む す び

様式と流行/イズムの二項対立/文明の終焉/ミュージアムの思想

第240回 2022年5月5

様式と流行

現代美術の節操を欠いた変貌を、それを支えるイズムの論理で読み解くという作業は、困難であるがゆえにチャレンジ精神を加速するものである。交通整理をめざしているが、一方でなにか大きな掌の上で遊ばされている印象も否めない。十年単位の小刻みな推移は為替相場の変動にも似ている。予想がつかないことを偶然と称するが、偶然を装わせる神の手にも似た、不可侵の誘導の影をどこかで感じてもいる。早めに同舟しようというあさましい気分が様式を生み、潮流となって大海に注ぎ込んでゆく。

たぶんそれは「様式」といわないほうがいい。様式は美術史の用語だが、経済用語でいえば「流行」というほうが適切か。いっさいは芸術学の問題ではなく経済学の問題で解決させるというプラグマティズムはあるだろう。しかし少なくとも巨匠となる以前の若き日の才能の純粋無垢を夢想して、その純潔をスターダムにのしあげるマーケットを、社会構造として理解するのが現代的ではある。現代アートが地域活性に一役を担うからこそもてはやされもする。地域がアートを利用するのか。アートが地域を利用するのか。

打算と無垢が交差する世界で、俗にまみれないでいてくれと願うには、スターターの頃の野心に立ち返るしかない。とすればモダニズムが讃えた新陳代謝を新人発掘に求める以外にはないということか。アトリエでふんぞり返っている巨匠の末後を思い浮かべるにつけそう思うのだ。純粋をめざすピュアな魂のありかがモダニズムの歴史を支えてきたことは確かだ。しかし野心という限りはそれが満たされれば、やはり大きな力に組み込まれてしまう。満たされない野心と没後に評価を得る確心が美術史の良心だった。

 あとに残るか残らないかが大きな問題だろうか。あるいはあとに残すか残さないかが大きな問題となるのか。美術館が牽引したこれまでの芸術概念が大きく転換を迫られてきていることは確かである。収蔵という概念と展示という機能の矛盾を教えてくれたのは、洞窟壁画の発見からであった。しかし多くの洞窟は閉鎖され、もとの眠りについている。壁面をはぎ取ったり断片を略奪して美術館に収蔵してきた美術鑑賞のありかたは、鉄格子をへだてて猛獣を見る動物園とともにモダニズムを支えてきた。やがては自然界には存在せず、動物園にしか生息しない品種が誕生することが考えられるとすれば、美術館の壁面にかかったタブローは、まさにそういう品種だったのだろう。

侵略で見つけ出され、戦乱で忘れ去られた文明の断片を成果として並べあげる。美術館はそういうシステムであるが、そこに生息する英知は、オリジナルを管理するコンセルバトゥールと文化を仕掛けるキュレーターがスクラムを組む。田中一村(1908-77)や高島野十郎(1890-1975)を見いだし世に送ることのできる発掘現場をいとおしく思いながら、いまだ埋もれたままの才能に思いをはせてみる。新陳代謝するモダニズムの加速度を振り返ってゆったりとした歴史に投げ返すには数百年を要するだろう。そのときに19、20世紀をひっくるめて何という名で様式化されるのだろうか。

イタリアで起こったはずの時代様式が、イタリア語ではなくルネサンスというフランス語で語られる背景には、ローマからパリに文化の中心が移動する気配が宿っている。レアリスムやサンボリスムはフランス語だが、モデルニテはモダニズムに引き継がれ、アメリカを中心に英語文化圏で熟成されて概念化していった。コロナ禍を機に文明はゆっくりと終焉に向かうのではなく、ぷっつりと断ち切れるのではという不安が脳裏をよぎっている。

 キリスト教絵画は天国と地獄に二分して、どんなかたちで世が終わるかを「最後の審判」という主題で描き続けてきた。それがいまだに「未来の歴史」としてつづれる幸運はありがたい話ではある。世の終わりはこなかったが、その代わりに現代では宗教絵画の時代は過ぎ、このキリスト教の主題のほうに最後の審判がくだされた。宗教的主題として絵画や彫刻からは消滅したが、映像世界では近未来を描いた映画のなかで終末のイメージは描き継がれている。

