2002.02 電子カルテあれこれ

わーくすてーしょんのあるくらし (50)

2002-02 大橋克洋

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今年の医療情報学会は11月に東京は有明のファッション・タウ ンで行われました。いつもは3日ほど休診にして出席しなければな らないのですが、今年は私の診療所の休診日である水曜と重なった こともあり、また地元だったので1日だけの休診でしのげ助かりま した。

今年も電子カルテをテーマにしたセッションはかなり多かったよ うです。市販の電子カルテの種類も、もう数え切れない位になって きました。しばらくの間は電子カルテの戦国時代というところで、 そのうち自然に淘汰され落ち着いてくるのだろうと思っています。 これら電子カルテの中には、旧態依然のオフコン状態から抜け切 れぬものがまだ結構多く見られますが、一方では、かなりこなれて 良くなってきたものもいくつか見られました。 ということで、今月は電子カルテの話題です。

○ 電子カルテによる現場の効率化

電子カルテを使っているある開業の先生の話を別の筋から聞きま した。「あの先生は普通で考えるととんでもない数の外来をこなし ているのですよ」「電子カルテがあるからこそできることですね」 という話でした。その先生はよく存じ上げているのですが、なるほ どと思いました。

その先生が実際にどの程度電子カルテで効率を上げているのか今 まで知りませんでしたが、とても実感の沸く話でした。その先生の ところは大勢のスタッフを使われているのですが、各スタッフのと ころに電子カルテの端末があり、受診者はその間を流れてゆくよう になっています。電子カルテですと、それらの連携がとてもスムー スですし、いま受診者がどこでどのようなステータスにあるかが把 握できたりするので、能率が上がるのでしょう。

電子カルテの特徴である「全体を一目で把握」「効率的な記録操 作」なども貢献しているのだと思います。 自分以外の方に使っていただくには、サポートへかなり神経を使 わざるを得ないのですが、このように実際に他の現場で役に立って いることがわかると、またやる気が湧いてくるものです。

○ テンプレートについて

今までもいろいろなところでよくある論議ですが、「テンプレー トはとても便利だ」「いやテンプレートでは画一的なカルテしかで きないので、賛成できない」というようなデイスカッションがあり ます。

わたしはどちらにも一理あると思います。それらを主張される方 々をよく観察してみると、テンプレートを強く勧められる方の診療 は「特定疾患についての診療が多かったり、一定時間にかなりの数 をこなさねばならない」場合が多いように思います。これに反論さ れる方はその逆で「比較的バラエテイーに富む疾患をじっくりと診 察する」パターンではないかと感じました。

特定の疾患が多い場合テンプレートは非常に有効で、後日のデー タ抽出もかなり容易になります。また入力の殆どがマウスでちょい ちょいとクリックするだけで済んでしまうので、一定時間に多くの 件数をこなすことができます。また入力の容易さもさることながら 、一目で全体の状況を把握するにも適した形で表示しやすいので忙 しい診療にぴったりということもあります。

しかし、そうでない場合は受診者の言葉そのままに近い形で、じ っくりと記述した方が大変充実した診療録になります。しかし小説 ではありませんから、ただだらだらと記述したのでは一目で全体を 把握することができません。つまり文章として記述しながら、かつ 要点がまとめられ、箇条書きのような形になっている必要があるで しょう。

では、私の場合はどうかというと、上のどちらも使って診療録を 記述しています。パターン化できるもの、例えば妊婦健診とか区民 検診、癌検診などはテンプレート向きです。テンプレートでの入力 はとても楽ですし、漏れもなくなり、後日の参照も大変見やすいも のになります。 一方で受診者の主訴などの記述欄は、問題点ごとに箇条書きにし つつ、極力受診者の言葉の要点を簡潔に残すよう心がけています。

○ アウトライン機能のツールを作成

電子カルテ WINE もここ数年、OS が OPENSTEP からMacOS X へと変遷するに従い絶え間ない変遷を繰り返してきました。このため 私は次々と新しいOSへの移植作業に追われて、電子カルテ自体の進 化は少し滞ってきました。

2001年春にようやく MacOS X が正式にリリースされOS がフィックスしたので、秋頃からようやく本格的に新しい機能を追加する余 裕が生まれました。そこで生まれた機能の一つがこのアウトライン 機能です。簡単に言えば、従来のように記述してきたカルテ内容を 問題指向の POS 型に表示するツールです。

過去から現在にいたるまでのページをすべてスキャンして問題点 をピックアップし、番号ごと箇条書きにします。そして各問題点の 下に段落をつけて関連するエピソードなどを表示してくれます。カ ルテを開くと自動的にこのようなリストを作成しカルテの脇に表示 してくれます。

