美術時評 2026年 ◀ ▶
by Masaaki Kambara
2025年9月20日(土)~2026年2月1日(日)
2026/1/9
4ヶ月を越える長い会期だったが、終わりがけになってやっと訪れた。いまさらゴッホでもないのだが、世代が代わってもいつまでも古びることなく、人気が続いているのに驚く。大変な人混みだった。最近は混まない展覧会をねらって見ていたので、腰が引けてしまう。
油彩画がすごいところは、描いた画家がすぐそばにいて、息づかいを感じさせる点だと思う。ことにゴッホの場合は際立っている。はじめて見た頃から何十年もたっている。ゴッホが生きていた時代から数えれば、どんどんと時間は過ぎ去っているはずだ。
油彩画ははじめ物を客観的にとらえようとして、15世紀に誕生したが、そんな冷静なはずの画材を、作家個人の感性の発露として、ねじ曲げていったのが油彩画の歴史である。
ゴッホは19世紀から続くそんな系譜の完成の時代に位置する。「夜のカフェ」にしても、黄色の絵の具の盛り上がりを見ながら、その一番近い位置に今もゴッホがいるのだという気がする。
クレラーミュラー美術館へはこれまで二度足を運んだ。最初は1977年のことなので、半世紀も前になる。二度目は若い日の記憶をたどる、青春プレイバックの旅だった。
アムステルダムのゴッホ美術館とは、ついつい比較してしまうが、偶然なのか今回の日本でのゴッホ展でも同時期に、二つの展覧会が開催されていて、両美術館の力くらべの様相を呈することになった。どちらのコレクションが充実しているかというバトルだが、私見では交通の便を考えれば、クレラーミュラーに軍配をあげたくなる。
今はもっと簡単にアクセスできるのかもしれないが、1977年当時、ローカル鉄道と路線バスを乗り継いで、美術館近郊まで行き、そこからてくてくと歩いてたどり着いた。アムステルダムからの日帰りの旅だった。
牧草地のホルスタイン種の牛を、横目で見ながら写した写真が、今も手もとに残っていて、美術館やゴッホ以上に、みごとな田園風景が輝きを放っている。徒歩ではもう限界だと思ったころに、自転車が乗り捨てられているのを見つける。園内を自由に乗り回せるようで、何台も放置されていた。
乗ろうとしたが、どれもサドルがなくなっていて、あきらめるしかない。立ち去ろうとしたときに、ひとりの若者がやってきて、草むらからサドルを取り出して、自転車につけて走り去っていった。
隠していたのである。なるぼどと感心しながらも、腹立たしい記憶としてクレラーミュラーといえば、今も思い出す光景となった。このときゴッホの「夜のカフェ」も見たのだろうが、画集で知っていた以上の印象はない。
残っている写真アルバムから判断すると、スーラの大作や、マルタパンの池に浮かぶ彫刻に向けて、夢中にシャッターを切っていたようである。今と違ってフィルムは貴重だ。一日一本で100本もってのバックパックだったが、それだけでも結構重たい。だから乗り捨てられた自転車の写真はない。
もう訪ねることもないだろうと思っていたが、向こうからやってきて、思わぬ拾い物をしたような気がする。ゴッホを評価し、継承してきた意志の力に、あらためて敬意を表しておきたい。
2026年1月31日(土) - 3月29日(日)
2026/2/3
新感覚の木版画をみる。浮世絵の伝統があるので、外国人の目を引くものだ。大正5年(1916)頃からの運動だが、西洋人版画家の作品が紹介されている。版画技法は西洋でも発展してきたが、木版画は浮世絵の伝統がある日本のお家芸である。
西洋画の空間把握を下敷きにした風景描写が紹介される。フリッツ・カペラリやチャールズ・W・バートレットという聞き慣れない作家名に出会う。これだけでは単なる国際交流に過ぎないが、そこに主役となる版画家がひとかたまりで登場する。
個々の作家の作品を紹介する第一段階を経て、渡邊庄三郎という版元の名で集約しようというのが第二段階となる。蔦谷重三郎がブームになった昨今の流行と連動させて考えてもよいだろう。作家の芸術性よりも、それを商品として流通させるシステムのほうに、興味が移行しているのだろうか。
伊東深水は美人画として、ながらく評価されてきたが、川瀬巴水や小原祥邨は近年になっておもしろがられてきたものだ。これまで無名であったものも、渡邊版画店というくくりのなかで、紹介されることになる。そんななかで名取春仙の役者絵をおもしろく見た。
名作の誉高い吉田博の帆船にも出会うことができた。風をはらんだ本体の美もさることながら、変化する空の色に染まり込んだ自然との一体感が、目に染み入ってくる。木版画ならではの技法なのだが、同じ建物が朝・昼・晩と三様に変化している。
印象派との関連で言えば、本体は確実に存在していて、色彩がその上にヴェールをかぶせていく。掘り出されたモチーフとバレンで伸ばし、かすらせていくかすみの関係と見ると、色彩はいつも版木に乗せられてしか、目に見えるものにはならないということだ。
窓からひかりが灯る夜の光景がある。目を凝らすと建物の輪郭が見えている。それは微動だにしない昼間と同じ建築物だが、夜の闇に包まれている。微動だにしないのは、版木に刻まれているからで、それが版画という手法なのだ。
版木は本体なのだが、刷り上がると破棄されるものでもあり、生んで仕舞えば用はないという母体の存在にあたる。刷りあげられた紙だけが、人目に晒されていく。この関係は写真や映画に展開していくもので、うつしみの美学を形成して、版画を語る場合の重要な視点だ。
西洋との出会いのなかで、心と体という二元論を超越する存在として、受け入れられてきたものだ。小林清親の光の世界に魅せられた体験は、今回の展示に先立つものとして、見直しておくべきものだろう。
2026年1月17日(土)~3月8日(日)
2026/2/3
中西勝の作品をまとめて見ることができたのが収穫だった。個人的には神戸の鴨子ヶ原のアトリエにお邪魔したことがある。1995年の震災前後のことで、そのころ描かれていた作風には記憶が鮮明だ。月刊誌「こべっこ」の表紙を飾っていた頃で、にぎやかで陽気な人の輪が、前向きな生命力を伝えている(1)。
あっけらかんとした図太いまでの精神力は、そこに至るまでの年輪を知らないと、見誤ってしまうものだ。そのことがよくわかる展示だった。黒々とした母子像がいい。「黒い聖母」と言ってもいいが、聖母マリアが大地に根差し、世界の安定を希求している(2)。
世界中を巡るなかで出会った底辺と悲惨が、やがて達観となって造形に喜びを見出したのだろう。神戸の大学に赴任したとき、もう一人美術の教員がいると言われて、紹介されたのが中西先生だった。
