UNIXによる診療所統合情報システム

医療情報学,5:142,1985.(原著)

Medical information processing by the UNIX operating system

大橋 克洋 大橋産科/婦人科

Keywords: small system, medical information, UNIX, computer, relational database, chart

当院はベッド数10床の産婦人科診療所であるが7年前よりコンピュータを導入 し実務に役立てて来た。当初スタンドアローンのコンピュータとBASIC言語を 用いて始めた業務も、UCSD PASCAL言語を経て、現在では UNIX 上で C 言語を 用いるようになり、院内にデータベース・システムと光ケーブルなどによるコ ンピュータ・ネットワークを構築して複数セクションからの同時アクセスを行 い、さらには電話回線による外部コンピュータとの交信も実現し、日常診療、 医事管理、人事管理、その他の情報管理へと発展させつつある。

医療の現場におけるデスクワークの総てをコンピュータの端末上で処理する べく、また院内各部署での作業を同時並行的に処理しつつ、1つの流れとして 統合化された処理を行うべく医療用ワークステーションの実現に意を注いでい るが、その構築にあたっての考え方と当院における現況について発表する。

1.はじめに

コンピュータを使用する事によるメリットはいくつか挙げられるが多くは強 いてコンピュータを使用せず手作業で行っても大きな支障はなく、あるいはむ しろ手作業の方が能率の良い場合も少なくない。したがってコンピュータ化の メリットを見極める事が重要なことであるが、今後コンピュータ化により手作 業とは明らかな差が見いだされるものがいくつかある。

特に数値処理や多量のデータ処理などはその最たるものであるが、現在もっ とも注目している点はコンピュータがネットワーク化されることと、時分割に よる複数業務の同時並行処理、いわゆるマルチ・ワークステーション、マルチ・ タスクにより相互の待ち行列を短縮してチームワークによる協同作業が極めて 能率化された形で行われることであろう。

これが実現されることによるメリットは施設の規模に比例して大であるが、 一方で試行錯誤を繰り返しつつその実現を図ることも極めて困難になり、時間 とコストを要することとなる。特に人間サイドに近づいた使いやすいシステム の実現という面では困難が多い。このような点で、当院のような小規模施設は このプロジェクト開発には最適の環境といえるであろう。

2.システム構築にあたっての考え方

    1. 多忙な診療業務の中でいかなる要求にも柔軟に対応し日常行うデスク・ワー クのほとんどを、容易にコンピュータの端末で行うことができること。

    2. システムの操作は能率と使いやすさを第一とし、コンピュータに対する知識 のない医師やパラメデイカルでも安全、迅速かつ容易に操作でき、入力、出 力作業の一端を担えるような人間工学的配慮に基づいたメデイカル・セクレ タリーとしてのシステムであること。

    3. 人間の要望は刻々と変化し高度化するということを前提にいついかなる仕様 変更にも、柔軟にかつ速やかに対応できること。

    4. 同一のデータについて何人もが何箇所かで入力するようなことは一切省き、 一旦入力され蓄積されたデータはどのプログラムからも、そしてどのセクショ ンからも共有しつつ利用できること。

    5. 外来業務のように、受付事務、医師、看護婦(さらに薬剤師、検査技師、等々) の作業が同時並列的に進行し、かつ相互の作業結果を待って作業を進めなけ ればならないような分野では、複数端末からそれぞれに分担するデータを入 力し、それをお互いに参照しつつ能率的に作業を行えること。

    6. データの入出力の帳票様式はその部署で使い慣れた形式で扱えること(たと えば、検査室の端末では検査台帳の上でデータを記入したり参照したりして いるだけのように見えるが、これは医師の端末からは診療録の中の項目のひ とつとして表現され、会計では診療行為台帳の中のデータとして参照するこ とができる)。

    7. データはひとつのコンピュータシステム内に限ることなくいくつかのシステ ムにまたがることができ、さらに将来は大学病院その他院外データベースの データまでも、あたかも自システムのファイルのデータであるかのように利 用することができること。