一目で受診者の過去から現在にわたる状況が把握でき、使ってみ るとこれはとても有用です。従来は一ページずつくってみなければ わからなかったものが一目で見えるのですから。カーナビと通ずる ところがあると思います。 また診療を楽しく行える道具がひとつ増えました。

○ 過去の記述に手を加えることについて

医療情報学会における電子カルテのセッションで質問をしてみま した「電子カルテを使って次第に慣れてくると、過去の記述に手を 加えてもっとわかりやすいものにしたいという欲求がでてきます。 皆さんの中にそのような方はおられるでしょうか」との質問です。 アウトライン機能で POS 形式に変換されたカルテを見ていると 元の記述をもっとわかりやすく、前後のつながりも良くなるように 補正したくなってくるのです。

壇上のパネラーからは「一定時間を経た過去の記述を修正するこ とは、私のところでは許していない」というような返事しか返って きませんでした。まだ電子カルテの入力などに手一杯で、電子カル テならではの特徴が見え始めた人は少ないようですね。 まっとうな電子カルテであれば、過去の記述の変更は改ざんとは 違います。過去の記述は消されずに残されていて、そこへ「誰が何 時修正した」というタグを添えて文章を追加するだけです。おそら くこれから電子カルテが成熟してくると、私と同じような欲求を持 つ人が増えてくるだろうと思っています。

このセッションでは「このような問題については、今後皆でデイ スカッションしてゆく必要があるだろう」という結論で締めくくら れました。これは正しい方向性と思います。 まだ私も見えてこない部分は沢山あるのですが、電子カルテが本 当に根付いてくると、従来の紙カルテの時代には存在しなかった文 化が芽生えてくるだろうと思っています。この「過去の記述を補正 して、美しくわかりやすいドキュメントにしてゆくこと」も電子カ ルテだからこそ起こりうる文化のひとつかも知れません。

しかし、さらに考えてゆくと、このようなことに慣れると最初か ら美しいドキュメントを作るよう心がけ、またそのような仕掛けが できてくるでしょうから、後から補正する必要自体がなくなるのか も知れませんね。

○ ひとつのパネルが画面全部を占有することについて

Windows のアプリケーションのほとんどは、アプリケーションの パネルが画面全体を占有してしまいますね。おそらく、これは沢山 のパネルが開くと初心者の場合、「私はダレ、私はドコ」状態にな ってしまうのを防ぐ意味から来たのだろうと想像します。 古くは Sun workstation の SunView や NeXT, Mac などWindows が出現する前から Window 文化に慣れた私としてはこのようにパネ ルが画面全体を占有するのは、とても使いにくく感じます。他のも のを参照しながら記述したいということがあっても、とてもやりに くいからです。

そのような場合 Windows アプリでも補助パネルが開くことはあり ますが、あろうことか今私が見ていた部分にかぶさるように開くの です。「無礼もの!」と張りとばしてやりたくなります。 しかし習慣というものは恐ろしいもので、Windows 文化圏の人に とっては全然気にならないのでしょう。先日の電子カルテのセッシ ョンの中で、Windows のカルテを使っている方から「ウインドーが 沢山開くと、どれが目的のものなのかわからなくなりますが、この 電子カルテは一つしかウインドーが開きません」と、私と反対のこ とを言っていました。「ああー、やはりそうなんだろうなあ」と納 得したところです。

しかしそれは自然なことなのでしょうか。あの人たちは、普段の 生活でも机の上に本を広げたら他のものはいっさい机の下に隠し、 机の上は本以外何もない状態で生活しているのでしょうか。診察室 の机の上にはカルテしか置いていない? そんなことはあり得ないはずです。やはり固定観念から出られな いのではないのかなあと思います(マイクロソフトの呪縛? Windows ではなくて Mono Window とでも改名しては?)。

私の WINE では電子カルテのメインパネルは画面の半分ほどを占 有するだけで、電子カルテを開きながら机の空いたところでこのよ うに原稿を書いたり、メールを読み書きしたり、検査伝票を開いた り、いろいろなことをしています。何人ものカルテを同時に開いて おいて、そこを渡り歩くのも、その合間にまったく違う仕事をする のも自由自在です。ただしこのようにマルチ・ウインドー(これこ そが本当の Windows ですね)で使うにはそれなりの心遣いが必要で す。「私はダレ、私はドコ」状態にならない工夫が。

このようにマルチ・ウインドーの方が自然と思うのですが、マイ クロソフト派の貴方のご意見はいかが?