汀間の御嶽・拝所

◆汀間の御嶽・拝所(ていま の うたき・はいしょ)

汀間の拝所と祭祀

汀間の拝所

近世の御嶽として、「由来記」(1713年)にスルギバル嶽と小湊嶽(神名ソノモリノ御イベ)が記される。また、汀間巫(ノロ)火神と神アシアゲがあり、そこの祭祀も汀間巫が司った。当時の月々の祭祀は、一覧表の「由来記」記事に見る通りである。

現在の御嶽は、集落の南、川をへだてた嘉手苅原にウプウタキがある。公民館前の広場の一面の木に囲まれた所には、神アサギとウタキグヮー、そしてノロ・根神・掟火神が祀られたサンカジュ(三箇所)がある。恩計原にはヌンドゥルチ跡やアサギ跡がある。拝井泉として、イジミガー (泉井戸)・チンガー(釣り井戸)、そして尚円王と関わりのあるカニマンガー(金丸井戸)などがある。

現在もノロ・根神の他、数人の神人がいる。ノロはマチハマヤー、根神は西大屋から出ている。

現在も続く伝統的な年中行事は、表に見るように、旧1月3日のカーメー(川拝)、同16日のクサティ御願、3月3日の海焼香、4月のアブシバレー、5月のシヌグ御願、6月のウマチ、7月のヤマアキウイミ(山明折目)、8月10日のウイミ、同15日のウスデーク、9月9日の嶽の御願、同23日の二十三夜御願、11月のキリシタンなどがある。

■サンカジュ

■サンカジュ以前の神行事は、以下の場所で執り行われていた。

ウプウタキ

汀間川河口東岸の山裾にある。ハデールにあった古村のウタキといわれている。現在は九月九日タキヌウガンのときのみ拝む。

ウタキグヮー

現在サンカジュがある一帯のかつての森。橋ができなかった頃のウプウタキへのお通し所といわれる。かつては、正月元旦と九月九日タキヌウガンに神女が御願したあと、ムラの人たちがウプウタキとここの掃除をするとき以外は入れなかった。現在、サンカジューの右隣に龍宮神という小さな祠があるが、テ一ク神の管理だったという。

クサティ

ムラ背後の山裾にある親按司墓、若按司墓、イズミガ一、ミフーダの一帯のことをいう。若按司墓はかつて集落背後の水田のなかにあり、樹木に囲まれていたが、土地改良工事で現在地に移された。水田のなかにはイリウフヤーの拝所のアイガーもあった(今はない)。親按司・若按司両墓はムラ建ての神といわれ、イリウフヤーが管理していた。正月十六日にクサティウガンがある。

ニガミヤー

かつてはイリウフヤーのすぐ南にあった。その西隣には世ヌ神が下りてきたという小さな森と、イリギッチャという小さな広場があった。イリギッチャはかつて七月十六日(正日)、十七日(ワカレアシビ)の踊りをおこなう場所だった(十三日スクミはウンバハリで)。現在サンカジューでおこなう神行事の多くをここでおこなっていたと思われるが、詳細は不明。

カニクウフヤー

ムラの宗家といわれ、最も奥に位置し、屋敷地には祠があった。七月踊り当日、最初にここでカジャディ風を踊った。ミフーダを管理した。

イリウフヤー

カニクウフヤーの分家で、根神はここから出た。神屋がある。ミフーダを耕作した。

アガリヤー

九月二十三日にアガリヤウガンをここでおこなった。東に向かい、上がってくる二十三夜の月にムラの繁盛を祈願した。