    8. 会計情報、患者情報のように、すべてをオープンにできない分野ではしかる べく保護され、かつ業務に支障をきたさないよう配慮がされていること。

    9. ハードに関しては今後ますます高性能のものがより安価に使用できるように なるであろうし、それに反しソフトの開発には時間的、労力的、経済的に大 かな投資を強いられるであろうことは間違いないので、ハードは消耗品と考 え、開発するソフトはたとえ今後使用するメーカーや機種が変わっても、ほ とんどそのまま移行できるようなオペレーテイング・システムと言語を選び、 このようなコンセプトでソフトを開発すること。

    10. あくまでも最後の決断は人間が下すのであるが、そこにいたるまでの情報 の収集、選択、蓄積、分析、提出を正確かつ能率的に行うドクターのための 意志決定支援システムであること。

    11. システム構築上の考え方はほぼ以上のようなもので、これらはまだ全部が 完全に実現されているわけではないが、基本部分については、すでにシステ ムに組み入れられて稼働し日常の道具として使用されている。

3.システムの特徴

このような考えのもとに実現されたシステムの特徴をさらに具体的に述べる。

3.1.機器構成

現在の院内システムの機器構成は( Fig.1 )のごとくで、メイン・コンピュー タは東芝製の UX-300、東芝版 UNIX である OS-UX をオペレーテイング・シス テムとし、主記憶容量512KB、外部記憶装置として30MBのハードデイスクと 1MBのフロッピー・デイスク、さらにバックアップ用として40MBの磁気カートリッ ジ・テープを持ち、 RS-232Cケーブルを介してプリンター1台、端末3台、普通 電話回線に接続されたモデム内蔵電話1台、光ケーブルを介して約50m離れた自 宅のコンピュータ・システムにも接続されている。

この自宅のコンピュータ、 PC-9801は単なる端末として自宅に居ながらにして診療所のコンピュータを自 在に利用できる他、単独でも NEC 版 UNIX である PC-UX が走るので、UNIX 同志として接続し、診療所と自宅の間でファイルやプログラムの転送および独 立した運用ができる。

( Fig.1 ) Sytem configuration.

3.2.マルチウインドー機能

メニュー画面ごとに今までの画面が全部消えてしまうような手法は、忙しい 実務を遂行するうえでは大きなイライラにつながる。人間は無意識のうちに消 えた画面を頭の中で再生しようとしているためである。

解消する方法のひとつがマルチウインドーで、この機能を利用すれば我々が 作業をする際、カルテと検査台帳を同時に開き、その上にさらにメモ用紙を置 いてメモをとったりというように、紙面を少しずつずらせて表示し同時にいく つかの作業を行うことができる。

現在使用中のコンピュータにはまだマルチウインドーはサポートされていな いので、ソフト的にマルチウインドーを実現している( Fig.2 )。

0.終了 1.一覧 2.追加 3.訂正 4.妊暦 5.妊管 6.計算 7.予約 8.会計 9.保守 +----------------------------------------------------------------------+ | [診療費計算] 0101-2500 クドウエミコ (43才)健保本人 | +----------------------------------------------------------------------+ | 診療行為 単位 点数 回数 負担額 25 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10| |11ショシンリョウ 150 x 1 = 150 0 . . 1 . . . . . . .| |12サイシンリョウ 39 0 1 1 . 0 . . . . . . .| |13マンセイシッカン 220 0 0 . . . . . . . . . .| |21アセチル 200mg 6T 17 x 5 = 85 0 . . 5 . . . . . . .| |60EKG(12ユウドウ) 150 x 1 = 150 0 1 . 1 . . . . . . .| | ショホウリョウ 12 x 1 = 12 1 | | | | | 健保(397点 x 1割 = 397) + 自費( 0) = 窓口負担( 397) +======================================================================+ | [ 来院者リスト ] (C) Copyright K.OHASHI | |======================================================================| |NO:ID 名前 本人 家族 国保 自費 未収 合計| |01)03234200 ヤマダ ミチコ . . 520 . . 520| |02 01012500 クドウ エミコ 400 . . . . 400| |03 05125601 ヤマワキ エミコ . . . 3500 -500 3000| |04 12052802 スズキ ショウコ . . . . . 0| |05 08255600 ヒグチ サチエ . . . . . 0| |06 06054800 オオシマ ミチコ . . . . . 0| | | | | +----------------------------------------------------------------------+ | 850603 合計( 6件 ) 3920| +----------------------------------------------------------------------+ ( Fig.2 ) Multi Window display

