デヴィッド・リーン
逢びき1945/ 大いなる遺産1946/ 旅情1955/ 戦場にかける橋1957/ アラビアのロレンス1962 / ドクトル・ジバゴ1965 / ライアンの娘1970/ インドへの道1984/
第1133回 2026年7月18日
デヴィッド・リーン監督作品、英米合作映画、原作はA Passage to India、E・M・フォースター原作、モーリス・ジャール音楽、ジュディ・デイヴィス主演、ヴィクター・バナルジー、ペギー・アシュクロフト、ジェームズ・フォックス共演、アカデミー賞助演女優賞・作曲賞、英国アカデミー賞主演女優賞受賞、163分。
イギリスの植民地下にあったインドでの、イギリス人女性とインド人男性の、出会いと別れを描く。ラブストーリーが予想されるが、意外な方向に話が展開して、法廷劇としてのやり取りがスリリングで興味深い。
母と娘のように見えるが、インド行きの切符を二枚購入するところから映画ははじまる。老婦人(ムーア夫人)は帰りの日が指定されているが、娘のほうはそのあとも残るようだ。老婦人が訪ねたのは息子(ロニー)であり、女は息子の婚約者(アデラ・ケステッド)だった。
息子は判事としてインドに赴任していて、裁判風景も写されている。事務的にテキパキと仕事をこなし、優れた腕前を誇ったが、現地人には反感を持たれていた。自分は行政官だと言って割り切っていた。
女たちはインド人と仲良くなりたいと願ったが、総督をはじめイギリス人は支配者として高圧的に接している。インド人医師(アジズ)がいて、低姿勢でイギリス人に媚びを売っているようにさえ見える。
歓迎会が開かれるが、つまらなくて老婦人が抜け出したとき、寺院でこの医師と出会う。好感を抱いてその後、娘とも顔を合わせることになる。二人をもてなそうとして、名高い遠方の名所(マラバー洞窟)に誘う。
夫となる判事の支配的な姿勢に反発して、娘は結婚をしないと言い出した。一人で自転車で遺跡を散策する。娘は画家でもあり、ことに男女が交じわるヒンズー教の彫刻に魅せられる。
廃墟となっていてサルの群れに襲われて、急いで逃げ帰ると、婚約者の胸にすがって先に言った決断をあっさりと取り消した。婚約者からはポロの観戦に誘われるが、そんなイギリス人の好むスポーツには興味が湧かない。
洞窟探検の用意は、落ち度のないように、インド人医師によって周到に準備された。医師は女たちを喜ばそうとして多くの仲間を手伝いに動員した。移動にはゾウも用意した。現地人との融和をめざしていた国立大学の学長(フィールディング)にも声をかけていた。
仕事が長引き、当日は列車に乗り遅れて車で追いつくことになる。大勢が騒がしく取り巻くことで、老婦人は疲れ切って途中でリタイアした。メインの洞窟は岩山の上にあった。静かに鑑賞するために医師はガイドを一人選んで、娘を案内する。
洞窟の入り口で医師は娘を一人残して、少し待ってくれといい置いて、姿を消す。タバコを一服吸って戻ると、娘はいなかった。ガイドに尋ねるが注意していなかったようで、殴りつけて探しにいく。
入り口は三つあったが、声をかけても返事がない。マッチを擦っていたが声が聞こえると、消して返事をしないままいた。こだまが響き妄想に囚われたように、駆け出して走り下りるが、途中でサボテンのトゲに刺さって血だらけになっていた。
地上に降りたところで、やってきた車に助けられ、去って行くのを医師は目撃した。学長が遅れてやってきたときで、運転していたのは、インド人とのつきあいを嫌っていた人物(カレンダー夫人)だった。
娘は病院に運び込まれ、興奮状態にあり、意識は朦朧としている。医師のもとに警察がやってきて逮捕される。娘に暴行をはたらいたという容疑だった。学長は老婦人から事情を聞いて驚いた。無実だと信じたが、裁判にかけられることになる。
婚約者は当事者でもあり、同僚が判事となり、娘のわきに付き添っている。娘が証言台に立たされると、その日に起こった事実を語る。結婚を話題にしたことや、急な岩肌に手が差しのべられ、握り合ったことを思い出す。
