2001.03 電子カルテはかくあるべし

わーくすてーしょんのあるくらし (39)

2001-03 大橋克洋

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昨年、浜松で開催された医療情報連合大会の演題を見ても、電子 カルテも大分現場で使われはじめたようで、実際的な内容が多くな ったように感じました。

診療録に入力された文章を自動解析する試みなども、フロアー から「いずれにせよ入力の段階で意味付けした入力をしなければ正 しいデータにならないのだから、それを解析しても余り意味がない のではないか」というような発言もありました。しかし私はそうは 思いません。あくまでも人間とのインタフェースは画面に表示され たモノですから、自然言語的な取扱いについて研究することはおお いに意味があると思います。

私のシステム WINE においても、開発当初からそのような考えで 貫かれています。専用入力ツールで間違いなく入力をするにしても 、表示されるものはあくまでも人間が見て理解できるような自然の 文章に近付けるよう努力してきました。データベースへの格納も多 くは、自然言語の形のまま格納しますので、必要があればこの自然 言語の文章を解析・処理するような仕組みになっています。 今月は電子カルテ・システムについて、私の考えるところを書い てみたいと思います。

○ オーデイオの世界をめざせ

パソコンが出現するよりずっと前から、オーデイオの世界ではデ ータの互換性、ハードの互換性が確立され、ユーザは何も意識せず にそれらを自由に接続して使えるようになっていました。 つまり音楽データの記録媒体は、古くは LP などのレコード盤、 そしてテープ、CD へと変遷しましたが、どこのメーカーのプレイヤ ーでも再現できるようきちんと互換性がとられてきました。 ハードの方も、アンプ、スピーカー、プレイヤーなど、どこのメ ーカーのものが混在しても構いません。ユーザが好きなものを寄せ 集めてシステムを組むことができます。

パソコンが出現しても、なかなかこのような状況に到達せず、大 変イライラしたものです。UNIX の世界を知った時、そこはハッカー の世界で、ちょっとした設定ファイルを書いて手近にあるプリン ターを自分のコンピュータに繋いでしまったり、異なる機種のコン ピュータや周辺機器が混在しても、それらを接合して使えるという かなりの柔軟性をもっていることに感動しました。これこそ、自分 が求めていたものだと。

そのようなことで私も UNIX の世界にはまってしまい現在に至っ ています。その後 NEXTSTEP, OPENSTE そして今は MacOS X へと変 遷してきましたが、いずれもそのベースでは UNIX互換のシステムが 動いています。 パソコンの世界にも UNIX の影響がおよび、大分互換性がとれる ようになってきました。現在では Windows と Mac とでプリンター やファイルサーバを共有することも容易な時代となっています(それ でも UNIXほどの柔軟性はまだありませんが)。

さて、ここからが本題です。 電子カルテもオーデイオの世界にならねばなりません。第1に「 異なる施設の異なる電子カルテ同志で、何も意識することなく相互 に同じデータを読み書きできる」こと。 第2に「電子カルテの周辺ツールも、オーデイオのスピーカーや プレイヤーのように、異なるメーカーのものを自由に組み合わせて 利用できる」ことです。

1番目の問題については、すでに MML や HL7 などがそれを実現 しようとしています。しかし2番目の問題については、まだ余りそ のような声を聞きません。私はこの2番目も電子カルテが普及し、 誰でも便利に使えるようにするためには、とても重要なことと考え ています。

○ 電子カルテのモジュールを誰でも自由に使えるようにしよう

電子カルテ・システムを車に例えるとわかりやすいかも知れませ ん。車はシャーシ、サスペンションや、エンジンを元にした駆動部 分、居住部分の内装品、ヘッドライトなどの電装品、そしてカーラ ジオ、エアコン、カーナビなどのオプショナルな部品などから構成 されます。最近はメーカーが異なっても、共通に使われている部品 も多いのではないかと思います。 一方、これらをどう組み合わせるかによって、内装やボデイーカ ラー、あるいは走行特性や性能など、味付けをかえ個性化をするこ とができます。

電子カルテ・システムも同じと思います。 電子カルテの基本コンセプトや使い勝手は、様々なものがあるべ きですが、それを実現するためには標準化された部品で8割は間に 合ってしまうはずです。また、同じ目的の部品が何種類あってもよ いでしょう。これらの中から好きなものを選んで、自分の電子カル テに組み込めばよいのです。

しかも自動車の部品と違って、電子カルテのソフトウエアの部品 は、ネットワーク上で大勢でシェア(共有)し、叩いて改良してゆく ことができるのは大きな強みです。良質のソフトウエアを安く手に いれることができるのです。 またハードの面からいうと、前にも書いたように「すべてのME機 器はコンピュータの周辺機器として設計すべし」と思います。オー デイオ機器のようにユーザは何も考えずに、ガチャンと繋げば自分 の電子カルテから利用できるようにすべきでしょう。

