生誕120年記念 塩谷定好展

2019年8月23日(金)~11月18日(月)

島根県立美術館


2019/10/7

 常設展示の2室を使っての企画である。以前ここで特別展を見て、古い写真のあなどれない表現力に打ちのめされた。それは写真というメディアのこともあるが、その表現力を引き出した写真家の才能がなければ、ただの技術にすぎなかったはずだ。それは油彩画が始まった頃、その後の数百年という技術革新にとっては草分けの頃にもかかわらず、ファン・アイクの才能によって、このニューメディアが芸術の域に達したのと似ている。油絵もそれ以前は、写真と同様、役に立つ便利な道具に過ぎなかった。

 常設展示が特別展と異なるのは、写真撮影ができたことである。以前の感動との再会をカメラに収めることができた。ぼんやりとした暗がりのなかから、くっきりとした光が立ち現れる。人物も多いが、やはり風景がいい。山陰という風土が、悲しげな光の揺らぎに託されている。頼りなげな寒村のたたずまいは、おぼろげな輪郭を通して、わきあがってくる。湯の町の風情が近隣にはあるのだろうが、そんな華やかさはない。湯けむりに覆われるのか、雪に閉ざされるのかは、区別がつかないほどおぼろげだとしても、すっぽりとした空気の厚みが、現実の時間を止めようとする。寂しいのに温かい、背反した夢幻の奇跡が実現する。箱庭のように小さく、人の営みが、屋根の連なりに反映する。小宇宙は、カメラのファインダーのなかで、無限に拡大していく。

 島根と鳥取とは、そこに住みつかない者には区別がつかない。塩谷定好は鳥取のひとだが、島根県が精力的に紹介してきた。今回の島根での常設展を尻目に、鳥取でも特別展を予定しているようだ。日本海に面して北に海をいただく同質の風土を、二分することはできないだろう。自然発生的に塩谷定好の評価が高まってきたのなら、鳥取県立博物館での企画を見比べてみたい気がしている。写真は決して複製ではない。


by Masaaki KAMBARA