第898回 2025年11月16日
新藤兼人監督・脚本・製作、林光音楽、乙羽信子、狩場勉、西村晃主演、林光音楽 、近代映画協会=ATG配給、ベネツィア国際映画祭最優秀女優賞受賞 、116分。
高校生の一人息子(狩場勉)をめぐり、両親との関係から引き起こされた壮絶な人間ドラマ。手に負えない暴力に思い悩み、両親の出した結論は、息子を絞め殺し、自分たちも死ぬという選択だった。
何不自由なく息子は成長してきたように見える。息子を進学高校に通わせるために、引っ越しまでしていた。父親(狩場保三)は駅前で何店かのスナックを経営している。母親(狩場良子)は過保護なまでに息子の世話をしている。
学校では落ちこぼれには、見向きもせず、教員は生徒たちがたがいに敵だと言い聞かせていた。主人公は大学進学を前にして、クラスの女ともだち(森川初子)が気になっている。帰り道で声をかけて散歩に誘う。
生い立ちを聞くと、父親(森川義夫)と二人で生活していた。母親の連れ子であったようだが、母は3年前に亡くなっていた。義理の父親に世話になっているとのことだった。土手を二人して歩いて、河原の茂みに入り込んだとき、無理矢理にからだを奪おうとして拒否された。
その後、顔を合わせても避けられていた。思い切って自宅に出かけてみると、父親と二人でいるところが目に入り、窓越しに見ていると、娘が父親の前でからだをあずける光景に出くわし驚嘆する。
動揺を隠せずに自宅に戻らず、父の経営するスナックに立ち寄ると、大学進学をめざしながらアルバイトをしている従業員が、レジの会計を誤魔化したことがバレて、父親に問い詰められているところに出くわした。
盗んだ金は、いなかへの仕送りにしていたことから、仲間の女子従業員がかばおうとしている。父親は容赦なく前歴を追求するが、今回のことを不問にしてくれと願い出る。
近ごろの若い者は反省の念がないと語気を強めると、女子従業員は私も辞めると言って出て行ってしまった。息子は同年齢の若者であったことから、複雑な気持ちで受け止めることになる。
父親はわが子には甘かった。ステレオがほしいと息子は母親に相談していたが、勉強には不必要で、父親は許さないと思っていた。母親は機嫌のよい時を見計らって頼んでみようと考えている。
息抜きが必要だと説き伏せて、買ってもらえることになったが、息子はガールフレンドのことが気になっていた。母親もステレオを喜ばない息子のことが、気にかかる。
彼女から呼び出しの電話がかかり、自分はいま蓼科高原にいるのだという。どうしても会いたいのだと言われると、駆けつけようとする。一泊で友だちと旅行に出たいと母親に申し出る。
学校は休校することになるが、母親は甘く、気晴らしにもなるだろうと、父親には内緒にしておくと言って、承諾してやった。娘は蓼科のホテルに一人で来ていた。そして義理の父親とのいきさつを打ち明ける。
母が死んでから、娘は血のつながらない父親から、からだを自由にされていた。辛抱しつづけたが、耐えきれず父親を殺害して、押し入れに押し込んで、現金を30万円ほど奪って逃げてきたのだと言う。
最後に主人公に会っておきたかったのだと告白する。二人は抱き合って、はじめて結ばれる。一夜をともにするつもりをしていたが、息子を東京に帰し、自分は次の朝に自首すると言って別れた。
夜遅く息子が帰宅したのを母親は問い詰めている。友だちに電話を入れると自宅にいたことから、怪しんでいた。息子はどこに行ったのだとも答えようとはせず、母親が疑いの目を注ぐと、凶暴なまでに接しはじめる。
翌朝、テレビから学校名が聞こえると、父親は息子と同級生であることから、騒ぎはじめる。新聞でも娘が義理の父親を殺したという記事が見つかった。娘は自首はせず、自殺していた。
主人公は娘を陵辱した義理の父も、情け容赦なく従業員を退職に追い込んだ自分の父も、同じ顔をもった薄汚い大人であることから、全てを敵に回して暴れはじめる。
バットを持ちだして、家を破壊するだけではなく、父親と母親に危害を加える。仏壇を叩き割り、ガラスや家具や戸口も形を無くすまでに至った。身の危険を感じた父親は、決意を固める。みんなして死のうと、母親にささやいた。
息子の父親に対する憎悪は、すさまじいものだった。近所の仲間が集まってきて、何とかしようと協力しあっている。ステレオを購入すると、大音響を流すことで、近所迷惑がはじまる。父親が無理矢理にヴォリュームを下げると、殴り合いのけんかに発展する。
精神的におかしいという、隣人の声を受けて、母親が説得をし、やっと病院に行くつもりになった。受けた説明は、母親への歪んだ愛と父親への憎悪という、エディプスコンプレックスの単純な理論に過ぎず、ヤブ医者を相手にしていられないと、母親はがっかりしている。
母親が狂気を鎮めようと、さらに接近すると、息子は母親の衣服をはだけて、暴行をはじめる。父親がそれを目にして分け入るが、力は息子の方が上回っていた。そして寝静まったころ、父親は腰紐を手にして、息子の首を絞めて殺害に至った。
このことは母親も同意していたはずだったが、その場に立ち会うといたたまれなかった。息子を殺したあと、二人は死に場所を探すが見つからなかった。ことに母親が死を恐怖した。列車に飛び込もうとしても、身をすくませておびえている。
時間がたつと、なぜ息子を殺してしまったのかと、悔恨の念を高めはじめる。ことに父親の刑が軽減されたことにより、その思いは強まった。近所の人たちの嘆願書や証言も、功を奏して父親の減刑に働いた。
父親が帰宅したが、家のようすは変わっていなかった。父親はすべてを忘れ去って、再出発したかったはずだ。部屋はもとのままで、妻の姿も異様なものだった。挙動も不審なもので、ある日戻ってきて名を呼ぶが答えがなかった。
2階に上がったとき、首を吊って死んでいるのが発見された。そばにはゴミ箱を逆さにしたような踏み台が転がっていた。かつてそれに乗ってよろめいたときに、息子が体を支えてくれた、思い出の台だった。
これまで父親に従ってきた母親もまた、息子と同じく抑圧されてきた存在だったのではなかったか。母親の死は、父親に気づかせようとする、無言の訴えだったのだとわかる。それでいて息子が父親に殺意をむき出しにしたとき、そんなに悪い人ではないのだからと言って、止めに入っていた。
加えて娘が父親を殺害した朝、たぶん蓼科に向かう前に、娘は息子に会いにやってきていた。そのことを母親は息子に伝えずに黙っていた。さらに電話もかかってきていたが、息子に取り継がなかった。
不自然な隠し事が明かされることで、知らず知らずのうちに、心の溝が深まっていく。息子は母親になぜ父親のような男と結婚したのだと問い詰める。母親は息子に同意しながらも、父も若い頃は素敵だったと答えるしかなかった。家庭内暴力を扱った実話を下敷きにしたリアリティが、恐怖を高めて、なぜという疑問をふくらませていった。