2016年8月9日
【ITの引っ越し~持っていけば動くわけではありません~】
~宅内配信システム~
普段のビジネス方面とは違った領域での話題です。
10数年前にある設計事務所さんから、個人宅の新築に際してのご相談をいただいたことがあります。個人宅といっても建坪で100坪を超えるお宅で、ここへのインターネット新規引込や宅内ネットワーク機器調達、LAN配線などの手配は当然ですが、これに加えてオーディオビジュアル環境についてもITを活用したシステムを整えることがテーマでした。
ネットワークについては以前にも触れましたが、将来ギガビットクラスのLANが当然になることを見越して、当時としてはぜいたくなカテゴリー6の部材を指定したと思います。ギガビットイーサネットはまだハイエンド機に搭載され始めた時期で、スイッチなどのネットワーク機器でもギガビット対応といったら銅線のLANケーブルを使ったポートではなく光ファイバ用のインターフェースをオプションで増設するのが当たり前だった頃です。民生用の製品はまだ数えるほどしかありませんでした。これら機器については、設置場所について交換や保守の際のアクセスしやすさを考慮するように依頼しましたが、将来ギガビット対応機器がローエンドでも普通になったら買い替えて交換すれば済むため、耐久性と性能・価格を考慮した製品選定を行いました。
しかし、壁の中など建物内部に埋め込まれる配管などを通すケーブルは、交換するとなったらそう気軽にできるものではないため、極力交換せずに済むように当時としてはオーバースペックの部材を指定しました。無線LANもかなり普及していた時期ですが、やっと802.11gが出てきたぐらいであったので、この時点では補助的な位置づけとしました。このようにネットワークについては機能や性能について考慮することはもちろん、後になっての保守や更新が容易になることに気を使いながらプランをたてましたがそれほど難しいことではありませんでした。
これに対してオーディオビジュアル環境については思いのほか手がかかりました。テレビやアンプ・スピーカーなどの機器選定はなんでもないのですが、その使い勝手についての要望です。オーディオと映像のソースはテレビ・ラジオの放送、DVDが中心の映像ソフトとCDが中心の音楽ソフトなどが考えられますが、施主さんが要望したのは、家の中であるソースを再生したらどの部屋にいてもその映像と音声を鑑賞でき、かつ自由に操作できるようにしたいということでした。これは言わば、家の中に自家用放送局の設備を作ることに加え、宅内のどこにいても操作可能なようにリモートコントロールを可能にしたいということです。
音声や映像の再生機器を各部屋に設置してそれらに配信すること自体は必要な設備を調達すればいいのですが、リモートコントロールをどう実現するかとソースの交換方法が問題でした。再生機器を一か所にまとめてそこから各部屋のモニタやスピーカーに信号を送ることはどうにでもなりそうでしたが、いちいちCDやDVDを交換するためにそこに行かなければならないのでは使い勝手が悪いだけで利用する気も起きないものになってしまいます。100枚ほどのCDやDVDをまとめて装填しておけるオートチェンジャがないかと調べたところ日本国内で流通しているものがないし、放送局などで使う業務用システムなら相当するものがありそうでしたが規模が違いすぎます。
社名をここには書きませんが、レコード会社にも関与しているあるAV機器メーカーさんの相談窓口に電話をかけて、例えばCDの再生をどの部屋でも聴けることはもちろん、遠隔操作できるような製品や仕組みはないだろうかと質問してみたところ、がっかりする回答が返ってきました。なんと、「複数の部屋や場所で再生したいのなら、それぞれの部屋にCDプレーヤーからアンプ・スピーカーなどの再生機器を設置するのはもちろん、複数の部屋で同時に同じソースを聴きたいなら、それぞれ用に同じCDを購入して個別に再生してください。」という回答です。加えて「個人が自宅でやるにせよ、考えている使い方は放送に該当し、個人が自宅で自分用の宅内放送設備を所有して利用するような使用方法は、機器についてもCDやDVDでも想定していないのでやらないでください。」といった内容でした。
すでにAppleのiPodとiTunesがWindowsにも対応して爆発的なヒットが始まってしばらくした頃で、ホームシェアリングなどでオーディオビジュアルに対する接し方に新しい潮流が台頭しているのに、日本のオーディオメーカーもレコード産業も時代の変化が読めていないなぁと溜息をつくしかありませんでした。そういった時期ですからiTunesを利用する宅内のデジタル配信と再生音源一元化も検討しました。しかし、この頃のiTunesではサンプリング周波数もまだ128kbpsでのmp3圧縮がいいところで、想定したアンプやスピーカーでは不十分だったため、早々に候補から落としました。現在であれば結構現実的な構成というか、CDやDVDを所有せずに各種の配信サービスの利用を前提に検討すべきでしょう。
結果的に海外メーカーがそのものずばりで集中制御とリモートコントロール、配信までサポートする製品群を用意していることがわかり、このシステムで提案ができましたが、この過程で日本のAV機器メーカーに対する個人的な信頼感がガタ落ちになる結果となりました。
2016年8月