美術時評 2018年3月◀ ▶
by Masaaki Kambara
2018年2月14日(水)~4月8日(日)
2018/3/31
寛永の美が、いかにして独自の文化を築き上げていったのか。野々村仁清の冒頭に飾られた椀によって語り尽くされている。大きさからすると少し大きめの茶碗サイズであるが、陶芸による籠の挑戦でもあって、もちろんこれではお茶は飲めない。穴の空いた器という禅問答のような造形に、不条理の美学を感じ取る。
真っ白なボールはプラスチックでできたデザイナーの発案であるようで、現代の造形と言い張ることも可能だ。スポットライトで映し出すと、鮮やかな照明器具にさえも変貌している。何と斬新なという驚きは、色絵を誇る仁清にして可能な、形を見せようとして色彩を切り落とした潔さにあるようだ。それは桃山の気分を憧れる格好の逸品だと思った。
展覧会のテーマは、寛永の雅とある。江戸に入り、桃山が遙か遠くに退く中で、もはや戻れないと知りながら、豪壮を内に秘めた白無垢の世界を築き上げる。探幽は永徳を、遠州は利休に想いを馳せる。そして仁清もまた大胆と無骨というには遅れてきたという自覚が、自ずと表明されていく。「きれいさび」と言ってしまうと一言で終わってしまうが、そこには管理社会の平和装置としての美術の役割を自覚した、意志の力が滲み出ている。
誰にも対応する許容性は、教養という名がふさわしい身の処し方や、立ち居振る舞いの中に、集約されていくものだ。天才というよりも秀才に違いなく、破天荒を面白がる桃山の風潮は、影をひそめることになる。探幽を筆頭とするエリート集団に接して、私などは何の魅力も感じないが、探幽縮図を見ながら、秀才が努力を重ねる姿を前にして、これに感心してはならないという芸術論が頭をもたげてくる。
一匹狼のように諸国を放浪する自由がもたらす美の結晶に密かに想いを馳せる。雪舟のように、あるいは宮本武蔵のようにである。寛永年間はすべてが国を治めるという幕府のもとで、一元化されていく姿が読み取れて、どこかで物足りなさが残る時代だったのではないかと感じた。乱世への思いが狩野派をよそに琳派となって結晶したのだと思った。
2018年1月8日(月)〜3月31日(土)
2018/3/31
映像に集約されるが、マルチメディアを駆使するタレント性が、際だっている。静止画の写真パネルとスクリーンとモニタ映像を通じて、独特な世界観が伝えられる。キリスト教に根ざしたヴァンパイアの登場は、日本人とは無縁のものだが、ファッショナブルでスタイリッシュな映像美は、テンポのいい音楽がかぶさって、見ごたえのあるものだ。若者たちが狭い空間に座り込んで見入っているのが、印象的だった。
すでに没後5年を経過しているが、現代の若者の感性をとらえているようだ。非日常的な劇的空間に誘われるが、重苦しくはなく、インパクトの強い割には、さわやかなフィクションとして記憶される。白塗りにされた顔は見分けがつかないが、演劇的世界に誘う。
日本流に言えば、歌舞伎の顔の白塗りや大駱駝艦の舞踏と比較してもいいかもしれない。ドラキュラやジキルとハイドを思い浮かべると、西洋的風土に根ざした正統なイコノグラフィーに支えられていて、アメリカ社会が強くヨーロッパ中世を引きずっているのがよくわかる。
この日は、根津、ワタリウム、サントリーという道順優先の美術館めぐりとなった。古美術にはさまれて対極にある体感は刺激的で、マイク・ケリーをサントリーに展示して、客層を逆転させてみても面白いのではと思った。若者にはもっと古美術に触れてほしいし、年寄りは若者文化を理解する必要があるはずだ。根津に常連の和服の婦人たちが、ワタリウムの狭いエレベーターに乗り込む姿を、想像してしまった。それはこの界隈のもつオシャレな視覚になじむものに違いない。
2018年2月22日(木)~3月31日(土)
2018/3/31
香合という特殊な世界だけをクローズアップした時に見えてくる、日本文化の形を探ろうとしている。会場内は多くの観客でごった返していたが、可愛くて愛玩できる小物への嗜好を前にして、以前デミカップだけを集めた展覧会がヒットしたのと共通するもののように見えた。
香合は手のひらに乗る、一種のコンパクトとして定着するが、中国渡来の出発点では20cmもの直径をもつ漆芸だったようで、日本の美意識に翻案されていく過程が面白い。5cmの小宇宙はのちに印籠や根付に展開していく武士のダンディズムとも連動するものだ。女性文化はこれを化粧道具に用いて、現代のコンパクトにまで受け継がれていく。何気ないところに工夫を凝らす江戸の裏地の美学は、香合にも入り込んでいる。
茶の文化は茶碗とともに香合に活路を開いたが、そこでも仁清の造形は輝きを放っている。携帯するには陶芸よりも漆芸の方がふさわしいはずだが、時の名工につくらせてみたいという、権力者たちの美への欲望が感じ取れる。
2018年2月10日(土)-5月6日(日)
2018/3/31
実に刺激的な展覧会だった。これまで知られていなかった新しいアートの領域を教えてくれるものだった。メディアアートの延長上にあるのだろうが、今日のデジタルワールドをアナログ世界と対比して、見事に視覚化した作品が目立った。
8人の作家が選ばれたが、エキソニモexonemoは、展示室内を電線やコードで埋め尽くし、鑑賞者にその上を歩かせるという体験型展示は、分かりやすいものだった。コードレス社会は、何者にもつながらない自由を意味し、コードを捨てて、それを踏みつけることによって、新しい世界の訪れを自覚する。
コードは確かに鎖につながれた束縛の象徴だったが、コードレスになったからと言って自由になったわけではないという切り返しが、実は重要である。見えない糸とはよく言ったもので、見えないだけで束縛は存在しているということだ。さらには見えない鎖によって管理されているという恐怖社会が想定されていく。
こうした21世紀の世界の構造を前提として、迷えない時代を皮肉たっぷりにとらえたのが、ヒト・シュタイエルHito Steyerlの映像パフォーマンスだ。情報社会での身の隠し方というテーマ設定が興味を引く。誰もが現代の管理社会の中で無名の自由を手に入れたいと思っている。誰からも連絡されない孤島のユートピアはもはやない。バーコードによる認識から、カメレオンのように同質化することによって、誰からも見つからないでいることができるのではないかという提案がある。
どこまでが真実でどこからがフィクションかがわからない中で、ブラックユーモアは進行する。これだけネットワークにつながった社会にあっても、世界には何十万人もの行方不明者がいるというナレーションから、映像作品は始まる。そして廃墟化したグーグルマップの指標が紹介される。荒野に置かれた数メートルの幾何学的な指標であり、その実際のイメージが展示室内に再現されている。
最初に目にするのはこれで、一体なんだという反応から鑑賞は始まっていく。そしてヴィデオ映像がその謎を解き明かしていく。誰もいない大平原にぽつんと残された幾何学模様は、宇宙からの飛来物体のように不可思議で、地面の亀裂からは雑草が生えたまま放置されている。
その指標はグーグルマップの精度を確認するために、航空カメラが認識できるかどうかの見極めとして設置されたものだという。それが廃墟になった理由は、今では数センチのものまで把握できるようになったからだと、ナレーターは説明する。
こうした高性能の管理システムから、身を隠す手段が、さまざまに模索されていく。背景の柄と同一化するというのが、その内のひとつで、戦闘用の迷彩服などはすでに同じ発想から出てきたものだろう。