プライベートな裁判にとどまらず、イギリス人とインド人との民族のぶつかり合いに発展していく。イギリスからの独立を叫ぶ運動にも取り込まれていった。優秀な弁護士を頼んだことで、費用もかさんでくる。
インド人を好意的に見ていた、老婦人は体調を崩して、裁判で証言をすることができない。早めの帰国を促され乗船をしてイギリスに向かっていた。権力者側の誘導だとも捉えられたが、船上で悪化して命を落とした。棺には国旗がかけられて、丁重に海に葬られた。
娘は問い詰められ、自分でもよくわからないと言い出して、訴えを取り下げた。婚約者を愛してはいないとも断言した。とたんに無罪となり、インド人支援者たちは勝利の声をあげて、医師を取り囲んだ。医師はヒーローとなっていた。
学長は女に近づいて、なぜ訴えなどしたのかと正した。医師も女の妄想によってもたらされた無実に憤り、かかった費用の賠償を訴える。女をにらみつけると、学長が優しく付き添っていた。一人で居れない状態を案じてのことだったが、学長が女に心を寄せていることは、早くから感じていた。
そのときはイギリス人とインド人の違いだと結論していたが、いつまでも独身でいる学長に家族の喜びを伝え、先立たれた妻の写真を見せていた。女も学長も帰国することを知ると、連れ立って行くのかと問う。女は明日だが、自分は残務があるので少し先になると答えた。
帰国後も学長は医師が気がかりで、便りを出すが返事がなかった。いなかに閉じこもって診療所を開いていることがわかると、夫人を伴ってやってくる。女の顔は見たくはなかったが、会ってみると違っていた。
女から紹介された女性で、亡き老婦人の実の娘だった。老婦人は夫を二度亡くしていて、一度目に生まれたのが判事、二度目の夫との間に生まれた娘だった。わだかまりが解消すると、医師は女に手紙を書いた。ラブストーリーとなるはずだったが、それを拒んだものは何だったのか。
女が洞窟で何を見たかは不明のままに置かれている。西洋人の論理では理解しがたい東洋的神秘を、そこに見つけていたのかもしれない。学長とともにインド人哲学者(ゴッドボール)も登場して、深淵な東洋思想を伝えていた。
第1134回 2026年7月19日
デヴィッド・リーン監督作品、英米合作映画、アーサー・ローレンツ原作、原題はSummertime、キャサリン・ヘプバーン、ロッサノ・ブラッツィ主演、ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞受賞、100分。
ヴェネツィアの旅行案内のような映画である。観光客でごった返しているが、この町の魅力が、徒歩感覚で伝わってくる。ヴェネツィアに観光でやってきたアメリカ人女性(ジェーン・ハドソン)の、イタリア人男性(レナート・デ・ロッシ)とのアバンチュールが、ひと夏の経験として描かれる。
秘書を職業としていたが、夏の休暇にお金を貯めての一人旅だった。鉄道でヴェネツィアに入るところからスタートする。終着駅では大勢が一斉に降りて水上バスに向かう。
途中でアメリカ人夫婦(マキルヘニー)に出会い、同じ宿だったことがわかり、ことばが通じないでいたことからホッとする。定年を終えてのヨーロッパ旅行だった。強行のスケジュールなのに対して、主人公のほうは自由で、いつまで滞在かと聞かれても、気に入ればいつまでもという返事をしている。
旧邸宅をホテルにしていて、夫を亡くした未亡人(フィオリーニ夫人)が経営をしていた。アメリカ人画家(エディ・イエーガー)とその若い妻(フィル)も長期滞在をしている。
主人公は気ままだが、ときおり孤独感に襲われた。男女が仲良くする姿が似合う町だった。町に出たときに近寄ってきた物売りの少年(マウロ)と打ち解けて、街を案内してもらう。
家族も家もなく一人でたくましく生きていた。絵葉書を売りにきて、つきまとうので小銭を出して買ってやる。絵葉書は見たとたん、顔をしかめて返したが、それが少年との最初の出会いだった。
カフェでいたときに、イタリア語が通じず、それを見ていた男性が助け舟を出し、興味を持って近づいてくる。警戒をして遠ざけたが、その後、骨董店に入ったとき、そこの店主だと分かった。
