美術時評 2018年5月◀ ▶
倉敷市立美術館 和の装い 鋼の錬金術師展 大正ロマン昭和モダン展 児島虎次郎 若冲と京(みやこ)の美術 京の雅-伊藤若冲と近世の画家たち 熊倉順吉の陶芸 猿楽と面 池大雅 エリオット・アーウィット 堂本印象 林典子写真展 蜷川実花写真展 エステル・デレサル展 備前焼展 天地人 横尾忠則の冥土旅行 須飼秀和 アニメーションにみる日本建築 珠玉の村山コレクション セーヴル 創造の300年
2018年5月12日(土)~2018年6月17日(日)
倉敷市立美術館
2018/5/29
鳥越烟村と吉嗣拝山の山水図が面白い(上図)。このところ山水画でごつごつとした岩が出てくると、すぐに人の横顔を思い浮かべてしまう。きっかけは堂本印象からだったが、今回も妄想は広がった。顔に見えたのは岩山だけではない。水辺の輪郭も横顔に見えるし、高台から突き出た岩の輪郭が人の頭部に見えてきた。遥か彼方を見渡している人物の後ろ姿に見え始めると、それ以外には見えなくなってしまうから不思議だ。
実はこの二つはヒエロニムス・ボスのダブルイメージの中でも登場するものだ。500年も前の絵だが、人の妄想は今も昔も、日本も西洋も大差ないということか。日本のルーツは中国の水墨画にあるが、北宋の山水画でごつごつとした奇岩には、人の顔をしたものも多い。これは画家のイマジネーションだけではなくて、中国では大河を遡った実景でもあるようだ。
何を見ても人間の存在を見つけ出そうとするのは、太古から人類に埋め込まれた遺伝子なのかもしれない。それほど似てもいない岩の輪郭を人の顔に描き起こしてきた物的証拠は、16世紀マニエリスムの西洋絵画には山のようにある。
東洋の水墨画からの影響がどの程度あるかは、興味深い研究テーマでもあるし、宋元絵画は幻想絵画の宝庫なのだ。これは高名な美術史家バルトルシャイティスが注目していたことでもある。モンゴル帝国のヨーロッパ進出に合わせて山水画は西洋に入り込んだはずだ。モナリザの背景の山々は水墨画のぼかしのように見える。レオナルド独特の筆さばきを、今ではスフマートの名で呼ぶが、ルーツは東洋画の技法の内にあったかもしれない。そして16世紀にマニエリスムがレオナルドを受け継いで面白がることになり、神秘から怪奇へと移行する。じつに壮大なイメージの東西交流史が綴れそうに思った。
和の装いと題した本展、点数は少ないが美術館での収蔵にふさわしい屏風や襖絵の大作が、ガラスケースに収められ、堂々とした風格を見せている。知名度からすると円山応挙の「松鶴図」と鈴木其一の「百合図」だろうか。前者では骨太の狩野派、元信や永徳にはない新しい時代の空気感があるし、後者は扇面状の小品ながら琳派の華やかさを伝えている。バーナード・リーチの鉄釉大鉢は、民芸の持ち味を遺憾なく発揮して、場を引き締めている。
清水比庵の書「四季の詩」も大胆かつ奔放で、大らかな童心に戻った気分を味合わせてくれた。字ととらえない西洋の現代絵画の理念は、そこに抽象世界を楽しんだに違いない。くずし文字を解さない現代の日本人もまた西洋的見方のできる人種であり、和の装いは東西交流にふさわしいテーマでもあったようだ。他の書もネット検索をしてみたが襖絵も多い(下図)。型破りの暴走に優しさが潜んでいる。
清水比庵の書
2018年4月21日(土)〜7月8日(日)
2018/5/26
多くの若者が熱心に鑑賞している。ストーリーは漫画で知っていて、それを懐かしむようなまなざしだ。桁違いの発行部数を誇る出版文化の中で、日本のマンガは世界中に読者をもっている。同じく出版社を求めて、その良心に期待する純文学者や地味な研究者にとっては、何ともうらやましい限りだ。
錬金術に興味を持ったのは、私の研究対象である画家、ヒエロニムス・ボスのせいだが、マンガの世界観にも共通した中世ヨーロッパの精神風土に根ざすものが少なくない。日本のマンガの国際性は主人公の無国籍性にもあるが、ここでの主役は二人の錬金術師エドとアル。少なくとも日本人ではない。中世の世界観はキリスト教の理念に反映する。錬金術にしてもそうだ。賢者の石の探求も、実に宗教的で、そこには常に苦難がある。それはキリストの死を通して追体験できるものだ。
「七つの大罪」のそれぞれの悪徳は、擬人化されて登場する。英語でプライドというのがあるが、これはなかなか難しい概念だ。良い意味では「誇り」であるが、悪い意味では「見栄」となる。日本語では高慢や傲慢と訳される場合が多いが、ラテン語ではsuperbiaという。絵画作品としてよく紹介されるのは、ヒエロニムス・ボスのプラド美術館にある一点で、七つの場面のそれぞれにラテン語名が付されているのでわかりやすい。
ハガレンでもそんな悪徳が登場する。マンガを通して現代日本の若者は知らず知らずのうちにキリスト教に染まっていくとすれば、世界制覇をめさす布教活動のひとつと見ることもできるだろう。
2018年4月21日(土)〜7月1日(日)
2018/5/26
挿絵、イラスト、グラフィックデザイン、表紙絵など、どれを取っても商業美術の範疇に入るのかもしれない。しかし時代の感受性を色濃く反映していて、世相史や流行史を綴るには格好の素材となる。一方でアートの領域が拡大していく現代の状況を理解するには、欠かせない美意識の変遷をたどってもいける。浮世絵が江戸時代の美意識に委ねられながら、明治以降も脈々と日本美術の底流となっている事実が証明される。
私にはキャラクターをめぐって、一つの問題意識がある。今日の漫画やアニメに特徴的な、目もとパッチリのキャラクターは、どこからやってきたのかという疑問だ。出発点に位置する竹久夢二(1)や高畠華宵(2)に特徴的なのは、つぶらな瞳というよりも、視線の交わらない憂鬱な目であり、ときにどんよりとしている。キリッとした自立性を感じ取れる蕗谷虹児(3)とも違う。中原淳一(4)にはパッチリとした目があるが、それほどは大きくはない。岩田専太郎(5)や北野恒富(6)などでは、細い流し目に大人の魅力を発揮している。それらは宝塚の男役の目に集約されるものだ。橘小夢(7)や小村雪岱(8)に至っては、あぶない世界に入り込もうとする誘惑者の妖艶が醸し出される。目もとパッチリ系の健康美を否定するつもりはないが、「かわいい」という美意識に連動する現代の時代性を、単純に割り切ることはできないと思っている。健康美ははたして健全なイラストであっただろうか。