化粧にまでそれを応用して、映像によるマニュアルを完成させた。今村昌平の「人間蒸発」から始まる社会からエスケープしたいという人間の願望を分析したドキュメンタリーに匹敵する、感慨深い映像作品だった。
2018年2月23日〜4月8日
2018/3/31
ぽつんとひとりたたずむ建物(1)や人(2・3)、さらにはロウソク(4)がある。木版画という確かな手応えを手がかりとして、広野にたたずむ孤独感を描き出す。色彩を変え、トーンを変えて繰り返す。原野の一軒家も多く目にするが、頼りなげで、見る者に共感を呼ぶ。すっくりと立っているわけではない。
不安げにブルーを基調とした寂しげな表情が、建物やロウソクにも共通している。「祈」(5)と題した抽象作品では、幾何学図形の長方形と円形が置かれるが、矩形の足もとは揺れて傾き、中空に浮かぶ丸に寄り添おうとしている。
清宮の場合、空に浮かぶ丸は月や太陽であるが、それをたたずむ人物のシルエットと見ることも可能だ。うつむいて前のめりになる輪郭に祈りの姿を仮託する。建物でいえば窓、人物や猫(6)でいえば目だけが輝いて、灯台のようにシルエットになって、夜を照らしている。
たたずむ姿は1960年代を中心に、生涯を通じて一貫しているが、1980年代からは「ぽつんとひとり」という孤独感が和らいだように、複数で立つ者(7)、さらには横たわる者(8)や泳ぐ者(9)が登場し、天と地を結ぶ上下運動から、左右を結ぶコミュニケーションへと展開していったように見える。
暗示力にあふれるモチーフの選択は、見る者に人と宇宙の交感を気づかせる。テーブル上に瓶がひとつ置かれた絵(10)があるが、シルエットになった輪郭はどことなく仏像があぐらを組んで座る姿に類似する。首と銅をもつ容器は、元来人体になぞらえられたという話である。モランディの瓶が互いに寄り添いながら、支え合っているのと比べて見ると、清宮の意図が見えてくる。シルエットになった猫の目が輝いている。それもまた灯台だ。猫は地にたたずむが、明かりの灯る夜の家屋とイメージ上で重なり合う。猫のもつ本性と孤独な魂が画面上に響き合っている。
木版画のもつしっとり感は、明治期の風景版画から、大正期の創作版画への流れの中で、日本的叙情を実現していく。木に宿る柔らかな持久性と、水を含んだ潤いとが、紙に染み出してくる。
木版画は写し出され、刷り出されるものではなくて、内質が樹液のように滲み出してくるものであって、写真術とは一線を画している。清宮が残した版木(11)を見ると、滲み出した色彩が、見事な抽象世界を形づくっている。それは浮世絵が長い歳月をかけて、見つけ出してきたものであり、日本的感性に裏打ちされている。(下図 1~6上段 7~11下段)
2018年3月15日(木)〜3月30日(金)
2018/3/30
絵画という規定はないが、暗黙のうちに絵画礼賛の募集要項にはなっている。平面と立体という不文律を、申し訳程度に残している厚み20cmという謎を背景に、さまざまな挑戦が企てられる。憲法解釈と同じで、解釈をどこまで拡張させるかという人間の知恵とアイディアの話にも持ち込まれていく。
今回のVOCA賞には碓井ゆいの布の作品が選ばれた。壁面展示をされると、垂れ下がってみっともない感じもするが、その垂れ下がり具合が、この作品の主題とも連動する。タイトルには、「our crazy red dots」とある。我らの狂った赤い斑点とは、つぎはきにされた日の丸のことだとわかる。同時にそんな時代なのだという審査員の共感が重なり、コンテンポラリーアートとしての語義を再認識することになる。
パッチワークとはボロの代名詞ではあるが、さまざまな象徴を含んでおり、絵画としてイメージ化される以前に、豊かな物質の詩が歌われる。それをここでぶつけたというのが勝因となった。イメージとしては陳腐だが、ツギハギというアクションが伝えるメッセージが、赤という色彩とともに、ここではポイントとなる。
古い人間なら千人針という語を思い浮かべるだろう。国旗は暗示的だが、歴然としている。日の丸はつぎはきにされながら全体を形成する。中央には「武運」という語が読み取れる。戦闘機が上空を飛んでいる。国旗を頭からかぶされて、横たわる兵士がいる。死んで帰ってきた玉砕と殉死の有名なイメージだ。
物資に困窮した節約と質素のイメージが、パッチワークを形作るが、この負のイメージを積極的にデザインに用いて、美に昇華させたのが、桃山文化の日本美であった。戦乱に明け暮れたすさんだ心理が、大胆な「片身替り」という色面分割に反映する。足りない布の貧困が、美に上昇する。
能衣装にまで反映するが、背景には死を前にした悲壮感を伴っていて、そのつぎはぎの分割には「形見分け」という語呂合わせを伴って、出征兵士の死の帰還をイメージさせて、今回の受賞作の通奏低音となっている。
2018年3月1日(木)〜4月27日(金)
2018/3/30
金融機関独特の威厳をもつ重厚なロビーの壁面が、これまでのVOCA展の 受賞作で埋められている。一部はロビーに隣接するギャラリーにも展示されるが、サイズは大きく、町の画廊の規模では収まりがつかない。VOCAでの出品規定は、40歳以下であることと、サイズが4.0×2.5mで厚みが20cmまでとあり、多くはこのサイズまで拡張して賞をねらう。過去のものを概観すると、いくつかの傾向が見えてきて、必ずしも自由に描けるわけではないことがわかる。暗黙の了解があるとすれば、誰しもがVOCA賞300万、奨励賞150万に魅力を感じてのことだ。
抽象絵画はまだ優勢であるようだ。現代絵画のメインストリームであることと、売れない画家の代名詞でもあることから、奨励に値するという配慮も読み取れる。抽象絵画の方がこんな無機質のロビーには違和感はないと言えるかもしれない。荒れ狂う色彩は感情をむき出しにするし、モノトーンの筆跡の残らない絵画は、時に気持ちを落ち着かせる役割を果たす。
第一生命がスポンサーというあたりの仕組みも、考えに入れておいた方がよいだろう。気分に応じて掛け替えることができる。保険会社の所蔵品という限りでは、これらは将来への担保ということか。この中に大画家の卵がどの程度混じっているかは、審査員の眼力が問われることだが、これは生命保険と同じく、賭けのようなもので、何十年も先にならないと、解答は出てこない。
もちろんすでに作家活動を停止した受賞者もいていい。絵画領域では、40歳まででピークに達しきった作家も少なくはない。スポーツ選手には届かないまでも、円熟を期待しないならば、粗削りの力業が見えてくる。夭折の画家が登場すれば、VOCA賞は出発点ではなく、最高傑作ということにもなる。
奨励の意味が中心だが、第一生命は一点300万円で買い取ったということでもある。保管料を考えれば高い買い物に違いないが、将来は何億円という宝が含まれていることは確かで、資産の運用という点では、保険会社ならではの選択に見える。VOCA展は今年で25年を迎えるが、並行して審査システムを変えてface展というのがはじまっている。こちらは損保ジャパンがスポンサーとなった。
現代絵画という限られた領域だが、確実な社会貢献であり、時折ロビーを使っての公開は評価に値する。多くは素通りの中で、熱心に見つめる目がある。時に場違いな経済人が目を止めることになると、これまで古美術や茶道具に向かっていた目が、変貌するきっかけにもなるだろう。今はまだまだこのロビーでは、美術ファンの方がマイノリティであり、何を熱心に見ているのかと、目的を持ってやってきた足早のビジネススーツからは、異質な視線が注がれることになる。
