疲れた者に力を与え神
2022. 7. 31.
白寅天
n イザヤ 40:29-31
29 疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。
30 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
31 しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
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現代人の中で多い人々が慢性疲労症候群中でいます。寝って休んでもまだ疲労が解けなく残っています。その理由で色々が有りますが、食生活の習慣、睡眠時間の不足、過労、ストレスであると言われます。過去で無かった新たな現状で、現代人の一つの特徴であると見えます。
聖書では、この疲労について多いどころで言われます。普通、肉的に長い戦争や過労によって疲れること、神様に裁きの罰を受けて心と体が疲れること、あらゆる悲しみと苦しみによって心が疲れ困っていること、また、欲望が過ぎて疲れること、この世の人生のそのままが疲れることを言われます。
しかし、肯定的な疲れることもあります。主の答えを待てまだその御声を聞けなく待ってる時、主に会いたいのでその慕う心が大きく疲れていると言われることもあります。
へブル12:1で我らクリスチャンの人生は走りのレースとして比喩されます。人生のマラソンの競走では、自分の欲望と罪との戦い、サタンとこの世との戦争で疲れます。主は自分の罪との戦いで血を流すまで抵抗することを言われます。ある時には神様の愛の懲らしめが有って苦労で疲れます。主はこれらによって疲れ果ててしまわないために、罪びとの反抗を忍ばれたかたのことを考えると言われます。 クリスチャンとして人生の走りの競走は易しくないです。人の体力の限界まで求めることだと思います。主は約束されます。「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ 40:31) 疲れを取るために、食べ物の調節、適当な運動と休み、心の平安など肉的な必要を満たす必要があります。また、霊的にも同じく、霊的な食べ物、運動と休み、主の中での安息が必要です。主を待ち望む者は新しく力を得ると約束されます。主と主の御国が自分のすべての望みとなっている、十字架の人生で、主の恵みのよって力を得て、鷲のように飛ぶ人生を生けると言われます。主の恵みによって良い休みを経験しますようにお祈りします。
【教会通信】
・主の日が近づいているのを見て、主が清くあられるように自分を清くする人生を過ごせますように、このために、毎日真の悔い改めをもって自分が主と共に死んで、主が生きて、御霊様の実を豊かに結ぶ人生を過ごせますように。
・兄弟姉妹たちが、毎日、主の部屋に入って主との深い交わりの中で主に会う人生を過ごせますように。また、恐れおののいで御霊様の導きに従って自分の救いを達成する人生を過ごせますように。
・兄弟姉妹たちが、主の恵みによって人生のマラソンで、主の恵みによって良い休みと新たな力を得、鷲のように飛ぶ人生を過ごせますように。