中原淳一には竹久夢二を抜け出た、カラッとした現代感覚がある。幾分横長変形の「それいゆ」(9)という雑誌は今見ても新しい。私の母親がバックナンバーをかなり残していて、大阪から神戸に引っ越すときに処分したが、これだけは古本屋が高値を付けてくれたことを覚えている。スタイルブックのようでありながら、新時代の女性にエールを贈る前向きな姿勢が見える。社会に進出し始めた女性の応援歌でもあるのか。花森安治の編集術とも連動するが、働く女性の姿が見えてくる。それいゆの表紙の大写しになった女性の顔では、確かに目は大きい。
2018年4月28日(土)~7月8日(日)
高梁市成羽美術館
2018/5/22
伯備線も総社を過ぎると、さすがに田舎に来たなという印象が強い。同時に山の中に入って行くにつれて、ローカル線の良さがどんどんと加速化していく。新見まで行くともう帰れないということになってしまう。備中高梁はその手前にあって、ここなら倉敷に戻って一仕事できる距離である。成羽の美術館は高梁駅からまだバスでしばらく入るので、朝起きた段階で決断と気合いがいる。
来てみてよかったのは、これまであまり見たことのない児島虎次郎が、数多くあったことだ。多くは個人蔵になっていて、地域に愛された画家であったことを伝えるものだ。倉敷芸術科学大学蔵というのも何点かあり、確かに大学にいてもあまり見かけない。私の出た大阪の高校では、卒業生である小出楢重の絵が、校長室に掛かっていたが、同じ卒業生なのに誰も知らなかった。地域で愛されるには、秘蔵という条件が必要だ。
児島の出世作2点(1・2)はさすがに複製展示だが、その後の展開を語るには、欠かせない。逆光の見事な光の処理は、印象派の影響以前からも、天性のものだったことをうかがわせる。薄暗い光への感受性は、孤児院のなさけの庭など、弱者に向けるまなざしとなって、ヒューマニティにあふれている。フランスに渡り、ベルギーに落ち着いてからも、ベルギー女性の魅惑的な表情に、逆光がうまく用いられている(3)。デルヴィルやトーロップとも共通する世紀末的退廃の予感を秘めた影のある女性像が、魅力的に浮かび上がってくる。
出発点での弱者に向けるまなざしは、時として娼婦に向かう場合も多いが、児島の描く女性像は気品に満ちていて、ファムファタールとは対峙しているようだ(4・5)。それは児島自身が挫折を知らないエリートであり続けたからかもしれない。大原孫三郎というパトロンに恵まれたことで、青木繁にはなり損ねたともいえる。唯一の挫折は40歳代で死んでしまったことだろう。
年譜を追う限り、栄光に輝いた経歴であり、自信に満ちている。印象派の明るい色彩はそれにふさわしく、多くの日本人が滞在して絵にしたグレーの風景(6)も、地名の響きに伴う灰色のイメージを払拭している。
同級生の青木繁や熊谷守一が赤貧の末、今日名が残るのとは違い、もちろん画家が出発点ではあるが、筆一筋で何もかも捨てるという生涯ではなかった。アトリエの設計もあれば、椅子のデザインもある。久留米出身の青木繁のファンも九州には多く、同じ久留米出身のブリヂストン石橋コレクションに青木の代表作が数多く所蔵されている。青木の生前よりこのパトロンとの出会いがあったなら、画家の悲劇は回避されていたかもしれない。ただし名作も誕生しなかったかもしれないことを思うと、画家の命運に思いを馳せざるを得ない。
そんななか赤貧のはて高齢まで好きなものを描き続け、文化勲章を断ってみせた熊谷守一に魅力を感じてしまうのは、私だけだろうか。
2018年4月14日(土)~6月10日(日)
2018/5/18
ゆったりと見られるのがありがたい。京都の細見美術館は京都市美術館や京都国立近代美術館に近く、立地条件はいいのだが、とにかく狭い。今日と同じ若冲を窮屈な思いをして見たことがあった。
良いものはどこで見ても良いのだという理屈もあるが、同じ温泉でも手足を伸ばせる大浴場の方がユニットバスよりリラックスできるのは間違いない。
屏風の大作が、洛中洛外図の時代にさかのぼって並んでいる。若冲が客引には使われているが、江戸の初期からたどる大コレクションである。年代を経ているので、画面が暗いのが難点だが、目を凝らすと、技巧の冴えが目に飛び込んでくる。
岩佐又兵衛作とされる「源氏物語図屏風」は、確かに又兵衛独特の顔立ちをしている。しかし人物よりも雲の描写に目が向かう。ひと時代前の形骸化された洛中洛外の金雲を否定して、湧き上がるような生命感をもった雲が、日本美術には珍しいリアリティを備えている。
若冲をいちはやく認めて、コレクションにしたのは、先見の明があったのだろう。今では細見美術館のドル箱になっている。けばけばしい濃彩よりも、墨絵の鶏がいい。踊るような筆さばきは、書家でもあったことを伝えると同時に、鶏が忙しく動きまわる姿をなぞっている。のちに北斎が鶏の脚に墨をつけて紙の上を歩かせて、竜田川に見立てたという逸話があるが、若冲の鶏の活発なリズムを前提にしたような話だ。
書道美術館と同じ画題が並んでいた。伏見人形と打出の小槌である。図柄も似ていて、当時流行りのテーマとなって、何枚も描いていたことがわかる。ともに簡素な筆跡だが、ユーモラスな感覚が共通している。単純な太い筆で小槌を描く。書の風格をもつが、字のようにして絵を描いている。もちろん繁栄を意味するもので、めでたい画題である。書で言えば、「寿」と書いたのだと見てもいい。
伏見人形は土くさい庶民の香りを残すが、招き猫も数多く作られていて、来福の意味を付加する。伏見は不死身と語呂合わせをなすと、さらに肯定的な意味を増していく。
でも、もうそろそろ若冲もいいだろう。次の画家の再発見が待たれる。フェルメールが一過性の人気に過ぎず、レンブラントの前では霞んでしまうのが事実だとすると、それなら若冲を霞ませる江戸の画家は誰だっただろうか。
同時代の画家は余りにも多く、狩野派、琳派、文人画、写生派、さらには洋風画や浮世絵まで加わると、レンブラントのようなオールマイティの画題と、深い精神性をたたえる人格がいただろうかという話になる。
若冲が「奇想の系譜」をたどるものなら、評価の定まった正統派がいたはずで、オーソドックスなヴェールに隠れた知られざる傑作の再発見は、江戸のロマンとして残されている。それほどに江戸の絵師の数は多いのである。
それが狩野派かどうかはわからないが、狩野の名をもつ画家の名は山ほどある。形骸化したアカデミズムの中から、形式美を越えた内面の美に目覚めた知られざる傑作がきっとある。それは南海の孤島か、山間の仙郷に埋もれているかもしれない。
少なくとも江戸や京ではないような気がする。都にばかり目を向けないなら、案外福山あたりに眠っているのかもしれない。はじめての若冲を好機に、蔵探しがはじまればいいと思う。
2018年4月14日 (土)~6月10日(日).