2018年3月10日(土)〜 5月6日(日)
2018/3/30
江戸時代の絵画の内でも、ことに後期になると世界の広がりが好奇心として加速して、博物学的興味が絵画に緻密な描写を求めはじめていく。それは今日の用語では情報収集にあたるが、基本の姿勢は、自然観察の眼差しにある。リアルという本展の切り口は、最後のコーナーに見るように司馬江漢と円山応挙の二人に結晶することになる。
そこに至るまでは、ほとんど無名画家の掘り起こしにも見えるが、一方で江戸絵画の層の厚みと熟成度をうかがわせて、研究者にとって埋没している作家の発掘には事欠かない時代であることもわかる。明治以降の価値観の急変が置き去りにしたこともあり、江戸後期の画家群は、一夜にして埋もれてしまったポンペイの発掘と同じで、宝の山を形成している。
狩野派を土台としたアカデミズムの形成は、形骸化した形式主義に陥り、面白みを欠いた画題の繰り返しが続き、絵手本のバリエーションが、絵画の方向性を閉ざしていく。しかし画家の数は多い。それは泰平の象徴でもあって、心ある革新者の期待は、いつも潜在していたということだ。そこに新たな視点が西洋から導入される。それがリアリティという概念であり、自然観察と写生という方法が導入される。自然科学と歩調をともにして、蘭学の一端を担って絵画礼賛への道が広がっていく。
ただしそこには「見える通り」という写実の概念ではなく、見えない自然の本質をつかもうという方向を取る点に、自然科学という文脈が見つかる。リアルを超越しているところにリアルを読みとっているふしがある。例えてみれば人体を裸体よりも内臓や骨を描く方がリアルだという視点に至る。今日ではシュルレアリスムという語がそれに冠されるが、今回紹介されるものにも、そうした超越した写実に目を向ける現代人の共鳴が読み取れる。
これまで奇異とされていた描写が再発見されていく。若冲や蕭白や蘆雪はすでに発掘された。探せばもっと出てくる。村松以弘「白糸瀑図」(1)は白糸の滝と富士山を、実景からは離れて自由に組み合わせている点で、シュルレアリスム絵画と言える。これが地域的に隔たった那智の滝だともっとリアリティがあっただろう。江戸時代の視力は現代とは比べものにならなかったようで、二見ヶ浦から富士が見えたという。確かにそれはリアルを超えている。
墨江武禅「月下山水図」にも奇妙なリアリティがある。夜を描こうという意思が、昼間にはない生々しさを見つけ出した。月明かりではぼんやりとしか見えないはずの夜景を、くっきりと手に取るように細密描写をして見せた。目を凝らせば見えてくるという思いが、こんなリアルに結晶したといえる。夜の闇をヴェールとしてぼかせばいいはずの大気の描写を、クリアな構造を探りにかかったのは、科学精神以外の何者でもない。
他方で森狙仙「群獣図巻」(2)は、ぼかしによってリアリティを追求するあまり、形を犠牲にしてしまった。全てが鵺のような非現実の動物と化していながら、生命体のもつ獣性を、柔らかな毛並みのぼかしによって描き切った。写実を超えた生々しさは、祇園井特「美人図」(4)では必要以上に肉感的な描写となるが、のちに岸田劉生が言うテロリの美に受け継がれていく。
円山応挙「鯉魚図」(3)は、こうしたリアルの集大成となった。鯉を上空に飛び放ち、しかも逆さにすることで、瞬間のシャッタースピードを最大限に引き上げた。こんな一瞬は目には止まらないが、脳裏には焼き付いている。絵画は目ではとらえきれない瞬時の真実を追求するものだというメッセージが、ここには込められている。こうした欲望を満たそうとして、やがて写真術が発明されるが、この瞬間をとらえるまでには、まだまだの歳月を要することになる。
さらに応挙は「大石良雄」で、写真では伝わらないリアリティを求めている。それは等身大という真実であり、現実を写し取るはずの写真術が、色彩とともに見落としてしまったものだ。大石良雄の前に立つと、簡単な線で描かれているのに生々しさを感じる。それは現実と同じ背丈で描かれていることに起因する。
人を寝転がせて、その輪郭をなぞるだけでリアルは実現する。それは身体検査と同じで、身体の物理的な真実を把握する科学的精神だとも言える。これは図であって絵ではないという批判は、当たってはいるが的を正確には射止めていない。絵という体裁を取る限り絵画なのであり、その評価は見る者に委ねられる。(下図1~4)
2018年2月10日〜4月15日
2018/3/29
車にはあまり興味はないのだが、60年代に興味があって訪れた。しかし見て回るとぴかぴかに磨かれたクラシックカーは圧巻。60年代への興味も吹っ飛んで、草創期のセレブな自動車にのめり込む。とにかくでかい。車体も高く、そこから降りてくるパラソルをさした貴婦人の姿が、私の目には見えている。
それが60年代、70年代ともなると、生活臭がし始めてくる。優雅に動いていたはずのゆったりとした形が、効率的かつ省エネに座を奪われる。ぎりぎりの団地サイズに収まりをつけようとする姑息さが目につき、それがカーデザインにまで反映している。
歴史のヴェールをまとってはいるが、すべてが新車かというほどの、磨き込まれた輝きを前にすると、博物館という役割が希薄になる。トヨタという企業体が運営するのだから、当然といえば当然だが、巨大な展示スペースに膨大な数の自動車が並ぶ光景は生産工場か、販売を目的にしたショールームを思わせ、博物館という概念を越えるものだ。
もちろんこんなスペースを都会の真ん中に見つけることは不可能で、その分名古屋からは地下鉄の終点から、リニアモーターカーまで乗り継いで訪れることになる。芸大通という駅名から、愛知県立芸術大学は、こんな僻地にあるのだと知った。多くの作家を輩出した名門である。もちろんトヨタの方が、世界的ランキングにあるが、トヨタ博物館前という駅名にならないほど、ミュージアムとしての知名度は低いということだ。
訪問者も限られているが、見ごたえは十分にあり、美の殿堂を思わせ、満足感を与えてくれる。たまたま昨夜BSで「真夜中のレーシングカー」というこの博物館を舞台にしたドラマを見たが、そこでももっぱらナイト・ミュージアムの神秘をうまく引き出して、動かない展示品が暴走を予感させるファンタジーとなっていた。こんな博物館があったのだというデモンストレーションには貢献したはずで、これからは観客は増えてゆくだろう。
博物館にはその名にこびり付いた体臭がある。それは美術館とは一線を画すポリシーを保つものだ。しかしここでは博物館という自動車の性能やエンジンを解体して、機械としての側面を見せる歴史教育を投げ打ってまでも、カーデザインを見世物とするキュレーションが読み取れる。そこには車を美術品として見ようとする信仰心がうかがわれ、私には好感がもてるものとなった。ガソリンの匂いが全くしないのだ。
そこではすべてが形と色に集約されている。車の発明から編年順に追い、社会の反映をそこに見ようとする。車だからトラックやトラクターやバスがあってもいいのだが、自家用車とレーシングカーに限定することで、くっきりとした時代の潮流が読めてくる。
イタリア人の美的センスに驚嘆し、アメリカ人はそれに対抗するのはやめて、大は小を兼ねることを第一に考えることになる。これに反して日本車は小は大を兼ねないのかと、禅問答を繰り返す。スピード感は流線型を正当化するが、実際のスピードよりも、スピード感を求めたというのは、アートとしての志向に身を委ねたということだ。