第241回 2022年5月6

イズムの二項対立

対極的に見ればモダニズムでのイズムの変遷は大問題ではないのかもしれない。歴史を弁証法で考える常識は定着してしまっている。ロココを否定して新古典主義とロマン主義が誕生する。新古典主義とロマン主義を共に否定して写実主義が生まれる。印象主義を否定してフォーヴィスムとキュビスムが生まれる。この図式を色をとるか形をとるかの二項対立で見る絵画史の判断は、現象か存在かを問う哲学にもなるし、視覚か触覚かという芸術学にもなる。あるいは皮膚か骨かという医学にもなれば、つまるところ肉体か精神か、さらには女性か男性かという普遍的原理にまでたどり着いていくものだろう。

こうした二分法に第三の要素を加えるとすれば本論でもふれたように、水の三体として気体・液体・個体という三分法を試みることは有効かもしれない。印象派は世界を流動とみる液体であれば、フォーヴィスムはそれが気化したかたちだし、キュビスムは個体に結晶している。流れる水のように流動するロココは新古典主義では冷たく凍りついてしまうし、ロマン主義では熱情で蒸発してしまうということだ。しかしこうした分類も本体においては何ら変わらないひとつのものではあるわけだ。

頭の体操のような繰り返しが弁証法という名で続けられる。それが西洋の論理だとすると大したものとも思えないかもしれない。印象が表現に変容し、主題から物体に目を移すのを日本人は驚異をもって受け止め、西洋の偉大を理解しようとしてきた。それが単なることば遊びからなる頭の体操だと気づくと、真剣に考えることもない種明かしを笑って済ませることで、たぶん未来が開ける。

インプレッション(印象)に対するエクスプレッション(表現)、サブジェクト(主題)に対するオブジェクト(物体)の提示は、単なることばの切り替えしに過ぎない。個であることの「主体」からはじまった芸術が「客体」を冷静に眺める転換を求められる。それを芸術に対して反芸術といったり、モダニズムに対してポストモダニズムといったりしている。対極的には大差ない現象をかつては内ゲバと称したが、底辺に流れる同質を見極める目が必要だろう。

第242回 2022年5月7

文明の終焉

地上にあるものはすべて消滅し、偶然埋葬されたものだけが、ひょっこりと何万年後かに姿をあらわす。かつて地上に住んだ人類という名の結束が解体していく歴史を、遺品はつづることになるのだろうが、ただ恥ずかしくないものが残ってほしいという思いは原始の造形を前にして痛感する。

タイムカプセルという希望は、かつては美術館に託されたが、今は地中に埋めようとする。美術館が信用をなくしてしまったということだ。かといって都市の中心部や瀬戸内海の小島に地中美術館を埋めても解消するものではない。

財宝を確実に伝えるのは、「伝世」ではなくて「土中」である。なんでもかんでも白日のもとに開示してきたデモクラシーは、デモノロジーでもあった。見なくていいようなものまで見てしまった。暴露を正義とする不必要なマスコミの暴力は、いつからはじまったのか。スキャンダルが絵画のモダニズムに君臨しはじめた時期を考証する必要があるが、論証したところでそれもまた暴露の時代を暴露するものとなる時代の証言にしか機能しない。

発展的な前向きな姿勢も鏡を前にすると後退する。鏡を前にすると思わず身づくろいをしてしまう人間の習性には注意を要する。タイムカプセルは意図したものしか残らない。自然に残ったのか、意図して残そうとしたのかを見極めるわずらわしさを、未来に付け加えるだけのことだろう。洞窟壁画は自然に残ったのか、意図して残そうとしたのだろうか。

発掘の歴史が西洋美術史をつづっているが、不思議なのは西洋美術史の範囲である。西洋美術史は終わるだろうか。アートセンターでのみ綴られてきた歴史の不備は、西洋美術史を語るのにローマの時代、パリの時代、ニューヨークの時代のそれぞれで、地域を移動する不自然を当然と思っていることだ。

さかのぼれば古代美術史がエジプトからギリシャ、さらにローマへと移動するのも、歴史の話であるはずが、地理の話になっている。西に向かって進む旅行記と化した西洋美術史が、アメリカの時代の終わろうとするときには、再考の余地が残される。文明がはじまりと終わりをもつなら、西洋文明史として完結することは可能だろう。

歴史は終わるのかという素朴な疑問は残ったままで、消化不良を起こす遺品の物理的整理が求められている。地上にあるものは消滅する。それが文明のあり方だ。時の風化しか納得のいく手立てはない。しかしそれも地球の半分、北半球での話だった。ローマとパリに似たような文物が発掘される未来、アルタミラとラスコーの距離間に似た同質感を解き明かそうとする。同時に海を隔てたニューヨークでの発掘も類似するとすれば、原始美術がアフリカの壁面にも発見されるのと対比されることにもなるだろう。

