ヒエロニムス・ボスの謎

by Masaaki Kambara

15世紀末のネーデルラントに登場した異色の画家ヒエロニムス・ボスのユニークな絵画を通して、中世からルネサンスにかけての西洋文化の図像的伝統を探ります。謎めいた絵の意味を追いかけることがここでのテーマです。西洋美術を鑑賞する場合、キリスト教図像学の基礎知識は欠かせません。本講義では宗教画を中心にして風俗画や風景画、静物画へと進化していく時代を踏まえながら広く西洋の図像学の基本についてもできるだけふれていきたいと考えています。スライドなど視覚資料を見ながら、時代や作家個性によって変化する主題を比較検討します。

 

■ ヒエロニムス・ボス(Hieronymus Bosch 1450頃―1516)オランダの画家、ス・ヘルトヘンボスで制作。風刺画、幻想画、宗教画を残す。作風の特異さからキリスト教異端という見方もあるが、記録上は敬虔なカトリックとして盛大な葬儀がおこなわれている。生年は不明、画家の家系として本名はファン・アーヘンであるが、ボスのあだ名で知られる。地元の教会や貴族からの注文も多く、生前より異色の画家として人気を博していた。死後しばらくは忘れられたが、50年後ブリューゲルが第二のボスとして活動する頃には、ボス・リバイバルが起こり、ことにスペイン王フェリペ2世が精力的にボスの作品を収集した。それらは現在マドリッドのプラド美術館に保存展示されている。

 

■ 目次

1.はじめに…中世の森へ

2.ヒエロニムス・ボスの絵画世界

3.15世紀のネーデルラント絵画…ファン・アイク以後

4.「愚者」を描く…愚者の治療、愚者の船、手品師、風刺的テーマ

5.「放蕩息子の帰宅」あるいは「行商人」

6.フクロウのシンボリズム

7.Y字のシンボリズム

8.「聖アントニウスの誘惑」…疫病の図像学

 9.「快楽の園」左翼パネル…エデンの園

10.「快楽の園」中央パネル…地上の楽園

11.「快楽の園」右翼パネル…地獄

12.「最後の審判」と「七つの大罪」

13.「十字架を運ぶキリスト」…宗教的テーマ

14.16世紀のネーデルラント絵画…ブリューゲルへの展開

15.まとめ

 

■ ホイジンガ『中世の秋』(上・下)堀越孝一訳 中公文庫 1976

  フランスとネーデルラントにおける14・15世紀の生活と思考の諸形態についての研究

  この書物は、14・15世紀を、ルネサンスの告知とはみず、中世の終末とみようとする試みである。「中世文化は、このとき、その生涯の最後の時を生き、あたかも咲き終わり、ひらききった木のごとく、たわわに実をみのらせた」。

  「世界がまだ若く、5世紀ほどもまえのころには、人生の出来事は、いまよりももっとくっきりとしたかたちをみせていた。悲しみと喜びのあいだの、幸と不幸のあいだのへだたりは、わたしたちの場合よりも大きかったようだ。すべて、ひとの体験には、喜び悲しむ子供の心にいまなおうかがえる、あの直接性、絶対性が、まだ失われてはいなかった」。

 

  参考書

  マックス・フリートレンダー『ネーデルラント絵画史』斉藤稔、元木幸一訳 岩崎美術社 1983.

  アーウィン・パノフスキー『初期ネーデルラント絵画 : その起源と性格』勝國興, 蜷川順子訳 中央公論美術出版 2001.

  神原正明『ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」を読む』河出書房新社 2000.

  神原正明『ヒエロニムス・ボスの図像学 : 阿呆と楽園に見る中世』人文書院 1997.