色と形に全てを集約するのは、美術の本質であって、技術や思想を通して個人や社会を見つめ直す実験でもある。今までにない新しい表現を求めて、こんなにも変貌してきたのだというのがよくわかる。その限りにおいて近代絵画史の変遷を見るように、20世紀を10年刻みで説き起こすことも可能になっている。
常設展示ではこの歩みを視覚化し、企画展では60年代をターゲットに、生活文化の中に車をぶつけて見せた。学術的成果とまではいかないが、車を通して時代を読み解く有用性を気付かせてくれた。図書室も充実して、車に関する洋書や雑誌が、十分に研究者に提供されている。
タイヤを付けた車両は、鉄道への挑戦である。ゴム靴の足に響く屈伸力のようなリニアモーターカーには、のんびりとした浮遊感を体感させようとする意図も見えてくる。本来は未来の乗り物なのにスピード感はなく、ゆったりとした歩みは、自動車産業の自戒の念でもあったようにも解釈できる。そのかすかな振動は悪くはない。ゆるキャラの歩みにも似て、速度を目指した現代社会の反省にも思える。
加速化するレーシングカーから見える疾走する風景ではなくて、それとは対極にある車体の高いオープンカーから見渡す安定した風土を見つめ直すことになる。地球環境の再認識とも取れるが、車は大地を離れることはできないのだ。研究の方向は、車社会の過去の検証だけでなく、スピード感から脱した21世紀の車づくりを見守りたいと思った。
2018年3月20日(火)~5月20日(日)
2018/3/29
JR山科から地下鉄で岡崎公園へ向かう。逆方向に行けば今は盛りの「醍醐の花見」なのにと、一瞬立ち止まる。花を見るより人を見ることになると確信し、初心を貫く。モノであふれかえる本展のチラシの魔力に比べると、驚くほど大規模な展覧会とは言えないが、京都画派の威信はしっかりと見渡すことができた。明治に入り東京が西洋文化を取り入れて、ますます活発に推移する時代に、京都はいかに千年の伝統を携えて、これと対抗するかという意思表示が随所に現れているように見える。日本画と工芸に限ることで、その意思はくっきりとする。
気になっていた都路華香がここでもいい。青々とした水中に魚が遊泳している。大ぶりの屏風だが、目に飛び込んでくる色彩感覚が、古めかしい屏風という形式を飛び越えて、モダニズムの勝利を伝えている。
田村宗立は洋画家だが、今回は常設展示でもコーナーを作っていて、まとまって一望できる。高橋由一ばりの細密描写に目はとまるが、肩の力を抜いた墨絵の方が生き生きとしている。布袋や五百羅漢をはじめ、何人もの隠者を集合させた遊び心が、ユーモラスでいい。仕事は油彩画、趣味は墨絵というけじめを感じさせてもおり、前者が殖産興業に奉仕するものなら、後者は芸術表現ということになる。
その点、陶芸をはじめとする工芸品は、海外向けをねらってか、日本人の感覚ではついて行けないものも多い。輸出用の磁器製品は、江戸時代から引き継がれるものだが、量産を思わせるぶん、雑な印象も残る。仕事としての割切りに起因するのだろうか。ゆっくりと手の跡が伝わる職人芸のこだわりが見えてこない。今日もてはやされる明治の超絶技巧にしても、ヘビやミカンの目だましに、驚きはするが、びっくりしただけのことで、深みが感じられない。
そこでもう一度田村宗立の墨画に戻ると、力の抜け具合と人物像のキャラクターが一体となって、日本の近代化を笑い飛ばしているようで、拍手を送りたい気になってくる。都路華香にも似たような作風があるが、白隠や仙厓などから受け継がれた趣向である。出発点は達磨からはじまるのだろうが、中国思想の深淵を認めざるを得ない。ただとぼけ具合は日本的で、軽やかさのある軽薄さには、思わず笑みがもれてくる。岡倉天心がつくね芋山水とコケにした絵画が、実に味わい深いということである。
2018年10月22日(土)~3月25日(日).
2018/3/13
生涯の大半をパリに過ごし、日本ではほとんど知られない日本人画家の紹介だが、発掘されるべき作家が結構いるのだというのが、驚きのひとつである。木村忠太の場合、アメリカで評価され、コレクションされたので、日の目を見たが、知られないままで、発掘もされていない画家も多いのではないかと思う。地方の美術館学芸員の重要な仕事のひとつだろう。
木村忠太を一言でいえば具体的な風景の名が当てられた抽象絵画ということになる。モンパルナス大通り、リュクサンブール公園、ブロワ、グラース郊外などの画題が付けられている。タッチはかなり荒っぽいが、色彩は柔らかで、ある種の叙情的ニュアンスをもっていて、独特の色調には天性の才が感じられる。グレーを基調とするが、時折はさまれるヴァイオレットが、心地よく響いて、あと口のよさを伝えてくれる。神経に刺さるような強い神経質な線は、池田満寿夫の彫版を思わせるが、色彩がそれをゆったりと受け止めて、苛立ちや精神的動揺は回避されていく。魂の印象派の名の通り、個を包み込む光の抱擁と言ってよいものだ。
「こぼれる光のなかで」と題した展示では、「木漏れ日」が主題となる。藏本秀彦は木漏れ日そのものを描いて成功している。柔らかな光のもつ自然主義は、日本の陰翳礼讃の基調をなすもので、浮世絵を通してその美観に気づいた印象派は、さらに日本に追い打ちをかけてきた。
小林孝亘「Forest」もまた木漏れ日がなければ、森とはみなされないだろう。クレマチスの丘で同じ作家の秀作に出会ったが、ここでも絵本やメルヘンの挿絵のような柔らかな光が、心に優しく伝わってくる。陽だまりの平和を求める素朴なユートピアンが、今の時代には欠かせない稀有な存在だと思える。
曽谷朝絵の影絵のインスタレーションは、木漏れ日を描くのではなくて、実際の投影によって光を実現した。何層にもなった薄い紗幕にカラフルなアニメーションが投射される。めくるめく幻想体験は、現実世界とは遊離するが、木漏れ日という現象のもつリアリティは下敷きにされていて、遥か彼方に光源があって、その存在の確かさの上で、安定した光の揺れが体感できる。ゆっくりとした動きは、紗幕がかすかな風にほんの少しなびくに合わせて、呼吸をするように自然の変化を伴っている。
もちろんアニメーションは、急速な動きで仕上げることもできるだろうから、その時は木漏れ日という暗示にはならないだろう。さまざまな演出が可能なインスタレーションだと思った。今回は無音で光のそよぎを楽しんだが、場合によれば暴力的なロックのビートに乗せて、映像化することも可能だろう。
2017年12月17日(日)-2018年3月25日(日)
2018/3/13
集合写真が、個々に写し出されたモノを越えて、新たな秩序を作り出していく。集合名詞というのは、こういうふうにして誕生したのだということが、わかってくる。似たようなシチュエーションのバラエティということだが、細部を見ていると同時に全体を見るということになる。当然、そこには時間差がある。画集にしたり、スライドショーにしたりするとき、シャッターの切られた時間を超えて、再構成されていく。
しかし、今回のようにグリッドに並べて展示するとき、そのはめ込まれる場所は、さまざまな組み合わせをなし、その場限りのパフォーマンスを伴って、常に鮮度を保ちながら変容する。そして、全体は同時に目に入ってくる。今回の展覧会の作品数は、10点ほどだとも言えるし、一点数十点の集合写真であれば、数百点を数えることもできる。
