第828回 2025年8月25日
降旗康男監督作品、倉本聰脚本、宇崎竜童音楽、木村大作撮影、高倉健主演、倍賞千恵子、烏丸せつこ、いしだあゆみ共演、日本アカデミー賞最優秀賞を5部門(作品賞・脚本賞・主演男優賞・音楽賞・録音賞)で受賞、 132分。
雪の降りしきる北海道を舞台にして、殺人事件を担当する刑事(三上英次)の活躍を描く。狙撃の名手であったところから、オリンピックの選手に選ばれている。この刑事を主人公にして、それと関係した3人の女たちの歩みをつづる、3部構成になっている。
駅での別れから映画ははじまるが、説明がなされないままで、見るほうは戸惑う。ホームで中年の男が年配の男と話をしている。少し離れて女が男の子の相手をしている。男の子が中年の男のほうに駆け寄って、おとうさん弁当がほしいと言う。
駅舎に入り3人分の弁当を買って戻ってきて手渡している。列車が着いて乗り込んだのは、中年の男を除く3人だった。女は残った男を見つめて、敬礼をして笑い泣きをしながら去っていった。女の表情から人間関係を読み取ることになるが、無理のない解釈は、妻子が父親に伴われて、夫のもとを去る姿だった。
それではなぜ夫婦は別れなければならないのかという疑問が生まれるが、詳しくは語られない。3部構成にはそれぞれにタイトルがついていて、ともに女性名で、最初は「直子」とあり、妻の名である。列車で去って行った妻のことが語られるわけではなくて、刑事の非情なまでの、日常業務が映し出される。
射撃の訓練がなされて、主人公のみごとな腕前が披露されている。オリンピックの出場のこともあって、日常の業務に差し支えないように、まわりの上司も気をつかっている。同じくオリンピックチームに属していた先輩と、一台ずつ車を止めて業務にあたっていた。
凶悪犯罪が起こっての検問だったが、突然の発砲で先輩が殺された。犯人の顔は記憶したが、逃げられてしまった。主人公は仇を打たせてほしいと願い出るが、今は殺人課ではなくて、オリンピック課だと言われて、引き止められた。
それでも射撃の腕は捜査に欠かせず、重要なポストを割り当てられる。狙撃班が開設されるときには、オリンピックよりもそちらの主任になってほしいと言われている。銀行強盗が立て籠った事件では、出前のラーメン屋の姿を装って差し入れをする。
隙を縫ってライフルを構えていた二人の犯人を撃ち殺していた。それに先立って犯人の母親がマイクを手に、息子の説得をおこなっていた。わが子の姿を見て泣き崩れ、人殺しと叫んでいる。
第二章の女性名「すず子」は、殺人犯(吉松五郎)の妹の名だった。赤いスカートの娘ばかりを襲う連続殺人鬼だった。妹はラーメン店に勤めていたが、兄が連絡を取って来ないか、何日も張り込みを続けていた。暴走族のリーダー(木下雪夫)がこの娘と付き合っていて、犯人逮捕に協力することになる。
リーダーは酒場で刑事とは知らずに、主人公とケンカになり殴りつけられた。その強さに惚れ込んだようで、娘の兄を追っているなら、自分にまかせろと申し出る。娘はぼんやりとしたふうを装っているが、したたかさを持っているのだと教えた。兄からの連絡を隠しながら、リーダーと二人で列車に乗り込んで会いに行く。
主人公たちは身を隠しながら、遠巻きから見張っていた。現れないのではないかと諦めた頃に、線路に沿って一人の男が歩いてきて、妹は駆け寄ってすがりつく。同時に四方から刑事が、取り囲んで逮捕に至る。兄は死刑になったが、死を前にして主人公に、手紙を書いていた。この手紙が届く頃には、自分はもうこの世にはいないと書いている。
逮捕後も温情を受けていたようで、その礼状だった。主人公は弔いに向かうが、俗名を記した墓碑に花を手向けている。その町の駅前で入ったラーメン屋の店員を見ると、殺人鬼の妹だった。兄のそばに身を置いていた。主人公にも妹がいて、思いの相手とは結婚のできなかった姿を、重ね合わせていた。
