ウンバハリ

ウンバハリ

ウンバハリ集落地図(戦前)

ウンバハリ集落地図(戦前)

ウンバハリは現集落(ムラ)より古い集落であった、戦前から現在まで十数戸が住んでいる。集落の入口には戦前「ネントウ松」という大きな松の木が枝をひろげていた。現三原のスルギパルからここに移住したとみる説(仲松弥秀)があり、事実、ウンバハリの「一番地」屋(ウイヌウネタイともいう)はスルギバルにあるウタキ(ウネタイウタキともいう)とスルギガーを拝んでいる。戦前には神アサギとヌンドゥンチ(ノ口殿内)もウンバハリにあった。

戦前のアサギは汀間川に張り出している珍しいつくりだったが、戦後の道路工事で壊され、ムラ内に移築される。その前にアサギマーがあった。現在も七月締りのスクミの日(13日)は、このアサギマーで踊る(16、17日はムラで)。アサギマーの隣、山側にヌンドゥンチがあった。ノロ(ヌール)は松浜屋(松田一門)から出る。またヌール田はかつて三原のスルギダーにあった。ヌンドゥンチは現在ムラ内のサンカジューに移されている。さらに松浜屋の敷地内にヌールガーがあったが、現在は水がない。

このほか、同じ松浜屋敷地内にはカニマンドゥンチ(単にウドゥンともいう)という拝所があり、松浜屋には金丸=第二尚氏開祖の子供と伝えるタルガニーの位牌がある。この伝説は、金丸が首里に上る途中、汀間に立ち寄り、湧水で水汲みしていた娘をみそめて夫婦になったというものである。このときの泉=カニマンガーがウンバハリ背後の山裾にあり、1月、9月のハーメー(川参り)のときにカニマンガー、そのすぐ西の山裾にある三つの拝みガー、ヌールガー、ウドゥンの六か所が拝まれている。

ウンバハリの中ほどから山に入る道があった。背後の山頂(ハイパナ)に出て、これが羽地への山道になり、ティマダ川上流のキシンチャ、ンマバタキ、イシブトゥカーなどの開墾集落との往来にもつかわれた。ハイパナは、汀間や大浦湾が一望できる眺めのよい休息所になり、また屋根葺き用のカヤを刈る場所でもあった。