油を準備する人生
2018. 12. 23.
白寅天
n マタイ 25:1-7
そこで,天の御国は,たとえて言えば,それぞれが灯を持って,花婿を出迎える十人の娘のようです.そのうち五人は愚かで,五人は賢かった. 愚かな娘たちは,灯は持っていたが,油を用意しておかなかった.賢い娘たちは,自分のともしびといっしょに,入れ物に油を入れて持っていた.花婿が来るのが遅れたので,みな,うとうとして眠り始めた.ところが,夜中になって,『そら,花婿だ.迎えに出よ.』と叫ぶ声がした.娘たちは,みな起きて,自分の灯を整えた.
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今年暮れて行きます。今年も色々なことがありましたし、良くない見える状態に行っているけど、主が来られる足跡の音がもっと大きく聞こえるので、望みをもっています。来年から最も激しい変化があると見えます。『そら,花婿だ.迎えに出よ.』と言う声がすぐあるかもしれないです。それで、灯の油を準備することに心を尽くして生きる時期です。
今日の御言葉、マタイ25:1-13で、主は10人の娘の例を通して主の再び来られる日とその時のクリスチャンの様子について説明しています。マタイ24章の1節から41節まえ、終わりの時、主が再び来られる時の様子を言われます。その後から、結論として、いつも目を覚ましているように言われます。いつも目を覚ましていることについて関連して、良い僕と悪い僕の例話と(25節から)10人の娘の例話を言われます。また、忠誠なる僕と怠ける僕の例話を説明して、最後に羊と山羊の分けの裁きについて言われます。それの結果は主の喜びに参加するか、他には主から知らないと言われて、泣いて歯ぎしりすることです。今日の油を準備することは、主の再臨を待てている信徒たちにいつも目を覚ますことのための教訓です。驚くべきことは目を覚ましていない結果は地獄であることです。10人共に初めは灯と油が有って光が出る人生を過ごしたことがあります。ただ差が有れば、賢い5人は、夜遅く花婿が来る可能性を考えて油を準備したが、愚かな5人は今灯が燃えて光が出ることで満足し、後夜遅くまで行くと自分の油が無くなることを考えることが出来なかったことです。賢い5人は今光が出る元が自分では無いことを分かりましたが、愚かな5人は今出ている光を自分が出せると思った人でした。それで油を準備してなかったことです。この結果が滅びであることを記憶するべきです。賢い娘は、御霊様によって光が出る人生を過ごしているが、その根拠が自分では無く、主であることをいつも覚え、恐れおののいで主に依頼する人生をすごします。
【教会通信】
・兄弟姉妹たちがいつも御霊の臨在の中で、霊と真によって礼拝する真の礼拝者の人生をすごせますように、また、キリストの死と復活に信仰によって連合される人生を過ごせますように。
・主の日が近づいているのを見て、目を覚まして御霊の油を準備する賢い乙女の心を持って生きることが出来ますように、また、主の部屋に入って主との深い交わりの中で主に会う人生を過ごせますように。
・兄弟姉妹たちが、毎日、恐れおののいで御霊様の導きに従う人生を過ごし、自分の救いを達成する、油を準備する人生を過ごすことが出来ますように。
【お祈り下さい】
・教会の兄弟姉妹たちが主の花嫁として準備されますように。このために、いつでも目を覚まして主だけを愛し、主の至聖所に入り、感謝と賛美の祈りを通して主を経験する人生を過せますように。また、主の軍人として御言葉の剣と信仰の盾を持って、サタン、この世、また自分の罪との戦いで勝利する人生になりますように。
・主の愛に励まされ、隣人を愛し、福音を伝え、主が定められた霊魂が主に帰ることができますように。主を信じてない、隣人、親戚、友達の心を準備して下さいますように。
・主の教会が御霊様の力によって、自分の罪を悟って、へりくだる真の悔い改めができますように。また、御霊様の導きによって自分を捨てることが出来、狭い門に入る人生が過ごせますように。