フランス映画
俳優別 アランドロン シモーヌシニョレ ジャンギャバン ジェラールフィリップ グレタガルボ ロミー・シュナイダー
監督別 ジャンルノワール ルイスブニュエル ルネクレマン ロベールブレッソン ジュリアンデュヴィヴィエ ルイマル トリュフォー
俳優別 アランドロン シモーヌシニョレ ジャンギャバン ジェラールフィリップ グレタガルボ ロミー・シュナイダー
監督別 ジャンルノワール ルイスブニュエル ルネクレマン ロベールブレッソン ジュリアンデュヴィヴィエ ルイマル トリュフォー
第125回 2023年3月11日
ジャンコクトー監督、ジャンマレー主演作品。死神に魅入られた詩人が、奪われた妻を取り戻すまでの物語。はじめリアリズムでスタートするが、横たわる人間が重力に逆らって、ひとりでに立ち上がるシーンが出てくると、ファンタジーなのだと気づくことになる。詩人は死神を愛しているが、妻も愛している。妻についてはあまりに身近すぎて気づいていない。死神は、奇妙な言い方だが、死を賭して愛する詩人に妻を返すということに話はなる。鏡が効果的に用いられて、冥界への入口になっている。
死神は詩人の詩への愛のことだと考えるとわかりやすい。血の通わない自己愛に根ざした欲望を捨てて、生身の肉体をもった愛に復帰するハッピーエンドは道徳的ではあるが、常識的で物足りない。犠牲になった死神は不憫でもあって、余韻を残すものとなった。徹底的に詩人を妻から奪うほうがよかったかもしれない。
主人公を演じたジャンマレーは存在感のある魅力的な役者で、個人的にはヴィスコンティの「白夜」での謎めいた役柄が印象深く、記憶に鮮明に残っている。そこではマストロヤンニの通俗的かつ常識的演技と対比をなし、得体の知れない、それでいてくっきりとした夢幻の美しさを示していた。
鏡の効果と振り返ってはならないという指示は、神話に不可欠な要素だが、ここでも鏡越しに妻の顔を見てしまうことによって、無に帰してしまった。特殊撮影も多用されて、ファンタジーをあでやかな映像美に結晶させた秀作だった。こまかなストーリーの細部は、もう一度見て、把握する必要がありそうだ。たぶん見落としていた、あるいは聞き逃していた暗示に気づくことだろう。
監督はジャンコクトーだが、ジャンピエールメルヴィルが俳優として登場している。もう一度確かめたくなるのがメルヴィル映画の醍醐味であるのだが、たいていは二度みることなく終わっている。スクリーン時代ではできなかったメルヴィルの魅力が、DVD時代になってよみがえってきた。
第124回 2023年3月10日
マルセル・カミュ監督作品、原題はOrfeu Negro。カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞。感動の一作である。リオのカーニバルを背景にして、オルフェとユリディスの運命的な出会いと別れを劇的に描いている。ユリディスを追い回し死にまで追いつめる魔物について何の説明もない。ただおびえて逃げるしかないという、得体の知れないものへの恐怖は、人智を超えた存在として、受けとめるしかない。オルフェが守ろうとするが歯が立たない。超自然の悪魔と呼べば理解が可能となるものだろう。
オルフェの婚約者もまた、突然現れたライバルに怒りをあらわにして人間ながら悪魔と化す。それまでの良好な関係が突如として崩れ去る。運命的な出会いとは、悲劇を宿命として受け入れるということだろう。それは安定を崩し、動揺を讃美するバロック的精神に根ざしている。
テーマ曲もいいが、踊りもいい。オルフェウスは音楽の神である。ユリディスもおっとりした演技なのに踊り出すと民族の血を感じさせる。カーニバルの熱狂は救急車の出動を繰り返し、暴動へと発展するものだ。その闇にまぎれてユリディスは殺されてしまう。殺害場面が出てこないだけに、悪魔のねらいが何であったかは不明のままで、ますます恐怖感を加速する。子役の使いかたもうまく、ラストシーンで主人公ふたりが死んでのちも、カーニバルの踊りは引き継がれ新しいオルフェとユリディスの誕生がほのめかされる。
振り返ってはいけないという神話の提言は、聖書のロトの妻にも引き継がれるが、人間はぎりぎりの決断を悲劇で締めくくるものだということを教えてくれる。以前見たジャンコクトーのオルフェでも重要な要素だったが、ここでもユリディスの声をもった別人の登場によって、エニグマティックな効果を出している。南米の土着がギリシャ神話と呼応して、みごとなドラマに結晶した。
第126回 2023年3月12日
ジャンピエールメルヴィル監督作品。ハードボイルドと言ってもいいが、アクション映画ではない。心理サスペンスがベースになっていて、ぼんやり聞いていては筋を追っていけない。突然撃たれて死ぬ場面の続出は、意外な展開を見せて観客を驚かせ、ショックを与えるものだ。「帽子」LE DOULOSというフランス語のタイトルをもつが、冒頭に警察のいぬのことを、帽子の隠語で呼ぶのだという説明がある。ラストシーンも帽子が転がってエンディングとなる。鏡越しに帽子をかぶり直すシーンも思わせぶりに挿入されている。冒頭は深々と帽子をかぶった男が歩き続けるところからスタートする。トレンチコートに目を取られて帽子には注意が行かなかったが、ジャンポールベルモントの文字のあとに続くので、だれもがベルモントだと思って見ている。顔が見えるようになるのはしばらく経ってからで、セルジュレジアーニだったとわかる。そしてレジアーニの文字が画面に登場する。トレンチコートと帽子は、その後のことにアランドロンのトレードマークとなった。「ボルサリーノ」1970もイタリアでの帽子のことで、アランドロンとベルモントが共演もしているので、このメルヴィルの映画から引き継がれてゆくものだ。