ガラス製品を買うが、言い値で買おうとすると、ここでは値切らなければダメだと説教される。18世紀の良品でペアでそろえることをすすめ、探して知らせると約束した。
たがいに気になっていたようで、次の日も少年を伴って骨董店に向かう。店主は不在で、店を外から8ミリ映写機で撮影していると、下がりすぎて運河に落ちて水浸しになる。大勢が集まってきて大騒ぎになり、恥ずかしさから少年に支えられて帰宅した。
夜になって店主が顔を出し、再会することができた。入荷の知らせかと思ったが、思いがけない愛の告白だった。アメリカ人夫婦が戻ってきて、ガラス工房の島(ムラーノ島)に行ってきたといって、箱入りのガラス製品を見せる。
骨董店で買ったものと同じものが、何個も並んでいた。主人公は「ベニスの商人」のような商法に腹を立てる。店主は今も作っていて、18世紀のものの模造だと説明するが、不信感をいだいている。さらなる不信感は、男の嘘によって高まった。
仲良くなってカフェで待ち合わせをしたとき、店主が遅れると言って、若い青年が伝えにきた。店番を任されていた若者で、甥だと聞いていた。妹が病気になって父親が診ているので、遅れるのだと言った。
父親とは店主のことだった。兄妹がいて、ともにその子どもだったのだ。母親はいないのかと問うと、元気だという返事が返ってきた。主人公は騙されていたと気づくと、その場をあとにした。
店主は追いかけてやってくる。子どもがいると言うと、はじめから相手にされていなかっただろうと言い訳をしている。妻とは別れて暮らしているとも言った。
女は自分もアバンチュールを期待していたという後ろめたさがあった。若くて美しい青年が良いのだろうが、自分は歳を食っていて、子どももいると自身を卑下した。それでも恋をしたのだと打ち明ける。
女もそのことばを聞くと、割り切って考えることにした。笑顔を取り戻してヴェネツィアの夜を楽しんだ。一人では絵にならないものがある。新しいドレスを買い込むと、イタリア女のように見えた。ロッシーニのコンサートにも、いっしょに出かけた。
そんな日が続くが、突然女は別れを切り出す。自分は旅人であり、帰らなければならず、それが最良の道だと、自分の思いを封印した。これ以上いれば帰られなくなってしまうという、悲恋の予感があったのだろう。
2時間後にヴェネツィアを去るという、早急な判断に戸惑いながら、鉄道駅での別れとなった。見送りは嫌だと言っていたが、女は男の姿を探している。少年が駆けつけて、記念の万年筆を手渡した。女はいらないと拒絶すると、プレゼントだと言った。理由を聞くと好きだからという答えだった。
列車が動き出した時に、男が姿を見せる。小箱を渡そうとして走るが追いつかないまま、列車は過ぎ去ってしまった。男は中身を開けて女に見せた。一輪の花(クチナシ)だった。
カフェで花売りが来て、女が選んで買ったもので、その後運河に落として流れ去ってしまった。花言葉とともに暗示的なメッセージとなって余韻を残した。決して若くはないが、有能な秘書なのだろう。手を振る主人公の絶望的ではない輝く目に、光る涙が印象的だった。
第1135回 2026年7月20日
デヴィッド・リーン監督作品、チャールズ・ディケンズ原作、原題はGreat Expectations、ジョン・ミルズ主演、ヴァレリー・ホブソン、アレック・ギネス共演、アカデミー賞撮影賞・美術賞受賞、118分。
不思議な話に何とかつじつまを合わせようとして、考えあぐね意外な結末に達するまでを楽しんだ。主人公(ピップ)は鍛冶屋の少年である。両親は亡くなり、姉のもとに身を寄せている。姉は厳しかったが、その夫(ジョー・ガージャリー)は優しくしてくれた。
両親の墓に手を合わせていると、凶悪な顔つきの男につかまる。脱走した囚人(エイベル・マグウィッチ)であり、身ぐるみ剥がれて、食料と鎖を切るためのヤスリを持ってくるよう脅された。
通報することなく翌朝、指示に従うと囚人は、少年が約束を守ったことに感激している。逮捕されて牢獄に戻されるが、感慨深げに少年に感謝の視線を送っていた。