「時のトリック」は、展示の始まりで並んだ2点の作品によって、象徴的に示されている。「父の死」「母の死」と題された2点は、対になって並んでいる。ともにゴザの上に横たえられているように見える。死者の姿だが、父の方は顔が写されていない。これらが対にして並べられることで、当然違うはずの時間がひとつのものになる。
遺影が並べられることはあっても、生々しい身体そのものが並ぶことはない。その時、男女の死は「心中」という文化的ヴェールをまとい、ドラマを生み出し、フィクション世界に移行する。時を隔てた身近な肉親の死が、一瞬の虚構となる。
あるシリーズでは日付けが打ち込まれている。15年8月15日と読める。2015年なのだろうが、昭和15年と読むと荒木の生まれた年である。8月15日は終戦記念日。そこで写し出されているのは、すべて中心部分が白濁して靄がかかっている。周辺のみ視野が開けて、タイトルには「右眼墓地」とある。右眼を失明した写真家の視野を写し出したオマージュだが、カメラが失明しているわけではないことを考えると、私たちはここでも記念日という時のトリックに引っかかっていることがわかる。
空を写した集合写真は、ペインティングをすることによって、何百号ものキャンバスに変貌する。描き殴りの筆跡だけではなく、手書きの文字も登場する。空に大きく死という文字が書き込まれている。死に取り憑かれた強迫観念のように繰り返されるが、死とはミスマッチな青空もある。夕陽の空に書かれた死の文字は分解され、タと一とヒ(ゆーひ)と読める。
今回新作として発表された中に、丸亀出身の花人中川幸夫に捧げられた13点のシリーズ「花霊園」がある。自らの表現主義を抑えながらも、生々しい生の躍動をとらえたタナトスが読み取れる。中川が求めた赤色が忠実に再現されるが、それをほとばしる血液と見れば、そこでは生命と死が渾然となって一体化している。
モチーフとなった人形と花が、赤を基盤に置きながら、生と死を行き来する。いくぶん赤が黒ずんで見えるとすれば、それは中川の死後の経過のゆえだろう。生前に目にした生け花のパフォーマンスの中で、バラを散らした鮮烈な赤が、私の脳裏には焼き付いている。
同じく新作として出された「北斎乃命日」は120点から構成されているが、頭をひねりながら、タイトルとの整合性を探る。「せいごうせい」を携帯で入力すると生合成と出てきたので、荒木自身の日常と合成されているのだと解釈し、深く考えないことにした。画狂人の雅号が生合成のキーワードとなる。
2018年1月23日(火) ~ 5月13日(日)
2018/3/10
石に刻まれた文字が、アラビア半島に展開する文明興亡の歴史を伝える。アラビア文字にたどり着くまでに、さまざまな文字の形を目にした。これまでに見た西洋語とは異なる文明の存在を体感させるものだ。もちろん読めない。しかし読めるようになりたいと思う。それは深く刻まれていて、何かを伝えようとしていることだけはわかる。
人体は必ずと言ってよいほど出てくるが、文字が圧倒的に面白い。撮影可だったので、夢中になってシャッターを切る。人体彫刻は紀元前2500年頃のものが最初の展示室に置かれ、風化した中に最低限の原型をとどめる。
陶器もプリミティブな祖型を残し、絵付けもアラビアふうのエキゾチックなものもあるが、中にはシックな東洋ふうの味わいを見せるものもある。侘び茶の茶碗に転用できそうな風合いに出くわすと、この地は東洋でもあるのだと気づく。
リーチの民藝ふうのものや、クレーの発想源とも見えるコーランの文字の並びもあって、東西の文明の十字路に横たわる多様性にも出会うことになる。
2018年1月23日(火)~4月1日(日) ·
2018/3/10
ブリューゲル一族の栄光の歴史だが、結束力は堅い。創業者の精神を引き継いで、伝統を継承するなかで、時代の推移とともに変容する様式変化に目が向いていく。いかに父が立派であったかを浮き彫りにするのに、子や孫が一役買い、ブリューゲル・ブランドを立ち上げる。
それなら父の作品だけを見せておけばいいということだが、それは実現不可能だ。世界に分散されてしまい、しかも家宝として安置され、門外不出の禁制が解かれない限り、代案を出すしかない。そこでコピーに目をつけて、とりあえずブリューゲル展を構成する。個々の画家の個性を際立たせるなら、父と子にそれぞれいるピーテルとヤンの4人に孫を加えて、5部構成にすれば、個人様式の違いが読み取れるはずだ。
しかしそうはなっていないとすれば、それは区別することすら問題にしていないとも取れる。つまり個性をもった人格として扱われていないのではないかという気もする。当て馬のような影武者に扱われていて、違和感は残る。
問題は偉大な父を持った子が、コンテンポラリーに生きる人格として、どう時代に向き合ったかが知りたいのだ。何も考えずに、父を繰り返すという道もある。しかし16世紀と17世紀では異なった時代精神が、はっきりと見て取れる。緻密な細密描写が影をひそめ、勢いのあるタッチが目立ちはじめる。ミニアチュールのような小品が、間延びした大作へと変容する。
当然描かれるモチーフも変わり、バロック様式のダイナミズムがよしとされるのだが、初代の画題を踏襲し、コピーを続ける限りでは、時の流行は間延びした図体としか見えないということになる。今回の展示には、ルーベンスの大作が紛れ込んでいたが、それが17世紀の希求した主題だということだ。同時に作家としてのジレンマも見た気がした。
2018年2月24日(土)~4月8日(日)
2018/3/9
国立新美術館などでは、会場が広くて持て余し気味な展示も多いが、ここでは逆に木島櫻谷の展示は無理だろうというのが感想だ。文展出品の大作だけにガラスケースが狭くて、気の毒な感じがする。会期を分けて二部構成にしているが、そこまでしてでも並べたいという執念は伝わる。京都での展示を見逃したのだから仕方がないのだが、もう少し引きのある広々とした展示室で見たかった。
とはいえ「寒月」はメインの場にあって、冴え渡っている。動物画の名手が動物をどれだけ小さくしても、絵に緊張感が保てるかというのが、ここでの課題だ。気配と言い換えても良いが、動物の存在感が、どれだけの範囲まで有効かということだ。キツネは鋭い眼差しで、雪景色を圧倒する。警戒心は獲物を得るためか、あるいは獲物にならないためか。キツネの頭角から発するオーラは、月にまで達している。
動物画は獅子、虎、牛、熊、猿、そしてキツネやタヌキ。群れをなす場合も多いが、キツネでは、狐という文字が、孤に重なると、一匹狼の風貌を取り始める。月もまた一人であり、孤月は湖月とも鼓月とも響き合って、夜景画と夜想曲が重なり合い、絵と音とがイメージ上で錯綜していく。
月と狐を結ぶ対角線上に、折れた枝が斜めに置かれ、荒らされた自然の爪痕を暗示する。ポキっという鈍い音が聞こえる。それはキツネが荒らした足跡なのか、キツネが怖れる猛威なのかはわからない。夏目漱石は酷評したらしいが、緊張感のある秀作であることは確かだ。
キツネは月に対して背を向けるが、これが六曲一双の屏風であることを考えると、キツネはさらに角度をつけて月と背面していることがわかる。そして月もまた正面ではなくて、キツネの方に向かっていることが、展示効果として見えてくる。開ききって壁面展示をしたり、画集に収録すると気づかないことだ。
キツネを大写しすると、都会をさまよう野良犬の悲しみを宿していることがわかる。同じくそれを写し出した森山大道の写真があるが、そこでは同じ目をして振り返っている。月に吠える遠吠えのように、その目の先には月があるのだろうか。
2018年1月27日(土)~ 3月25日(日)
2018/3/9
