飯川雄大 デコレータークラブ メイクスペース、ユーズスペース

2022年02月26日~03月27日

兵庫県立美術館


2022/3/27

 最終日になんとか駆けつけることができた。どうしても見ておきたいと思うことは、今ではそんなにはない。あらかじめどんなものかを知ってしまうと、そんなものかと思って、まあいいかと見ずじまいで終わることも多い。ことに歳を重ねると、行ってみてがっかりするよりは、行けなくて残念だったと思う感覚をよしとしている。今回どうしても行きたいと思ったのは、先日の国立国際美術館での出会いの新鮮さと、その前の森美術館での素通りの心残りが、引っかかっていたからだった。

 これまでに情報を集めて大方のことはわかった。デコレータークラブというのが制作のキーワードになっているようだ。はじめは装飾倶楽部のことでデコレーションをして楽しむ集まりがあって、飯川雄大はその代表者名だと思った。しかし実際は変装をするカニ(蟹)のことをいうようで、環境に合わせて擬態する、いわばカメレオンのような生物のことである。摩訶不思議な生態は、ヤドカリをイメージしてもいいだろう。環境とともに姿を変えるから実態はない。しかしカニであるという、その存在のおもしろさを美術に応用したということのようだ。このカニについて調べようとグーグル検索すると、今ではほとんどが飯川雄大と結びついてしまっている。まさに環境に合わせて変容してしまったようだ。それ以前にカニ(crab)は同好会(club)にカモフラージュしてしまってもいたということだ。

 大きな赤い猫のハリボテもこのカニにあたるのだろう。それは「ピンクの猫の小林さん」という作品名をもっており、映像作家として知られる小林はくどう氏がモデルとのこと。大きすぎて全容を見届けることができないという暗示を含んでいる。森美術館での六本木クロッシングの会場入口で見たときに、邪魔だなと思いながらすり抜けた記憶がよみがえってきた。入口をふさいでなぜこんなところにあるのだという軽い不可解は、すぐに忘れてしまったが、それでも記念に写真撮影はしており、どの方向から撮ればいいのかが分からずにうろうろしていたことも思いだす。実はそれが作者のねらいだったようだ。探せばそのスナップ写真は見つかるだろうが、以前のスマホの画像ファイルの奥深くに埋もれてしまっている。つまりクラブの実態はつかめないままだ。実態のわからないクラブは秘密結社と呼ぶが、かつてはレオナルド・ダ・ヴィンチが属して、創作の原点としていたものだ。

 今回のしかけはヴィンチではなく、ウィンチでロープを締め付けるというものだった。正面には「新しい観客」という文字がロープによる一筆書きで浮かび上がっている。係員に誘導されてウィンチを回すとロープが締まる。歯車がカタカタという音は、聞いている時は騒音だが、締めている時は心地よい。スタッフか観客かわからないが、力を込めてウィンチを回している。ネジを締め付けるときの体感に似て、変な達成感がある。これによってロープはまっすぐにピンと張ることになる。

 四方に張りめぐらされたロープはそれだけで美しい。滑車が連動しているので、ロープの張り具合で文字が微妙に変化するのだろう。ロープが張れば張るほど、張りのある文字が誕生することになる。重力はすぐにロープをたるませる。そのつど締め付ける力を必要とする。私は二回ほどまわしただけだったが、スポーツジムに通いなれたインドア派の観客なら、苦のない参加だろう。作品は「新しい観客」を求めている。観客がいなければぐったりとしてしまうのは、植木鉢の世話に似ている。枯れないように水をやるが、やりすぎても腐らせてしまう。ここでもウィンチを力持ちが力づくでみさかいなく回しすぎると、壁面に埋め込まれた滑車をこわしてしまうのではないかと気になってきた。おりから大相撲の3月場所が大阪ではじまっていた。アート好きの相撲取りが来る前に会場をあとにして見渡すと、大阪の国立国際美術館から運ばれてきたのだろうか、重いリュックサックがキャリーに載せられて、無造作に置かれていた。


by Masaaki Kambara