医療へのIT活用について

2011.05 臨床内科医会雑誌 大橋産科婦人科 大橋 克洋

◯ 東京都医師会 HOT プロジェクト

私の得意分野は電子カルテですが、東京都医師会理事の立場から、そちらの話もと云うリクエストで最初に少し触れさせて頂きます。夫婦喧嘩から国家間の戦争まであらゆる紛争が、コミュニケーションさえ良ければかなり防げるはず。コミュニケーションの薄いことが、疑心暗鬼を産み紛争を産みます。そのようなことから「ITを使って医療と社会とのより良いコミュニケーションを」が、東京都医師会のHOTプロジェクト:Health of TOKYO です。

その前に受皿としての医療機関におけるIT整備が必要と云うことで、色々な診療支援システムの提供を行ってきました。電子紹介状、電子健康ノート、電子処方箋、診療予約、医薬品と対応病名検索システムなど。いずれもホームページを見るブラウザーさえあれば使えるのが特徴です。悩みは、なかなか利用して頂けないこと。東京は他地区に比べ便利で現状で困っていないのが原因ではないかと思われます。しかし、東京においても近い将来、医療にITの活用は必ず必要になるとの確信を持ってその基盤作りを進めています。

今年は少し違う方向性で、電子書庫:ほっとライブラリーの開発を進めています。行政や日医・都医から先生方への伝達文書などをここへ蓄積し、会員の方々がブラウザーを使ってIDとパスワードで何時でも何処からでも参照できるものです。写真や音声、動画も扱えますので、いずれは学術研修や伝達講習をビデオ録画し、何度でも巻き戻して観られるようになれば非常に有用かと思っています。

◯ 東京全体における医療電子化の状況

東京都医師会で平成22年に行ったアンケート調査では「電子カルテを使っている」が回答の27%、レセプトについては「オンライン請求を自院回線でしている」が35%、「オンラインでないが電子請求」が34%。新規開業の先生については電子カルテやレセコン導入は必須に近いようで、今後どんどん導入率が上昇するのは間違いないでしょう。

日本医師会標準レセプトソフト、通称ORCAが急速に普及し、導入施設が1万を越え業界3位に達しました。使い勝手も他のレセコンに勝るとも劣らず、維持費が格段に安いこと、日医の提供であることが大きな特徴です。

◯ 電子カルテ

電子カルテは「読んで字の如し」コンピュータで読み書きする診療録。ただし、ワープロのように単に診療録の電子化では意味がありません。忙しい医療現場で「いかにユーザの負担を軽減し、正確な仕事をサポートできるか」が重要なポイント。「電子カルテが導入されたら、ドクターは画面ばかりみて患者の顔も見てくれない」ような使いにくい電子カルテでは本末転倒です。では手書きのカルテと違う電子化のメリットは何でしょう。

まず、カルテの閲覧や検索。「紙カルテはパラパラめくれるが電子化するとそれができず不便」という声がありますが、良く作りこまれた電子カルテは色々な手段で、紙をパラパラめくるよりずっと便利に必要部分を見つけてくれます。ある文言を含むカルテの抽出も、余程膨大なカルテを検索するのでなければ、瞬間あるいは数秒のうちにリストアップしてくれます。紙のカルテでは不可能なこと。

次にカルテへの記入。キーボードを叩くより紙に書く方が簡単という声もありますが、これもソフトウエア次第。楽に入力する仕組みは色々あります。更にデータの後利用を考えると、紙カルテは電子カルテに到底及びません。

まずメニュー選択方式。マウスのクリックだけで入力できます。やたらに選択肢をメニュー表示するのではなく必要なもののみに絞り込み、使用頻度の高い項目から表示、数文字を入力するだけでその文字に一致するものだけに絞り込んだメニューを表示するなど、システムが賢ければかなり楽になります。もちろん全てメニューで入力するのではなく、色々な入力の仕組みを適切に組み合わせます。

次に「テンプレート」入力。これは決まった書式の伝票のようなもの。検診などでは非常に能率的です。自分の使いやすい伝票が簡単に作れれば、定型作業を楽にこなせます。その他、色々な仕組みで入力を効率化することができます。

