美術時評 2018年4月◀ ▶
by Masaaki Kambara
2018年3月17日~5月27日
2018/4/26
倉敷市立美術館は現代アートも充実している。寺田武弘の木彫(1970)がチラシを飾るが、迫力に満ちているだけでなく、これまでの作品概念を再考させるメタアートとなっている点で新鮮だ。木を削っているから木彫なのだが、材木アートという方がピッタリしている。削ってできた木屑を、壁に立てかけた内ぐりのある板材の前に散りばめる。削られた木屑を集めて、くり抜かれた板を埋めると元の一枚板に戻ることを予想させる。高松次郎にもこれと似たコンセプトでできた石彫がある。作家が不在であっても指示書に従って美術館内で展示は繰り返されるが、その度に木屑は着実に減少しているはずだ。
塩見允枝子のウォーター・ミュージックと題した小さなガラス瓶がいい。中に液体の入るラベルの付いたかわいい容器である。ここでも作品概念は覆される。ガラス瓶を見ていても何もわからない。このガラス瓶の使われ方の説明文が掲げられていて、それによってこれがパフォーマンスの道具であったことがわかる。
作品概念の問い直しは、戦後ことに1960年代を通じての動向であるが、似たようなことは古来よりある。能面や伎楽面などは、パフォーマンスの道具であるが、美術品としても立派に機能している。モノからコトへの移行、オブジェからイヴェントへの展開とみてもよいだろう。
塩見はパフォーミング・アートの中心的存在であるフルクサスの一員だが、日本ではまだまだ知名度は低い。工藤哲巳や三木富雄や岡崎和郎とともに、人をあっと驚ろかせる1960年代は、倉敷市立美術館の充実した作品群を形成している。このガラスの小瓶が能面のように輝きを放つには、まだまだ時間がかかりそうだが、今も気になるさわやかな一品だった。
2018年3月17日~5月27日
2018/4/26
常設展は池田遙邨からはじまるが、非常に豊かなコレクションである。小さな都市なら遙邨記念館を建てて、市立美術館としていただろう。今回は二部構成で、常設展示室に池田遙邨、企画展示室に「戦後の造形」となっている。入場料はいつものように210円、収支の事務処理が面倒なので、いっそのこと無料にすればと思う。
しかしそうすればますます大した作品ではないという風評被害にさらされることになる。そこには入場料が高い方がありがたみがあるという厄介な大衆心理がある。同じ常設展なのだから、大原美術館から少しはこちらに回ってはと思うが、いつも空いている。折り重なって頭越しに見るのが名作だというのも、やっかいな大衆心理だ。
私はこの穴場をこよなく愛する一人だが、遙邨はいつ来てもいい。ゆっくりと遙邨を独り占めできる。大原美術館のようにいつ行ってもその場所にいるというのも、母性を感じさせて悪くはないが、日本画が西洋画と違うのは、長くは展示できないという点にある。油絵は壁に掛かっているのが常態だが、掛け軸や屏風は仕舞われているのが常態だ。季節の折々に掛け替える。これが日本美を形成する。そして毎回新たな発見がある。
前回は微妙に傾いた灯台や城に私の目は反応したが、今回の遙邨は太陽に目が向いた。太陽の円盤だけを描いた二点の軸装が並んでいる。一方は日蝕とあり、黒い太陽が描かれている。もちろん太陽だから見える通りには描けない。写実を目指して見つめ過ぎると、目が焦げて黒い太陽になる。
私は自著「快読・西洋の美術」を、太陽の色は何色かという問いから書き出した。岡本太郎を念頭に黒い太陽にも触れたが、何かいい挿絵がないかとずっと気になっていて、今回やっと遭遇した思いがする。熊谷守一の日輪の絵を見たのが引き金になったのだと思う。遙邨の太陽はこれまでも見ていたが、今回はじめて反応したということだ。フリーハンドのつたない円形が何ともいい。エッジの効いた吉原治良や背筋の伸びた書家の一気呵成とは対極にある。仙厓は円相を月や饅頭に見立てたが、その系譜にありながら、遙邨は太陽に挑んでいる。
2018年3月1日(木)~5月27日(日)
2018/4/21
所蔵品展だが見応えは十分にあった。明治以降の工芸の伝統が継承された証明がここにある。地道だが確実な技に支えられた生きざまが見えてくる。目に飛び込んでくるパフォーマンスではなくて、見ていて安定感があり、染み入るような美の様態、発散ではなくて吸収するという存在のあり方だと言ってもいい。落ち着いた気分になるとすれば、それが工芸というものなのだろう。
人間国宝という名で継承されるものは、その人が亡くなればすべては消えてしまうという儚い世界観を背景にしている。美術は作者がいなくなっても作品が残るはずの世界のことだ。それに真っ向から対立して、名人の名が残される。それは歌舞伎だって、将棋だっていい。工芸という分野だけが特殊で、制作されたものが残されていく。
名人の作ったものは、名作といってはいけない。いつも同じものが生み出される環境を整える人のことを名人と呼ぶ。日によって味が違う料理人は、名人とは言えない。コンスタントに同じものを作り続ける技を、何十年も掛けて身につけるのである。そしてそれは一代限りのものでなくなれば、もはや他者が分け入る余地はない。