3.3.マルチユーザ機能

すでに述べたように、医療での作業のほとんどは個人プレーではなく複数の スタッフによる連係プレーであり、いわゆるパソコン的なスタンドアローンの 使用法では能率化される部分は作業のほんの抹消でしかない。

このようなことから当院では院内数カ所にコンピュータの端末を置き、何人 もが同時に中央のコンピュータを使用することができるようにしている。

3.4.電話回線によるネットワーク機能

コンピュータが電話回線に繋がるということで画期的な変革をとげるであろ うと考えられる。 忙しい診療中に電話で相手を呼びだしたりするのはかなり気兼ねなものであ るし、それ以外の時間帯には相手がなかなかつかまらなかったりする経験はよ くあるが、電子メールを利用すれば自分の暇な時間に伝言を相手のメールボッ クスに入れておくだけで相手も暇な時間にこれを見てこちらのメールボックス へ返事を返しておいてくれる。

( Fig.3 )にその一例を示す。%記号は UNIX の命令待ちプロンプトであるが、 ここで mail と入力してやると自分宛てのメールの内容が着信時刻のタイムス タンプを添えて表示される。

これは自分のコンピュータにファイルすることもできるし、ワープロなどで 編集したり、他への電子メールとして転送したり、プリンターへ出力もできる。 将来的には電話回線を介したネットワークで目的を共にする者と共同で共有の 知識ベースを構築し能率的に運用することを考えている。

また携帯用コンピュータと音響カプラーさえ所持すれば、遠方の公衆電話か ら院内のコンピュータを操作することも簡単にできるようになった。

% mail From takahashi Sun Jun 2 15:38:56 1985 My schedule is as follows -- Mon Jun 3 1800..2000 meeting of JMIS -- Tue Jun 4 0900..1500 duty in hospital -- Wed Jun 5 nothing... Tell me your schedule bye ... ( Fig.3 ) Electronic mail

3.5.データベース機能の充実

システムで使用されるファイル類は原則として、共通のフォーマットで記録 されており、すべてリレーショナル・データベースで扱えるようになっている ので、使用頻度の低い処理などはアプリケーション・プログラムとして組む必 要はなく、必要に応じてリレーショナル・データベースで自由に加工すること ができる。

これによりソフト開発の省力化と操作方式の統一化、さらにはプログラム間 のデータの共有化がはかれる。

原理は極めて簡単ですべてのファイルの最初の2行をヘッダーレコードとし、 この中に1レコードにおける各項目の長さ、項目名、数字文字の区別その他の 情報を入れておく。こうしておけば、どのようなアプリケーションから読んで も最初のヘッダー部分さえ読めばすべてのファイル構造がわかり、アプリケー ションごとにファイル構造を固定する必要がまったくない。

3.6.ソフトの汎用化

ハードの新陳代謝は著しく、今後ハードが変わってもソフトは簡単に移行で きることを第一に考慮した。

まず決定しなければならないのは、オペレーテイングシステムで、現在この ような目的に比較的マッチするのは MS-DOS, CP/M, p-System, UNIX などがあ るが、ここに述べて来たような機能をすべて実現する能力のあるものという観 点から UNIX がベストと思われる。

次に言語で、これも移植性と能率の高さ、そして UNIX だけでなく MS-DOS なととの相性の良さから C 言語を採用しているが、自動診断機能などの実現 に LISP, prolog, small-talk など人工知能の開発に向いた言語の使用も考え ている。

3.7.ソフトの追加、変更への対応の柔軟性

UNIX では思い付きで、ちょっとした処理をしたい場合既成のコマンドだけ で、さらに必要があれば数行のプログラムをつけ加えるだけで大抵のことは簡 単にできてしまう。

% cat address_book | grep Tokyo | sort | tee Tokyo_file ( Fig.4 ) shell script

( Fig.4 )は shell script といわれるものの一例である。cat は以下のファイ ルを出力せよ、grep はファイル中以下の文字の存在する行を選別せよ。sort は昇順に並べ換えよ。tee は画面への表示と同時に以下のファイルへ書き込め というもので、この個々の命令をパイプと呼ぶ | 記号で結ぶとすなわちファ イル address_book の中の Tokyo を含む行のみを抜き出し昇順に sort して 画面に表示させつつ Tokyo_file へ書き込むと云う処理をする。プログラムを 書けばかなり複雑な作業をたったの一行で処理してしまうわけである。

