【生誕120年記念】五所平之助監督初期作品集 2022年9月13日(火) - 9月30日(金)

『朧夜の女』

1936年松竹大船作品(モノクロ・111分)/監督:五所平之助/出演:飯塚敏子、徳大寺伸、飯田蝶子

30日(金)18:30〜

京都府京都文化博物館


 「ごしょへいのすけ」はアイフォーンの読み上げ機能に従うと、「ごところへいしじょ」と発音している。つまりあまり知られていない人物名だということだ。日本ではじめてのトーキー映画を制作した監督として知られ、「マダムと女房」はその記念碑である。

 本日の「朧夜の女」はその数年後の作で、劇映画としての文法を模索している。今から見ると、あっと驚くような演出は、ことばすくなの説明不足とも受け止められる展開にある。現在では女が急に胸を押さえて嘔吐をもよおせば、妊娠を暗示する常套の文法になってしまったが、ここでは単刀直入に会話によって説明がなされる。ラブシーンをはさむことなく、急に子を身籠るという展開は唐突だが、有無を言わさないところがある。

 主役はタイトルからみると、朧夜の女ということになるが、それよりも重要なキャラクターは、おじさん役だろう。頼りない甥っ子がおかした不祥事をかばう姿は驚くべき着想で、鮮やかに見えて頼もしい。気のいい老舗のだんなという設定だが、悪者を引き受けるところに、これを喜劇として笑わせる人情味あふれる見せ場となっている。

 類型化されたよくある話ではある。まじめでうぶな若者が水商売の女にちょっかいを出され、のぼせてしまいその気になって妊娠までさせてしまった。エリート学生ではあるが、経済力もなく途方に暮れたところを、叔父がひとはだ脱ぐ。この展開がおもしろく悲惨なはずなのに思わず笑ってしまう。一人息子を女手ひとつで育てた母親役の飯田蝶子の演技が際立っていた。

 何も知らないから、自分の弟(息子の叔父)を、いい歳をして何ということをと、責め立てるでもなく、あきれかえって見せる。真実を知っている観客は、それを聞いてクスッとくるのは、知らぬが仏という故事を実感できる演出となっているからだ。嘘の真実を知っているのは、一種の優越感でもあるが、さらにほんとうに嘘なのだろうかと考えると、もっとおもしろいかもしれない。叔父にとっては朧夜の女は昔からのなじみの女でもあったのだ。ほんとうにお前の子なのかと問い詰めるセリフも出てくる。俳優としての飯田蝶子が真実を知らないはずはない。知っていて知らないふりを演じている。だまされているのは、じつは私たち観客のほうだというのが、真実ではある。


by Masaaki Kambara