2001.12 電子化へのすすめと人間らしさ

わーくすてーしょんのあるくらし (48)

2001-12 大橋克洋

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ある雑誌を読んでいましたら面白いことが書いてあったのでご紹 介します。面白く感じたのは、私が以前から思っていたことを、別 の角度から述べていることです。

この方は秋葉原有名店の元幹部の方だそうですが、秋葉原にモ ノを買いに行って店員の応対が余りなのにあきれたという話です。 最近はPOS レジスターやEOS(企業間オンライン受発注システム) などを採用して、「販売システムのインテリジェンス化が進んだ」 結果、「店員のインテリジェンスが落ち」、店員が自動販売機化さ れたためということでした。 このコラムでも何度か「ワープロを使うようになると字が書けな くなる」「電子カルテを使うと診療ができなくなる」と書いたこと がありますが、この方もまったく同じ表現をしていました。

この方はさらに述べます。「秋葉原のシステムなど足下にもおよ ばないほど発達したシステムを導入しているコンビニエンスストア を想定してみればよくわかる。そこではいらっしゃいませ、ありが とうございました、という店頭対応用語の基本さえ忘却の彼方へ去 ってしまった。商品の陳列場所を尋ねた筆者に、何とアゴで差して 場所を教えようとした。客に向かってアゴで教えるな、と怒鳴っても 、申し訳ございませんの言葉も知らず、ニヤニヤして頭をかくばか りだった」。 そして、「優勝劣敗の時代。サバイバルの方法を模索する企業は 数知れない。従来より高度なITを導入しているコンビニエンススト アでさえ、改めて接客研修を強化する時代になった」と結んでいま す。

上の話から、今月号のネタになるものが2つあります。ひとつ は「システムのインテリジェンス化が人間の非インテリジェンス化 を進める」話、もうひとつは「秋葉原をしのぐほど発達したコンビ ニのシステム」の話です。 まず後者から話題にしたいと思います。

○ 見かけはシンプルでも高度に発達したコンビニ

コンビニというと、店内のほとんどは商品の陳列棚で占められ、 その一角にカウンターがあって、一人か二人の店員がレジスターを 操作するだけ、という極めてシンプルな構成です。 ところがどっこい、その裏方としてITを駆使した最高の情報シス テムや流通システムが支えているからこそ、あのように「日常生活 で必要とするものは何でもそろい」「安く」「24時間体制」で、提 供できるわけです。同じようなことは量販店にも言えますね。

前号のテーマはシンプル・ライフでした。ご存知のように私はこ のシンプルという言葉が好きです。なぜなのか考えてみると、「私 の頭は単細胞で複雑なことを考えてもわからなくなる」というのが 大きいですが、「それをシンプルな状態で動かす巧妙な仕掛けが裏 に隠れていることに大きな魅力を感ずる」からではないかと思いま す。

何も頭を使わずに行った作業の結果は、その時は簡単に思えても 、日を経ると必ず複雑なものになりませんか。そして美しくもない はずです。 医療の世界に目を向けたとき、医療というのはとても複雑な世界 ですね。これは医療の性格上仕方のないことでしょう。最近は「医 療のコンビニ化」などという言葉も聞かれますが、これは医療のう ちのごく一部の機能に限ってそのような発想も可能ということと思 います。

○ この発想を医療に応用するとすれば

そのようなわけで医療全体をコンビニや量販店と同じにすること は考えるだけ無駄ですが、コンセプトの一部は利用させて頂くこと は十分可能でしょう。 つまり、IT化できるところは徹底してIT化する。医療費がこれだ けきりつめられると、1円1銭でも節約しなければならないので、 スケールメリットを生かす目的で外注できるものはできるだけ外注 。つまりアウトソーシングも必要でしょう。

現在の健康保険では全国統一料金で、「仕入れ値は違うのに売り 値は一緒」ということですので、医療自体のチェーン店化まではし なくても、仕入れの部分だけでも全国規模でのスケールメリットの 恩恵を受けることは可能でしょう(現在でも問屋や大手検査センタ ーなどは、そうしているわけですが)。ここでは医薬・機材だけで なく、スタッフの供給など、可能な限り幅広く考えないと今以上の メリットはでないでしょう。

あと大きいのは、中間にいろいろなものをはさまず直接取引によ るコストダウンですが、これを医療にあてはめようとすると、難問 が多いですね。これに近いひとつの例を挙げてみましょう。 現在の健康保険制度では、やたらややこしい請求方式のため、医 療側でそのための人件費や機材などが必要です。同時に審査側でも 同じように大きな経費がかかっています。 同じことを処理するの に行ったり来りで、ダブルで大きな経費がかかっているわけです。

