#602(2022-5-15)

友なるイエスキリスト

2022. 5. 15.

白寅天

n ヨハネ 15:13-15

13 人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。

14 わたしがあなたがたに命じることをあなたがたが行うなら、あなたがたはわたしの友です。

15 わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。

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 神様は我らを作られた創造者であり、王の王であり、我らの主人であって、栄光と敬拝を捧げるべき方です。しかし、この方は我らの親しい友なる方であること聖書は言われます。辞書で、友は、親しく長く付き合った人、年が似ていて平安と親しい関係がある人と定義しています。全能の神は我らの礼拝を受けるべき聖なる権威がある方であるが、実際に人格的な関係は、友となる関係の性格があることです。今日の御言葉で主は主の命じることを行う人を主の友と言われ、僕と呼ばないと言われます。この友との関係は何か考えます。

 聖書で友と言う単語は約70回出て、色々な友たちの関係を言われます。

1.一般の友たちの関係:一般の社会と生活で経験出来る友たちの関係、社会と知恵の協力者、互いに手伝う人、人生の同伴者

2.ダビデの友たちーフサイー命をもって手伝う人 (サムエル下 16:16-17)

3.モーセの友のような神様(出エジプト 33:11)

4.イエス様が友と言われた人々:ラザロ、イエスのメッセージを聞く人、税理と罪人、救われた人々、不審者と殺そうとする人々

5.イエスの命じたことを行う人-互いに愛する弟子たち(ヨハネ 15:13-15)

6.聖徒の間 (IIIヨハネ 1:15)

7.主の花嫁と友たち (雅歌 5:16, 5:1)

主は主が命じたことを行う人々を、僕とは呼ばず、友と言われた。主の御心を知るからです。主が命じたことは、互いに愛することです。愛の実を結ぶ人生を過ごすことです。それは葡萄の木である主につながって、実を結ぶ人生を過ごすことです。この人は自分が死んで主が生きておられる人生、主に結びつける人生を過ごす人で、愛の実を結びます。主の御心です。主の友なる人々、すなわち主の花嫁の人生です。この人生を過ごせるようにお祈りします。

【教会通信】

・主の日が近づいているのを見て、主が清くあられるように自分を清くする人生を過ごせますように、このために、毎日真の悔い改めをもって自分が主と共に死んで、主が生きて、御霊様の実を豊かに結ぶ人生を過ごせますように。

・兄弟姉妹たちが、毎日、主の部屋に入って主との深い交わりの中で主に会う人生を過ごせますように。また、恐れおののいで御霊様の導きに従って自分の救いを達成する人生を過ごせますように。

・兄弟姉妹たちが、自分が死んで主が生きる人生、主に繋がって、まことに互いに愛する、主の友なる人生を過ごせるように。