安井賞作家だということは知っていたが、教育現場でご一緒できるとは思っていなかった。美術教育については、体育の日はあるのに美育の日がないと、よくこぼされていた。
安井賞は今でももうないが、学芸員をしていた頃に安井賞展の担当をしたことがあって、毎年気になっていた。大津英敏が大賞を取った年(1983)だったが、次席の藤井勉のほうをポスターにしたほうが、客の入りは良いのにと、不謹慎なことを考えていたのを思い出す。
おおらかなざっくばらんな語り口は誰からも愛されるもので、私も同じ大阪が出生地だったことから愛着をもっていた。短い期間ではあったが、年齢的にも私とは30歳近く離れていて、父親のように感じていた。
日常生活は孤高の画家とはかけ離れ、俗にまみれていたはずだ。大学での退職間近の頃で、退職金が意外と多かったことや、アトリエが火災で燃えた話をリアリティをもって、目に浮かぶように語ってられたのをおもいだす。
私の中ではその後、倉敷の大学に移ったときに出会った、高橋秀先生と重なってしまっている。武蔵野美術大学に学び、ともに安井賞を受賞しているという共通点からだろうか。作品を前にすると平伏してしまうのだが、日頃は楽しい会話のできる世俗のひとであり、近くにいるだけで暖かい気分になることができた。
1
2
2026年1月10日(土曜)~3月22日(日曜)
2026/2/4
着物を着た女性を描くことは、着こなしを知っている日本画家にしかできない領域かもしれない。ホイッスラーやティソをはじめ印象派周辺の画家たちが、着物姿の女性を好んで描いていることを、私たちは知っている。フランス映画でもガウンのように着物を羽織っているのに出くわすと、もう少しなんとかならないかと思ってしまう。
多くの場合、だらしない和服の着こなしを描いているのが気になる。そこでそれは画家のせいなのか、モデルのせいなのかを見極めようとすることになる。この場合、和装の美に反応する感受性が、描く方と見る方に備わっていることが前提となる。
小磯良平は洋画家の中では珍しく、和服を着た女性が際立っている。洋装と並べて立ち姿を描いても、互いにその良さを競っていて、調和が見事である。和服なのに畳に座わるのではなくて、椅子にかけているのがいい。神戸らしいということかもしれないが、和洋の調和は指摘されるまで気づかないものだ。
今回韓国からもたらされた和服の女性像も、椅子に座っている。見ようによれば、くつろいでいるというよりも、だらしない印象すらあるが、その少しバランスを崩しかけている微妙な動きがいい。
着物の復元もされていて、艶やかな着こなしの難しい、原色が浮かび上がる派手な柄である。写真ではわからない広がりのあるサイズを前にして、しばらくは無言でたたずむことになった。
見慣れた作品の多いなか、はじめて見る名品に、今回の展覧会の意義を納得することができた。昭和初期の神戸の世相史として、モダンガールを論じる場合の、キーとなる一点だろう。
2026年1月1日(木)~ 3月22日(日)
2026/3/15
中国絵画の奇想に驚嘆するが、書と連動することで、相乗効果となって筆墨に魅せられていく。二十歳前後に出会っていたなら、この世界にのめり込んで、専門家になろうと意気込んでいたにちがいない。
書に興味を持ったのは最近のことで、若い頃は西洋にしか目は向いていなかった。西洋が異文化と出会うときにも奇怪な造形が生まれたが、中国もまた漢民族が夷狄の脅威にさらされたときに、特殊な現象が生まれたようだ。
いくつかの重要なエポックがある。青銅器、水墨画、陶磁器での奇形の出現を、異民族との摩擦でとらえてみることは重要だ。そしてここで問題にされた「明末清初」もそんな典型的な時代だった。
堂々とした漢字が揺らぎはじめる。文字が絵のようになって溶解しはじめる。日本でカナ文字が生まれたのと、似た様相が思い浮かぶ。清朝は漢民族を排斥して打ち立てた、満州族の国家だった。
新勢力に追随するのを良しとしない憂国の士がいる。手のひらを返したように権力になびく世渡り上手もいる。 そんななかで、董其昌「行草書羅漢賛等書巻」1603がきわだった異相を放っていた(下図)。
もちろんがっちりとした正統派の書に感銘を受けてのちのことで、いきなり異端に引かれるわけではない。墨の乗りに魅せられ、掠れと滲みを筆との競演として、堪能するのがまずは出発点だ。
踊るようなリズミカルな文字の流れは、酔いにまかせた心地よい眩暈さえ感じさせる。時代的に西洋に置き直せばバロック絵画のはじまりに位置する。正統と異端をともに消化してのちの、俗的狂騒とも受け止めると、カラバッジョの絵画とも響きあうものだろう。
2025.12.3(水)~ 2026.3.29(日)
2026/3/16
若い作家の仕事に出会ういい機会である。3年に一度の現代アートの現況を見せる展覧会。今回で8回目とのことだが、これまでも何度か訪れた記憶がある。網羅的で個々に記憶はあるが、全体で強く印象に残るものではなかったようだ。
そのため出品作家を積極的に、記憶に留めようとはしてこなかった。ずいぶんあとになって、あの時出品していた作家だったのかということもあった。キーワードとなるテーマを、今回は「時」に統一していて、見るのに手がかりを与えてくれる。
過去の記憶は時をかたちに変容させるものだ。北澤潤「フラジャイル・ギフト・ファクトリー2025」では、インドネシアのアーティストが日本の植民地時代を回顧して、日本の戦闘機にこだわりを示している。
お祭りのハリボテと化した、派手な見せものでしかない、戦闘機が再現されている。印画となった過去の記憶は、スナップ写真にすぎないが、忌まわしい戦時を記録に残して、大空に羽ばたいている(1)。
ズガ・コーサクとクリ・エイト「地下鉄出口2025」は過去の記憶としてはわかりやすいが、見れば現代の光景である。昭和レトロを思わせる、六本木駅へ通じる地下鉄の入口だが、海抜230mの表示があるのに気づくと、現代のものだとわかる(2)。あまりにもリアルであり、古色が現代の美を演出する、小道具であることがよくわかる。
シュシ・スライマンの屋根瓦の造形も、時を演出する日本美の貴重なアイテムだ。尾道に住むマレーシア人という立場が、東京でも京都でもない、地方都市に見いだした瓦屋根の古色を、ナレーションのように響く、ポエムと抱き合わせにしながら、見つめることになる。雨粒を描き加える必要もない、瓦屋根が整然と並ぶだけで絵になるものだ(3)。
