第505回 2024年7月4日
アルフレッド・ヒッチコック監督作品、アメリカ映画、原題はTorn Curtain、ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュース主演。サスペンス映画の教科書のように、はらはらドキドキさせるカメラワークが、冴え渡っている。タイトルはベルリンに築かれた鉄のカーテンを意味し、それを引き裂いて行き来しようという意志の表明なのだろう。
強靭な肉体をもつ敵を、主人公(マイケル・アームストロング)が農婦と二人がかりで殺害する場面と、追われながら逃げ切るまでの長い逃亡シーンが、特に手に汗握るものとして記憶に残っている。ホテルのロビーで赤ん坊をあやすヒッチコックの姿が挿入され、これからはじまる緊張感を、前もってほぐしていた。
米ソの対立を背景にして、東ドイツを舞台にした話である。主人公はアメリカ人の科学者で共産圏への亡命をもくろんで、着々と実行に移している。国際学会に出席をして、その足での渡航となった。亡命に手助けをする、受け入れ側の学者も参加していて、力を貸している。主人公には婚約者(サラ・シャーマン)がいて、彼女もまた学者だったが、助手として同行していた。
書店から頼んであった書籍が届いたという知らせがあった。助手である彼女が気をきかせて、代わりに取りに行くと、しまったという顔をしている。見ているものは何かあるなと思う。主人公に親しげな現地の学者がいて、見張っているようである。あるいは単に彼女に興味をもっているだけなのかもしれないが、親切に書店まで案内した。店主は本人ではないことに不信感を抱きながらも、くれぐれもよろしくと、不安げに言って手渡した。主人公は手にすると急いでトイレに飛び込んで開いてみた。書籍にはパイというギリシャ文字を暗号とする指示が書かれていた。
婚約者に亡命は知らせてはいない。まっすぐには帰らずに北欧に向かうと言い出して、彼女には帰国するよう伝えている。聞いていた渡航先とはことなって、東ドイツへ向かう航空券であることがわかると、不審に思いはじめる。結婚の予定日も決まっているので、それまでに帰ると言うのだが、亡命先では当然定住するものと思っている。このちぐはぐが知られてしまうとまずい。
真相はスパイ行為にあった。亡命に見せかけて、東ドイツの高名な科学者(リント教授)の頭にある、数式を盗み出そうとするものだった。ドイツ人の知恵を借りなければ、最後のつめがどうしてもわからない。国家の防衛には不可欠なものだった。亡命理由はアメリカの行き過ぎた軍事的開発に対する、科学者の良心という納得のいくものだった。真相を打ち明けないままだったので、婚約者は国家への裏切りという、軽蔑の目で見ている。
東ベルリンの空港では報道陣が集まり歓迎された。同乗していたバレエのプリマが自分のことだと勘違いをしている。優秀な学者を得て、国を挙げての歓迎は、婚約者にとっては裏切り行為に見え、スピーチに冷ややかな視線を注いでいる。
ひとりで行動するはずだったが、飛行機に乗ると、婚約者がついてきていた。国家と男を天秤にかけて、愛する男を選んだということになる。引き返すよう命じたが、聞かずに足手まといになる道を選んだのは、愛の証明のためだったのだろう。男も隠しおおせずに打ち明けたとき、女の目は輝いた。遠目で見ている敵に悟られないように、ハラハラとしている。急な心変わりの不自然さを見せないで、男の説得に応じたという、演技が必要だった。
支援組織との打ち合わせの場所には、ひとりで出向いた。身辺警護をする屈強の男(ヘルマン・グロメク)がいて監視役でもあり、不自然な行動に疑問を抱きはじめた。バスでいなかの農家に向かうが、バイクで追いかけてくる。途中で美術館に入り、素通りをして裏口から、逃げるように出ていくと、ますます怪しまれる。タクシーを使ってたどり着いて、農婦が対応して打ち合わせを済ませると、帰ったはずのタクシーとバイクに乗った男が、窓から見えた。
主人公は親戚の家だと説明したが、男は信用してはいない。玄関先で土の上に書いたパイのギリシャ文字の暗号から、見破られ、電話で通報されるのを食い止めて襲いかかるが、相手は自分はプロだと、余裕をもって対している。学者がかなう相手ではなかった。女が包丁を手にして近づき、振り下ろすと肩に突き刺さったが、歯が折れてしまった。主人公は羽交い締めをするが、突き刺さったまま応戦し、女はさらにスコップで膝を殴りつける。崩れ落ちてふたりで引きずりながら、ガスの栓を開いて、やっとの思いで中毒死させた。ひとりの人間を殺すのが、いかに大変かがよくわかる。
主人公はおどおどとしているが、農婦はバイクとともに土に埋めると言って、主人公を立ち去らせた。タクシーの運転手が不審を抱いたのが予想されるが、その後、通報して死体とバイクが掘り出されることになる。警備担当員が理由なく姿を消し、遺体が発見されるのは、時間の問題だった。大学では主人公の審議会が開かれ、業績についての質問が続く。ねらいの権威者もその場にいたが、関係部署から連絡が入り、審議が中断される。化けの皮が剥がされようとしている。
主人公は誘いをかけて、何とか権威者と二人だけの時間をつくり、研究室に入り込むことができた。黒板には興味をそそる数式が書かれていた。主人公がわざと気をひくような数式を書くと、いらだちはじめて、それを訂正しはじめた。最後には求めていた正解を書くと、主人公はすばらしいといって目を細めた。
それを記憶にとどめようと、目を凝らしている。必死になって覚えこもうとする目が印象的だ。時間がなく逃げるように研究室を去った。脱出の予定時刻をオーバーしていたが、手引きをしてくれた仲間と婚約者が急がせるなか、忘れないようにメモ書きをしている。
追手を避けての逃亡が続く。支援組織ができていて、ライプツィヒからベルリンまでの、にせの路線バスが準備され、乗客も全員仲間だった。途中で脱走兵からの追い剥ぎに出くわすが、軍が助けてくれて、警備バイクが先導までしてくれる。途中で大荷物をもった老婦人が乗り込み、手間取っている。見ている方も気が気ではない。
正規のバスが追いつきはじめ、ニセものであることがわかると、乗客は散り散りに逃げ、主人公ふたりも徒歩でベルリンに向かう。ベルリンでは行く先がわからないでいると、出国できないポーランドの女性が、身元保証人になってくれと近づいてくる。もたもたしながらも助けられて、目的の郵便局にたどり着けた。
ベルリンからはバレエ団の衣装箱に身を隠し、船による脱出の手はずだった。身を隠してバレエを鑑賞中に、追い詰められ絶体絶命となる。顔を覚えていた、上演中のプリマと目が合ってしまった。主人公は舞台に広がる炎を見つめて、ファイアーと大声を発し、パニックに乗じて逃れることができた。
船は無事に入港し、衣装箱をクレーンで荷上げするときに、一波乱があった。バレエのプリマが怪しんで通報した。仲間であった作業員が衣装箱に声をかけているのを見られたからだった。兵士が吊り上げられた二つの衣装箱に銃弾を浴びせた。落ちてきて開くが、衣装しか入っていなかった。
仲間が以前にも同じ失敗があったので、カモフラージュさせていて、ふたりは海に飛び込んで、味方の船に乗り移ることができた。無事の帰還に、かぎつけた記者がカメラを向けている。ここでも勘違いをしたプリマがポーズを付けて、船から降りてきた。記者がふたりを探りあてると、濡れた体を毛布でくるまって、寄り添う姿があった。