2018/5/18
福山駅から近い商業施設の8階部分を占めているが、それほど狭いというわけでなく、適度な鑑賞スペースを確保している。今回の特別展は書道ではなく絵画。全ては軸装で、若冲が11本、鶴亭が2本、その他同時代の文人画や円山派が並ぶ。大雅もあるが、ここでは美術館名にふさわしく書が選ばれている。スタイルの違う2点の書体が共にいい。白隠の書画も加わり、少数ながら江戸の多様性を確認できる。
若冲で集客力を狙うものの、若者をターゲットにするには、もう一工夫必要だろう。何しろ美術館名も年寄りくさいし、墨絵そのものが若者には縁遠いものに映る。しかし若冲のお洒落な感覚に何とか、若者が目を向けるようにならないかと考える。伏見人形などはコミカルで可愛いアイドルになりそうに思うのだが、古い掛け軸に収まっている限りでは、まだまだ道のりは遠い。
思い切って人形部分をクローズアップして、ポスターに使うとか、工夫はいくつもあるだろう。ガラスケースに入れて、昔ながらの展示ではメリハリはない。10点もの軸が一列に並ぶと、それはないだろうと思ってしまう。ディスプレイの達人がどうしても必要になる。個々の作品は確実にいいのだから、あとはどう見せるかということだ。
古美術を見て回るアート女子は増加している。呼び込める演出力を鍛えてほしいと思うが、まずは展示学に長けた若い学芸員を育てることから始まるかもしれない。もちろん日本美術史の専門的知識は必須であるが。
2018年3月10日(土)~ 6月17日(日)
2018/5/12
熊倉順吉のユーモラスなオブジェ作品を、ジャズへのこだわりと関連づけて見直している。モチーフとして口や耳が頻繁に登場するのも、ジャズ狂の熊倉の特徴だろうが、スピーカーを円形の壺に埋め込んで、ステレオコンポと組み合わせて、実用化してみせる。オブジェ焼の前衛性が隠れて、ポップでおしゃれな造形が前面に押し出される。展示室内は真空管アンプの柔らかな音色のジャズが流れて、熊倉ワールドを演出する。同時に、香り豊かな上質の京文化の伝統に触れることにもなる。心地よいひとときである。
車を持たない旅行者には過酷な坂道だが、およそどこの県の陶芸館も辺鄙この上もない。岐阜県は多治見にあるが、コミュニティバスが充実しているのでよく利用する。対して滋賀県は徒歩20分の表示に騙されると、とんでもないダラダラとした坂道が待ち受けている。しかも陶芸館は陶芸の森の小高い丘の頂上にあり、あまり魅力的な企画が出てこないことを祈るのみだ。ここを単独で訪れることは少なく、近隣のミホミュージアムと抱き合わせることがほとんどだ。ただし両者をつなぐ公共交通機関はゼロに等しい。滋賀県の文化に向ける関心の低さを物語るものか。
熊倉順吉が魅力的な企画であったことは確かだ。アート色の強い彫刻性と同時に、陶芸家としての器物の制作をも並行して展示することで、地道な職人的世界が底辺を支えるのだと言おうとする。地場産業との結びつきを強調しようとしても、信楽焼に盛時ほどの勢いはなく。陶芸の森入り口にある商業展示のスペースは、廃業してしまっているらしく、広い駐車場はロープが張られて、閑散としている。備前焼の場合もそのようだが、再生のチャンスは見つかるだろうか。
この重厚な土の安定感は、熊倉の場合のように、豊かな音楽人口と結びついて、音響分野にアンテナを広げるという手もあるだろうか。陶芸はセラミックと名を変えるだけで、美術から音楽への移行が可能なように思われる。
2018年3月10日 - 6月3日
2018/5/12
仮面という西洋的美学に対抗して、伎楽、能楽、猿楽など日本の古面がかたちづくるキャラクターの実像に迫るというのが、能動的な展示のあり方に見えてくる。数多く並ぶが一つとして同じものはない。それぞれが違った人生を歩んできたということだ。演じてきたという方が正確だろう。面は隠すものではない、表すものだという実感が、デフォルメされたグロテスクに伺える。鼻も大きいし目も大きい。頬が落ちて凄まじい形相が見える。
肉顔では伝わらないという人の表情の限界を感じながら、そこに託されたドラマの振幅を読み解こうとする。ドラマが能面に乗り移っている。哀しみをたたえるとこんな無表情に行き着くのかと感慨深く、小さな目の空洞に目を凝らしてみる。それをかぶってきた演者の不在が見えてくる。古面とは不在のタイムカプセルであって、戦いを終えた武器にもにて疲れきっている。凝縮された不在は遡れば一千年を越えている。横たえてのぞき見る展示品は、役を得て立ち上がると命を吹き返す。木偶の坊に命が宿るアニミズムに接しながら、なんと多くの面が打ち出されてきたのかと思う。武器と異なり朽ちることはない。
2018年4月7日(土)~ 5月20日(日)
2018/5/11
飄々とした人物もいいが、風景も飄々としていい。そして字もいい。さらにそれらを支えている人格もいい。妻である玉欄との間柄を伝えるエピソードも含めて、人生を楽しんだ人と言えそうだ。持って生まれた才能と言ってしまえばそれまでだが、天衣無縫と展覧会名にあるように、努力の末に功を成し遂げたというよりも、才能のおもむくままに進む自由の感度が心地よく見える。
その姿勢は旅に現れていて、名所を連ねたシリーズ表現でも、こだわりのない目の位置が好感度を上げている。松島からはじまって宮島までの12点の名所絵は、太く濃い線の力強さから淡墨の空気遠近法のような味わいまでさまざまに変容している。
旅のよすがを伝えるように、粗末な庵が妻と二人きりの質素な日常生活をうかがわせる。お茶屋を営む名門の一人娘との格差婚であったが、互いを干渉し合わない気ままな夫婦関係であったようだ。妻も大雅に学び、女流画家として玉瀾と名を成した。庵のスケッチが残っていて、大雅の部屋が三畳であるのに、玉瀾の方は六畳だったというのが興味深い。子どもがいなかったようで、一代限りという人生観が随所に現れる。
風景画には探すと埋没して小さな庵があり、さらに小さな人が点じられている。自然と溶け込んでいるが、孤独ではない。奔放な筆なのに感情移入のできる画面であるのは、自然の中に人の営みを探そうとする、私たちの心情に由来するものか。
大画面の襖絵も網羅された大規模な展覧会だが、最後を締めくくったのは、やはり「十便十宜図」だった。川端康成旧蔵の国宝だが、小品でしかも傷みの少ない開き方が優先されてか、真ん中あたりのページが無難に開かれている。見たいのはその絵ではないのだと、つぶやきながらもやっぱりいい。