絵に音声がポエムのように乗ることで、時空間が広がりを見せていく。はじめにことばがあったというとき、まだ光はなく、暗闇だけが思い浮かぶ。荒木悠「聴取者2025」はそんな出発点を模索する、原初の映像だった(上図)。
宇宙空間をゆっくりと移動する、巨大な隕石を映し出しているというのが、最初の印象だが、そう思うのはそんなアメリカの、SF映画を見た記憶があるからだ。音響もそれに合致するように、重低音を響かせている。
宇宙ではおそらく沈黙で、音など聞こえないはずだが、私たちはこんな音響効果になじんできた。声は問答で反語を繰り返していく。二枚貝の開閉は二枚舌にもにて、反対の断言を突きつけて進行していく。
映像に対応して、問答がなされているように見えるが、映像に字幕やサウンドトラックとして、付記されているのではなく、全く別のモニターに映し出されている。ゆっくりと回転しながら細部が、クローズアップされる。確信的な音声に引きずられて、私たちの目も侵略されてしまう。
隕石と見えていたものが、二枚貝でありハリボテではなくて、有機的な組織なのだと知ると、大写しになることで自然そのものの、残像なのだとわかる。同時に未知の衛星の表面を舐めるように、カメラが移動しているのだと、錯覚したことに確信を得る。二枚貝が開いたときの、裂け目の暗黒に恐怖する。未知なる宇宙体験は、まだまだ続いていく。
生命体の接写が、悠久の時間を誘うのは、同じくマヤ・ワタナベ「ジャールコフ2025」でも体験できた。こちらは氷に閉ざされたマンモスの骨である。近づきすぎて何かさえわからないのは、隕石と見間違えた二枚貝の場合と同じだが、作家の自然に向かう壮大なアプローチを考えると、その雄大さに圧倒される。
マンモスのツノだとも知らないで見ていた。小さな氷の塊にカメラを近づけての撮影だとしか思わなかったが、こうした情報はあらかじめ知らされるべきものだったのかどうかは疑わしい。もちろん薄っぺらなハリボテではなく、重厚な深淵から発せられたからこそ、心打つものになったはずだ。
ガーダー・アイダ・アイナーソンの、真っ黒の画面に音の出る文字が、キャプションのように書かれた絵画もまた、同じ黒にしか見えないとつぶやきながら、見比べることになる。最初の文字は英語で「笑う警官」とある。
和田礼治郎「MITTAG2025」 も解説を見ない限りは見過ごしてしまう。ブランンデーの入った薄っぺらな断層だと知らないなら、色分けのされた正方形である。中にブランデーが入っているなどとは思わない。
上半分が磨りガラスのようになっていたのは、ブランデーの蒸発のあとなのだろう。よく近づいてじっくりと見て、「正午」というドイツ語のタイトルを読み解くのが必要になってくる。
A.A.Murakami「水中の月2025」も不思議な現象に目が奪われる一点だ。シャボン玉が水面に落ち、壊れるのではなく、転がっていく。そこからシャボン玉ではなくて、ヨーヨーなのだと思ってしまう。
にもかかわらず、ゆっくりと落下するので、やはりシャボン玉だと思う。さらには水面ではなくて、ガラス面だと気づくと、壊れるのではなくて転げるのが、不思議ではなくなってくる。
タイトルの「水中の月」は「水面の月」が正しい日本語だが、そうではない自然現象に思いを馳せることで、ミラクルはアートに変容していく。時のテーマと重ねれば落下のスピードということになるだろうか。重力は人の心にさまざまに作用する。
工芸の伝統に基づきながら現代アートに寄り添う作品が、閉鎖的な旧来の現代美術からの脱皮を呼びかけている。人形の分類では、ひがれお「琉球人形あつめin内地2025」、染織では沖潤子の糸による造形が目を引いた(4)。ケリー・アカシ「星々の響き2025」はガラス工芸作品だという限りでは、伝統的な手わざに驚異することになるが、生々しい美意識の変革を提案していた。
1
2
3
4
2025年12月25日(木)- 2026年4月2日(木)
2026/3/17
コンセプトだけのことなら、わざわざ美術館まで足を運ぶ必要もないのだが、コンセプトだけならこんなに面白がることもなかっただろう。壁面を使って幾何学の図形が大きく広がっている。設計図をもとにして仕上げられた広告用看板だと見れば、作者自身の手書きではないが、思いは十分に伝わってくる。
英文の芸術書からartの文字を探し丸で囲む。四角の活字面の四隅からそれに向かって直線を引く。四辺の中央からも異なった色で直線を引く。偶然できあがった図形だが、artの文字に集約する、神秘めいた形が浮かび上がってくる(1)。
立方体の六辺が欠けている立体造形をおもしろく見た(2)。何かの法則がなければ、かたちにリズムを与えることはできない。繰り返すことだけで心地よいリズムは感じ取れるが、心に残るためには空白を設けることが必要になってくる。それは空洞あるいは余白と言ってもよい。
方向を変えてさまざまな見え方を探ってみる。動かせないので頭の中での操作となるが、頭の体操としてもおもしろい。六辺からなっているが、六辺が隠れるポイントはあるだろうか。あれば完全な立方体に見えるはずである。
立方体へのこだわりは、それを規則正しく積み重ねて立体構成をする。8個を組み合わせると大きな立方体になる。27、64、125個を積み重ねて、さらに大きな立方体にして、全体を作り上げると、思っている以上におもしろい空間ができあがる。125個が組み合わされた一画から見える光景は壮観だ(上図)。
大きな白い壁面がある(3)。目をこらすと規則正しく引かれた、細い直線からなる幾何学的図形が浮かび上がってくる。視力の衰えた老人の目には見えない。よく見ると文字の書かれているものも発見できる(4)。
謎めいたディテールに神秘主義を見つけて、立ち止まって解き明かそうとするが、もちろん不明のままだ。知らないで通り過ぎれば、白い壁にすぎない。見えなければ単なる視力検査だろう。しかし、なぜこんな大きな白い壁がここにあるのかと立ち止まることから、アート体験がはじまっていく。
古代の遺跡を前にして驚異して、よく見ると模様に見えていたものが、じつは文字だったという体験に似ている。そして同じ形が繰り返されて登場することから、秘密を見つけ出して、未知の象形文字が解明されていく。
artという文字が何度も登場する、書籍の一頁もそれと同じだ。現代アートの中に悠久の文明の遺産を見つけ出した思いがした。見えすぎるというのも困ったもので、老衰がアートの秘密を開いてくれたにちがいない。
1
2
3
4
2025年12月25日(木)- 2026年3月29日(日)
2026/3/17