60年間ポップカルチャーにどっぷり浸かり、収集してきたガラクタが、埃を取り払い分類されて、並べられている。分野は違うが現代の南方熊楠と言ってもよい。誰も集めようと思わないものを集める。集めるだけならコレクターだが、そこに創作が加わるとアーティストとなる。
ブームという名で分類されており、仏像ブームはこの人が火付け役とのことでよく知られている。とにかくものすごい執着と徹底的なこだわりが、見る者を圧倒する。唖然とすると言った方が正しい。ベースになるのはスクラップブックで、アナログ文明の最後の成果と言ってよいだろう。
横尾忠則が滝の写真を山ほど撮ったり集めたりしたのと似ている。たぶん同じ人種だろうが、世代は違う。60年代ポップアートを牽引したイラストレーターと90年代のネオポップの推進者ということになるだろうか。美術館で堂々と展覧会をするというデビューでありながら、これまでの集大成とも読み取れる。これだけ網羅されると、第2段は考え難いが、全国への巡回を考えると、同時代を生きた者にとって共通した、昔懐かしい記憶でもある。
消耗品としてすでに消滅してしまったものが、ここでは網羅されている。無味乾燥な博物館での展示ではなく、底辺にあるレジスタンスの精神が、有機的にモノとモノとをつないでいる。徹底した趣味人としての生きざまは、かつての茶人のように、やがては豊穣をきっぱり捨てて無一物となることは予想できるが、それを前提とできるだけの豊穣を、今は披露している段階だと思う。
仏像ブームだけではない。般若心経も視覚化されているが、巷に広がる看板から収集された文字が並ぶ。末法くさいお経が途端にカラフルな現実世界に引き戻される。中にはいかがわしい出処のものもあり、もともと色欲を越える現世の俗的世界に目を向けるものであったことを、考証してもいる。
笑い飛ばす精神は白隠禅師の姿とも重なって、ますます目が離せない存在になってきたようだ。三浦純と書いてしまうと、途端に真面目くさってしまう照れ隠しを、タモリやイチローのようにカタカナではなく、ひらがなで対抗したところに、外来文化を取り込みながらも和風化していった日本回帰の事例を認めることもできる。京文化千年の末裔と見てもよいだろう。
2017年11月30日 — 2018年3月21日
2018/3/9
青木繁と同期だというのだから、もし青木が長生きしていたら、晩年は熊谷守一のような作風になっていたのかもしれないと思ってしまう。熊谷の生涯も、悲劇的で泥にまみれているが、晩年は飄々とした仙人の域に達していたことは、その風貌が証明している。初期の作品は主題も色彩も暗い。しかし天性のカラリストであったようで、色彩を単純化させると、主題も素朴になっていった。
こうした感想が言えるのは、90歳を越える生涯を、豊かな作品群で、一堂に見ることができたからだ。国立美術館が回顧展をすると、これほど作品数を集めなければならないのかという、威信をかけた大規模な展覧会である。同じ図柄を何度も描いているということを言うには、それらを借りてきて、並べなければならない。贋作ではないし、コピーでもない。普通はそのうちの一点があれば事足りる。
作品の身になって考えても、一緒に並ぶのを嫌がるものだ。並べられると甲乙がつく。作者や画商は唯一の作としてコレクターに引き渡す。しかし作品の方は兄弟に会いたがってもいて、同じ血を争えない宿命として引き合わされる。それが回顧展のもつ意味だ。いわば隠されたものの暴露であるが、回顧展といっても画家の生前と没後では趣きを異にする。没後では日記や手紙が土足で読み込まれ、生涯に他人の意味付けがなされていく。
今回も隠された秘密の暴露が、謎解きとしてスリリングに進行した。ミステリーの醍醐味は、美術の場合、物証が豊富にあるという点を特徴とする。この展覧会でも通奏低音のように響かせていたのが、死者のイメージである。企画者の意図は、初期の作品中で「蝋燭」と「轢死」というモチーフに注目する。ことに後者は列車に引かれた死者を目撃した衝撃をスタートとするが、現存する絵は、 その後の油脂の変化とはいえ、真っ暗な画面で何も見えない。
轢死者が横たわっているという伝説が、暗闇のイメージを脳裏化する。そして解釈が生まれ、守一の謎がひとつ解かれていく。横たわる死者を90度回転させると、生き返るというのである。企画者はそれを熊谷自身のつぶやきの中に発見しており、その後、自身の子どもたちが相次いで亡くなり、それを絵にして縦に置き直す秘密も解き明かされる。
闇が死の象徴だとすると、光は生と命の象徴であり、さらにロウソクの意味も見つけることができるだろう。面白いことに、死者は縦にするとよみがえると言うなら、ロウソクは横にすると火事になるのである。暗闇でロウソクを見つめる図は、16-17世紀のオランダ画家の得意芸であったが、ここでもそれが継承され、やがては高島野十郎に引き継がれていく。そこでも画家の生きざまを象徴するように、ひっそりと風前の灯のように、闇の中で頼りなげではあるが、確実に命の火は灯り続けている。
こうした熊谷の象徴主義が、最晩年に「日輪」に結晶したといってよい。太陽は象徴的にしか描けない。写実を目指して、形を見つめ続けると目がつぶれるからだ。画家にとっては鬼門であり、だから彼らは決まって北面にアトリエを構える。熊谷は円を三重に重ねて日輪とするが、展示された4点はすべてがその意味を異にしている。
2018年1月20日~3月11日
2018/3/9
鈴木春信がいいと思いはじめたのだから、小村雪岱をみたいと思うのは当然だろう。チラシとポスターになった江戸情緒を残すしゃがみこんだ小さな女性像にひかれて、同じく江戸情緒を残す川越にやってきた。
この前に来たのは、川越東照宮にある岩佐又兵衛の扁額の全点が、この美術館で展示されるというので訪ねたのだった。小村雪岱は川越の人で、この日の常設展が同じく川越出身の現代美術家である関根伸夫を特集しており、そのミスマッチが興味深く思えた。
雪岱はデビューの大正4、5年頃の本の装釘がいい。泉鏡花によって見出された無名の日本画家が、一躍名が知られるようになっていく。その頃はのちに雪岱調と言われる美人画ではなくて、都市風景ともいえる登場人物を欠いた舞台設定が特徴的だ。
ことにハードカバーの見返しに、見開きで全面を使って描いた風景が素晴らしい。センスのよさは色彩感覚にも見えるが、これからはじまる泉鏡花のフィクションを予感させるものだ。
繊細な線は震えるようにデリケートで、人物をなくしたたたずまいが、かえって余韻を残す。室内画も多いが、誰もいない畳の部屋に三味線と鼓がぽつんと置いてある。畳のへりの線が震えるようにか細く、それだけで物語のありかを伝える。
日本画家ではあるが挿絵画家といったほうが正しい。そこに小村雪岱の現代性がある。大作ではなく小品で、印刷によって仕上がる原画ということだ。たまたま残ったという点に、美術のあり方を再考する材料が潜んでいる。
雑誌の表紙絵があるが、仕上がりは絵の全面に大きく雑誌名が置かれ、絵は完全につぶされてしまっている。何という暴力だと憤りを覚えるが、それも原画が残されていての話だ。原画というよりも下絵という扱いだが、その仕上がりは職人技で、破棄されてもよい消耗品が、残るべくして残ったということだ。
新聞小説の挿絵などは、仕上がりと下絵を比較すると、その差は歴然としている。仕上がりがモノクロなので下絵に色がないのが惜しいとさえ思える。カラリストである雪岱の無念が伝わる。