UNIX はソフト開発向けには優秀でも事務作業には向かないと云う意見を聞 くことがあるが、決してそのようなことはなく、初心者用の環境を設定するの も非常に容易で、医療の現場でも使いこなされるようになれば大きな力を発揮 するであろう。

3.8.端末の汎用性

端末は専用端末である必要はなく、RS-232 の使用できるパソコンであれば 何でも使え、Terminal mode を基本的に持つものであれば専用の端末エミュレー タソフトを組む必要もない。

またホストコンピュータの機能を利用しつつ同時にパソコン機能を利用し、 さらに便利な使い方ができる。たとえば現在のホストの専用端末ではカラー表 示機能はないが、端末として使用している PC-8801 ではカラーが使える。 すべての業務をホストコンピュータに行わせることは効率上望ましいことで はないので業務の集中化と分散化とを上手に使い分け、内容によっては端末を インテリジェントとして使用し、端末上のプログラムではスピーデイーに処理 する事も是非必要であろう。

4.システム運用の実際

4.4.システムへの login

端末のスイッチをオンすると画面に

login:

という表示が現れる。コンピュータシステムが利用者にシステムへの登録を 求めているのである。ここで自分の登録名をタイプするとコンピュータは暗証 番号の入力を求めてくるが、正しい暗証番号が入力されなければシステムは

sorry

というメッセージを返し利用者の接触を許可してくれない。これは特に一般 電話回線に繋がったシステムの場合不可欠な機能である。

login: ohashi password: good morning ohashi!! have a good day.

システムが利用者を確認し使用許可がおりると、このようなメッセージが返っ てくる(暗証番号の部分は第三者に読まれないように、タイプしても画面に文 字がエコーバックされない)。

4.2.外来患者の受付

患者が来院すると受付で患者 ID を入力し、再来患者であれば自動的に ID が患者氏名とともに来院者リストに記録されてゆく。新患であればシステムが 新患登録を要求してくるので氏名、生年月日、その他の新患登録時データを入 力する。 診察室の診療デスクの上にもシステムの端末があり、これはドクター専用に 使用される( Fig.5 )。

4.3.診療行為の入力と診療費の算出

診療デスクの端末には受付で入力された来院者リストが表示されているので、 順番に患者を診察室へ呼び診療を行う( Fig.2 下段)

図の一番上の行は、メニューバーで0から9までの内のひとつをテンキーのワ ンタッチで選択できる。必要があれば、さらにその下位のメニューバーが表示 され僅か2回のキー操作で10x10=100の操作が選択でき、ファンクションキーを 使うよりも能率的である。

診療を行いつつ、( Fig.2 )上段のウインドーで診療行為をデスクの上のキーボー ドから入力していくと、自動的に診察料が計算されて来院者リストに書き込ま れるが、これは受付の端末にも( Fig.2 )下段と同様の画面で表示されるので、 患者が診療を終え診察室を出ると直ちに会計を済ませて帰ることができる。 現在のシステムではここの部分はいわゆるレセプト専用機と同様の機能しか 持っていないが、現在開発中のソフトが稼働するようになれば、後述のように 診療録としての内容を入力するだけで窓口会計情報は自動計算するようになる はずである。

4.4.リレーショナル・データベース

患者マスター・ファイル、新患名簿、薬価リスト、薬剤発注リスト、処方録、 住所録、スケジュールリスト、その他ほとんどのファイルがデータベースとし て蓄積されており、必要に応じて( Fig.2 )のような画面のウインドーの中で扱 うことができるので、診療中に住所録で電話番号を見て電話をかけ、自分のス ケジュールを参照しつつ打ち合わせをする場合など非常に便利である。 これは条件検索、指定フォーマットでの出力、フォーマットの変更、これら 出力の新ファイルへの書き込みなど色々な機能を持つ。

4.5.妊婦管理

妊婦健診時の測定値や検査値、コメントなどを記録しつつ、異常値の自動チェッ ク、必要な検査項目の自動表示、記録されたデータのグラフィック表示、分娩 予定日や妊娠週数の自動計算、超音波断層での測定値、その他による推定妊娠 週数の計算、妊娠暦( Fig.6 )のプリントアウトなどの機能を持つ。

計測値の入力については、個々に正常値を記録したファイルと照合しつつ表 示していくのでデータの入力と同時にそれが正常か否かは一目で判断される。 また妊娠中にチェックすべき検査項目も記憶されており、過去にどんな検査 を行ったか、そして検査値は正常か否かなども照合しつつ本日チェックすべき 検査項目を表示してくれる。

この妊婦管理ファイルのデータを利用して分娩予定者の分娩予定日ごとのリ ストなども出力できる。

( Fig.6 ) Gestational Calendar

Cut 2 pieces, left side is for pacient and right for chart.