「湿地」というタイトルがいい。水と陸地が出会う場所なのだという。融合と敵対か同居する場である。混じり合っているのか、反発しあっているのかはわからないが、磁力を感じる。何を見せてくれるのか楽しみで、何の予備知識もなくやってきた。
梅田哲也にはこれまで何度か接してきた。ごく普通に展覧会を見続けてきた者の目には、作品と言っていいのか、得体のしれないままで、気になりながらも、深く追跡もしないでいた。
二人展の体裁をもつが、どれがだれの作品であるかはわからない。一体となって場が成立している。ふだん使われていない展示空間を発見するという作者のことばに出会うと、見せものそのものよりも、見せかたを問題にしようとしているのだとわかる。
配布された会場図面を興味深く見た。表裏に、印刷された図と文字を透かしたときに、見えてくるものが求められているのだろう。梅田の名は透かした時にしか見えてこない。表の呉夏枝と重なっているのではなく、並べられている。
悪い言い方をすれば、背後霊のようにしてまとわりついている。正しくは表裏一体となったものだ。別の言い方をすれば、透かしをともなっていないと贋札だという高額紙幣に似ている。透かしは紙幣にとって生命線であるが、普段は目にも留めていない。
舞台でいえば、役者にあたる照明や衣裳や装置に相当するもので、単純に二分するとキャストとスタッフということになるか。これまで展覧会は作家が前面に出て、それ以外は舞台裏にいて、主役を支えてきた。
影の黒幕という言い方があるが、姿を見せない悪党の代名詞であった。控えめな裏方という意味では、美術館の学芸員はおしなべてこれにあたる。近年はインディペンデント・キュレーターという名も定着したが、アーティストとは一線を画してきたものだ。
芝居けたっぷりな試みに当惑しながらも、頭の硬い老体には刺激的な出会いとなった。呉夏枝の布地の風になびくような感触がいい。異国情緒に満ちた、小島の漁村が発する香りがする。そこに生み出された素材感に、風景と自然を感じ取りながら、虚構の時空間を楽しんだ。
2026年04月04日~6月03日
2026/4/28
鑑賞者にとっては、ドローイングを通してデザイナーの頭の中にある、アイディアの秘密を探ろうという試みである。デザイナーにとっては、自身の創作の再確認にあたるものだろう。
舞台裏から芝居を見ること。映画でいえば、作品そのものよりもメーキング映像をおもしろがるのに似ている。漫才師なら日ごろから手放せない、ネタ帳に対応させてもよいかもしれない。ウォーミングアップと見れば、飾らない本音が聴こえてくる。
「デザインのデザイン(2003)」という本により、この人のことを知った。書庫をひっくり返せば出てくる一冊だ。デザインをデザインするというタイトルが気に入った。絵に置き換えれば画中画、鏡の中の鏡、裏の裏と、迷宮へと誘うことばである。
岡山県立美術館のロゴマークができたというので見ると、あっと驚くデザインに、やられたと思ったことがあった。2013年のことだ。岡山出身のデザイナー「はらけんや」によるものだという紹介があった。それは岡山をあらわす、字であり絵でもある。マスクをつけて目から上だけを見せて誰だという、ユーモラスな遊び心に脱帽した。
今回の展示の意味は、あらゆる思考は絵になるのだと言った、レオナルド・ダ・ヴィンチを引き合いに出せば、わかりやすいかもしれない。作品数は少ないが膨大なドローイングを残した巨匠である。
絵のまわりにはそのときに考えていた、ことばが併記されている。思考の人でありながら、つねに手が動いている。頭で考えているのではなく、手で考えているのが、レオナルドの真相だった。
夢想家と言ってよい側面は、写生がいつのまにか幻想へ羽ばたくところだろう。「線は夢見る」と言ったクレーを持ち出してもよい。一本の線が次の線を生み、作者の意図を越えて、宇宙の神秘に触れる。夢見ているのは、それを描いた画家ではない、線自身なのだ(1)。
動いている世界をとどめようとするのが「絵画」だが、とどまった世界が独自にひとり歩きしていくのが、絵画の醍醐味となる。そこでは画家が制御しようとしても止まってはくれない。
関西万博のコンペで二席になったプランがおもしろい(2)。苦々しく語っていたが、一席になっていれば私たちの目に触れて、月並みなものになってしまっただろう。敗れることによって傑作となった。ブルネレスキをはじめ、次点に隠れた名作が多いのは、歴史の真実でもある。確かにそこでは線が夢見ている。
ディテールを遠望する視点も興味深く、それもレオナルドから受け継がれた思考である。顕微鏡と望遠鏡を左右の手にもって考える。無印良品のパッケージが、日常空間の中心部を外れた地点に置かれている(3)。
もっと見たい時に、目を近づけて肉眼で見るのではない、遠く離れて望遠鏡で見るときの視界が、新世界を生み出していく。無名なのに有名なのが、望遠鏡で細部をのぞく意味だ。
それが「無印良品」というパッケージデザインのコンセプトなのだと思う。無銘というステータスは、日本では古くからあった。近年では民藝運動に引き継がれたものだ。さりげなく見えないと、嫌味にも見えるものだ。
視野の変革にすぎないが、近視眼がはじめてメガネを手にしたときの喜びを追体験する。単純に喜べばよい。それは医療でもあって、こんなところにこんなものがあったのだという、発見の喜びを演出する。
今回の展示は「絵巻物」と言ってもよいものだ。ひと続きになってつながっている。ドローイングの宇宙を歩みながら、西洋文化のページをめくるのではない、日本文化の基軸にも触れることになった。
冊子は便利ではあるが、残念ながら限られた展示空間しか与えてはくれない。まちなかのビルにある小さな展示空間だが、確かにここには歩行によって、体感する展覧会があった。歩いた距離は300ページを超えている。
1
2
3
2026年3月20日(金)〜5月24日(日)
2026/4/29
国立ならいざ知らず、国内の私設美術館が所蔵する西洋絵画を通して、400年の歴史がたどれるということは大変なことだ。ついつい倉敷の大原美術館と比較してしまう。エル・グレコから現代絵画までということなら、400年をこえるが、16世紀のあと17・18世紀がすっぽり抜けて、19世紀の近代絵画につながるという点では、片手落ちということだ。
ルネサンスからの西洋絵画史を教科書的に集めるという、意図などなかったと言うほうが適切だろう。たまたまエル・グレコが紛れ込んでしまったということだ。もちろん高価であるだけではなく、美術史的にも大変な買い物だった。
古画収集の目はすぐには育たない。日本人にとっては歴史画や宗教画がネックとしてある。近代以降のように予備知識なしでは理解できないのだ。近代偏重になるのはやむを得ないが、油彩画の歴史をたどるにはルネサンスからはじめなければならない。それは美術館での収集の基本だ。