3人目の女性は、同じ町でラーメン屋に隣接する、居酒屋名でもある女主人「桐子」である。主人公が訪れたのは年末だった。客はなくこんな日に店を開いているのかということばからはじまるが、はずむ会話ではなく、孤独な男と女の共感のような、雰囲気ができあがっていく。
紅白歌合戦で八代亜紀の「舟唄」が流れている。三度同じ曲が流れるが、女将はこの歌が好きだと言って口ずさんでみせる。二度目は二人はカウンターで寄り添って聞いている。三度目は決裂を確信しての別れ歌だった。
ことば少なに沈黙が続く余韻がいい。女は独り身だと言ったが、帰るのを待っている男がいた。主人公が駅に降り立ったとき、この女を見かけていた。誰かを迎えに来ているようで、あてもなくいつも来ていた。そのことを知っている駅員が声をかけている、
主人公は10年前に結婚したことがあると打ち明けたが、別れた理由を詳しくは語らない。女は男の職業を当てようと、炭鉱かと聞くが林業だということで落ち着いた。年が明け初詣にも二人で行く間柄になっていた。初詣のにぎわいのなかで、女は一人の男の姿を発見していた。
女の待っていたのは犯罪者(森岡茂)だった。指名手配の似顔絵が貼り出されている。主人公は実家で老いた母親に会う。弟が東京で主人公の妻に、会ってきたことを恐る恐る告げる。息子(義高)は中学生で、身長が178cmもあることを報告する。水商売の勤めだったが、独り身であり電話番号をメモしていて、兄のポケットに入れていた。電話をするが、安否以上の内容にはならなかった。
実家から船で戻ると波止場で女将が待っていた。驚くと会えそうな予感がしたという返事だった。こんなふうにして、駅でも誰かを待っていたのである。
札幌に戻るのだと言うと、着いていこうかと重ねる。戸惑うと冗談だと否定する。男は来ても構わないとまでは言うが、それ以上の誘いを持ちかけることはない。
主人公はこれまで殺人を続けてきた職業に、疑問を感じて退職を決意していた。女将に会おうと店を訪ねるが、閉まっていて住まいのアパートに向かう。扉を開くが入ってほしくないような素振りが見える。のぞくと奥の食卓に男がいた。主人公はその顔を覚えていた。先輩を撃ち殺し、そのあとは後輩の首を切り付けて殺害した相手だった。
この町で警官の銃を奪って逃げていた。銃に手をかけたとき、主人公がいち早く狙撃してしまう。女将はこのとき主人公が刑事であったことを知る。このあと書いていた辞職届を破り去って、札幌に戻ることになる。
女は尋問を受けている。殺人犯の所在を知らせる通報があったが、聞かれると自分が知らせたと答えた。それなのになぜかくまっていたのかと、刑事は矛盾を指摘すると、それは男と女のことだからと答えた。主人公にもそのことばは聞こえていた。
別れを決意して店の前でためらいながら入っていく。女将は肩を落としていた。無言のうちにテレビをつけると、そこでも三度目の舟唄が流れていた。札幌に向かう列車に乗り込もうと、駅で待っていると、ラーメン屋の店員が乗り込んできた。札幌に出て仕事を探すのだと言うと、駅員は淋しがっていた。
兄のおもかげが吹っ切れたような旅立ちを、主人公は陰からながめている。雪国の駅はただの舞台ではない。困難に立ち向かう主役でもある。猛吹雪のなか、実在する駅前の食堂名(風待食堂)がいい。
駅は別れを告げ別世界に向かう、ステップ台のように見える。列車に乗り込んで、警官の仕草をまねて、最敬礼をしながら別れを告げた、妻のおもかげが繰り返し、主人公の目に浮かんでいたようだった。
その仕草は警察官の夫との別れを意味したが、敬意の表明でもあり、夫についていくことのできなかった妻の、自分自身を悔やむ表情が、私たちの目にも焼き付いている。夫もまた非情と思いつつ、この職業を捨てることができなかった。