電子カルテ・システム

第9回医療情報学連合大会 抄録 ( 1989.11 )

Medical Record System on Workstation

大橋 克洋 大橋産科/婦人科

菅生 紳一郎 塚田産婦人科

Keywords: medical record, local area network, workstation, lisp, hypertext

1 はじめに

1985年より診療録のコンピュータ化にとりかかり、4年後の1989年5 月より実際に日常の外来診療で稼働するようになったので報告する。これはワー クステーションの中の電子化された診療録によって日常診療を行おうというも のである。

2 ハードウェアとソフトウェア

2.1 ハードウェア

本体 SUN-3/50(サンマイクロシステムズ社) 主記憶容量 4Mバイト 外部記憶装置 140Mハードデイスク ネットワーク イーサネット プリンター キャノンレーザーショット

2.2 ソフトウェア

SunOS Ver.4.0 (UNIX BSD+システムV) 開発環境 GNU Emacs 使用言語 Emacs Lisp

開発言語を途中でC言語からEmacs-lispに変更することによって、 開発時間を大幅に短縮することが出来た。

Emacs-lispとは、GNU Emacsというテキストエデイター の中に組込まれた処理系で、電子カルテが実用化できたのも、その高いテキス ト処理能力に負うところは大きく、今後の改良や機能アップにも極めて容易に 対応しうる。

3 電子カルテの機能

3.1 マルチ・ウィンドウ機能

( Fig.1 ) の如く「電子カルテ」は4行のサブ・ウィンドウと、その下のメイン・ ウィンドウから構成され、サブ・ウィンドウの来院者一覧からカーソルで一人 を選び、スペースバーを叩くとメイン・ウィンドウにその患者のカルテが展開 される。また、カーソル上下により見たいウインドウ部分を自由にスクロール させることができる。

( Fig.1 ) 日本語 Emacs 上に Lisp で実現した「電子カルテ」

3.2 ファイル構造の単純化

ファイルはワープロの如く単純なフリーテキストで、これを構文解析・処 理することによりデータベースなどあらゆる機能を実現した。これにより利用 者ごとに異なる色々な要望へ柔軟に対応することができる。

3.3 入力の効率化

患者を前にカルテ全文をタイプするのでは患者とのコミュニケーションも 阻害され、現場の道具として使えない。実用化の鍵は入力の簡素化にあり、次 のような機能を実装した。

3.3.1

よく入力する疾患別などを集めた「テンプレートファイル」をサ ブ・ウィンドウに表示し選択することにより、そこに属する処置などがまとめ てカルテに挿入される。

3.3.2

項目内のデータをワンタッチで複写・削除したり、別の項目内に 貼り付けることも出来る。前回来院時のデータを、本日の同じ項目内にワンタッ チでコピーできる。

3.3.3

カルテ書式は医療機関毎に全て異なると言ってよく、そのドクター なりに自由な設定ができなければならない。

3.3.4

スペースバーを叩く毎にフィールドの内容が「男、女、不明、男、 女、不明」と変化するような設定もできる。

3.3.5

ワープロと同様、辞書による熟語変換機能を持ち、いつでも必要 な単語を登録できる。

3.4 画面情報参照の効率化

紙のカルテでパラパラとページをめくるようなことを、デイスプレイの中 でするのは目がチラチラして大変わずらわしい。これを解決するため次のよう な機能を実現した。

3.4.1

ワンタッチでカーソルを1ページずつジャンプさせることができ る。図中で「***Date... 」とあるのがページ・ヘッダーで、次々とこ こへカーソル・ジャンプする。

3.4.2

各ページの日付行だけが表示され、この内の一つを選べば瞬時に そのページが展開される。来院履歴が多い場合はページジャンプはわずらわし く、この方法が有効である。

3.4.3

キーワードに一致した部分にカーソルが移動し、リターンキーで 更に次のキーワード一致部分を検索する。

3.4.4

カルテに記載されたデータは時系列的な表やグラフとしてプロッ トしたり、あるいは一定条件のものを拾いだして処理を加えることができる。

3.4.5

産婦人科の場合、スメア台帳、分娩予定台帳などがあると大変便 利であるが、カルテ中からワンタッチでその台帳のその患者の記録を開くこと ができる。

3.5 ハイパーテキストによる「電子マニュアル」

必要に応じ電子カルテは知識ベースを検索し、連想式に関連マニュアルを 開いてくれる。このように、次々と情報をたぐっていく事ができるものを「ハ イパーテキスト」と呼ぶが、これは今後医療で最も有効に使われるコンピュー ター技術の一つと考えられる。電子カルテの大きな特徴の一つとなろう。