建築に付随した壁画は美術館にはなじまない。美術館のすごいところは、一部屋移動すれば百年単位の旅ができることだ。ルーブル美術館なら千年単位で、エジプトに隣り合わせてギリシア・ローマが続いている。
断片をチョイスして並べることで、人類の歴史を学ぶことができる。油絵はそのために発明されてきた、格好のアイテムだったようにさえ見える。常設展示に耐えられるし、展示替えも容易だ。
偏らずに満遍なく収集するためには、資金が必要だが、それ以上に知恵が必要だ。富士美術館の場合、ルネ・ユイグの名が重要である。私の場合で言えば、創設者である創価学会会長の池田大作のことはよく知らなくても、美術史家ルネ・ユイグのことはよく知っている。
真贋を見極める実証的な学問である美術史学の枠を超えて、人類の未来を見定めた人間学へと羽ばたかせた人である。その段階で宗教家との出会いがあったにちがいない。「見えるものとの対話」や「イメージの力」などは美術史を学ぶ、私たち世代の愛読書だった。同時に池田大作との共著「闇は暁を求めて」がある。宗教的には美術品収集は信仰の対象という意味がある。名高いMOA美術館やミホミュージアムは、ことに日本の古美術に目を向けてきた。しかしここでの「西洋絵画400年」には明らかにそれとは別の意図があるはずだ。
西洋絵画史の醍醐味は、百年単位の様式史の変遷にある。19世紀以降は25年から10年刻みのイズムの変遷が、くっきりと見えてくる。くっきりと見せるために作品が収集されてきたという向きもなくはないが、時折あらわれる巨匠によってつづるのではなく、おのずと時代を浮き彫りにする作品が、必然的に登場してくる。それが歴史のダイナミズムであり、その路線に沿って作品収集が進められてきたように見える。
様式史で言えば、400年の変遷は、17世紀のバロック(1)からはじまり、ロココ(2)、写実主義(3)、印象派(4)を経て、20世紀になだれ込む一続きの額縁画(タブロー)によってたどられる。
この基本形を応用して、今回は絵画のテーマでまとめ直している。歴史画からはじまり、風俗画や風景画や静物画のしばりで見直す。素材が多ければ多様性もふくらんでくる。学芸員の腕の見せどころとなるものだ。
境界線上にあり、分類が微妙なものも少なくない。聖家族はいつのまにか家族の肖像にかわっている(上図)。風俗画と肖像画の区別についても、風俗画で登場人物の個人名がわかれば、肖像画とも言えるというようなことだ。いずれにしても素材の豊富さには魅力があり、さまざまな味付けが可能なのだと思った。
1ハルス1633
2ナティエ1740
3クールベ1872-3
4モネ1908
2026.03.28 sat. - 06.21 sun.
2026/4/29
加守田章二をまとめて見ることができた。これまでは他の陶芸家に混じって1、2点を見ることでしかなかった。今回、IM MENの服飾デザインとだきあわされることで、くっきりと見えてきたものが、じつに衝撃的だった。
二つの作品を並べてみると、陶芸が服飾にインスパイアするのだということに納得がいく。陶芸の表面を無数の波が覆っている(1)。それは表面に刻み込まれた装飾であるのだが、みようによれば衣服を着込んだ人体があり、そのシルエットをなぞっているようにも見えてくる(2)。
加守田の作品を複数並べてみると、そのように見えるというよりも、そのように見せようとしているのではないか、もっと言えば、作家の意思を超えて、「陶芸」というものがそういうものではないかとまで思えてくる(3)。
仏像で人体に施された波型をドラペリーと言うが、それは彫り出された衣服の襞のことだ。原始性の名残りをとどめれば、未開の現地人が身体に施した入れ墨のようだし、縄文土器の表面のようでもある。これに対して、弥生土器は衣服を剥いだ裸婦のようになめらかだ。
表面の装飾は衣服のことでもあるという、原初の思考がシンプルながらも人間の本質をとらえようとする。加守田章二(1933-83)も三宅一生(1938-2022)もともに故人であり、その芸術思想の継承者どうしが出会ったという点が興味深い。
陶芸は身体であり、服はそれを覆う建築であるということで、陶芸と服飾と建築がひとつのものとなる。加守田の壺は人体にも似ているが、家屋にも似ている。土壁のようにして立ち上がっているものもある(4)。現代建築家が加守田をおもしろがって、今回と同じようにコラボレーションをすることになるのではと思った。
1
2
3
4
2026年3月14日(土)– 6月14日(日)
2026/3/30
「絵画」とは何かという画家にとっての命題を引きずりながら、とことん掘り下げて、哲学問答にまで至った歩みをたどる。サブタイトルの「緩やかにみつめるためにいつまでも佇む装置」とは、この画家が定義した絵画のことである。
現代美術の系譜で言えば、60年代以降は絵画を脱皮し、さらには否定する方向に向かっていった。身体の復権は画家をこれまでの思索の人から、行為の人へと変貌させた。
キャンバスの前に立って唸りながら、今日は一筆も進まなかったと嘆くのが、画家のステータスとなっていた。文学者をお手本にした芸術家像が定着している。画家は職人ではない、芸術家なのだという。苦悩の画家が理想像として模索される。
こうした地位向上運動がルネサンス以来なされてきた。功を奏して画家は思想家となったが、これに反発してそんな姿を良しとしない、文学者にはない画家としてのアイデンティティが見つけ出されていく。
そこではパフォーマンスが魅力的なものに思えてきて、アクションペインティングの名称も定着していった。ひ弱げな文学青年と同調しながらも、絵は文学の挿絵ではないという、独立精神も旺盛な肉体派が台頭する。
画家の出発点は日本神話だった。青木繁の系譜なのか、様式的にはロマン派からフォーヴィスムへの絵画史の延長上にあるようだ。出発点として展示された油彩画が、「天の岩戸」というタイトルなのは興味深い(1)。その後展開していく絵画で、繰り返し出てくる暗闇の空洞に、残り続けていったモチーフなのだと思う。
それは無理やりにこじ開ける扉であるし、誘うように少しのぞいているスリットでもある。それは生命力であり、多分その闇と光の間にある、開閉の位置に絵画がある。絵画は平面であるという定義はあまりにも簡単すぎる。
その後、胸をこじ開けるというイメージが、絵画を志向するモチーフとして定着した(2)。胸を開いてほとばしる心臓を見せようとしている。ハート形の神秘めいた由来が語られている。中世以来、錬金術図像にひんぱんに登場するイメージだ。