4.6.文書作成

診断書、紹介状などは定型文書がシステムに記憶されておりワープロと同様 の漢字テキストエデイターで編集し、プリンターで打ち出された美しい文書を 患者に渡すことができる。

4.7.退院会計

退院会計とともにレセプト、請求書、領収書、さらにそれらのカルテ貼付用 控えなどを印刷する。 処置点数や薬剤名、薬価、剤型などはデータベースに入ったものを使用して いるので、保険点数や薬価の改訂にはデータベースプログラムで修正を加える だけで対応できる。

4.8.財務会計

前述のごとく作成された日計表から、一日の外来収入は自動的に財務会計の ファイルに吸収され、終業時には事務員が当日の収支と現金をチェックしてコ ンピュータに記憶させる。

多用される名称などは、略号辞書に登録しておけば略号でタイプするだけで ワープロと同様に自動的にフルネームへ変換してくれる。 データは当人が扱った分でかつ当日のものだけしか見ることはできないよう になっており、財務情報がみだりに漏れることを防止している。 またシステムの中のファイルごとあらかじめ決められた所有者でなければ、 みだりに他人の所有するファイルを扱うことはできず、さらに必要であれば、 ファイルを暗号化する機能も有する。

日付や、勘定科目、摘要などについて一定の条件のもののみを表示したり、 それらについてのみの累計を表示することもできるので、一定条件での取り引 きなどは簡単な操作で見ることができる。一年間のリース関係の一覧と累計な ども数分間で表示したり、新しいファイルに書き込むことができる。もちろん、 このファイルをデータベースへ取り込んで自由な処理をすることもできる。

4.9.その他

その他、給与計算、看護婦勤務の自動割当などが稼働しているが、これらは まだこの院内統合システムに移植しておらず、PC-9801上の UCSD Pascal 上で 稼働しているが、いずれ暇を見て UNIX 上に C 言語で移植したいと考えてい る。

看護婦勤務の自動割当は、6年前 BASIC で記述したものを UCSD Pascal に 移植し数回の機能アップを経て現在にいたっているもので、職員の希望条件を 基に極力それを満たし、かつ公平になるように夜勤や休暇などを自動的に割り 当てるもので、これもかなりの省力化を達成している。 以上当院でのシステムの概略について述べたが、ちなみに初めてパラメデイ カル (受付事務および時により看護婦)に受付でのコンピュータシステムを操 作させるに当たっての操作説明はわずか10分以内であったが、翌日から彼女は コンピュータによる業務を支障なくこなしている。これもこのシステムの特徴 のひとつで、大きな理由はソフトによる操作の簡略化であろう。

多くの操作は極力テンキーのみで操作できるように配慮されている。多くの パソコンやオフコンのソフトで見られるファンクションキーの使用よりはテン キーをファンクションキーとして使用する方がずっとスピーデイーで合理的と 考えている。

従来の手作業に比し、メリットとして挙げられることは

    1. データの分析、加工が容易。

    2. データを院内、院外(自宅)から自由に参照できる。

    3. データの蓄積が手作業より容易。

    4. データの客観性が高い。

などであろう。

デメリットとしては、システムダウンなどにより、大事なデータが一瞬のう ちに失われる可能性があるのでデイスクのコピーとハードコピーを保存してお く必要のあることであろう。

5.診療録のコンピュータ化

最後に現在開発中の診療録そのもののコンピュータ化について述べる。診療 ワークステーションとして端末の上でデスクワークのすべてを行うのが当面の 目標であるが、診療録のコンピュータ化はこの中のメインであり、診療内容の 記録から人工知能を取り入れた意思決定支援システム、さらには自動診断に至 る広範な機能を含んだ大きなプロジェクトとしてとらえている。