つまり、超音波断層装置や心電図、血圧計などはネットワークで 電子カルテに簡単に接続でき、いつでも電子カルテの中からそれら の測定値が見えるようでなければなりません。 一方、ソフトウエアの周辺ツールとして比較的実現しやすいのは 、紹介状や診断書など定型文書作成ツール、お絵描きツールなどか も知れません。これらは簡単に電子カルテ・システムに接続し、組 み込むことができるでしょう。

○ まず実現すべきはレセコン・サーバ

このようなものの中で、まず実現すべきと思っているのは、レセ プト処理システムと電子カルテとの接続です。ネットワーク上のど こかにこれが存在して、いろいろな電子カルテでの診療費計算を担 当するサーバとして実現するのが良いでしょう。私の電子カルテシ ステムでは、簡単なものですがそのようなサーバとして実現してい ます。 現在のレセコンに多く存在する問題点には、以下のようなものが あります。

ユーザ側

    • ユーザインタフェースの悪いレセコンに苦労する

    • 使いやすいユーザインタフェースはユーザごとに違う

    • 診療データが入っているのに診療にフィードバックできない

ベンダー側

    • 点数改正時の設定変更などユーザサポートは大変

    • 計算方式が変わるとプログラムでの対応が大変

    • きめ細かいユーザインタフェースまでは手が回らない

ところが電子カルテとレセコンが相互接続をして機能分担できると どうなるでしょう。ユーザインタフェースについては、電子カルテ 側できめ細かい対応をできますし、ユーザが好きな電子カルテを選 ぶことができます。もちろん診療データの再利用もOKです。 一方ベンダー側では、診療費の計算やレセプトの出力などに注力 することができますので、ずっと仕事も能率化されるはずです。標 準化された約束で電子カルテに接続できるものであれば、いろいろ な電子カルテと組み合わせて使えるので、シェアも今までより広が るでしょう。

ユーザにとってもベンダーにとっても良い状況を産むことになる はずと考えています。ただ日本のベンダーの閉鎖性は「誰かがこれ で成功するという手本を示した後でないと動き出さない」というと ころにあります。誰かがこれを越えれば、ブレークスルーが起こる はずと考えています。

○ カーナビの世界をめざせ

カーナビゲーションシステムは、以前も書いたように軍事衛星の 技術や、データベースの技術などを駆使して、「自分が今どこに居 て、どちらの方向へ進んでいるのか」「目的地へ到達する最短コー スはどれか」などを、現在の道路の混み具合その他まで念頭に入れ ながら適格に示してくれます。

電子カルテがこうなるとどうでしょう。「受診者は、今どのよう な状態にあるのか」「問題を解決するための最短コースはどこにあ るか」などを提示してくれるというわけです。 これも以前書いたことですが、カーナビを搭載したタクシーの運 転手に聞いたところ「普段は余りお世話にならないが、知らない土 地に行ったりした時にはとても便利」ということでした。これも電 子カルテのナビゲーションに共通するところでしょう。

普段は医師の判断でことを進めた方がずっと能率的だが、特別な 局面では、電子カルテのナビゲーションがあるかどうかで、まった く能率や質が違ってしまうということはおおいに有りうるとは思い ませんか。 現在はまだ電子カルテは発達段階にありますので、入力方法つまり 車でいえば、操縦装置の位置や運転方法などに言及されるのが主体 ですが、将来はこのように「電子カルテ本来の意義」が認識されて くるのだろうと思っています。

データ収集機能

    • 使いやすいインタフェースで診療録のデータ入力を行う

    • ネットワークによる多方面からの情報を統合

    • ネットワーク上を飛び回って収集するエージェント機能など

データ処理機能

    • 色々な処理エンジンを使ったデータ処理で電子カルテシステムの 心臓部。この中にはデータ検索機能や選別機能などが含まれます

    • エージェント同志でのデータ交換・判断機能なども含まれます

おおざっぱに分けて上のような二つの部分があると思います。現 在の多くの電子カルテシステムは、まだ前者の実現が主体というと ころでしょうか。

航海の歴史を読むと、ポリネシアの人々は大昔から小さな丸木船 で広い太平洋に乗り出し、木の枝を組み合わせヒモで縛った海図で 記録に残したそうです。このようなことでも人間の頭脳というコン ピュータは大したもので、経験と勘を蓄積して何の目標もない大海 原を航海しました。やがて、星の観測やコンパス、そして現在では 衛星による位置測定の時代へと進化してきました。 電子カルテはまだポリネシアに毛の生えた程度ですが、これから の発達を楽しみにすることにしましょう。

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