3.6 水平型ネットワークによる情報の共有

今後は大病院のシステムも「大型電算機中心の中央集権型システム」から、 「多数のワークステーションを接続した分散型LAN」に移行すべきであるこ とを、5年前より主張してきたが、ようやく最近その兆しが見えてきたようで ある。

3.7 発生源入力とオーダリング

ネットワーク上の電子カルテは「オーダリングシステム」を実現すること も容易である。他部署での発生情報をリアルタイムに参照・転送が可能になり、 マンパワーを本来の仕事にふりむけることができる。

3.8 電子メーリングシステム

電子メイルでは、宛名を記入するだけでシステムが自動的に文書を配送す るので、複数部署間の情報交換の手段として利用することができる。それ以上 に有用と思われるのは、人手を介さないファイル配送システムにより、医師の 生涯教育情報や最新医学情報などを、電話回線を介してセンターから各医師の ワークステーションに配布できることであろう。

3.9 情報の加工と自動処理

電子文書は自動処理でき、マンパワーと時間の節約をはかれる。FAXは 時間的・空間的距離を大幅に短縮し、TVや電話は遠方の情報を見聞できるが、 コンピューターネットワークでは更に遠方のものを「処理」することができる。

3.9 .1 不要情報の自動廃棄

情報の効率的処理と質の向上には、整理・分析・評価ならびに次第に蓄積す る不要な情報の廃棄も大変重要である。一定期限を過ぎた書類は自動的に廃棄 または別管理区域に移動される。

3.9.2 診療費の計算機能

診療録中にフリーテキストで記載された処置、投薬などの内容をシステムが 構文解析して診療費を自動計算する。開業医にとって、この機能だけでも電子 カルテを使うメリットは大きい。

診療費算定だけを目的とするのでなく、あくまでも医師の診療記録を記述す ることを目的とし、ワンタッチでそれを解析し診療費の算定をも行なう点にお いて、背景にある思想ならびに使い勝手はレセコンとは大いに異なっている。

3.9.3 処方箋発行

薬剤辞書をもとにカルテ内に処方を記入し、これを市販の処方箋にプリント アウトし処方箋を発行することができる。

3.10 電子カルテの保存

一旦電子化された情報は自由自在に処理することができるが、一瞬にして 全てが失われる危険性もあり、この対策は重要である。保存には現在、以下の 2つの方法を併用している。

3.10.1 ハードコピー

カルテをプリントアウトし、それに医師がサインして実際のカルテホルダー に収納する。これが法的診療録となる。電子化されても当分はハードコピーを 併用する必要があろう。

3.10.2 バックアップ

ネットワーク上の光磁気デイスクに、定期的にバックアップコピーを保存し ている。

3.11 統合環境としての電子カルテ

電子カルテは、日程表や住所録、様々なメモ、ワープロ、電子メールなど を包含する。診療録から、これらの業務へ移動するのはワンタッチで、元の画 面へ戻るのも簡単である。このように「一つの環境の中で、必要な全ての作業 が出来る」ということはワークステーションに必須の機能である。

4 今後追加したい機能

今後はマウスなど優れたマン・マシーン・インタフェースにより、誰でも簡 単に使えるシステムへと発展させたい。近い将来、文字、音声、静止画像、動 画像などの「マルチメデイア」は、医師の生涯研修や、患者説明用に是非欲し い機能である。

また、カルテからのリクエストに答えてくれるネットワーク上のサーバ・ク ライアント方式の実現を考えている。「医学知識サーバ」、「周産期管理サー バ」などで、これによりシステムの柔軟性・拡張性は更に高まる。健康保健算 定基準は通常の方法で機械化するには適しておらず、Prolog言語による 「診療費算定サーバ」がリクエストに答える方式をとりたい。

5 現状での問題点

ネットワークによるデータの共有は便利になるほど、一方で守秘義務に抵触 するという「両刃の剣」の性格を持ち、今後、更に研究を要する。しかしセキュ リテイー優先では使いやすいシステムの開発は困難で、使いやすいシステム作 成後セキュリテイーを付加していく方法の方が開発は早い。このような意味で も、当院のような小規模施設での実験が有用と考える。

6 おわりに

「電子カルテ」を単に従来の診療録を磁気媒体に置きかえるだけととらえら れている向きもあるが、これでは電子化のメリットは極めて薄い。「電子カル テ」とは上述のように「オーダリングシステム」、「診療支援・意志決定シス テム」、「生涯研修システム」、「メデイカルスタッフの共同作業の場」であ り、その他、日常作業の全てを行なう作業台として医療機関全体を包括するシ ステムでなければならない。