第705回 2025年3月25日
市川崑監督作品、横溝正史原作、久里子亭脚本、石坂浩二主演、若山富三郎、岸恵子共演、村井邦彦音楽、ブルーリボン賞助演男優賞、報知映画賞助演男優賞受賞、143分。
今回の舞台になった駅は、岡山県の総社である。ここからバスで2里ほど入り込んだ鬼首村で、起こった若い娘たちの連続殺人を追う。東京の探偵(金田一耕助)が依頼を受けて宿で待つが、依頼主は岡山での仕事が入ったと言って、夜まで待たされている。飾り気のない飄々とした風貌がいい。
女主人(青池リカ)のもとには、二人の子どもがいた。兄(歌名雄)はぶどうを栽培して、ワインづくりで村おこしをしようと、青年団で前向きに仕事を進めている。妹(里子)は事故で顔の半分に、やけどのような赤あざを残して、土蔵に閉じこもって、人目につかないでいた。
夜遅くなって依頼主(磯川)がやってくる。岡山県警の刑事であり、数年前に共通した事件を、協力しあった間柄だった。20年前の未解決の事件にこだわりを示していて、手に負えずどうしても解明したいと、探偵の助けを借りることにした。刑事が探偵に依頼するのは、珍しいことだと言って笑っている。殺されたのはこの宿の主人(青池源治郎)だったが、被害者と加害者は逆ではないのかと、謎めいたことを言って、一塊の捜査資料を渡している。
20年も前の事件を今ごろになってと躊躇すると、刑事は報酬と経費はきっちりと支払うからと説得する。女主人はそれを聞きつけて、まだそのことにこだわっているのかと呆れ顔をしている。忌まわしい事件は、見分けがつかないほどに、遺体が破損していた。殺害された夫は神戸で活動弁士をしていたが、映画がトーキーになると仕事を失って岡山に戻ってきた。
「モロッコ」のラストシーンが、字幕スーパーで懐かしく、必要以上に長く引き伸ばされて写されている。去りゆく男を追いかける悲しい女の話であり、ここでの物語を暗示し、二人の女優、マリーネディートリッヒと岸惠子を対応させようというのかもしれない。
妻もまた舞台の芸人だったが、今は温泉旅館(亀の湯)を営んでいる。同じ頃、詐欺師(恩田幾三)がこの村にやってきて、若い娘がだまされて子を身籠っていた。大っぴらには言えないが、隠れて生まれた子もいた。旅館の主人を殺して逃げたのも、この男だった。
村にはふたつの大きな勢力が対立していたが、新興の一族(仁礼家)はぶどう酒づくりで成功した。一方の古い一家(由良家)は詐欺師にだまされて、それまで蓄積した財産を喪失した。
旅館の息子は、古い一族の娘(由良泰子)と愛を交わしていたが、母親は賛成しなかった。新興勢力の当主(仁礼嘉平)がやってきて、一族の娘(仁礼文子)との結婚を勧めている。ワイン工場の経営を任せようともいう。賛成しない母親を息子は、金に目がくらんでのことと非難する。
この新旧両家の娘が相次いで殺される。岡山県警から警部(立花)も応援にやってくる。探偵を不審げにながめ、早とちりですぐに犯人を断定してしまう。前作にも登場したキャラクターである。
娘はともに奇妙な死にかたで、その光景を聞いた88歳になる旧家の年寄りが、思い出したと言って手毬唄を歌いはじめた。その歌詞にそっくりな死にかただった。最初は滝に打たれて、次は酒の醸造樽の中で死んでいた。探偵は三番の歌詞にそって次の殺人が起こるのを心配したが、老人は歌詞を思い出せないでいた。
郷土史を研究するこの村の庄屋(多々良放庵)がいて、今は落ちぶれて、ひとりで廃屋に住んでいる。8回も結婚をして、5番目の女房(おはん)から復縁を迫る手紙がきたので、返事を代筆してくれと探偵に持ちかけた。出会いは旅館の風呂場で、日課のように浸かりに来ていたときのことだった。
村の呪われた歴史についても語っていた。その直後にこの男は姿を消す。探偵は5番目の妻が村に来ているのに出会うが、腰の曲がった老婆だった。その後の調べでこの女性はすでに死亡していたことがわかる。それではあのときの老婆は誰だったのか。
謎めいた経過をたどるなかで、第三の殺人が起こる。顔に赤あざをもつ旅館の娘だった。やはり手毬唄の歌詞に沿って殺害されたが、じつは人ちがいによるものだった。東京から昔なじみ(別所千惠)が帰ってきていた。この娘を含めて4人は小学校からの同級生だった。母親は新興勢力の家の縁者だったが、父親は例の詐欺師であり、そのことから身を隠すように土地を離れていた。
旅館の娘はこの娘にわざとまちがわれるように、揃いで買った赤いバックを取り替えることで、偽装工作をしていた。身を隠した庄屋は見つからない。20年前に姿を消した詐欺師も、その後の消息はわからない。探偵は神戸に行き、活動弁士の過去を調査する。
これまで一枚もなかった、旅館の夫の顔写真が掲載されている当時のパンフレットが見つかり、持ち帰って娘を亡くした3人の母に見せる。声をそろえて詐欺師の顔であることを確認した。刑事が加害者と被害者が入れ替わっているかもしれないという直感は正しかったのである。探偵はさらに二人が同一人物であることを推理する。
そして今回の事件の犯人に、すべての人物の可能性を示唆して、旅館の女主人についても触れたとき、刑事は強く否定した。わが子を殺害するなどあり得なかったからである。このとき探偵は刑事がこの女性を愛しているのだと理解した。息子の愛する娘が、血を分けた妹であることを知っていれば、結婚させることなどはできない。
わが娘をまちがって殺してしまったのは、自身の罪の報いだと判断した。赤あざの子の誕生も呪われた過去を示すものだと、郷土史家も浴場で探偵に話していた。鍵を握るとされた、この庄屋も毒殺されていた。女主人は入水すると見つからないと言われる、伝説の沼に身を沈めた。この女性を密かに愛した、定年を間近にした味のある刑事役の若山富三郎と、早とちりのコミカルな警部を演じた加藤武が、それぞれの映画賞で、助演男優賞に輝いた。
刑事は女主人を支えてやりたかった。ふたりの対話のなかで、夫のことを非難したが、彼女がそれに反発し、夫を深く愛する姿にも接していた。探偵が東京に帰っていったあと、一人残された息子を支えてやることが、初老の男の使命となるのだろう。父を亡くし、恋人と妹を殺され、母親を失った青年の悲劇を、私たちは見つめることになる。久しぶりに旅館を訪れたとき、刑事は息子の顔を見て、自分の定年までに自前のワインが飲めるのかと問いかけている。わが子を見守るような、優しい目が印象的だった。