そして「自動処理」。検査伝票でも紹介状でも、カルテ番号や氏名など基本情報はシステムが自動入力してくれます。「身長・体重から自動的に BMI を計算し入力してくれる」「血圧を入力すると自動的に基準範囲を越えていないかチェックしてくれる」など、システムが自動処理できることは沢山あります。ただし現状での大きな問題は、電子カルテごとに実現レベルに大きな差異のあること。

さて、導入にあたっての問題点。医療は複雑多岐で、ドクターの要望も多様。ひとつの電子カルテを皆が便利に使えるということはあり得ません。それぞれに自分の仕事に合った道具として選ぶべき。とは云え実際にどれを選ぶかは非常に悩ましい問題です。そこで提案は、無駄のように見えても「2段階導入」。

1段階目:

この段階はあくまで「試運転」と割り切ること。カタログなどを参考に電子カルテを選ぶ。ポイントは「価格的負担の少ないもの」「欲張らず最低限の機能を備えたもの」。この段階では紙カルテ併用と割り切り、記録をプリントアウトして紙カルテへ添付。これを1、2年使ううち「電子カルテとはどんなものか」「電子カルテに何を望むか」が理解できてきます(すでに以前勤務していた医療機関で経験のある方は、この段階は不要でしょう)。

2段階目:

電子カルテへの目が肥えてきたところで本格的に電子カルテを導入するのが、結局トータルでは無駄な投資が少なくなります。

電子カルテ本格導入:

あえて「過去のカルテを、全部電子カルテへ入れよう」などとは考えない。導入は年度の途中からでも構いません。とりあえず過去のものは紙のまま、当日の受診者から電子カルテに入力します。最初は「全員が新患」と同じことになり手間がかかりますが、1ヶ月ほど過ぎると「再来」が増え、ぐっと楽になってきます。

電子カルテ導入前のカルテは、従来通り紙のまま参照。慣れて余裕がでてきたところで、何度も参照するカルテについては少しずつ入力しても良いでしょう。

「理想的な電子カルテとは?」を考えてみました。「ひとつの電子カルテを皆が便利に使えることはない」と書きましたが、次のような仕組みなら話は違ってきます。まずワープロに毛の生えた程度の「電子カルテ基本部分」が独立して存在するとします。これは「バイキング料理の皿を載せるトレイ」のようなもの。

それとは別に色々な「周辺ツール」すなわち、処方箋、紹介状、画像ツール、検査履歴ツールなどが存在。これがバイキング料理。周辺ツールには同じ目的で色々なものがあって構わないし、企業の提供する有償のもの、無償のものなど、どれでも自由にダウンロードできるとします。

好みの使い勝手の周辺ツールを、好みのレイアウトでトレイに載せれば「自分好みの電子カルテ」となります。これからの電子カルテはそのようにあるべきと考えてきましたが、まさに iPhone や iPad が似たような仕組みを実現しています。これを更に進め「ログインすると自分専用のレイアウトがダウンロードされ、自分専用の使い勝手で使える電子カルテ」を開発し日常診療に使っています。「電子カルテサーバは共通」でも「ユーザインタフェースはドクター毎に違う」という、以前は矛盾した命題を矛盾なく実現できるようになりました。

電子カルテを開発し日常診療に使い始めて22年。理想実現のため全面的に作り直し、4年前ついにそれを実現しました。1台のサーバさえあれば、端末は MacでもWindowsでも好きな機種を使って診療できます。

電子カルテのノウハウのすべてを、これからは世の中に役立てて頂こうと「電子カルテ開発 NOA プロジェクト」において、無償でダウンロードできるようにしました。周辺ツールを好みに応じカルテに組み込めるようになっています。将来は色々な人が作った周辺ツールをインターネットから自由にダウンロードでき、自分のカルテに組み込める世界の来ることを夢見ています。

「電子カルテ NOA」にご興味のある方は以下を御覧ください。

http://sites.google.com/site/noawebspace/