第52回 2022年12月25

パリは霧に濡れて1971

 ルネクレマン監督作品は、これまでアランドロンでもあげてきたが、その他のものをまとめて見ておきたい。ここではフェイダナウェイ主演。このアメリカの女優がフランス映画にうまくなじんでみえるかが鍵となる。落ち着きのない不安な表情を魅惑的に演じることのできる女優である。英語のセリフだが、その魅力は十分に引き出されていたようにみえる。

 はじまりは霧にけむるパリの街並みからスタートする。日本語タイトルはここからくるのだろう。かなり長い間、風景描写が続く。原題は「木の間の家」La Maison sous les arbresであるが、ストーリーとは結びつきにくい。「パリは霧に濡れて」でも雰囲気だけのロマンスを思わせて、心理サスペンスにふさわしいタイトルとは言えないものだ。

 壊れかけた家族が絆を取り戻すまでの物語である。このことは最後に子どもが描く「木の間の家」の絵によって象徴されている。はじめ2本の枯れ木の間に置かれた入口のない家に、やがて戸口が付け加わり、枯れ枝には葉が生えて、空には太陽が輝く。家の前には父と母、姉と弟の家族がならんで立っている。

 妻の病んだ精神を加速させるように家族の周辺に不気味な事件が続く。優れた夫の頭脳を欲しがった組織により魔の手が伸びる。サスペンスタッチで恐怖をさそうが、頼りになるフランス警察の登場は、汚染されたアメリカの警察組織とは対照的で、社会悪にむける正義が読み取れる。警察に信頼感を失った時代には、過去が郷愁を帯びて見えてくるかもしれない。

第53回 2022年12月26

禁じられた遊び1952

 ルネクレマンの代表作で映画祭でも高評価を得た作品。少女ブリジットフォッセーのあどけない演技とギター音楽で魅せる映画。少年の淡い恋心が十字架泥棒にまでたどり着く。禁じられた遊びとは聖なる十字架で遊ぶことをいうのだろう。犯罪にまで至る無邪気の罪は見落とせない。女を喜ばそうとする男は情けなくも愚かしいいきものだ。いずれは別れなければならない運命をあがくように、少女は少年の名を呼びながら施設から逃走する場面で終わる。余韻を残すというには無責任な結末だったかもしれない。両親を爆撃で失いながらも、たくましく生き抜く少女像という見方もあるだろう。男たちを手玉に取って生き抜く少女の唯一の武器は、あどけなさとかわいらしさであり、そのことをよく知っていて、彼女は素朴な田舎の男たちに向かうのである。両親が死んでも泣きもしないし、彼女にとっては犬のほうが大事だったのだということがわかる。施設に送られるよりは、ぬくぬくと生きてゆける道を、本能的に知っていたのである。表面上は両親を無差別爆撃で失うという戦争を告発するという体裁を取り、涙を誘う映画となっている。淀川長治はそのことに気づいていて、女王のように振る舞うフランス女性の姿をからかうようにコメントしていた。

第54回 2022年12月27

海の牙1946

 ルネクレマン監督作品。ドイツの潜水艦に拉致されたフランス人医師の物語。生き残ったから語ることのできる密室劇。潜水艦という密室で起こるドラマ。筋立てもスリリングだが、主人公の設定もいきな感じで、エスプリが効いていて、しゃれたフランス映画になっている。



居酒屋1956

 ゾラ原作ルネクレマン監督作品。波乱に満ちた女の半生。どうしようもない男に振り回される悲しい性は、最後には破滅へと至る。洗濯女どおしのすさまじいつかみ合いの喧嘩は、必要以上に長いが迫力に満ちている。この女の隠された気性をうかがわせるものだ。はじめは優しくて善良に見える男も、結婚して飲んだくれ亭主となる。

第55回 2022年12月28

しのび逢い1954

 ルネクレマン監督、ジェラールフィリップ主演。ロンドンに住むフランス人という設定で、自身の女性遍歴を語りながら女を口説くのだが、どう考えても効果的とは思えない。女のほうはまた同じような遍歴のひとつに加わるだけだと信じられないでいる。共感を得られない人格だと思うのだが、もって生まれた男の美貌に誘われる女も多いということなのだろう。つい心を許してしまうのだ。美貌だけで能力はなく、まともな仕事にはつけない。最初は事務員で印鑑を押すだけの仕事、フランス語の塾も開くが、知的レベルは至って低い。にもかかわらず、これに好意を寄せる女が、次々と出てくるから不思議だ。

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第127回 2023年3月13日

雨の訪問者1970

 ルネクレマン監督作品。チャールズブロンソンの謎めいた姿がとてもいい。結局は恋をしていたのだというラストシーンは、この映画がサスペンスに見せかけたラブロマンスだったのだと告白している。女が凶悪犯を射殺したという事実をなかったことにするのも犯罪だが、心優しい審判でもある。ブロンソンはいつも優しい目で女を見つめていた。くるみを窓ガラスに投げつけてみようと思った。