いわゆるテキスト・エデイターあるいはワープロと同様の操作で、診療をし ながら診療行為をどんどんタイプしていく。追加、訂正、削除、字句の移動な どは自由自在で、ここでの大きな特徴は以下のごとくである。

    1. 書式は通常のカルテと同様フリーフォーマットでシステムからの規制は 最小限のものとする。

    2. 必要なデータはリレーショナル・データベースの内容の分身とすることが できる。検査項目などは当然診療録記載時には空欄となっているが、 検査室の端末でデータベースを利用して検査帳簿に結果を入力してい くと、自動的にカルテの空欄も検査値で埋まっていく訳である。 こ の機能により各セクションにおける作業の同時並行処理結果がそれぞ れのセクションにリアルタイムで反映され、コンピュータでなければ できない合理化が図れる。

    3. 必要な部分については、自動チェック機能が働き誤入力や異常値のチェッ クあるいは簡単な自動判断機能が作用して診断や治療方針の決定に必要な 指針を示してくれる。

    4. 必要な項目、たとえば妊娠中の各測定値の推移などは画面の一部にウイン ドーを切ってグラフィック表示をし、瞬時の判断を補助してくれる。 前述の妊婦管理業務もいずれはこの中に取り込んでしまう予定である。

    5. 診療中に発生する診療録と関係のないあらゆる作業をマルチウインドーを 利用して割り込み処理をすることができる。

    6. 患者の主訴、所見から必要な検査項目を自動的にとりそろえたり、その結 果から考えられる診断名を列挙してくれたりする。

    7. システムはこのようにして作成されたカルテの文章を読みながら自動的に 診察料の計算をし、日計表への記入から請求書、領収書の発行までを自動 的に行ってくれる。従って医師は診療内容の正確な記述と判断にだけ意を 払っていれば良い。

現在はごく基本的なプロトタイプが完成したところであるが、一応診療録本 来の記録機能の基本は満たしており、各部署からの入力と各部署で必要な書式 での出力などのデータベース機能は実現されている。

( Fig.7 )にそれを示す。上段のウインドーは診療録であるが、ここはフリーテ キストとしてワープロと同様の感覚で文章を記述でき、ファイル指定をすれば 一行が一つのファイルのレコードに割り当てられる。( )のある行がそれであ る。

0.quit 1.list 2.add 3.edit 4.del 5.find 6. 7.RDMS 8.calc 9.etc DATE ID RECEIV Rp 850602 03234200 adona 10mg 3t: transamin 250mg 6c/3x 5 +======================================================================+ | 03234200 ヤマモト ヒロコ age(26) comment(allergy: PC )| |======================================================================| | = 850602 Wed 09:15..09:43 | | - Subject | |genital bleeding: | | - Object | |TRICHO(0) CANDIDA(0) WBC(1) RBC(0) PAP( ) FINDINGS( )| |RBC( ) Hb( ) WBC( ) Ht( ) | |BBT is hypotherme phase: | | - Assessment | |disfunctional bleeding ?: | | - Treatment | |peranin depot 1A/im: | >Rp(adona 10mg 3t: transamin 250mg 6c/3x 5 )| | - Plan | |If bleeding are continued then curettage. | |Explain about smear test. | | | +----------------------------------------------------------------------+ [ DBNS ] FILE:DRG/rp85 85/700 |------ -------- ------ -----------------------------------------------| |850602 01012500 ferogra 2c: eltrip 4t/2x 14 | |850602 03234200 adona 10mg 3t: transamin 250mg 6c/3x 5 | |850602 03252100 adona 10mg 3t: transamin 250mg 6c/3x 5 | |850602 04056200 050602 pontal 6c/3x 3 | |850602 05255301 dunlich 2c/2x 5 | |850602 06055800 ferogra 2c: eltrip 4t/2x 14 | +----------------------------------------------------------------------+ ( Fig.7 ) Electronic chart

一番上の行がメニューバー、2から3行目が入力作業領域で、現在上段ウインドー 内 13行目の処方についての入力を行っているところである。下段のウインドー は、この処方録ファイルを単独にリレーショナル・データベースで呼びだし表 示したところである。

