェイムズ・クリオウファス牧師)が出てきて説教をはじめた。
はじめはことばによるものだったが、やがて歌いはじめ、さらには踊りはじめる。信者たちも席を立って、ビートの効いた激しい動きで踊りに同調していった。
はじめは退屈そうにしていた兄は、その光景を見て、雷に打たれたように感銘を受け、バンドだと口走りはじめ、同じように踊りはじめた。体型からは想像もつかない、軽やかなステップに驚かされる。弟もそれに合わせているが、かつては二人が組んで舞台に上がっていたことを予想させるものだった。
車での移動中に交通違反をしたことから、停められて免許証を提示させられる。弟は常習犯で免許停止中だった。振り切って逃げるがパトカーとのカーチェイスがはじまる。名前が知られその後も追われ続けることになる。ショッピングセンターに入ると、ショーウィンドウをなぎ倒していく。大暴れをする撮影は凄まじいものがある。
弟の住む安宿に連れて行かれる。入口に立ったとき、兄をねらってロケット弾が飛んできた。車に乗った女が映し出されるが、何者かはわからない。ベッドしかない狭い部屋に入ると、兄が先に寝てしまう。弟は横で座って寝るしかない。線路脇で窓からは列車の行き交う音が絶え間なく聞こえている。
兄がバンドだと叫んだのは、かつてのバンドを再結成して、5000ドルを稼ごうというものだった。当時のメンバーはバラバラになりすぐには見つからない。欠かせないトランペッターは、今はホテルマンとなって給料もいいので難しいだろうという。
兄弟はホテルに出向き、嫌がらせをする。レストランの案内係をしていたが、客となって入っていく。バンドに誘うが断られると、隣の席の家族客に言いがかりをつける。父親に向かって子どもを売ってくれと言い、さらには妻も売ってくれと、無茶な要求をする。立場を悪くして言いなりになるしかなかった。
カフェの主人に収まっている仲間もいた。店に行くと女主人が注文を聞いた。奇妙な組み合わせだったが、厨房に伝えると主人は思い出したようにやってきて、昔仲間と再会した。5年の刑期だと聞いていたが早かったなと言って喜んだ。こちらは妻が止めるのを振り切ってバンドに加わった。
楽器店にも繰り出し、バンドは結成できたが、問題は仕事だった。仲間には決まっていると伝えたがあてはなかった。すでに決まっていたバンドの名をかたって、会場の酒場に入り込む。正式なバンドの一行が交通事情から遅れたのが幸いして、ステージに立つことができた。
はじめの持ち歌では客は喜ばず、弟はとっさにローハイドを歌いはじめる。客が注目して、次のラブソングも成功した。演奏が終わった頃になって正式バンドは到着した。
オーナーは出演料の200ドルを支払うが、それ以上に飲み代として300ドルが請求される。仲間を先に出発させたあと、小切手で払うと言って、弟が発車の準備をしている車に戻り、そのまま逃げ去った。オーナーは正式バンドの車でいっしょになって追いはじめる。
追手はこれと警察だけではなく、さらに政治団体も加わる。思想的な背景はなかったが、ナチス党の集まりを妨害することになる。ヒトラー万歳と叫ぶ一団を揶揄する集団の側にいたことから、政治組織と勘違いされ実態が探られ、制圧の魔の手が伸びてくる。
次に大きなホールでのコンサートが企画される。こちらも有名バンドに見せかけての、人海戦術の宣伝によるものだった。ブルースブラザーズという有名バンドの名を強調している。ひとり2ドルの入場料を設定しており、5000人収容なので一度でケリがつくはずだった。
バンドのメンバーがそろい舞台上で、待っているが、ボーカルの兄弟が現れない。警察は逮捕しようと、人員を配置している。ギリギリに現れて、何曲かを済ませたあと、舞台地下の抜け穴から出て、車で逃げ去る。
地下道を逃げているとき、女が現れてさえぎり、火炎放射器を放ってきた。これまでも兄をねらっていて、ロケット弾のあとは時限爆弾で、安ホテルを木っ端微塵にしていた。
電話ボックスに入ったときは、起爆装置のスイッチを入れて吹き飛ばしていた。女はあらゆる手段での殺害を企てている。美容室にいて火炎放射器について書かれた本を読む姿が映し出されていた。
女が言うには兄のフィアンセであったようで、裏切られたことからの恨みで、殺害を企てていた。兄はサングラスを外し素顔を見せて、誤解だと真剣な顔をして答える。女が手をゆるめると、突き放しその隙に二人は逃げ去って行った。
パトカーの追跡は数を増していく。振り切って逃げるたびに、パトカーはぶつかり、横転して山のように重なりあっている。パトカーを振り切ったと思ったとき、一群の別の車が現れた。ナチス党の首領が銃を手に追ってくる。
道路工事中という標識を無視して逃げ込むと、高速道路が途中まで建設されていて、兄弟の車が落ちかけた。Uターンして引き返すと、追ってきたナチス党の首領の車が間に合わず、そのまま真っ逆さまになって落ちていった。
逃げ延びた先は、市役所の納税課だった。大ホールでの公演直後に声をかけてきた男がいた。演奏を気に入って契約をしたいと、やってきたレコード会社の役員だった。手付金をその場で受け取ったので、5000ドルの税を支払う事ができる。
支払って受け取りをもらったときに、警察はそこまでたどり着いていた。市役所も派手に破損されてしまった。仲間は警察に捕まり、刑務所内でバンドとしてステージに立つことになる。受刑者たちの熱狂ぶりを映し出し、看守たちも浮かれている。獄中ではあるが、たぶんレコードは発売されることになるのだろう。