同時に二つの三角形が左右対称に置かれて、二つがダブルイメージとなって、謎めいた空間に重ね合わされている。三角形は内臓でいえば肺、解剖学でいえば骨格にあたる。
このシリーズに先立って、T字を無数に繰り返して絵にしている。うねるように連なると、恐竜や大蛇の骨に見える(3)。生々しく視覚的というよりも触覚的である。砂漠に眠る、得体の知れない生命体と言ってもよい。埋蔵された発掘品を視覚化するのが、絵画の仕事となる。
凹凸のあるT字は、描かれているのか、貼り付けられているのかは、表面を手で撫でない限りは区別がつかない。つまりは手で撫でてみたいと思うということでもあって、そう思わせれば絵画としては成功であるのだ。
次に洗濯バサミを画面に無数に留めていく。絵画とちがうのは、間違っても訂正が効くということだが、言い直せば正解はないということでもある。衣服でいえば仮留めということだ。絵画ではひと筆を置いたところが正解であり、それを修正するためには、思い切りとためらいが必要になってくる。
ルネサンス期のレリーフ彫刻は絵画だが、ここでも洗濯バサミは絵の具に代わって、画面に貼り付いて盛り上がりを見せる。光があたると画面に影ができる。その輪郭を見ていると人体のシルエットであることに気づく。
薄っぺらい金属製の洗濯バサミが選ばれた理由がわかってくる。アルファベットのA字に似ているが、影ができると足を広げた人間になる(4)。そんなふうに見えだすと、狩猟をする無数の人間を集めた、原始時代の壁画が思い出される。
そして光が消えると人体も消えて、また洗濯バサミに戻る。そばには黒い穴があいているが、写真ではわからない。描かれた穴ではなくて、キャンバスに実際にくり抜かれた穴である。
洗濯バサミはキャンバス上だけではなく、人体や衣服にも用いられる。顔じゅうを洗濯バサミで覆うと、格好のパフォーマンスとなった。黙って歩いているだけで人目を引く。洗濯バサミは画家にとっての絵の具であって、顔を白く練り込んでもパフォーマンスは成り立つ。
目を引くために真っ白に顔を塗り込んで街に出る。それは目立つためでもあるし、隠れるためでもある。サラリーマンのようにスーツ姿のほうが効果はある。白衣を着てマスクを付けて、そのように路上の清掃をするのも同じことだ。この白と黒という対比に呼応するように、独特の色彩が選び出された。
紫と草色であり、ともに高貴な色でありながら、この画家を識別する特徴にもなった。淡いパープルと淡いグリーンである。補色の関係にあり、補いあってたがいに高めあう関係にある。単純には男と女と言ってもよいし、宗教画で言えば、アダムとイヴと見ることもできる。
赤と青も補色だが、色彩環では直交し合うものだ。水平を思い浮かべると、赤は太陽の方向、青は夜空の星を暗示する。それではパープルとグリーンは垂直ということになるが、そんな宇宙論が下敷きにされているのかどうかは知らない。画家は「山頂の石蹴り」という魅力的なことばを見つけ出した。落下の法則に従ったポエムである。
対立する二者が出会うというテーマは、絵画の場合キャンバスをはさんで、表と裏のことでもある。壁ではなく中央に並べられたキャンバスでは、裏面で画家のサインに出会うことになる。表面にサインを入れていた、旧来の因襲と対比をなす。
今回の展覧会には紹介されてなかったが、画家には二つの円環が出会い別れるというテーマがある。倉敷でおこなった退任記念のパフォーマンスだった。2m大の鉄の円管はその後の展覧会でも出品されていた。二つの円環は大橋の左右から転がされ、すれ違って対岸までいく。重なったとき二つはひとつとなるが、その直前に二つが並ぶとメガネに見える一瞬があるのを、興味深く見た記憶がある。
1天の岩戸
2KT像・グリーンドア
3韻
4洗濯バサミは攪拌行動を主張する
2026年3月25日(水)~5月6日(水)
2026/5/1
現代美術の範囲内で制作活動をした、14名の女性作家が集められている。何人かは知っていたが、はじめて聞く名もあった。知らない作家名のなかには、決まって夫の名が紹介されていて、へぇーと驚くことになる。
才能がありながら、内助の項で自身を犠牲にしてきた、慎ましやかな女性論が見え隠れしている。作品を見ながら、これならもっと名声を獲得していいはずだと思った作家の伴侶は、押し並べて巨匠だった。
男の名に隠れて埋もれてしまっていた、女性画家の発掘が続いている。古いところでは大雅の妻や北斎の娘などがよく知られる。佐伯祐三の妻は夫の代筆もしていたというが、その後、陽の目を見ただろうか。
佐伯祐三を男性画家の個人名ではなく、商標や屋号だと考えれば、女性が混じっていても問題はない。映画での監督名はスタッフ全員を集めた屋号のことで、監督個人は代表者にすぎない。
夫が巨匠だということは、恵まれた環境にいることが確かだ。歌舞伎の家に生まれた二世や三世と同じだが、私は親の名を汚す反逆児のほうが好きだ。歌舞伎と何の関係もない一匹狼のほうがもっと好きだ。
今回アンチ・アクションと題して、女性画家の仕事をまとめようとした。アクション・ペインティングをめざした、男性社会に対抗したものだ。福島秀子や田中敦子を見ながら、どう見てもアクションそのものだと、ボヤきながらの鑑賞になった(1)。もちろん男の場合も、ポロックの時代にロスコもいるのだから、アクションは男女を区別する用語ではない。
解説文にあげられた夫の名をたよりに、偏見に満ちた見方を楽しむことになってしまった。そんな名を知らないほうが、作品を偏見なく鑑賞できたのにと思いながら、私生活のほうについつい目が向かう。解説者と自身の非俗さに、嫌な思いがする。夫の名には、芥川也寸志(2)、堂本尚郎(3)、金山明、磯崎新、白髪一雄(4)らがあがっていた。
1福島秀子/田中敦子
2芥川(間所)紗織
3毛利眞美
4白髪富士子
2026年4月28日[火] - 9月23日[水]
2026/5/1
一時期、館長の職にあった美術評論家中原佑介を通して、所蔵展を見直そうという試みである。オールマイティではないので、全作品を覆うことはできない。ことに県立美術館のように、古美術や官展系の画家が存在感を示す場合は、抵抗も多かったにちがいない。
今回で言えば、常設でいつも定位置にある、小磯良平や金山平三の記念室に掲げられた、担当学芸員の解説をおもしろく読んだ。中原の残された文章から、小磯と金山の文字を検索したにちがいない。見つからなかったという報告が綴られるが、感慨深げである。見つかれば新発見だったはずだ。