たとえば検査室で下段ウインドーのごとく検査ファイルを呼びだし値を入力 すれば、自動的に上段の診療録の中の該当項目に値が現れる。 この診療録のコンピュータ化については、ある程度の開発が進行した時点で 改めて発表したい。

5.考察

6.1.OS と言語

このようなシステムが個人で実現できたのは UNIX と C 言語の能力による ところが大きい。電子メール機能やファイル保護機能などは UNIX に本来備わっ たものを利用している。また今後益々増大するソフトのコストを考えると、こ のような汎用性のある OS と言語を使用することが不可欠である。

6.2.システムの柔軟性

本来であれば、このようなシステムは大型コンピュータを使用して行うのが 常識であろうが、逆に小型からはじめて次第に拡張してきたからこそ、このよ うに柔軟なシステムが実現できたと言えよう。システムの互換性、拡張性とと もに柔軟性も考慮されるべき大きなポイントである。

6.3.統合化の利点について

これについては前述したが、ファイル構造を汎用化することにより、いかな るファイルもデータベースハンドラーというソフトで共通に扱える利点は極め て大きい。

通常、ファイルを他のアプリケーションで利用しようとすると専用ソフトを 書きおこさなければならず、その費用と労力は大変なロスとなる。また、操作 の上でも一定パターン化されるため初心者にとっての利点も大きい。

6.4.マルチユーザの利点について

院内、院外どこからでもそばに端末さえあれば自由にデータを参照できるメ リットは大きく、他所のコンピュータとのデータ通信も今後なくてはならない ものとなっていくであろう。

最近は他の病院への紹介患者の所見のやり取りを漢字電子メールで行う試み も始め、大変便利をしている。反面、外部からのコンピュータの侵入に対して は今後十分な対策を講ずる必要があると思われる。

6.5.日本語の使用について

前述のごとく専用ターミナルを用いた、診断書、紹介状、処方箋などの発行に は漢字機能をフルに使用しているが、それ以外の通常の業務にはアルファベッ トおよび仮名を用いている。理由は、多忙な中で使用するにはまだ漢字変換機 能の効率が十分でないこと(富士通のオアシス程度の機能があれば実用に耐え うるのであるが)、そして今後も多種の端末を接続する可能性があり、互換性 を考慮したためである。

6.6.導入コストについて

当院でこのコンピュータを導入した2年前の時点では、システムの基本部分 で 500万円程かかったが、現在であれば本年中に出現するであろう PC-9801/XA の上の UNIX と MS-DOS のネットワークを用いる事により、より 安価に、かつ、さらに使い易いシステムの構築が可能である。

しかしソフトについて述べれば、このようなシステムを外注すればハードに かかったコストの数倍は下だらないであろう。

6.7.システムの現状と今後の計画について

このシステムはあくまでも、著者が自分の日常の道具として構築してきたも のであるので、仮にトラブルが発生しても直ちに修復可能であり、著者にとっ ては極めて使い易い道具となっている。

これを他の医療施設でも利用できるかという点について述べれば、その場合 にはどのような使い方をしてもシステムエラーを発生しないような、きめ細か いサブシステムを付加してゆくことが必要であり、現在著者にとって自分のシ ステムの開発以上に割く時間のないのは誠に残念である。

したがって現状では、実験的位置付けで評価していただければ幸いであるが、 将来的にはほとんど使用説明書を読む必要がなく、誰でも有効に利用できる汎 用性の高い道具へと発展させていきたいと考えている。

稿を終わるに当たり、色々な面で刺激と励ましを頂いた東京慈恵会医科大学 情報処理研究室メンバー諸兄に感謝の意を表する。

引用文献

    1. C.W.Grant/J.Butah, 小池慎一訳:UCSD p-System 入門, CQ出版社(1983).

    2. 井田昌之:UNIX詳説,丸善(1985).

    3. 小幡広昭,他:パソコンのUNIX,技術評論社(1980).

    4. B.W.カーニハン,他:石田晴久訳:プログラミング言語C,共立出版株式会社 (1981).

    5. 木村博光,他:リレーショナルデータベースへの招待,東洋経済新報社(1984).

    6. アスキー出版編著:標準MS-DOSハンドブック,アスキー出版(1981).

    7. 大橋克洋:看護婦勤務表作成プログラム, メデイカル・マイコン・レポート 3(4),15-43(1982).