2017.03 よりシンプルを求めるものの

わーくすてーしょんのあるくらし ( 289)

2017-3 大橋 克洋

角館ツアーのバスから

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◯ よりシンプルを求めるものの

身の周りのもの全てについて「よりシンプルに」を昔から心がけているのですが、なかなか難しい。いつも書いていることですが、自戒を込め何度でも書きながら努めることにしたいと思います。

電子カルテ NOA のユーザインタフェースを更にシンプルにということで、先月多少の手直しをしましたが、なかなかこれ以上削ることができません。「何か発想がマンネリになっているからだよなあ」「違う角度から見れないものか」と思いつつ、ただ首をひねるだけ。しかし、まあ、こうやっていつも考えていることが重要。そうすれば、いつか閃くはず。

、、で、ひとつアイデアが閃きました。と言っても私のオリジナルではありません。最近、読む書籍はほとんど電子書籍ですが、iBooks の画面を思い起こすと通常見えるのは文章だけ。カーソルをヘッダー部分に移動した時のみ、ボタンやアンカーなどのコントロール部品が浮かび上がります「これだ」っと思いついたわけです。電子カルテ NOA の色々なツール類のアイコンを何とか減らせないかと思っていたのですが、このアイデア頂き。

◯ 今月の脳トレ

私が無償配布している電子カルテ NOA は、MySQL データベースや Web サーバなど一式セットになった MAMP というパッケージをネットからダウンロード、その環境で走るようになっています。最近 MAMP が バージョン4へと大きくグレードアップするに伴い PHP もバージョンアップされ、NOA が正常動作しないというクレームをユーザさんから頂きました。PHP の今度の改定は、関数のパラメータの変更など結構いやらしい問題があり、一部は昨年ここにも書いたように NOA のソース全体をスキャンしながら何とか対応できました。

ところが、今年になって他にも幾つか問題ありのレポート。私のところはまだ MAMP を 4.1 にあげておらず 3.5(だったかな)のままなので、問題なく動いていたこともあり対応が遅れていたのですが、何が何でも対応せざるを得なくなりました。それは以下のような「風が吹けば桶屋が儲かる」的連鎖反応の結果だったのですが、、

最初のきっかけは先月も書いたように、書斎の開発マシーン iMac27インチの画面がいきなりブラックアウトする問題。ネット情報を元に色々やってみてもどうしても解決できず、仕方がないので OS を含むシステム全体を入れ直してみました。最初は単純にダウンロードした OS をインストールしたのですが、これは上書きインストールで在来のファイルなどはそのままです。案の定ブラックアウトは止みません。そこでファイル類を NAS に退避させた後、クリーン・インストールすることにしました。調べてみると MacOS には「ネットから起動」という便利な機能があります。OS をネットから起動し HD を初期化。その上にネットから OS をインストール。NAS からファイル類を戻します。しかし結局、これでもブラックアウトが発生。ということで、これはハード的トラブルということが判明。

その作業後、外来で電子カルテを使おうとすると、サーバのレスポンスがやたら遅くなって使い物になりません。そうか、これは以前経験したことの有る問題。書斎マシーンの IP が変わったため、スイッチング・ハブが元のアドレスを探してリトライしているのだろうと思い、書斎マシーンの IP を元のアドレスに決め打ちしました。

しかし、これでも電子カルテサーバの動きが悪い。直接サーバ・マシーンを触ってみると、やたら busy の様子。一旦 reboot しようとするも、どうやっても操作できない。仕方がないので、サーバ・マシーンの電源をエイヤっと切る荒業に。再立ち上げすると MAMP が動かない。この原因はわかっています。DB 稼動状態のまま電源を落とすと、DB に不整合が起こるため。対策は MAMP の再インストール。そこで MAMP の Web サイトからダウンロードしようとすると、MAMP 3 でなく最新の MAMP 4 しか置いていない。

ということで否応なく MAMP4 にバージョン・アップ。前夜は作業を終えることができず朝4時起きして格闘の末、はらはらしながら何とか9時の外来に間に合わせました。さて NOA を動かしてみると、カルテ印刷ができないという問題発生。これはあらかじめユーザさんからレポートされていた問題。そこから釈迦力にソースの中を根性で追求した結果、ようやく原因発見。以前は関数の中の最終パラメータを省略しても、受け取った側で最終パラメータが無いと NULL と読み替えてくれたのに、PHP7 ではエラーになるという仕様変更でした。幸い外来がかなり暇だったので、診療中にデバッグし問題解決。これで当日のカルテ打ち出しもめでたく出来ました。やはり大きなリスクがあっても、開発は現場投入が一番。解決できないと現場は火の海になるので、いやでも気合が入る。まさに背水の陣。

今月で75歳になりますが、まだプログラミングはバリバリにいけています。

◯ 今月の歩術

3月になると「もう春だもんね」という感じで次第に暖かさを感ずるものですが、今年は最近になく3月末になっても気温の寒い日が続きました。一日中晴れで太陽がさんさんと降り注いでいるのに空気が冷たい。上空に寒気が居座っているためなのでしょう。そんなことで早朝散歩の頻度も低下しがち。

昨年春に自己最高記録、神奈川県平塚まで53キロの記録を達成したというのに、どうも今年になってから調子が良くない。今日も日曜の早朝散歩をしながら原因を考えて見ました。今月で75歳になるということもあって、トシのせいかなあ、などと寂しいことも考えたりしたのですが、どうもそういう考えはしたくない。この冬に入ってから体重が上昇傾向にあり、あの頃から2キロほど増えているので、体重増加のせいにすることにしました。

