2002.08 SeaGaia meeting 2002

わーくすてーしょんのあるくらし (56)

2002-08 大橋克洋

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この雑誌の発行と多少ずれますが、今年も SeaGaiameeting の季 節となりました。この連載を前からお読みの方はおわかりと思いま すが、この meeting は電子カルテ研究会発足以来の年一回の定時 off line meeting で、毎年宮崎県の SeaGaia で開催されます。

SeaGaia は大分前から経営危機が噂されていますが、経営母体が 変わりつつまだ存続しています。ここは美しい緑と、きれいな空気 、雄大な自然の中に立派な国際会議場や私が西洋「離れ」と呼んで いる自然環境の中に点在する独立棟のコテージなど、電子カルテと いう自由な発想を必要とするソフトウエアをデイスカッションする にはこの上ない環境です。宿泊代もそう高くはありませんし、人も 少なく周りは自然だけで雑念を生ずるおそれもありません。しかも 宮崎空港からわずか30分ほどという地の利もあります。

毎年、来年は SeaGaia がなくなるそうだ、という話があり、日本 国中を思い巡らしてもこれに匹敵する候補地が見当たりません。な くなると本当に困ります。何とか活性化できないものでしょうか。 今年はちょうどサッカーワールドカップの開催にぶつかり、宮崎 はドイツのキャンプ地に当たりました。コテージでの朝食はドイツ チーム(のサポータ?)と一緒でしたし、国際会議場の窓からは非公 開練習場の片隅が見えていて、大勢がたかって見学していました。 思い起こせば10年ほど前 NeXT Expo でサンフランシスコへ行った 時も、ワールドカップは米国が開催地で盛り上がっていたのを思い 出しました。

○ SeaGaia meeting 2002

この電子カルテのミーテイングも今年で8回目になります。冒頭に 書いたように、最初は電子カルテ研究会の年次ミーテイングとして 始まりましたが、現在は電子カルテ研究会という組織そのものはな くなりました。同時に参加メンバーも昔とは大分変わり、企業側の 参加者が半数以上を占めるようになりました。今年は思いがけず6 00名もの参加があり、なかなかの盛況でした。

電子カルテ研究会は発展的解散をしましたが、電子カルテ同士の 情報交換のための共通規格を研究する組織として、この春から Med XML コンソーシアムが NPO(非営利特定活動法人)として正式に立ち 上がりました。来年からは MedXML コンソーシアムとの関連が強く なるのでしょう。

今年のミーテイングの主なテーマは、大規模医療施設と小規模施 設そして受診者を結ぶ「地域連携の中の電子カルテ」と、「小規模 施設で使われるいろいろな電子カルテを支援するサポート組織」に ついての提案でした。

○ 地域連携の中の電子カルテ

行政の補助金を受けた大規模な試みが九州や四国などで意欲的に 行われていますが、それらを中心とした話でした。 宮崎県や熊本県で動き始めた dolphin project は電子カルテ交換 規約 MML を実装し、病院と連携した診療所とで診療情報を共有し、 受診者も希望すれば自宅から Web ブラウザーで自分の診療録を見る ことができます。実際の運用にはいろいろクリアしなければならな い問題も多いはずですが、これからのひとつの流れではあると思い ます。

また dolphin は WINE(高橋版)とならんで、日本医師会の ORCAシ ステムとの間で CLAIM(電子カルテと医事システムとの間で情報をや りとりするための標準化をめざした規格)という MML のモジュール を使って接続実験に成功しています。このような標準規格を介して いろいろな施設のいろいろなシステムが繋がってゆくというのもこ れからの大きな流れと思います。

このような世の中の標準規格が決まってゆく段階では、えてして 主導権争いが起こるものです。幸いなことに私自身はあまり巻き込 まれていませんが、これからも避けたいことです。それよりも皆が 便利に使える何らかの規格が早く決まり使われるようになることを こそ願い、そのために微力を傾けたいと思っています。

○ いろいろな電子カルテのサポート組織

これからはいろいろな施設で自分の要望にあったいろいろな電子 カルテが使われるべきで、それらを共通規格のインフラが結ぶよう になるべきと思います。 そしてこのコラムでもたびたび書いてきたことですが、電子カル テ上で使えるいろいろなツール類が部品化され、どの電子カルテに 組み込んでも使えるようになるべきと思っています。

このようなモジュール化については、もうひとつ考えることがあ ります。大きな施設では行政の大きな補助も受けられますし、それ なりのマンパワーもありますが、小規模施設で使われる電子カルテ についてはビジネスとして困難な面が多いため、よいシステムが育 ちにくいということがあります。

そこで電子カルテを支援する組織として、営業、広報、技術ある いは教育などの面で、いろいろなベンダーや組織が自分の得意分野 を生かして協調しあい、それらの中でビジネスとしてやっていける 基盤を作ることができればなあと2,3年前から考えて来ました。 誰 も同じことを考えるとみえて、今年の SeaGaia のセッションのひと つはまさにこのようなことの提案で、このテーマは熊本大学の吉原 教授のアイデアです。その実現のために私もぜひこれから取り組ん でみたいと考えています。安く良質なシステムを誰でもが手に入れ られるために。