ペアになる蕪村のものも抱き合わされて展示されている。文人画の極致であれば、小説家が憧れないはずはない。十便なのに一便とはと、またしてもつぶやきが入る。見過ごして出てしまった人もいるのだから、目にとまったことだけでも良しとしておこう。
2018年4月1日(日)~ 6月10日(日)
何必館・京都現代美術館
2018/5/11
マグナムフォトのメンバーというのだが、生々しい報道現場とはいくぶん距離を置いた日常生活の一瞬にきらめきを感じる。カルティエ・ブレッソンのオマージュと解釈できる水たまりを飛び越える一瞬がある(1)。決定的瞬間には違いないがユーモラスなスナップが、計算されたファッション写真になっているという点で、ブレッソンとは違う道を歩む人だと思った。真っ直ぐ上に向かって飛び上がる犬もいる。ここでのユーモアは連れて歩く飼主の開いたチャップリンの足にある。
犬を写し出したシリーズはどれもが決定的瞬間だ。そこにフォトジャーナリストの目は踏襲されるが、戦争を告発して平和を希求するという攻撃的な姿はない。平和そのものの光景を写し取ることで、見る者に平和の尊さを感じ取らせる。写真はそんな力を持っている。
堂々として威張っている子犬の表情がいい(2)。鎖は人に噛み付くのを防ぐためのものではない。行方不明になるのを防ぐ優しい制御である。しかしそれが拘束であることには違いない。このことを意識してか、先の威張りながら小走りに動く子犬は鎖につながれていない。
海を見つめる白と黒の二匹の後ろ姿がある(3)。犬もぼんやりと海を眺めることがあるのだと思うと同時に、全く同じ体型をした色違いが、揃って海に対しているのが決定的だ。横に後ろ姿の人の足があり、同じものを見ているのだと暗示する。犬の表情を見たいという余韻を残す。
足もとが犬の目線でもあり、ローアングルが犬の視界を写し出す。女性の魅力的な足もとも同時に写し出している。地面に張り付きながら写し出した写真家の目は、確かにジャーナリストの視線だろう。ブーツをは履く女性の足が、同じ太さをもつ動物の脚と対比をなしている(4)。ここでも目線は、子犬の位置にある。
後ろ姿と対比は写真家にとっての常套手段だ。プラド美術館での一コマがある(5)。裸のマハと着衣のマハを見つめる後ろ姿が写される。思わず笑ってしまうが、これが意図された演出であったとしても、その形式美に惹かれてしまうのだ。女性は一人で着衣のマハを見ている。男性は大勢で裸のマハを見ている。
ユーモアは平和の基準であることは確かだ。狩の女神が男の背中を狙って矢を放とうとしているのもいいし(6)、フラミンゴになった少女たちの後ろ姿も微笑ましい光景だ(7)。銃をこめかみに当てて笑っている少年(8)や車の窓ガラス越しに目を撃ち抜かれた子どもの無表情(9)は、報道写真のパロディとして、はっとする演出だが、見事にアーウィットの世界を代表している。
人種差別を告発した対比もわかりやすい。少し斜めになった画面は一瞬の臨場感を伝えている。黒人男性が洗面台に向かっている(10)。洗面台が左右で対比になっているのは、壁面の文字がなければ分からない。そして同時にwhiteの反対語がblackではなくて、coloredであることも教えてくれる。
2018年3月21日(水)~6月10日(日)
京都府立堂本印象美術館
2018/5/11
派手な建物である。リニューアルされて外観の白がますます目に刺激的に飛び込んでくる。地中海に面した白亜の住居が連なるエーゲ海の島々のようでもある。ダリやガウディやフンデルトワッサーと共有する美的感覚が感じ取れる。少なくとも日本画家という範疇には収まらない。
細い線描を生かした繊細な人物画が、ヨーロッパ旅行をきっかけに、突如として抽象絵画に変貌する。日本画家が西洋画家になったわけではない。両者を区別する日本の特殊事情に頓着なく、絵画に一元化したということだ。さらには建築や室内装飾にまでマルチ化する総合芸術の道をも準備するスケール感は、先述のダリやガウディやフンデルトワッサーの建築にも共通するものだ。
古都の景観条例に違反するためには、古都のたたずまいを残す地の利が必要だ。金閣寺や龍安寺の古刹と目と鼻の先にあって、このキッチュな建築は異貌を放っている。
しかし考えてみれば、建物を金で覆った精神もキッチュであるし、石と砂しかない庭も異常である。それを前衛的と言うのなら、その精神は印象美術館に受け継がれたと言うことができる。それも数百年たてば古寺の風格を備えてくるに違いない。
ただし現代の建築技術が、数百年前のそれのように、建て替えをしないまま維持できるかどうかは定かではない。今回、古ぼけた廃屋がリニューアルして目にまぶしい白亜の殿堂になったことは事実である。
2018年4月14日(土)~7月16日(月)
2018/5/11
家族がつどっているのに、それぞれがどことなく暗い。安堵の表情が読み取れるが、喜んでいるわけではない。放心状態といってもよいか。この家族たちの状況は、残念ながら写真だけでは知る余地もない。男女が、母娘が手を重ねているが、見つめ合っているわけではない。互いに同じ方向を見つめるが、その先には深い闇があるように見える。
大規模な自然災害の後に見せる、犠牲を免れた人の表情にも似ている。もちろん多くはカメラに目を向けているのだが、それをすり抜けて彼方のあらぬ方向を見ているようだ。そのありかを求めて写真だけでは読み取れない空白を埋めるために文字が綴られる。「性奴隷」という刺激的な文字も繰り返し出てくる。しかし写真は穏やかな光景をとらえている。
残虐な鬼と化した人間のなせる業を、淡々と告発してみせる。カメラマンは全くと言っていいほど隠れているが、これは林典子という一人の若い写真家の個展である。アーティストというよりもフォトジャーナリストと呼ぶ方がいいのだろう。ある報道カメラマンは、自身に課した使命を外れて日常に戻った時に、アートが生まれるのだと考えた。悲惨な体験を生き延びた証言は、ここではことばで綴られる。そしてそれを語った証言者の顔写真が残される。
写真は語られた言語の一つの翻訳に過ぎないが、世界の言語に匹敵する力を持っている。正確な日本語に訳しきれなかった穴埋めだけにはとどまらない。生者を通してしか死者の姿は語られない。真実を語るとき、生者の目が聖者となる。自分は生き延びたが、多くの仲間が犠牲になったと振り返る。カメラマンはそれを聞き逃さない。そして一枚のスナップ写真が添えられる。そこには安堵の目と、怒りの目と、弔いの目が錯綜する。