そんなことを考えながら歩いていたのですが、昨年までの快調だった頃に比べ、今年は特に歩きはじめてしばらく、下肢前面の筋肉疲労を感ずることが多い。これはつま先を持ち上げようという動きが強いためと思われ年寄りの特徴的な歩き方、非常に気に入りません。ということは自分では思っていませんでしたが「身体がやや前傾しているのかも」ということで、やや後傾気味に歩いてみたのですが芳しくない。

で、中国武術の「飛毛脚」を思い出し「直立した上体が宙に浮きながら前進し、下肢はその下になびくようにぶら下がっているだけ」とイメージしながら歩いてみました。これは正解でした。下肢への無理な負荷が減ったようで、かなり調子よく歩けるようになりました。このようにイメージを持つことは大切で、中国武術ではこれを「意念」といいます。

◯ 体重増加の証拠写真


馬術部の納会に出席したところ、後輩の南雲(最近TV露出度の高い あのドクター南雲)から大声で「大橋先生、肥りましたね」と体重増加を一発で見透かされてしまいました。

その時の写真がこれ、ホッペタの膨らみ具合など、確かに。しかもシャツの下にタートルネックを着るなど、耐寒能力を誇っていた私にあるまじき服装。やはり、これは何とかせねばとの自戒とともに、その証拠写真をここに残すことにします。

この冬は暇な時間があれば書斎の椅子に座って録画 TV 鑑賞にふけるという、朝の散歩と仕事以外にはまったく動かない生活をしていた成果がこれ。何時間も座っていた後、立つと下肢関節の強張りと平衡感覚の危うさを感じます。こりゃー急速にジジイになるぞと、コマーシャル飛ばしをやめ、その時間立ち上がり中国武術の軽い練功をすることにしました。

その効果はテキメン。下肢の強張り感がとれ平衡感覚も取り戻してきました。体重の増加傾向は収まりませんが、これはダイエット時代のような食事制限ををしていないから? いや、代謝が落ちているからでしょう。身体能力を回復させ減量に取り組みたいと思います。脂肪が筋肉に置き換わるとともに、体重増加も収まることを期待しています。

◯ 実現されつつある近未来

Google がケーブルテレビの半額で、 TV 番組視聴サービスを開始。ただし現状では米国のみ。やはり、こういう時代になってきましたね。私の近未来予測の中に「これからは TV もインターネット経由になり、グラビア雑誌のようにいつでも見たい番組をパラパラ読み返せるようになる。東京オリンピックの頃には TV 録画不要になると良いな」というのがありますが、それも現実に近づいてきたようです。

◯ 3年ぶりの角館

馬術部1年先輩の中川さんから「角館ツアー」のお誘いの手紙が届きました。学生時代から散々お世話になった馬術の三浦七郎教官の墓参をかねて行くことにしました。今回は中川さんと私、2年後輩の後藤の3人。東京駅北口でツアーの待ち合わせ、このツアーは誰か一人70才以上を含むことという条件付きで、参加者の殆どは爺さん婆さんばかり。かく言う我々も気持ちばかり若くても全員70代。

初日は大曲で4時半頃早めの夕食を済ませ、大曲名物の花火見物。学生時代、東北本線を降り角館までの生保内線へ乗継ぎの待ち時間が1時間以上あったりして、大曲では喫茶店に入り時間をつぶした想い出の地でもあります。最近は「大曲の花火」と云えば全国的にも有名。花火は毎月やっているそうですが、冬の花火は河原ではなくスキー場のゲレンデで行われます。日の暮れる頃会場に着き開始を待ちます。

花火は大変華麗で満足なものでしたが、地獄のような寒さも味わいました。この旅行に備え防寒コートを購入、下にはフリースのベストも着用したのですが、花火開始直後は小雨もパラつき、じっと座っている分には何とか耐えられたものの、一旦トイレに立って帰ってくると全身ガタガタ震えがきて、しばらく震えが収まりません。街灯に照らされた空気は白く霧状に光っています。旅行出発前、雪のゲレンデでの花火に頭が行かなかったのはちょっと敗因。これなら、もう少し完全装備を用意してくるんだった。甘く見ていました。

花火の後バスで角館へ移動、角館温泉花葉館へ一泊。学生時代の合宿で角館温泉へ行く一本道を後藤達と馬を引き取りに歩いた記憶がありますが、温泉はその後できたらしい。翌朝、ツアーは武家屋敷見学でしたが、我々は三浦先生の墓参をしたいので自由行動にしてもらいました。3人で懐かしい角館の町を散策しながらお寺へ。角館の街路に雪は残っていませんでしたが、屋根の上には30センチ以上積雪が残りポタポタと雪解け水が滴っていました。しかし、お寺の境内には積雪がそのまま残っており、凍った部分を歩くにはよいのですが、ちょっと外れると雪の中へズブっと足が30センチ以上入ってしまう。

三浦先生の墓石に先生の好きだった日本酒を掛け、お参りを済ませました。懐かしい教え子たちの訪問に先生も喜んでくれたかな。

角館の町がすっかり観光地化していることは以前の訪問記でも書きましたが、洒落た食事処や小さな宿泊施設が更に増えているような印象を受けました。三浦先生が以前住んでおられた駅通りの家、合宿所として使わせて頂いた松庵寺・石川旅館などの前も懐かしく見て歩きました。あれから50年にもなるのにまだ残ってくれているのに感謝。

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10年前の都医会長選挙に贈られた蘭をもらったもの、今年も綺麗に咲いた

これは日々の生活で感じたことを書きとどめる私の備忘録です