特別展 西行―語り継がれる漂泊の歌詠み―

2022年10月22日(土)~12月4日(日)

五島美術館


2022/10/30

 西行の筆蹟を楽しんだ。漢字はほとんどなく、流れるようなかなの崩しが、自然体で好感が持てる。画家が絵を描くのとは異なるが、身近なものと思えてくる。軸装をして鑑賞用にもなるものだが、西行の肉体の一部を切り取ったような臨場感を味わえるものだった。書簡の内容に触れる前に漂うものがある。それが平安の仮名文字の美観をなしている。歌人でもあるので読み取ることが必要だろうが、活字には置き替わらない息づかいが感じ取れる。ことに歌と歌との行間にある呼吸の落差が、詩の鑑賞にも必要なのだと思う。

 見せ物としてはその後の西行物語が視覚化されていった絵画的系譜が興味深い。足を止めて遠方を眺める旅姿だけでなく娘を蹴飛ばして庭に落ちるエピソードは、そんなプライベートな話など、内緒にしておくほうがよいと思うのだが、おもしろおかしく定番となって受け継がれていった。漂泊と放浪は日本美の原型として定着し、芭蕉や山頭火、それを絵にした文人画家たち、橋本雅邦さらには池田遙邨などへと広がりを見せていくものだ。一遍上人絵伝にしても日本各地の風土記の性格もともなって、風物詩と季節感のなかに、日本人の心情を仮託したものであり、宗教と詩歌が切り離せない一体のものとして機能していたことがわかる。


by Masaaki Kambara