カメラから一瞬目を離した時に、名作が生まれた。それがポスターにもなった一枚だ。この一枚をもって「ヤズディの祈り」と題することができれば、それは前線を離れてベット生活で目にしたユージン・スミスの「楽園」にも匹敵するものだろう。
平和ミュージアムははじめての訪問だが、常設展示も充実している。15年戦争で日本の犯した罪についても証言されるが、そこでも性奴隷という文字に出くわした。
2018年4月14日[土]- 5月13日[土]
2018/5/11
京都らしく花街を写すというのは、京都にとっても、写真家にとっても、必要不可欠なもので、両者の利便が折り合ったところに「うたげ」が誕生した。ここでしか見られないものでありながら、一般の観光客では足を踏み込めない世界を写し出す。写真というメディアにしかできない特性を精一杯発揮したという点で、この企画ははじめからすでに成功は予想できている。
個々の作品を超えて、会場構成が際立っている(1)。メリハリのある色彩の変化は四季に対応している。写真である限りは、そこに至るまでに一年以上はかけているということだ。壁面全体を壁紙のように引き伸ばされたイメージカラーが、四季の移ろいを表現する。紅葉の秋の色調(2)が、雪の散らつく冬の京都(3)へと変化する。
それに伴ってクローズアップされた舞妓さんの顔の表情に、微妙な変化がもたらされている。夏ならば眩しいような蒸し暑い光を遮ろうとするまなざしであってもいい。ともに京の風物詩を語るものだ。昔ながらの日本の四季を観光写真のような世俗的感覚と、強烈なアーティストとしての個性がぶつかることによって視覚化してみせる。
前回高松で見た蜷川実花展の分類で言えば、有名女優をめざす新人の野望に属している。可憐さとしたたかさがみなぎって接しあい、大女優なら野暮になるところを、無名性が見事に美に結晶している。
1
2
3
2018年4月13日(金)-5月12日(土)
2018/5/11
今回の京都への旅のはじまりは、京都駅裏に新しく登場したギャラリーからだった。きっかけはふと手にしたチラシで、「PALINGENESIA」 Estelle Delesalleと英文で書かれてある。ギリシャ語の再生という意味のことらしいが、謎めいて不可解だが魅力的なチラシのデザインに引かれて、ワコールスタディホール京都ギャラリーに向かった。
小さなスペースだが、大きなメッセージが伝えられようとしている。チラシで惹かれた、お皿に花柄の絵付けがされている作品を探すが、該当するものはない。プロジェクターで映し出されているビデオ映像が、これに当たるようだが、壁面の映像は薄くぼやけていて、印刷物とは似ても似つかない。
再度チラシをよく見ると、ところどころに光の粒が不自然に散りばめられていることから、これは陶芸作品としての皿ではないと判明する。印刷物では物質であったものが、会場ではイメージであったという、通常の美術展とは逆転する概念芸術を面白がりながら、さらにこの個展が抱える意味を考える。
今回の展示でもっとも作品らしいのはアクリルで挟み込んだ立体絵画だろう。土から草や葉が生え出るようすを、地中ごと輪切りにして見せている。厚みは10センチにも満たない。断面の地層を見せる標本的展示なのだが、雑草の姿はデューラーの有名な水彩画を思わせるほど瑞々しく、絵画としての体裁を整えている。生命のスライスだと考えれば、このサンドイッチは牛を輪切りにして内臓まで見せてしまったダミアン・ハーストを彷彿とさせるものだ。
真正面から見る限りは絵画そのものである。ここでも写真にすれば絵画なのに、会場ではモノそのものということになる。このイメージの逆転のことを、かつてはシュルレアリスムと言ったが、今日ではインスタレーションと呼んでいる。
一方では鏡を使った壁面展示の間を縫って、手書きのフランス語が書き込まれている。言葉を操る詩人でもあるのだ。パリンゲネシアの古語もこれに由来して、意味不明の響きを美学としている。
2018年3月31日(土)~8月20日(月)
2018/5/8
備前焼のコレクションを三期に分けて、物故作家・現代作家・新人作家とし、それぞれを天・地・人と呼びかえたのが気に入った。それは宇宙の構成要素でもあって、この三位一体のどれが欠けても成立しないというわけだ。
過去・現代・未来とすればわかりやすいかもしれないが、天地人の方が圧倒的にいい。時間軸が見事に空間化されているだけではない。土とは空間のことであり、それが火と出会うところに人がいる。陶芸の本質が、天地人にあるということか。
コレクションは備前焼だけではない。高橋秀や横尾忠則や鈴木治もある。備前焼とは真逆にある現代美術の精鋭だが、共通するのは、伝統を否定するのではなくて、現代に蘇らせたという点だろうか。色を否定して、よくぞここまで持ちこたえてきたという備前焼の反骨精神も、アヴァンギャルドである点では、これと共通している。
コレクションと言わない方がよいか。宝物であると同時に、神が宿った依り代でもあるのだろう。鏡や玉を大事にしてきた古来の伝統が、光り物から脱して、備前焼では鈍い光を発している。
同じく宗教的基盤に立ったMOAやMIHOのように、教科書的な日本美術史をめざすのではなく、ローカルでプライベートな交流を前面に出した温もりに、コレクションの真髄を認めることができる。
藤原や金重という銘だけではない。古窯も随分コレクションされている。平安時代の大甕を覗き込むと、その深淵な暗黒に引き込まれるように思った。まるでタイムスリップするようにである。桃山時代の壺を前にして、火襷の見事さに、これ以上のものは望めないと思ってしまう。豪快なのに華麗なのだ。
チラシを見てずっと気になっていたが、今日は少し時間ができたので、思い立ったようにして訪れた。バスの便は極めて悪い。10時に着いて3時間を過ごす。運行はその一本きりである。火曜日が休館なのに、なぜか今日は開館、そのためかよそ者としては、私一人が神域をけがしていた。
深山幽谷とまではいかないが、ミホ・ミュージアムで感じたと同質の、張り詰めた空気が読み取れた気がする。神道山は名の通り、選ばれた土地であったに違いない。
2018年2月24日(土)〜5月6日(日)
2018/5/4
いつ行っても一工夫あって面白い。夢見る力と言ったらいいだろうか。今回も圧倒的な幻想力に脱帽しながら、展示効果抜群のサービス精神に、満腹感を味わうことができた。ことにダンテの神曲を描いたウィリアム・ブレイクの引き伸ばされた銅版画で埋め尽くされた外壁と、それが取り囲む密室内での遊戯がいい。