現代の私の心境からすれば、金山平三の風景画は偏見なく素晴らしく、なぜ書いてくれなかったのだと、批評家を批評することになる。若い頃、私も中原をバイブルとしていた。
瀧口修造、針生一郎とともにこんな批評が書けたらと憧れていた。アバンギャルドをめざしていた学芸員の目には、アカデミックなものは、根っから鑑賞の対象ではなかった。作品を見ないで毛嫌いをしていたのである。
一般にはこんなもの、どこがいいのかという現代美術をなじる言説に、対抗するためには思想が必要だ。難解な哲学用語が駆使されると、現代美術以上に難解なものとなる。
私たちが中原に惹かれるのは、平易なことばによって、深い思索を提供してくれたことだろう。見ればわかる美術であるなら、書く必要はないが、すべての美術が見ればわかるというものではない。考えないとわからないものも多い。最低限の知識を必要とするものもある。それを解説ではなく、思想とした人だったと思う。
私の部屋には近年刊行された真新しい批評選集が並ぶが、今回展示されたオリジナルの雑誌の見開きを見ながら感慨にふける。現場で書かれた刑事の調書のような生々しさが、下敷きにされたことばなのだ。
マンゾーニ(1)の黒い巻物となった美術作品の抜け殻と、隣り合わされて中原の文章が威力を発揮している。もちろんこのままでは、何のことかはまったくわからない。かと言って解説するとさらに野暮になる。黒い筒が置かれているだけだが、これは経筒で、たぶんなかにはありがたいお経が収められている。それは宇宙の神秘に触れるものだ。どんなものだったかは、このタイトル「5.1メートルの線」がヒントを与えてくれる。中原のことばは、いわば聖書註解にあたるものだと見ればよい。
中原がおもしろがった高松次郎(2)や河口龍夫(3)の作品が並ぶ。かすれた活字の文字や、画面にできた吹き出物を眺めていても何もわからない。後者の種子を埋め込んだ鉛などは、見るだけではわからない。前者はわかりやすいが、ただのダジャレですまされるものだ。ともに旧来の美術にはない、宇宙の神秘に触れようとしている。
美術とは何かを問うこれらの反芸術と、同じ程度に小磯や金山の油彩画もおもしろい。物質や空間(4)というキーワードで、現代美術を見つめる目には見えなかったのかもしれない。
旧来の苦悩を売り物にする芸術家像ではなく、クールで覚めた目で世界をとらえる科学者の目がそこにはある。大学院で湯川秀樹に学ぶ研究者が、美術批評に転身した。それは華麗なる変身だったが、一方で挫折した物理学者の姿でもあった。
評論家はいつも後ろめたい位置にある。哲学者くずれであったり、詩人くずれであったり、文学者くずれであったり、学芸員くずれであったりした。挫折感がパワーとなって爆発して持続した。三次産業の悲哀、そんなふうにも私には見えている。あるいは胸を張って創造(クリエーション)を主張できなくなった、現代のペシミズムと言ってもよいか。
カッコ付きの教条的な「現代美術」は、今では去ったように見える。たぶんそれは「現代アート」と呼び換えられた時点からだろう。宗教はときに他を排斥する。今も血が血で洗う宗教戦争にエスカレートしている。両立しないことは確かにあるが、共栄はできなくても共存はできる。
イタリアンの料理人が、天ぷらや寿司に舌鼓を打つ。舌は目以上にリベラルなのだ。もちろん舌鼓を打って味わっているうちはよいが、舌がなめらかになると、また争いになっていく。共存も難しいが、共倒れだけは避けてほしい。
1ピエロ・マンゾーニ
2高松次郎
3河口龍夫
4山口勝弘
2026年3月28日~2026年5月10日
2026/5/8
はじめてのミュシャは色褪せていた。かつてはどんなに輝いていただろうかと、思いを馳せながらの鑑賞となった。それは19世紀末のミュシャ自身のことでもあるし、はじめてミュシャを見てから年月を経た私自身のことでもある。
時代の寵児となり華やかな世界に、身を置いていた姿を思い浮かべるが、百年以上も経過するとすべては色褪せてしまう。ことにポスターという消耗品のせいもある。もちろん浮世絵でも同じことだが、ミュシャのようにサイズが大きいと、油彩画と見間違う。
重厚な額縁が等身大の女優を引き立てている。狂気を宿した王女メディアの目は、今も異様に輝いている(1)。それは役を演じたサラ・ベルナールの眼差しでもある。男役もありここでは5枚が並べられた。
それぞれがポスターなのだから、一堂に並ぶことはない。まるでシリーズとなった名女優の、早替わり図のように見えて壮観である。あたり芸はそれぞれ「ジスモンダ」「椿姫」「ロレンザッチオ」「メディア」「ハムレット」である(上図)。
4枚続きのシリーズ作品がいい。占星術に由来する中世以来の世界観に根ざして、伝統的であり安定感がある。「春夏秋冬」は世界共通の4分割の定番だが、女神像によって描き分けられる。
花では「カーネーション」「百合」「バラ」「アイリス」が一組となる(2)。芸術分類では「ダンス」「絵画」「音楽」「詩」である(3)。一日では「朝の目覚め」「昼の輝き」「夕べの夢想」「夜のやすらぎ」、惑星では「月」「北極星」「宵の明星」「明けの明星」となっている。
パリで花咲いたが東方のエキゾチックな気分を伝えている。行き過ぎると中国や日本にまでたどり着くが、チェコにとどまるオリエンタリズムが、万国博覧会の時代を反映している。
これまで何度となくミュシャ展を見てきた。「スラブ叙事詩」の油彩画大作が、まとまって東京に来て見た時、これでミュシャの鑑賞は完結したと思った。プラハを訪れたときも、日本で散々観ているので、小さな入口を素通りしてしていた。
堺市が積極的に収集しているし、今回の充実したコレクションが日本にはある。現地に行かなくなってしまうのも困りものだが、ミュシャを引き金にして、まだまだ眠っているにちがいないスラブ魂を、現地に探し紹介することが、ミュシャの継承以上に重要なのだろうと思った。
1
2
3
2026年4月11日(土)~6月14日(日)
2026/5/15
ビートルズの4人になぞらえての、アメリカンポップの巨匠4人の展覧会。ウォーホルの購入で話題を呼んだ昨年の開館から一年、この路線を踏襲しての企画である。
日本で言えば、大正末期から昭和初期に生まれた作家だ。ビートルズと抱き合わされることで、一般鑑賞者にとって、よりなじみのものとなった。そこでそれぞれは誰と対応するのかと考えてみる。一対一対応をさせてみたくなってくるのだ。
知名度から言えばウォーホルで、ジョン・レノンにあたるか。あとは思いつきで言えば、ポール・マッカートニーはジャスパー・ジョーンズ、ジョージ・ハリスンはラウシェンバーグ、リンゴ・スターはリキテンスタインというのが、私の見立てである。