メソポタミアにはじまった芸術のルーツが西に向かって移動し、エジプト、ギリシャ、ローマ、パリ、ニューヨークをへて太平洋を渡ろうとしている。夜の明ける順はロンドンが起点ではないはずだが、西に向かう必然は地球が自転し公転する限り変えようのない自然の法則だろう。ニューヨークの西行は道行のはて、アメリカ大陸をすでに横断し西海岸に達しているだろうか。パリはローマに学び、ニューヨークはパリに学んだ。

この原理が踏襲されるならやがて中国に亡命するアメリカ人アーティストが必要になってくるはずだ。レオナルドとデュシャンに続く、次の神話は誰にターゲットをあてるのだろうか。それがかつてのルイ14世のように明確な意図をもった国家戦略になるのか、民意によるものなのか、あるいは民意を装った国家、さらには国家を装った民意なのか。中国人作家は今後どういう役割を担うだろうか。中国映画の国内での輩出に比べると、美術は国外での活動が目立つ。蔡國強(1957)や艾未未(アイウェイウェイ1957-)は中国の時代に、かつてのプッサンの役割をはたすだろうか。

ある日突然地球がとまり、反対にまわりはじめるとどうなるだろう。文明の西行きは逆行しはじめる。文明の起点がメソポタミアにあったとすれば、中心地の移動はアメリカから中国をへてインドに至りまたメソポタミアに戻るはずだ。メソポタミアが折り返し地点だとすると、そこから今度は逆走がはじまる。大宇宙は小宇宙に反映する。スポーツ競技に映し出された小宇宙は、宇宙の歴史の一コマにちがいない。陸上競技だけではなく、水泳でも折り返す。起点に戻るのが定住者の原理である。水泳の場合、折り返すときに気をつけていないと頭をぶつける。揺れ戻しもくるだろう。

地球がとまり、反対に動き出すとどうなるか。天文学者や物理学者やSF作家の仕事となるが、逆に動きはじめると文明は引き継がれるが、とまったときの衝撃は模型を重ねることでシミュレーションがなされる。そして人類は絶滅するという結論を出す。

世の終わりは第二のノアの洪水によると西洋文明は予言してきた。一時的にエベレストの頂上に達するような大洪水が起こる。唯一の安全地帯がある。北極と南極であり、たまたまそこにいた数人が生き残る。かつて生き残ったノアの一家は8人だった。北極にはもともと陸地はない。南極から新たな人類史がスタートする。聖書が教えることがあるとすれば、そういうシナリオになるだろう。

第243回 2022年5月8

ミュージアムの思想

文明のゆくえについて興味は尽きないが、そんな夢のような話はさておき、芸術学の話に戻したいと思う。美術館の存続が問われるなか、牙を抜かれた遺品を嘆く前に、それらを同等に扱おうとするデモクラシーに拍手を贈るべきかもしれない。一元化するイデオロギーで抹殺するのではなく、すべてをタブローにして絵画化する平和主義に支えられて、原始もエジプトもギリシャも東洋も壁面に掛けられてきた。抹殺するのではない、見たくなければ目をつむればいいという思想である。

征服者による分類整理と飼いならしとみる藪にらみもあるかもしれない。しかし「何でもあり」の美術を歓迎できるのは、モダニズムとともに表現の自由によって支えられ鍛え上げられてきたミュージアムの思想のゆえである。デジタルミュージアムに置き換わりつつある今、美術館はモノからコトへという推移に乗り遅れてしまっただろうか。まるで美術館を無視するようにパブリックアートが叫ばれたが、それは美術館がまるでパブリックではないかのように機能してきた美術館側の責任だった。

優れた英知が結集していることは確かだ。私もかつては美術館の末端にいた。古美術も現代美術も目の色の変わる、見なくてもよい裏側まで見てしまったような気もする。うんざりする俗的欲望も目の当たりにみた。その後、学芸員の仕事を離れ、美術館活動からは遠く隔たってしまったが、もう少し若ければなどと思いながらも、絵画のモダニズムのゆくえについて興味は尽きない。まだまだ埋もれているものはある。それは埋もれることが心地よいからだ。地位も名誉も目的とせず淡々とした遊離が心地よいのである。ただ埋もれるためには残っていないといけない。本人であったり遺族であったり、これまでなんとか残そうとして知恵をめぐらしてもきただろう。あるいはいいものは黙っていても残るのだと高を括る場合もあっただろう。昔に比べれば、現代の情報化時代は残りやすい時代となったが、見つけにくい時代にもなってしまった。それを見つけるためには優れた英知もまた、地位も名誉も目的とせず淡々として、目を光らせていることが必要なのだと思う。


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