何十年も前の平凡パンチの特集だったようだが、横尾ワールドが炸裂している。そこは俗にまみれたカリスト誌を快楽の殿堂として、冥土からたどる浄土の光明と化している。
卑近なヌードの満載とも取れるが、宗教的恍惚を誘うものでもあって、神々しく輝いている。週刊誌サイズが引き伸ばされて、俗から聖へと浄化する。そこにたどり着こうとする冥土トラベラーの心情が読み取れた。
原本の平凡パンチも小部屋に展示されていたが、こちらの方は撮影禁止というのが、何とも興味深く思えて、思わず原本を凌駕する巨大な複製を、恥ずかしげもなく撮影していた。
二つ目の展示室には新作が並ぶ。目の部分を隠したり、後ろ向きの美女が繰り返し描かれている。マグリットのシュルレアリスムを思わせるが、顔を持たない美女という点では、美についての哲学的考察を含んでいて、世俗的興味に根ざしながらも、人間の本質に迫ろうとする視点は明確だ。ポスターに用いられた目の部分が破かれて空洞になった美女に唇を重ねる男のイメージが、強いインパクトを与える。
裂かれて空洞に見えるのは紙か、イメージか、それとも人体そのものかという、虚と実を揺れ動く絵画の面白さがある。もちろん黒く塗りつぶす代わりに、縁取りに合わせて切り抜くという方法もあるだろう。穴の開けられた美術展のチラシは時折見かけるが、コストを考えれば無理に現実の穴をあける必要もないかもしれない。フォンタナがキャンバスに穴をあけるほどの必然性はない。
この深々とした黒い穴が冥土旅行の入口でもあるようで、この美女の胎内回帰が今回のテーマと連動して見えてくる。赤のイメージで描かれてきたこれまでの絵画の軌跡が、第一室の壁面を埋め尽くし、内壁にはブレイクの神曲の暴力的な版画的イメージの拡大が、そして内室には美女の裸体群像が静謐な楽園をかたちづくっている。
外壁にはいくつか四角い穴が開いていて、デュシャンのパロディのように、裸婦のディテールがのぞけるようになっている。つかの間の冥土旅行を楽しんだ。
2018年4月10日 〜 6月24日
BBプラザ美術館
2018/5/4
年輪を重ねたキャリアのある老画家のように思っていたが、年譜を見るとずいぶんと若い人なので驚いた。県立美術館へ行くジブリファンを横目に見ながら、緑を基調にした田園風景を掲載した看板に誘われてやってきた。素朴な風景をスナップ写真のように肩を張らずに、マイペースで描き続けているように見えるのが好感を呼ぶ。ギター一本を手に旅を続けるフォークシンガーのようなスタンスがいい。ことばを重視するなら吟遊詩人と言ってもいい。
昭和の懐かしい風景が、この画家の眼で再発見されていく。失われゆく田園風景が、同時に失われゆく商店街でもある時代を、私たちは体感している。1977年生まれだから、まだ40歳なのに、今流行りのスタイルというのではなく、ひと昔前の谷内六郎の描いた週刊新潮の表紙の風格をもっている。ゴシップやスキャンダルに明け暮れる週刊誌も、この人の表紙絵を掲載したならば、もっと豊かで大らかな文化の担い手となるのにと思った。
風土記のような一貫した視点の安定性が、信頼感を呼び起こす。八尾市が出しているYaomaniaの表紙絵のシリーズがいい。ローカルな仕事がまだまだ多いようだが、もっと出番がある人だと思う。まずは殺伐とした週刊誌編集部が目を向けることからはじまるべきだ。
BBプラザ美術館は5分ほど先にある県立美術館の下請けになっていて、入口では現在はジブリ大博覧会のチケット売場が設けられ、少しでも待ち時間を短縮させたいと、ここでも並んでいる人がいる。須飼秀和展を横目で見ながら通り過ぎるのを見ていると、何とも歯がゆいが、それでも須飼の世界観が目に止まり、立ち寄る人もいるとすれば、良しとすべきか。
会期は前後に分けて二ヶ月に及ぶ。若い画家の展覧会とすれば贅沢なものだが、何度も来れない身とすれば、二段掛けにしてでも、一度で見てしまいたかった。小出しを楽しむ中之島香雪美術館のように狭いスペースというわけではないのだから。
5/26
しばらくして、ちょうどB Bプラザの前を歩く機会があったので、後期も立ち寄ってみる。前に見た記憶のある作品に加えて、はじめてのものも混じり、しっかりと目に焼き付いた。
毎日新聞に連載されたシリーズに、池内紀の文章に付された挿絵が、前期ではなかったが、記憶に残った。兵庫県出身とは書かずに、兵庫県姫路市まで書くのだという。挿絵とともに、故郷に寄せる熱い思いが文章からも伝わった。須飼秀和を世に出した実にいい企画だったようだ。
我が家の購読紙ではなかったのが残念だが、会場では熱心に読み込む鑑賞者が目についた。私もこれからはプロフィールに大阪市西区出身と書くことにしようと思った。きわめて個人的だが、60年前の安治川を渡るポンポン船に原風景がありそうな気がしてきた。
2018年2月24日(土)〜5月6日(日)
2018/5/4
かつて大規模に豊田市や熊本市で開かれ、その後あべのハルカスにもやってきた同名の展覧会に比べれば、貧弱な限りだが、コンセプトは竹中大工道具館に合致している。藤森照信が間に入って、ジブリのアニメに描かれた建造物の魅力が語られる。たかがアニメに建築家も魅了するような実在感があるというわけだ。
千と千尋の湯屋にとどめを刺すが、あの夢想の楼閣も、建築学上しっかりと大地に立っている。大写しの場面のスチール写真や下絵に加えて、模型も展示されていて、空想は一歩ずつ現実に近づいていく。建築の土台もしっかりしているようで、ハリボテでは許せない黒澤映画からの伝統が、引き継がれているということだろう。
ここではジブリを導入にして、木組みや大工道具に目を向けさせようとしている。はじめて竹中館を訪れる者には、刺激的な常設展示である。リピーターにとっては、企画展示のスペースがもう少しないと物足りない。新神戸駅から5分という立地は大都会のオアシスではあるが、慣れないと5分ではたどりつかない。
新幹線で途中下車というのも贅沢な話なので、あまり観光客を呼び込もうとする意図のないところを、私は評価していたが、今回はぞろぞろと風格のある館の門構えをくぐる姿に接して、憩いのオアシスがひとつ消えてしまった気がした。奥まった離れの休憩所が落ち着いていいのだが、そこもごった返していた。
前に訪れたフィンランドの木工展示が、白木の建築とフィットして、絶妙な美観を伝えていただけに、残念な気がしている。ほとぼりの冷めた頃、清涼な企画があれば、またリピートしてみようと思った。
2018年4月28日(土)〜6月24日(日) ..
