光の芸術家 ゆるかわふうの世界 ~宇宙(そら)の記憶~

2022年 1月29日(土) - 3月27日(日)

神戸ファッション美術館


2022/03/04

 「光彫り」と称するが、断熱材が光を通すという性質がここでのポイントである。いかに光を表現するかが、長い間の絵画史の課題だったことを思うと、これはこれまでの歴史を踏まえたうえでの新発見である。油彩画の発明が画材の発色を用いて光の世界を再現したとすると、それ以来の挑戦ともいえる。断熱材に背後からLEDライトを当てると青白く透けて見えるのは、紹介ビデオを見ていてアッと驚く瞬間だった。それは良質の大理石に後ろから光を当てると透けて見えるのに似ている。これが使えると思ったのは、3センチ幅の断熱材の表面を削ることで深いブルーから白光に近いまでのグラデーションが可能だということに気づいたからだろう。色彩を加えているわけではないのに、青白く神秘の光を発している。

 モチーフはなくてもよかったかもしれないが、丹念に表面を削り込んでゾウの乾いた肌や水中に生息する魚類の湿った表皮、さらには少女のなめらかな顔の表情にまで発展させていく。そのモチーフの多様性は、断熱材という素材が宿していたものだろう。建材とはいえ、それは家屋がさまざまな表情を保つための顔のようなものだ。工業用の板ガラスを何層にも重ね合わせて神秘の光の深淵を実現させる家住利男のガラス造形や、アクリルの層を重ねながら金魚を浮かび上がらせる深堀隆介に先例を見いだすこともできるだろう。深堀は同じファッション美術館で、先日みて記憶に新しいものだ。

 油絵の発明は15世紀のことだが、その後、画家の代名詞になったのは、この画材を用いて多くの画家が誕生したからだ。それに対して、現代アートは新しい技法の発見の歴史だったようだ。そして多くの場合、それらは一代限りで完結する。ここでも油彩画の光の探求を踏襲してはいるが、目を近づけると油彩画では奥行がないのに対して、ここでは逆に凹凸があるのに驚く。

 彫れば掘るほど明るくなっていくのは、鉱脈に近づく採掘者の期待感にも等しい。彫りすぎて穴が空いてしまったものもあり、それはそれでフォンタナの現代絵画の実験を思わせて興味深い。最終的には写実をめざすが、私の目には天地創造を構想したおぼろげな光の誕生のほうに魅力を感じる。印象派の絵画にも似て、海と雲しかないが光に満たされた幸福感がただよっている。天地創造では人類はまだいないので幸福感すらないのだが、はじまりの予感は期待に満ちていて、現代の地球環境が終末期にあることを痛感してしまう。人類がいないことが幸福であったことに気づいてしまうといったほうがよいか。


by Masaaki Kambara