思いつきにも理由が必要だが、それぞれの4人の個性の違いを考えてみる。今回の展示でいえば、カラーリトグラフという大衆性に根ざした安価なメディアが、主に選ばれているので、比較がしやすい。
一般にはウォーホルとリキテンスタインはポップアート、ラウシェンバーグとジョーンズはそれに先立つネオダダに分類されるが、年齢的にはほとんど差はない。
ウォーホルとリキテンスタインを比べると、前者がさまざまな分野を実験的、挑戦的に取り組んだのに対して、後者は一つのことにこだわり、突き詰めていったように見える。拡散的と集中的と呼び比べてもよい。
一世代前に置き直せば、ピカソとマチスの対比に似ている。4人のうち早死にをしてしまったという点でも、ウォーホルはジョンに対応する。社会との摩擦と軋轢を感じ取り、敏感に反応した人である。高齢者という点では、ポールとジョーンズが組をなす。ともにスカッとしたメロディメーカーである。
ラウシェンバーグとジョーンズを比べると、前者が世界を二重重ねになったように、重層的にとらえるのに対して、後者はベールを剥ぎ取って、世界をクリアにしようとしているようだ。世界を無化するダダイストの目が前者の特徴だが、今回の版画作品ではそのダイナミズムは見えにくい。
カラーリトグラフをキーワードにして、この4人をフォローするように、インディアナ、ローゼンクイスト、ウェッセルマン、ジムダインが加えられる。ともにアメリカの時代を語るのに、重要な同時代人である。
アートはビジネスだと言ったウォーホルのことばが代表するように、作品は商品化されていく。影の存在であるはずの画廊名(レオ・キャス テリ)も堂々と自己主張をしはじめる。このビジネスの延長上、ウォーホルのブリロ一個に五千万円をこえる値段がつけられて、日本の公立美術館に収蔵されるまでに至った。
アメリカを信頼してのことだったが、今後ウォーホルの評価は持続していくだろうか。このところの世界経済をみると心もとないが、アメリカの現代美術の価値は今では定着しているように見える。ウォーホルの作品は確かに優れたものだ。
今回で言えば、「貯金箱」が目を引く。ハイヒールを履いたように見せた、豚の柔らかそうな毛並みの装飾性はファッショナブルで、天賦の才を発揮している。「シャネル」の琥珀色をした化粧水のデザインも秀逸だ。アート作品を表明するが、ともに商業デザインの領域からきたものである。
イタリアではじまりフランスで確立した、従来の芸術概念への挑戦であり、過激に見えるが、そのメッセージについてはよく理解できる。現代美術史の思潮の変遷についても、理路整然としてわかりやすい。
しかし個別的に並べられると違和感を伴ってしまう。ウォーホルのブリロについては立体作品で、鳥取県が5点を約3億円で購入した。今回も企画展と常設展でわけて展示されている。
マリリンモンローや花のシリーズがシルクスクリーンで壁面で展示されるなか、ブリロの存在は貴重だ。色ちがいのマリリンモンローは国内にもかなり散らばっていて、見飽きた感がある。
常設展では濱田庄司や河井寛次郎の民藝のもつ重厚な陶芸の並ぶ先に、ウォーホルのブリロが置かれている。確かに違和感はあり、その先に野村仁の現代作品の写真シリーズが並んでいても、なじんではいないように見える。
アメリカの時代が終わると、第二次世界大戦後にはじまるアメリカの現代美術は、大恐慌のように株価が下がって大暴落するだろうか。時代の証言として美術がある限りは、そんなことはあり得ないように思う。
ポップアーティストにとって共通した心情がある。徴兵制度の根づいたアメリカに生まれた青年画家は、押し並べて兵役について反戦の思いを強めていた。年齢的には朝鮮戦争に従軍して、日本に滞在したアーティストもいる。彼らが無事帰国後押し並べて、ベトナム戦争に反対を表明する。
もう戦争は懲り懲りだ。若者を戦争に行かせてはならない。それらが60年代のポップカルチャーを支えていた理念だった。写真家はもっと強く反応した。美術だけでなく映画や音楽シーンでも、共通に通底しあう思想だった。それが歴史の証言となる限り、大暴落などはせず、ポップアートは美術史に残り続けるはずである。
違和感なく日本の民藝運動と、一続きになる道筋をつけていくのが、今後の県立美術館スタッフの課題となるものだろう。今回の展示では音楽とファッションを抱き合わせにして、大衆性を強調して見せようとした。
にもかかわらず、わかりやすいはずの美術だけが難解になっていったような気がする。キャンベルスープ缶を衣服にプリントするとオシャレなのに、絵画にすると何を描いているかがわからず、私たちは頭をかかえて、ウーンとうなってしまう。言い換えればそれほどに、絵画に何かを期待しているということでもある。
ウォーホル
リキテンスタイン
ラウシェンバーグ
ジョーンズ
2026年04月25日(土) 〜 06月14日(日)
2026/5/16
好奇心、怖いもの見たさのひと言につきる。この欲望は目の快楽と言っても良いかもしれない。おどろおどろしいものを、よくここまで集めたなという印象である。
企画者のマニアックな楽しみが伝わってくる。観客を楽しませようという、職業意識を越えて、個人的な欲望に酔いしれる、遊びごごろが真に迫る。探究心が見ている私たちを揺り動かし、その刺激が心地よい。
歴史博物館なので、イメージよりも文献が優先され、書かれた文字を通して想像力がイメージ以上に羽ばたいていく。古文書を読みこなす職業訓練が前提となるが、それを通じて無限大に世界が広がっていくのだなと、今さらながらあこがれをいだく。
膨大な文字のなかで、稚拙にも描き加えられた絵が威力を発揮する(1)。ことばでは伝えきれないものがあるのだと知る。それが稚拙であればあるほど、切迫感も伝わってくるのだ。
そんななかで見せ物としてはミイラが秀逸だった。絵ではない、モノである。干からびて枯れ木と化したような異物の中に、目鼻立ちが見え出してくる。ことばをはさむ余地のない衝撃が伝えられる。時を隔てるとますます異様さを増してくる。
キツネやタヌキの剥製からはじまり、ムジナなどのあまり見かけないものを経て、龍(2)や人魚(3)や河童というありえない生物まで登場する。目撃談を収集して、妖怪名を振り当てていく。
分類をして妖怪学が確立されていった。人間の想像力の歴史である。一方で恐怖心をありがたく思った。それは人間みずからが妖怪にならないための、ヒューマニズムに根ざした防衛本能だったような気がする。
1
2
3