明治の名工を支えたのは、名もない江戸の職人であったはずで、多くは欧米の価値観に流されて危機に瀕する中、かろうじて命を永らえたものが今に残る。超絶技巧として今日もてはやされるパフォーマンスではないのだ。確実に地に足のついた手技の人間賛歌に目を向けねばと思う。板谷波山の染み入るような陶器の肌を前にして、名工の人格に接した気がした。それはつつましい吸収光を放つ村上良子の着物についても言えることだ。
2018年4月13日(金)~2018年5月27日(日)
2018/4/21
名匠だとはわかっていても、なぜか薄っぺらに見えたのは何故なのだろう。富士山も手を替え品を替え、繰り返され、それぞれに工夫を施されるが、もう一つ琴線にふれてこない気がする。入り口にあった「屈原」の、意志の力と言ったような鬼気迫る絵の力が見えてこない。日本画壇の重鎮になって、反骨精神が失われたからだろうか。若い日に「無我」を描いて見せた幼児の上昇志向は、遥か彼方に富士を見ていたが、登りつめると下界を見下ろす富士となる。上から目線の限界を払拭しようとして、もう一度下から見直そうとしたかもしれない。
再生は一滴の水が龍となった「生々流転」によって果たされる。テーマは上昇にある。40メートルもの長大な絵巻だが、展覧会ではすべてが開かれている。ことに最後の5メートルがいい。何も描かれてはいないが、描かれているとすれば、それは「予感」だ。余韻を残すこの待ち時間のあとに波が踊る。北斎の波のように首をもたげて立ち上がる姿は、龍の存在を暗示する。
そして振り返ってもう一度、余韻の余白をたどると、おぼろげに龍の胴体が浮かび上がってくる。龍は古来より水神の化身だった。この一作がなければ大観は、天心の死とともに大正2年の時点で、活動を終えていたと、私は見ている。朦朧体と揶揄された若き日の反骨が、天心の教えとともに蘇っている。
2018年4月11日(水)~5月28日(月)
2018/4/21
何の目的のデモンストレーションかは定かでないが、無数のこいのぼりが広い展示室を泳いでいる。無料の展示だが、そのダイナミズムはインスタレーションとしての現代アートに分類できる。鑑賞者はクッションにもたれ、寝そべって時を過ごしている。一点一点見るわけではない。珍しい企画に戸惑いながら、しばし時間を共有する。
ビュールレ・コレクションは混雑しているが、こちらは空いている。大きな美術館なので、貸し会場としても機能するが、多くは定期的な団体展の年中行事に使われている。東京都美術館の国立バージョンと見ていい。集客力はもっぱら新聞社主催の企画展が担うことになり、今で言えばビュールレ・コレクションの人気に乗じて、こいのぼりにたどり着いたというわけだ。チラシは全国にばら撒かれていたので、たまたま出くわしたというわけではない。期待も伴ってやってきた。こんな大規模な企画の真意を測りかねて戸惑いの中で、書いている。
スポンサーを見るとTEACと無印良品とあり、文化事業としての一環であることがわかる。この時期、六本木界隈になびくこいのぼりには、祝祭に浮かれる華やいだ気分があり、子どもの成長を願う未来への姿勢が読み取れる。都会の谷間での、爽やかなひと時に感謝する。
2018年2月14日(水)~5月7日(月)
2018/4/21
名品でたどる近代フランス絵画史である。粒ぞろいと言っていいだろう。こじんまりした小品だが、質は高い。最後にモネの睡蓮の大作で締めくくられる。上野で見たプーシキン美術館展と時代が重なり、比べてしまうのだが、個人コレクションならではの私的興味は、密やかな香りが感じ取れるものだった。
改めて印象派のもつ絵画史における役割を再認識するところとなるが、それは「近代」という名の理念を、丸ごと一枚の絵画が受け持っているという点にある。個性と自由によって彩られた絵画の実験は、印象という曖昧な虚無をまとった厭世観を下敷きにしている。その人でしか表現できない個性と、何でも表現できるという自由を旗印に、最終的には絵画の解体にまで至るアナーキーな思想を含んでいる。
モネは目を開いているのに見えない世界を描こうとしている。これと対極にあるのが同い年の画家ルドンで、目を閉じているのに見える世界を描いて見せた。軍配は明るい厭世観に上がった。市民権を得て印象派は、それを否定するポスト印象派をも巻き込んで広がりを見せていく。印象派展にゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ルノワールを加えるのが普通だが、理念は印象派を否定している。
かつては後期印象派と名づけられたが、今日ではポスト印象派という方が多い。私は後期印象派でよいと思っている。ポストモダニズムがやはりモダニズムの内にあるという意味とも同じだ。シュルレアリスムだって同じことだろう。否定したとしても印象派の名を使用する限りは印象派抜きには考えられないということだ。反芸術や没芸術と言いながら、芸術を必要以上に意識する用語法がある。意識することによって比較がなされる。比較というのは対等を目指し、民主主義の原理でもある。
曖昧模糊とした宇宙の構造に原理を与えるのは、確実な刻印によって揺るぎない足跡を残す存在証明だった。そんな中で印象派が見つけ出したのが浮世絵だったというのは、興味深い。