○ 部品化と再構築

私の開発する電子カルテ WINE の NOA版は、最近また大改装を行 いました。データベースがらみの処理をクライアント側では一切し ないですむよう、サーバとクライアントの機能を綺麗に切り分けま した。従来もサーバとクライアントに別れてはいましたが、その基 盤となるフレームワークが混在していたのです(ここでいうサーバは データベースサーバではなく、電子カルテや受付システムあるいは 診療費計算のためのサーバです。これらとは別にデータの格納を一 手に引き受けるものとしてデータベースサーバが存在します)。

MacOS X にはデータベース接続にかかわる面倒なことを一切引き 受けてくれる EOF という仕組みがあるのですが、これは MacOS X の他に WebObjects というシステムをアップルから購入して別途イ ンストールしなければなりません。そして当然のことですがデータ ベースとその接続に必要なライブラリー類も別途インストールする 必要があります。

そこで WINE を使うには、マシーンごとにMacOS X の他にそれら を別途インストールしなければならなかったのです。沢山の端末を 使う場合、特にアップデートなどの時に結構面倒です。しかし、今 度はそれらの動作はすべて WINE のサーバに任せますので、クライ アントマシーンはまったく素のままの MacOS X だけですむようにな りました(いままではクライアントが直接データベースサーバにアク セスすることもあったのです)。

このためゴールデンウイークのまとまった時間を利用して、WINE のフレームワークをばらして再構築しました。主眼としたところは 、データベースがらみのものは専用フレームワークにまとめてしま い、サーバのみがそれを使うようにしました。 クライアント側は直接データベースにアクセスすることは一切な く、サーバにのみアクセスします。つまり WINE のサーバだけがデ ータベースにアクセスし、クライアントは WINE のサーバを介して アクセスすることになります。これによりシステムはかなり軽くな り、思ったより快適に動きます。

もうひとつのメリットはソースがかなりシンプルになり開発やメン テナンスの効率が上がりそうなことです。これは実は余り予想しな かったことですが、まさにオブジェクトとして分離しカプセル化す るメリットということでしょう。 一部のサーバではまだ私のメモリー管理が不十分らしく、何日も 動かしっぱなしにしておくと重くなってくるものがありますが、解 決はそう難しくなさそうです。

○ UML は本当に有効か

最近 UML(Unified Modeling Language)という言葉が急に目につく ようになりました。早速本を買ってきて読んでみました。要するに システム開発にあたって、いろいろなものをオブジェクトとして分 析し、その相互関係などを図示しておくというようなものです。一 昔前に流行ったフローチャートをオブジェクト指向に従って今風に 変形したものと思ってよいでしょう。

なあーんだ Object 指向の開発では常識で、WINE の開発で私や高 橋先生が10年以上前からやってきたことじゃないかと思ったもので す。またフローチャートもそうですが、UMLをいかに奇麗に書いても 、ソフトをメンテするうちにぐちゃぐちゃのプログラムになること もまったく珍しくありません。

しかし、今回 SeaGaia で UML の講演を聞いてなるほどそれでも 簡単な UML を書いておけば自分のソースを後日読むのに無駄な労力 を省けるなと反省している次第です。 UML の講演をしていただいた方と、SeaGaia の夜の飲み会で話す機 会がありました。私が最近は2年に一度ほどソフトウエアをサラから 書き直す話をすると、2週間に一度書き直す方がよいとの意見でした 。うーん、さすがにこれには参りましたが、今後はそのようなこと も頭においてソフトウエアを書くこととしましょう。

○ 願ったりかなったり Xserve 登場

先月号でファイルサーバを物色中という話を書きました。原稿は まだ掲載されていませんが、その声が早くもとどいたのか Jobs か らの贈り物です。まったく思いがけずApple 社からラックマウント 型の Xserve というサーバマシーンが発表されました。

スペックを読むと素晴らしいものです。最初 Apple Japan の We b Site で発表を読んだのですが、どこにも価格がのっていません。 昔から Sun Workstation などを使ってきた頭があるので、このスペ ックだと100万は下らないだろうな下手すると200万かな、ちょっと すぐには買えないなと思いました。しかし Apple USA の Web Site を見に行ってみると2999ドルからとあります。これまたびっくりの 価格です。

これはまさに WINE のためにあるようなもので、これからは Xse rveを一台中心に据えれば、あとは比較的安価な iMac や iBook な どを各部署にばらまくだけで電子カルテ WINE システムを快適かつ 安心して使えるようになります。当面私が何より欲しかったデイス ク内容の自動バックアップですが Xserve はこれを提供し、稼働中 にハードデイスクを抜いて交換するいわゆるホットスワップができ ます。これは嬉しいです。RAID デイスク購入のための貯金に少し足 せば Xserve が買えそうです。

以前にも書いたように、MacOS が Windows に大きく遅れをとるこ とになったのは、Apple 社がビジネスに使える能力を高めることを 怠った(あるいはできなかった)からと思っています。しかし Jobs 復帰後の Apple 社は着々と革新的なコンセプトを打ち出してきま した。Xserve こそはまさにビジネスに使うには強力な一打になると 感じています。 しかしコンパクトなラックマウント式とは言っても、厚さはえらく薄い ですが面積は結構あるので私のところなどでは置き場所をちょっと 考えてしまいます。近いうちにそのレポートができるのを楽しみに、、、

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