デヴィッド・リーン
「映画の教室」by Masaaki Kambara
「映画の教室」by Masaaki Kambara
第1133回 2026年7月18日
デヴィッド・リーン監督作品、英米合作映画、原作はA Passage to India、E・M・フォースター原作、モーリス・ジャール音楽、ジュディ・デイヴィス主演、ヴィクター・バナルジー、ペギー・アシュクロフト、ジェームズ・フォックス共演、アカデミー賞助演女優賞・作曲賞、英国アカデミー賞主演女優賞受賞、163分。
イギリスの植民地下にあったインドでの、イギリス人女性とインド人男性の、出会いと別れを描く。ラブストーリーが予想されるが、意外な方向に話が展開して、法廷劇としてのやり取りがスリリングで興味深い。
母と娘のように見えるが、インド行きの切符を二枚購入するところから映画ははじまる。老婦人(ムーア夫人)は帰りの日が指定されているが、娘のほうはそのあとも残るようだ。老婦人が訪ねたのは息子(ロニー)であり、女は息子の婚約者(アデラ・ケステッド)だった。
息子は判事としてインドに赴任していて、裁判風景も写されている。事務的にテキパキと仕事をこなし、優れた腕前を誇ったが、現地人には反感を持たれていた。自分は行政官だと言って割り切っていた。
女たちはインド人と仲良くなりたいと願ったが、総督をはじめイギリス人は支配者として高圧的に接している。インド人医師(アジズ)がいて、低姿勢でイギリス人に媚びを売っているようにさえ見える。
歓迎会が開かれるが、つまらなくて老婦人が抜け出したとき、寺院でこの医師と出会う。好感を抱いてその後、娘とも顔を合わせることになる。二人をもてなそうとして、名高い遠方の名所(マラバー洞窟)に誘う。
夫となる判事の支配的な姿勢に反発して、娘は結婚をしないと言い出した。一人で自転車で遺跡を散策する。娘は画家でもあり、ことに男女が交じわるヒンズー教の彫刻に魅せられる。
廃墟となっていてサルの群れに襲われて、急いで逃げ帰ると、婚約者の胸にすがって先に言った決断をあっさりと取り消した。婚約者からはポロの観戦に誘われるが、そんなイギリス人の好むスポーツには興味が湧かない。
洞窟探検の用意は、落ち度のないように、インド人医師によって周到に準備された。医師は女たちを喜ばそうとして多くの仲間を手伝いに動員した。移動にはゾウも用意した。現地人との融和をめざしていた国立大学の学長(フィールディング)にも声をかけていた。
仕事が長引き、当日は列車に乗り遅れて車で追いつくことになる。大勢が騒がしく取り巻くことで、老婦人は疲れ切って途中でリタイアした。メインの洞窟は岩山の上にあった。静かに鑑賞するために医師はガイドを一人選んで、娘を案内する。
洞窟の入り口で医師は娘を一人残して、少し待ってくれといい置いて、姿を消す。タバコを一服吸って戻ると、娘はいなかった。ガイドに尋ねるが注意していなかったようで、殴りつけて探しにいく。
入り口は三つあったが、声をかけても返事がない。マッチを擦っていたが声が聞こえると、消して返事をしないままいた。こだまが響き妄想に囚われたように、駆け出して走り下りるが、途中でサボテンのトゲに刺さって血だらけになっていた。
地上に降りたところで、やってきた車に助けられ、去って行くのを医師は目撃した。学長が遅れてやってきたときで、運転していたのは、インド人とのつきあいを嫌っていた人物(カレンダー夫人)だった。
娘は病院に運び込まれ、興奮状態にあり、意識は朦朧としている。医師のもとに警察がやってきて逮捕される。娘に暴行をはたらいたという容疑だった。学長は老婦人から事情を聞いて驚いた。無実だと信じたが、裁判にかけられることになる。
婚約者は当事者でもあり、同僚が判事となり、娘のわきに付き添っている。娘が証言台に立たされると、その日に起こった事実を語る。結婚を話題にしたことや、急な岩肌に手が差しのべられ、握り合ったことを思い出す。
プライベートな裁判にとどまらず、イギリス人とインド人との民族のぶつかり合いに発展していく。イギリスからの独立を叫ぶ運動にも取り込まれていった。優秀な弁護士を頼んだことで、費用もかさんでくる。
インド人を好意的に見ていた、老婦人は体調を崩して、裁判で証言をすることができない。早めの帰国を促され乗船をしてイギリスに向かっていた。権力者側の誘導だとも捉えられたが、船上で悪化して命を落とした。棺には国旗がかけられて、丁重に海に葬られた。
娘は問い詰められ、自分でもよくわからないと言い出して、訴えを取り下げた。婚約者を愛してはいないとも断言した。とたんに無罪となり、インド人支援者たちは勝利の声をあげて、医師を取り囲んだ。医師はヒーローとなっていた。
学長は女に近づいて、なぜ訴えなどしたのかと正した。医師も女の妄想によってもたらされた無実に憤り、かかった費用の賠償を訴える。女をにらみつけると、学長が優しく付き添っていた。一人で居れない状態を案じてのことだったが、学長が女に心を寄せていることは、早くから感じていた。
そのときはイギリス人とインド人の違いだと結論していたが、いつまでも独身でいる学長に家族の喜びを伝え、先立たれた妻の写真を見せていた。女も学長も帰国することを知ると、連れ立って行くのかと問う。女は明日だが、自分は残務があるので少し先になると答えた。
帰国後も学長は医師が気がかりで、便りを出すが返事がなかった。いなかに閉じこもって診療所を開いていることがわかると、夫人を伴ってやってくる。女の顔は見たくはなかったが、会ってみると違っていた。
女から紹介された女性で、亡き老婦人の実の娘だった。老婦人は夫を二度亡くしていて、一度目に生まれたのが判事、二度目の夫との間に生まれた娘だった。わだかまりが解消すると、医師は女に手紙を書いた。ラブストーリーとなるはずだったが、それを拒んだものは何だったのか。
女が洞窟で何を見たかは不明のままに置かれている。西洋人の論理では理解しがたい東洋的神秘を、そこに見つけていたのかもしれない。学長とともにインド人哲学者(ゴッドボール)も登場して、深淵な東洋思想を伝えていた。