2018/5/4
朝日新聞の創業者村山龍平のコレクションだというので、どれだけ庶民的感覚を持った人なのかが、興味の対象だったが、旧財閥系とそう違わない茶道具を中心にしたオーソドックスなものだったようだ。贅沢な美の競演をデモンストレーションしようとして、中之島の一等地に香雪美術館がオープンした。小出しにしながらの5回連続の開館展の第2弾である。
テーマは「美しき金に心をよせて」とある。隣接するのが日本銀行大阪支店であることからも、キンをどうしても、カネと読んでしまう。三井や住友と肩を並べるのが、日本の大新聞社だったというのが興味深い。
ここでも長谷川等伯と野々村仁清がいい。茶の美術の周辺にいることは確かだし、「国華」という権威ある日本美術史の学術誌を創刊した岡倉天心とそのスポンサーとなった朝日新聞社という関係も、茶の美学が底流をなしている。
等伯の「柳橋水車図屏風」(1)が、インパクトの強い、しかも不可解な美を奏でている。私には金地の橋を渡る亡霊のような黒い影の集団を見てしまうのだが、柳は確かに奇怪な曲線とそれが生み出すシルエットによって、不協和音を発している。柳の下に幽霊はつきものだが、黄金の橋との共鳴は何を意味するのであろうか。
圧迫感のある画面の切り離しと、空間の密度が、圧縮された晴れることのない重苦しい空気をもたらす。影のようにつきまとう柳のそよぎは、本来はさわやかなはずの水車の存在を脇に追いやってしまっている。水が枯渇した印象は、黄金に埋め尽くされた極楽世界を暗示する。
背を丸めた影の集団には、もちろん足はない。極楽浄土に向かう橋であるかもしれないが、渡りきれずに大方は、橋下に落ちている。水車に流れ着いて命を終えてゆくのだろうか。
こうしたおぼろげな人影は「松林図屏風」でも共通するもので、擬人化しなければならない何かを、等伯はそれを描いた時代背景から感じ取っていたに違いない。金地の上のぼかしの効果は、絵画上はニュアンスという語で語られるが、異質なものどおしの出会いを楽しむ異化効果に等しいものだ。
桐文が散りばめられた襖の上に、水墨で山水を描いた奇作がある(2)。文様は降りしきる雪に見立てられるが、等伯の幻視者としての目は、はじめて襖に対した瞬間に、そこに冬景色を見てしまったということだろう。こうした夢想の延長上に柳橋の人影があったのだと私は思う。
こうした屈折し強迫化した観念は、茶の精神とも連動していて、野々村仁清の茶碗や香炉にも反映している。三角形の小さな香炉が斬新な形を伝えるが、鑑賞者の目は色の方に注がれる。柔らかで淡い色合いは、仁清特有の雰囲気を生み出している。何気なく見過ごされそうでいて、一度目が止まると離すことのできない魔力を内に秘めている。茶碗もまた同じで、見過ごされることを試されているようでもある。
「色絵忍草文茶碗」(3)はニュアンスの勝った作品だ。強く自己主張するわけでもない。形も完璧ではなく、適度に歪んでいる。色彩は一言では尽くせない中間色を基調にして、グラデーションで柔らかな変化を持たせている。
ゆったりとした気分にする秘密は、盛り上がった滑らかな色面が、全体を覆い包もうとして、大きく手を広げた瞬間でとどまっていることにあるようだ。震えるような忍草の枝には、飲み込まれるはずなのに危機感はなく、安堵の広がりに身を委ねながら、緊張の一瞬を楽しんでいるふうでもある。春先の大海原を見る思いがする。
1
2
3
2018年4月7日(土)〜7月16日(月)
大阪市立東洋陶磁美術館
2018/5/4
18世紀ロココの美意識を背景とするが、19世紀になっても、それは共有される。20世紀に至ってやっと過去の亡霊から開放されて、現代美を獲得したという流れだ。きっかけは17世紀にさかのぼる。ルイ14世の大きな仕事はヴェルサイユ宮殿の造営以外にいくつもある。
織物に目をつけ工芸を殖産工業として根付かせようとして、まずはタピスリーでヴェルサイユを飾る。ゴブラン織からさらには陶芸に目が向かうのはルイ15世になってのことだが、一歩先んじていたマイセンを追い越せと、セーヴルを磁器生産の根拠地にする。パリとヴェルサイユの中間地点に位置する。
福井にいた頃に、沼田一雅のことが気になっていて、その後一度セーヴルを訪ねた記憶がある。今回、沼田の作品に再開しておぼろげに思い出したのは、パリから地下鉄の延長にある郊外列車で訪れた古めかしい展示室のことだ。探せばその頃に写したモノクロ写真があるはずだ。木枠のガラスケース越しに写していたように思う。
貴族文化の最後の華とも言えるセーヴルに気品と繊細さを感じるとすれば、それは硬くてもろい白い肌触りの表面に漂う、儚さの予感からだろう。かつては大理石でよかったのだが、良質の大理石が採掘され尽くした頃から、磁器の生産が始まっていく。ルネサンスから、バロック、ロココへとつながる美術史が浮かび上がってくる。
中国や日本の擬似風景が登場して、18世紀からのオリエンタリズムを先取りする。柿右衛門の写しのようなのもあり、日本からセーヴルにやってきた沼田一雅は、ナンシーに学んだ高島北海とともに、好奇のまなざしをもって、フランス人からもてなされたに違いない。
滑らかな動きを探るデリケートな指の奇跡は、「陶彫」の先駆者として名を残している。ことに動物の動きは見事だ。1900年前後のパリを熱狂させたロイ・フラーのダンスの動きを、見事に定着させたセーヴル磁器の連作と対応させてみると興味深い。
2018年4月7日~5月20日
2018/5/4
リカちゃん人形のオンパレードである。300体以上もあっただろうか。50年間の歴史を刻むファミリーヒストリーである。リカちゃん自身は4代目ということだが、設定は11歳のままなので、歳はとらない。本来なら現在61歳ということだ。リカちゃん以外のキャラクターも登場するが、お父さんはフランス人、お母さんは日本人という設定だ。名前は香山リカを本名とする。同名の著名な心理学者もいるが、こちらの方はペンネームのようだから、本家争いはリカちゃんに軍配が上がる。