近隣に住む老婦人(ミス・ハヴィシャム)がいて、少年に誘いの声がかかり、屋敷に招かれる。莫大な遺産相続をしたが独り身で、養女がひとりいて世話をしている。少年を可愛がるが、養女は身分の低い少年を冷ややかな目で見つめている。
魅力的であり、からかってキスをさせると、少年はとたんに娘に恋してしまった。14歳になると鍛冶屋の仕事に就き、老婦人に別れを告げた。養女も屋敷を出て、町に出るのだと言っている。
その後6年間、鍛冶屋として労働に励むが、その間に姉は死亡して、夫は再婚をした。血のつながった姉が厳しかったのに対して優しく、これまでよりも快適な生活が続く。
さらに弁護士(ジャガーズ)がやってきて幸運をもたらす。驚くべき遺産が相続されることになったが、承諾するかという問い合わせだった。誰からのものであるかは、伏せられ知らされなかったが、拒絶する理由などなかった。
心当たりを思い起こすと、老婦人以外には考えられない。弁護士のもとに向かい、定期的に定額を受け取ることになる。ロンドンで紳士としてふさわしい人間になることを決意する。
住まいも紹介してもらい、同居人がいて、顔を合わすと知り合い(ハーバート・ポケット)だった。老婦人のもとにいたときに、力試しをして勝利した相手だった。その姿を見ていた養女が少年を見直したようで、付きまとわれて嫌っていたのだと打ち明けていた。
食事の作法やフェンシングも指導を受けて、同居人とは友情を深めていった。費用もかさみ、そのたびに弁護士に増額を頼みに行く。生活が贅沢となったことはわかっていたが、弁護士は要求に応えていた。弁護士事務所に男のデスマスクがかけられていて、その恐ろしげな顔立ちには見覚えがあった。
ある日、見知らぬ男がやってきて、見るとかつて助けた囚人だった。話を聞いていると、遺産を相続したことも、担当する弁護士の氏名も、老婦人のもとに出入りしていたことも知っていた。
この男の遺産なのだと理解することになる。出獄後に国外で財産を築いたようだったが、追われる身で逮捕されれば財産は没収されるのだという。主人公は友にも助けてもらい、囚人を逃そうと船の手配をする。
外国船に乗り込む直前に、警備船がやってきて捕まってしまう。そのときの乱闘で負傷して、囚人は命を落とすが、血のつながった遺産相続ができれば、財産は没収されなくてすむことから、弁護士に知恵をあおぐことになる。
弁護士はこの件の一部始終をすべて承知していた。囚人には実の娘がいて、それが老婦人の養女となっていた。老婦人の秘密についても明かされる。結婚が決まり婚礼の日に相手が姿を見せなかった。
その日から時間は止まってしまう。屋敷は閉ざされ、時計も9時過ぎのままである。窓も閉められて光が入ることもなくなった。主人公が老婦人を再来したとき、そこにきていた養女とも顔を合わせる。
幸せな結婚をしたと思っていたが、そうではなかった。結婚相手は主人公の恋敵(ベントレイ)だった。主人公を前にして、恋敵のほうを選ぶという、残酷な仕打ちに見えた。離婚理由は囚人の子であることがわかったためだった。
老婦人は主人公が真実を確かめにきたとき、何も語らず去ったあとに、暖炉の火が衣服の裾に燃え移り焼け死んでしまった。主人公は引き返して火は消し止めたが、老婦人は間に合わなかった。
主人公が養女を見つけ出したのは、誰もいなくなった屋敷だった。暗い中で死んだようになっているのを見つけると、窓を開け放ち、カーテンを破り去って、光を入れた。女の手を取って陰鬱な屋敷を去っていくことで、話を締めくくった。
没した男女が残した、大いなる遺産を二人は捨て去って、自由を手に入れたように見える。老婦人を裏切った結婚相手は、この囚人ではなかったのかと、私たちは邪推しながら、弁護士に踊らされる遺産の行方を気にかけている。
しかしそんな物質的幸福から解放されれば、真実の愛を獲得できる。義理の兄が再婚で手にした幸運は、財産などなかったが、運命に翻弄された主人公にとって、理想的な愛のかたちに見えたにちがいない。