装丁でもなく、装幀でもなく、装釘という語を好んだようだが、この分野だけで一仕事を終えていた。その次に人物画がくる。「おせん」というキーワードで鈴木春信と出会う。目じりのつり上がった小粋な娘だ。折れそうな華奢な身体を着物がなぞる。
大正ロマンの洋装の時代に、江戸情緒をぶつける。時代小説の庶民性は根強く、江戸への憧れとなって、明治維新を反芻するのだ。大衆小説家よりも挿絵画家の方が輝いている。
イギリスの出版文化がビアズリーというイラストレーターを生んだように、小村雪岱も世紀末の頽廃的気分を引きずりながらの登場だった。江戸と大正をまたいで、古き良き時代の確信が現代によみがえっている。
2018年1月30日~3月4日
2018/3/2
地元ではなじみの画家でも、旅行者には、新鮮な出会いをもたらす。広報されたチラシからもその予感はあったが、期待通りの出会いとなった。月並みな日本画の画題もこなすが、旧来の花鳥風月を抜け出した自由なモチーフに、これまでにない新鮮な感動を呼んだ。
孤独ではあるが、さわやかな透明感に、この画家の研ぎ澄まされた美意識を感じ取った。結核を患い、絵をあきらめた思いが、絵に滲み出る。この矛盾した潔さと執着が新たな画境を開いていく。
中村岳陵と中村正義が、この画家の生涯に深く関わっている。師と同僚であったが、東京生まれの森緑翠を呼び寄せたのは豊橋生まれの正義だった。結核の療養地がそのまま生涯を終える地になった。82歳まで生きたのだから、豊橋に恩はあるだろう。それが白士会というグループ活動に集約される。
はじめ日展を目指して描き続けた大作は、成功はしたものの、どこかよそよそしい。日本画という縛りを抜け出ることのない陰鬱が、画面には潜んでいる。肩を張って力み過ぎると、かえって萎縮してしまうことにもなる。病を得て自由な境地が広がると、自然と見え始めるものがあったようで、中国やヨーロッパへの旅行を通じて、新たな画境は誕生した。
ロンドンの透明感のある夜景がいい。冷たい人工の光が、孤独感を呼び起こすが、決して寂寥とした光景ではない。シルエットに包まれた内なる温もりを暖かく見守る作者の目がある。スペインの路地を描いた夜景も同様で、少年を一人で佇ませたり、曲がり角に潜ませたりしながら、静かな街の佇まいを、不変の時として強調している。
こうした夜の空気感は、シルエットとなった中国の帆舟にも反映していて、西洋画の光の処理が、水墨画のぼかしを生かした水の潤いと、見事に調和している。
中村岳陵の気品や、中村正義の野望とは異なった、静寂の美学が展開しているように見える。埋もれているものがあれば、もっとこの手の作調を味わってみたいと思った。
いかにも日本画家だという森緑翠という名が災いしたかもしれない。中村正義のようなリベラルな名であればもっと、思い切った実験ができただろう。本名の森博ではあまりぱっとしない命名だっただろうから、難しい選択であったに違いない。
まあそんなことよりも日本画の枠を越えて自由に描く姿勢が、今見る限り輝きを放つということなのだ。ウイリアム・モリスとの併設展だったが、いいものをみせてもらったと思った。森の仲間たちだからこちらもモリスだと思った。
2018年2月17日(土)~3月25日(日)
2018/3/2
ただの壁紙なのに、絵になっているのがすごい。フレームに入れて展示するのだ。装飾美術は長らく評判は良くなかった。それ自体が自己主張をしないで、他のものを飾ることだけを考えていたからだ。
しかし、作家に自己主張が強すぎると、壁紙のような存在でいてほしいという主張がでてくる。絵は中心を無くして拡散する。上下左右へと広がって行く。近代のデザイン運動は、そういう主張から始まった。
それが主張であるという点では、一歩下がって目立たないものに向かうのではなくて、目を引くものを追いかけていたことは確かだ。それが近代という意味である。自己主張を抑え込むために、ヨーロッパ中世が利用される。
キリスト教精神が根づいていた頃、神に飾るという一言で、すべてが平等であった時代への哀愁が、成立要件となる。美よりも快適さを求めるためには、アートよりもデザインが必要になってくる。
他と異なった個性を追求し、オリジナリティを金科玉条のものとして暴走してきた絵画運動を解体して、生活レベルへと引き下げる。すべてを絵画へと集約するのではなくて、絵画を日常空間へと開放するのだ。建築には壁紙やステンドグラスが埋め込まれる。テーブル上には書籍や食器や椅子が絵画化される。
トータルな生活文化向上運動は、個人の主張を越えてカンパニーを組織することで、互いを牽制し始める。モリス商会はそんな願望の中から誕生した。
2018年1月20日〜3月25日
2018/3/2
藤森照信の建築を続けて見て回ることになった。秋野不矩(1908~2001)のことは、長い間院展の画家だと思っていた。福井にいた頃に、院展で見た雪の積もる庭石の絵が、強く印象に残っていたからである。
庄司福(1910~2002)さんと間違えていたようで、今回の創画会70周年記念展というのもピンとこないままでいた。インドに取材をした絵があることも、院展だと思わせた理由だっただろう。
岡倉天心は大のインド好きだった。なぜならそこでは彼の得意な英語がよく通じたからだ。インドの女性に宛てた恋文も残っている。画壇は高邁な理念よりも個人的な嗜好に左右されやすい組織体でもある。民芸のグループの多くが沖縄好きなのも、これに対応する。
そもそもが日本画壇の派閥争い、洋画の諸団体も含めて、どんな違いがあるのか、よくわからない。成立の経緯を紐解くと確かに必然性はある。しかし多くは同郷や同窓からなる同属意識によるもので、郷土の恩人を究極の目標にしながら、地域に根を張ってゆこうとする。多くは本拠地が東京にあって、出身地という名で、地方と関わろうとする。これは政界の基本構造でもあるが、深く日本に根をおろしている。
相撲部屋でも同じことが言え、力士にはいつも出身都道府県が部屋名と四股名の前にかぶされる。たぶんこれは江戸幕府の統治スタイル、つまり人質政策から引き継がれているもので、大名の中には江戸で生まれて江戸で死ぬ、言葉に訛りのない、小粋な江戸っ子大名も誕生する。
創画会の画家は、院展や日展には出品しない。画歴は第◯回展◯◯出品作として、書き連ねられていく。波乱万丈の人生とは言えない。一つずつコツコツと積み上げていくことになる。70年も続いているのだから、新入社員となれば定年まで勤め上げるという図式になる。
初入選が何歳だったかが、甲乙の目安になるが、会員になれば、定年がないのはありがたい。変わり映えのしない絵でも、一年に一作、着実に描いていれば安泰という、自己抑制の効かないサイクルが、行く手をはばんでいる。
これではいい絵は描けない。転機はいろんな形で訪れるが、秋野不矩の場合、インドとの出会いだったようだ。絵を目で見るものから、足で描くものへと、自己変革を課せる。
展示室はこの軌跡を理解して、足によって体感させようと、工夫を凝らす。靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、さらにスリッパを脱ぐという触覚の体感を通じて、秋野のインドをたどろうとしている。
一階の展示室はギャラリーとホールからなる。ギャラリーとは画廊、本来の廊下という意味のことで、両面の壁に絵画が掛かっている。床には竹が敷かれていて、足はその感触を味わっている。突き当たるとホールに出る。天窓から採光された広間であり、四方の壁面を絵画が取り囲んでいる。