時代とともに変わるものもあるが、変わらないものの方が多いという証明がここにある。文化博物館での展示なので、ついつい激動の半世紀をたどるという興味が先に立つが、今見てもかわいい顔立ちは、日本人の西洋への憧れの普遍性を物語っている。
衣装の方はどんどんと変わる。着せ替え人形だから流行の歴史をたどる方が、正しい見方だろうが、リカちゃんというのは人形の名であって、衣装のことではない。いろんな衣装を着せてみたいというには、かわいいことが必須の条件となっている。
極端に言えば裸でもいいのだが、マネキンでは困る。和服も登場するし、マタニティドレスを着ているのもあり、必ずしも11歳とは限らないということになる。
しかし丸い大きな目は、西洋渡来の青い目をしたお人形から来るはずで、少女像のイメージが定着する。目元ぱっちりの美少女キャラクターの原型と見ることもできるとすれば、今日のマンガやアニメに結晶する日本文化の基調をなす。フランス人形よりもアメリカナイズされた戦後文化の影響関係を、リカちゃんという名が象徴している。フラちゃんよりも明るく活発な響きをもったアメリカンが目に浮かぶ。
リカと理科を引っ掛けて、受験案内のキャラクターに使った大学もあったが、それによって志願者が増えたとすれば、その当時の高校生をも魅了するアイドルにまで、成長していたということだ。
不二家の平塚工場に隣り合わせた平塚市美術館で、以前ペコちゃん展が開かれ、話題になったことがあった。生誕65年を記念しての企画だったが、同じように戦後の世相史をひとりのキャラクターを通して検証するという点で共通していた。
そこでは現代作家のペコちゃんバリエーションを含むことで、美術展としての現代性を強調して見せた。確かに奈良美智の描く、ちょっと生意気な少女キャラクターには、ペコちゃん独特の舌の構えを見せるものもあり、ネオポップの時代を読み解く鍵になるキャラクターのようにも見えた。
ペコちゃんに比べると、リカちゃんの方が頭身数からは上だった。そのぶん年齢はあがり、大人のドレスを着ても様になる。大人びた子どもという役柄を演じることで、衣装の幅は拡大する。ここを強調することで、ペコちゃん展では描ききれなかったアイデンティティを確立できるはずだ。
ひとりのスーパーモデルが着てきたファッション史と見ると、新たな視点が加わる。ミニスカートもあればロングドレスもある。イッセイミヤケもあれば、コムデギャルソンもあるようだ。
明石の博物館もいい展覧会をするようになったと感心したので、なぜ明石なのかと調べてみると、自主企画ではなくて、巡回展のようでがっかりする。次は山梨の博物館に行くのが決まっているようだ。山梨にはリカちゃんをやる前にしておくアイテムもありそうだが、興味を寄せる客層も厚いはずだ。
タカラトミーが協力をした東映株式会社の企画制作となっている。ジブリやチームラボの全国展開に相乗りしたものと見えると、急に熱がさめてしまった。
2018年4月7日~6月24日
2018/5/2
連作によって伝えたいものは何かという問題意識は確かに興味深い。しかし連作の定義が曖昧だと、かえってわかりにくいものともなる。英語ではシリーズにあたるが、同じテーマを異なったモチーフによって伝えようとするときに連作となる。扱っている対象は異なるが伝えるメッセージが同じ場合もあれば、扱う対象は同じなのにメッセージが異なる場合もある。絵画で言えば、色違いもあれば、赤や青や黒のシリーズのように、色だけで統一をはかる連作もあるだろう。
ゴヤの「ロス・カプリチョス」は久しぶりに80点の全作を見た。日本語訳では「気まぐれ」と題しながら、決して気まぐれではない、しっかりとしたメッセージが伝えられる。ここでの連作の身構えは「これでもかこれでもか」となる。だめ押しをするように、繰り返し人間の不条理が暴かれる。戦火にあえぐスペインの市民たちが、人間のもつ理不尽を告発している。当時の社会状況を知らなければ正確に理解することはできない。
よく知られている「理性の眠りが怪物を生む」にしても、目を伏せる男の背後を埋め尽くすのが、なぜフクロウやコウモリであるのかという一点を取っても、正確な解釈はできない。ストレートではない隠蔽が真意を分かりにくくしているが、何らかの大きな力に対するレジスタンスは、全点に通底するものであり、そうした絶対権力の気まぐれによって翻弄される弱者の側の立ち位置に、ゴヤがいたことだけは明白だ。
ピカソの連作はここでは限られた女性の肖像だが、ここでも同じ対象に、さまざまな解釈が試みられ、それが連作の妙を伝えている。カメレオン的に変容するピカソの画風をそのままヴァリエーションとして散りばめた華やかさを見せている。写実力に圧倒されるかと思うと、極端なデフォルメが続き、キュビスムの原理に従って、顔は歪められ、同一人物であることでのみ、連作の名をとどめている。
中村忠二の動物デッサンの連作は、人間の目がとらえた動物の生態を、実に人間臭く描き出している。命ある者への分け隔てないまなざしが一貫している。全体を通して動物園というシリーズ名が思い浮かぶが、最後に登場するのが檻に入った子熊と人間であるのが興味深い。そこではじめて人間が描かれるが、確かに人間も特権を持つわけではなく、動物園に入っていても不思議ではない。
大野麥風「大日本魚類画集」は、図鑑という体裁をもつ点では、全てが均一化した学術的資料と見なせるが、日本画家の生涯をかけた成果と見れば、創作された連作として再評価できるのではないかという提案である。鮮やかな魚の艶や、滑らかな運動に、自由を象徴する水への憧れが読み取れる。
群がるという形態の中には、図鑑を超えた命の解放の表現を通して、見る者に知的興味にとどまらない、心的共感を呼び起こそうとしている。第6輯を超えてシリーズを重ねることで、美のステータスを獲得している。