医療費を抑制するなら抑制するで良いから、決めた目標値の範囲 内で処理できるよう、今の算定方式をずっと簡素化すれば相互で浮 く人件費だけでも膨大な金額になるはずで、医療費削減には大きな 効果があるはずです。医療費全体に占めるであろう金額を考えた時 、本質をはずれた本当に無駄な捨て金と思います(丸めの思考はこ れに似ていますが、非なるものと考えます)。

数年前、厚生省の偉い方と直接お話をする機会があったので、こ れはチャンスとばかりこのことを直訴してみました。返ってきたの は「その通りですが、それでメシを食っている人がいますからねえ 」ということで、本当にがっかりしたことがあります。小泉さん、 「ここのところ何とかなりませんかねえ」。

○ コンビニにない医療ならではのこと

上に述べたことと同時に、いろいろなものを共有することによる 知識や技術の向上と均質化ということも当然あるべきでしょう。で ないと、上記コンビニ店員と同じことになってしまいます。 「医療情報の開示」の有効利用は、従来なかったものとして新し い道を開くため重要なポイントかも知れません。以下に述べること は性善説をベースにした理想論ですので、現在はあくまでも夢でし かありませんが、、、

Webではそこで開示された情報は地球上の誰もが、簡単に共有でき ますね。もしこのように医療情報が共有されたとして、最初は現在 心配されているようないろいろな問題はあったにせよ、それが普通 の状況になったとします。

患者さんは自分の状況を把握できますし、医療側も自分の医療を 公開することによる緊張感をもつことができます(ここでは仮に少 し位の誤りがあったとしても、必要以上の非難の嵐に巻き込まれな いと仮定します)。このような状況下で、必要に応じて患者側も医 療側も情報交換や新しい知識の吸収が手軽にできるとなると、医療 の均質化は自然に起こってくるでしょう。

医療の質の向上はどうでしょうか。これも情報公開のもとに競争原理 が働けば、否応なく勉強せざるを得ません。最初に述べたコンビニで の方針変換が起こりつつあるのと同じようなものですね。 今のように、お互いに疑心暗鬼で、それを取り巻く連中は少しで も医療側に間違いがあれば非難して、それをネタに利益を得ようと いうようなことがなくなれば(悪徳弁護士とか、マスコミとか、そ れに扇動される人とか、いろいろありますね)、医療は本当に意欲 的、献身的に発展することができるのになあ、などと現状ではでき そうもないことを考えていたりします。

しかし理想を持つことは大切で、「今は到底できそうもないと思 っていても、それを大事に暖めていれば必ずできる」というのが、 今までの私の経験則ですので、いつ実現するかはわかりませんが大 切に暖めていこうと思っています。

○ 機械化するほど人間性を高める努力が

電子カルテが有用であればあるほど、「電子カルテを使うと診療 ができなくなる」、ということは必ず起こると断言してよいでしょ う。しかし何度も言うように、「だから電子カルテは無用だ」とい うことではないのです。

飛行機や自動車、電気やガスにも同じことが必ず言えるはずです が、このような議論には余りなりませんね。それはもう無くてはな らないものになっていると同時に、そのような文明の利器による弊 害をいくつも経験し、克服する工夫を加味してきたからです。 医療も飛行機やガス同様、大変な危険をはらむものです。従来の 文明の利器での失敗などを教訓として大事故を起こす前に先手、先 手と防止策を考えてゆくことが大切でしょう。

ここで重要と思うのは、防止というのは「抑制だけではない」と いうことです。「抑制」はとても安易な対処法であって、大局的に 見て賢い対処法といえない場合が多いと思います(しかし、規制し ない場合、時として勇気は必要ですね)。

それよりも「人間性を高める」、人間が人間らしく機能する環境 を与えることこそがもっとも賢い対処法ではないでしょうか。特に 医療の場合、人間相手には人間が一番ですからね。 「禅問答のようで、さっぱりわからん」と言われるかも知れませ んので、ちょっとだけ例を挙げて説明してみましょう。

武道を教える時、精神も教えますね。「強い殺傷力を持つからこ そ、使い方を正しくせよ、人間性を磨け」と。並の人以上の人間性 を要求するわけです。IT でもまったく同じと思います。高度な情報 処理能力を扱うからこそ、人間性も正しく強くなければならないの だと。まあ、そうは言っても、武道を身に付けながら心は正しくな い人もいるのが常ですから、理想と現実は必ずしも一致しないの ですが(インターネットの害虫、クラッカーなどがその例です)。

「電子カルテで診療するようになったら、顔も見ず触ってもくれ なくなった」などというのは、本末転倒も良いところです。コンピ ュータは道具でしかありませんが、道具に使われるようになってし まっては、自動販売機以下ということですね、、、

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