中央には木の長椅子が置かれて、立ち止まり、座らせようとする。ここでは足の感触は、竹から一挙に漆喰の肌触りへと展開する。壁に染み込むような落ち着いた体感は、これまであまり感じたことのないもので、磨かれた大理石のような滑らかな冷んやりとしたものでもあった。
二階はまたスリッパに履き替えて移動するが、こちらは殺風景で、もう一工夫あるべきだろう。日頃は市民ギャラリーとして機能しているせいかもしれないが、病院の待合のようなざわついた印象を与える。
市民に開放するのであればこそ、月並みだが日本人が最も馴染んでいる畳の感触でよいような気がする。今日では畳敷きの部屋をスリッパで歩かせる展示室も登場している。竹を踏み、石を踏み、畳を踏む。この三位一体を、できれば素足で味わいたいと思った。
2018年2月10日〜3月25日
2018/3/2
江戸時代が始まって百年が経過した頃の造形である。ユーモアをベースに人望を集めた人格だと思う。似たような図柄がたくさんあるところを見ると、頼まれればその場のパフォーマンスとして、気軽に描いていたのではないかと思う。
残された絵画は、白隠がそこにいたという足跡をたどる物証に過ぎず、重要なのは個々の絵ではなく、白隠がたどったルートということになる。すべてを回収すると白隠の全体像が再現される。その点では円空にも似て、美術品という感覚はなく、形を取ったお経のようなものだ。
声を出して唱えることが、基本形である布教が、絵になり、彫刻になる。笑う仏という点では、円空よりも木喰と比較するほうが良いかもしれない。
布袋や達磨は、多くの画家が手がけ、手軽に気の利いた講釈を伝える材料であるが、私は独特の顔立ちをもった観音像に注目したい。蓮池観音ののっぺりとした顔には妖艶な歌舞伎の女形を思わせるような、生々しい実在感がある。
これはのちに曾我蕭白の描く野卑な笑いに引き継がれるもので、長く引き伸ばされた鼻の形は、浮世絵版画に登場する役者絵を先取りしている。
ことに体をくの字に曲げて顎を突き出すポーズは独特で、先日笠岡で見て気になっていた岡本神草の「口紅」に似ている。神草は白隠を自身のイマジネーションの中に、忍び込ませたのではなかったのだろうか。
白隠は宗教人ではあるが、かなり世俗にまみれた人だった気がする。この世俗性は、目を寄せて見得を切る関羽像にも現れている。大きな顔は歌舞伎役者の必須のアイテムである。
人丸を描いた文字絵も、鈴木春信の浮世絵世界に対応するし、人丸に火のついたロウソクをもたせたのも、巷に広がった駄洒落に由来する。人丸が火を止める消防団の守り神になるのも、「ひとまる」の単なる語呂合わせに過ぎない。
庶民の笑いが、白隠の根の部分には張り巡らされていて、それが講演をすればお堂の床が落ちるほど集まったという白隠の人気の秘密だったに違いない。庶民の心情をわしづかみにしたエンターテイナーとしての生きざまを、そこに見つける必要がある。
七十歳代後半になってピークになるパフォーマーの姿は、作家としての域を逸脱する現世の瀬戸内寂聴さんに繋がるものでもある。世俗にまみれた過去への自戒という意味においてもそうだ。
2017年4月22日(土)〜2018年3月4日(日)
2018/3/2
通常はヴァンジの彫刻を展示する広い空間に、生命の樹というコンセプトで制作された絵画、彫刻、写真、映像が並ぶ。室内はかなり広い。天井も高く、野外展示との交感がみごとで、現実にある樹木の存在を際立たせるテーマとなった。
本橋成一の「バオバブの記憶」は、正面の壁をスクリーンにした映像インスタレーションが印象的で、樹木のもつ生命力と信仰を、見るものは自ずと感じ取ることになる。ルポルタージュのようにスライドショーが続くが、人物を排して一本の樹木だけを正面から見すえた一枚に、すべては集約されていく。
シルエットになって凄みを増した写真の存在感は、写真術の出発点でタルボットが写した有名なネガポジ法のオマージュとしても受け止められる。しかし樹木そのものがもつ霊力は、バオバブの木の方が上回っており、これを探すのに写真史は150年かかったということになる。
小林孝亘の樹木は奇妙な実在感に満ちている。光の処理に類をみない独特の技法をもち、不自然なのに自然な光景が映し出されている。樹木なのに樹木には見えない。しかし樹木以外のものとは考えにくい。
存在は樹木を逸脱しているが、目に映るイメージは、樹木そのものである。たぶんそこでは「木漏れ日」という樹木の特性に特化しようとして、他の要素を排除したからだろう。それは絵画というメディアでしか実現できない効果だと思う。
戸谷成雄の「森」は焼けたようなむき出しの木の幹が林立する。荒々しく削り出された表面は、円空仏を思わせて現代彫刻なのに、クラシックな重厚さを漂わせている。木の呪力を積み重ね、森のもつ信仰へと向かう。出発点は木を立てるということ、それは彫刻のはじまりであり、ただ立っているだけで、神性を宿すことになる。
杉戸洋「the day going back home」はさわやかな色使いだけで、心を通わせる術をもっている。この場合、形は単純な方が、効果的だ。
東京での個展を酷評してから、何度か出くわしたが、大作になっても、盛り込まれた形のメッセージは少ないが、サイズの必然を感じさせるもので、図版では味わうことのできないオリジナリティに感銘を受けた。
棚田康司「父になった少女、母になった少年」は、木彫を彩色することで、樹木の生命力を閉じ込めて、独特の美意識を伝える。表層的なナルシズムの見せる甘美な誘惑に、アダムとイヴの太古の未分化を下敷きにして、樹木のもつアンドロギュノス的性格を教える。樹木がないのは、すでに身体が樹木であるからで、木から男女の人間が誕生したという人類誕生の秘話も見えてくる。
ヴァンジ作の野外彫刻にもアダムとイヴを樹木のもとに置いた常設展示がある。男は樹木から果実をもぎ取ろうとしている。女はそれをじっと見ている。
永遠に、そしてふたたび
2018年1月14日〜7月6日
2018/3/2
5人の比較的若い写真家の作品を紹介するが、2人のものが記憶に残った。従来型の写真の展示から一歩進んで、カメラオブスキュラ(暗い部屋)の名の通り、写真の原点に戻る。
横溝静「Forever (and again)」は、展覧会のタイトルになったものだ。高齢の女性がショパンを弾いている。指は軽やかに動いている。それが二分割された一方の画面で、他方は直角になった壁面に映し出され、窓から見える庭のようだ。静と動の対比が際立っている。
動き続ける指と、ほとんど動かない庭。しかしよく見ると、小枝と葉がかすかに揺れている。別の女性が弾くショパンでは、庭ではなく室内の書斎が写されて、動きは見えない。
しかし静止画と違うのは、時が蓄積された厚みにあって、それはちょうど水墨画を白黒写真とカラー写真で撮った時の差のようなものだ。動いているものを写した静止画は動かないが、止まったものを撮影した動画は動こうとしている。
川内倫子「Cui Cui」では、13年間家族を撮り続けた年輪が、普遍性を帯びて、誰もが感じ取る時の流れの無常観を高めている。15歳までは8人家族だったという感慨から、つぶやきははじまっていく。
スライドショーでは、病院から葬式へと光景が続くと、続いて婚礼から出産へと引き継がれ、それが一体誰であるかはわからずとも、命の連鎖は繰り返されているのだと気づく。
はじまりは祖父母だろうか、老いてはいるが元気そうな姿を写し出す。やがて男の方が入院し、女が見守っている。そして葬儀のスナップへと、淡々としたコマが一つずつ時を刻んでいく。しみじみとした気にさせるプライバシーだった。