電子カルテによる外来診療(運用1年を経過して)

Medical Record System on a Workstation 「電子カルテ」による外来診療 (運用1年を経過して) 大橋 克洋 (大橋産科/婦人科) 菅生 紳一郎 (塚田産婦人科) 日常診療時に生じる全ての作業をこなす包括システムとして「電子カルテ」 を開発し、外来診療で実際に使用している。これは、ネットワークに接続され たUNIX ワークステーション 上で稼働し、(1)ワープロ的に診療録を記 述することを基本とし(2)入力の簡素化(3)診療録書式の自由な設定(4) 平文で記述された診療録を構文解析し、診療費の算出やデータの時系列的グラ フ化など、種々の仕事を実行(5)必要箇所への参照の迅速化(6)診療録に 記述された単語に関連する適切な情報の提供(ハイパーテキスト機能)(7) 診療以外のあらゆるデスクワークもこなせる統合環境(8)複数部署・複数ス タッフによる情報の交換・共有(9)異機種接続可能などを特徴とする。 システムはLisp言語で記述されているため、機能拡張、保守などが極め て容易であり、高い柔軟性を有する。 キーワード: 診療録、電子カルテ、診療情報システム、ネットワーク、 LAN、オーダリング、ワークステーション、ハイパーテキスト 1 はじめに 当診療所6 ではデスクワークの殆どをコンピュータ化したが、最後に残った 診療録のコンピュータ化をめざし「電子カルテ」の開発にとりかかったことに ついては、1985年本誌「UNIXによる診療所統合情報システム」で触れ た。 当時まだ「電子カルテ」なる概念は一般的でなく、そのコンセプトの構築か ら試行錯誤を繰り返し開発には4年の歳月を要することとなった。 当初はハードウェアならびにソフトウェアの面で、筆者の考えるものを実現 するには困難な面も多々あったが、技術の進歩とともに実現可能となり、19 89年5月より実際に日常の外来診療で稼働するようになった。 本システムは常に改良・拡張を重ねつつあるが、医療のOA化における一つ の方向を示すものとして、現状での本システムを紹介する。 2 電子カルテの基本的コンセプト 開発にあたり、以下の実現を目標とした。 2.1 入力が容易であること 「電子カルテ」は基本的には「ワープロで診療録を書く」ことに尽きるが、 忙しい外来診療の中では通常のキーボード入力よりはるかに容易で迅速な入力 ができなければならない。 2.2 統合環境であること 通常の作業を分析してみると、ある仕事を中断して他の仕事をやり、再び元 へ戻ることが多い。コンピュータを実務に使い、イライラさせられるのはこれ が思うようにできないからである。 忙しい医療の現場で使うには、パソコンの如くその度違うソフトを立ち上げ るのでは使いものにならず、そのシステムで診療録以外の作業を含め、あらゆ る作業ができなければならない。 2.3 各ユーザ毎の要求へ柔軟に対応 医療のコンピュータ化を妨げる要因の一つは、その多様性にある。院内各セ クション毎の違いは勿論、同じセクションでさえ医師毎に要求が異なることは 多く、ファイルの書式、データの組み合わせなどが自由に設定できなくてはな らない。 「人間がコンピュータに合わせるのではなく、人間に合わせてくれるシステ ム」が望ましい。 ここでは当院の産科診療での具体例を示すが、このシステムは他の診療科は 勿論、医療以外の業務にも対応可能な柔軟性を有するものである。 2.4 他システムとの切口は一定に ネットワークは基本的にヘテロジニアス(メーカー・機種を問わず、雑多な ものを接続できるシステム)であるべきで、ユーザ毎に好みの機械が接続でき たり、ホコリをかぶっていたパソコンなどもそれなりに接続して活用できるよ うにしたい。 これには、ユーザ毎に使用するクローズドの部分についてはハードウェア、 ソフトウェアを問わず好みのものを使える一方、他と接続するオープンな部分 については最もスタンダードな汎用インターフェースを用いるべきである。 2.5 改良と保守管理の容易さ コンピュータソフトは常に改良を重ねつつ成長して行くことにより、成熟し た使いやすいものになるが、コンピュータ化で最もマンパワー・経費を必要と するのはこれらを含めた保守にある。 したがって、システムは開発、保守管理が能率的に行なえるものでなければ ならない。同様の理由でファイル構造も単純なものが望ましい。 「ハードウエアは消耗品、ソフトウエアは財産」であるから、このようにし ておけばハードが更新されてもソフトの継承は容易である。 2.6 診療支援 日常診療で、メデイカルセクレタリーのように診療を支援してくれるシステ ムでなければならない。いつでも直ちに医学マニュアルをひもといて必要事項 を提示してくれる機能なども含まれる。 2.7 情報相互のリンク 一つの情報から、他の情報をたぐって行くことが容易にできなければならな い。日常作業でこのような孫引き、あるいは芋づる式の作業は多い。 2.8 発生源入力 情報の転記は手間、時間などのマンパワーを要し、誤記の元ともなるので、 これを発生源一回のみの入力で済むべきである。 2.9 オーダリング・システム ネットワーク上にシステムを載せれば複数部署から入力した情報を相互に利 用することは容易であるから、これは即ちオーダリングシステムをも実現する ことになる。 2.10電子メール・電子ニュース機能 ネットワークを介すことにより、時間・空間に制限されない情報交換が容易 にできる。 3 電子カルテを実現した ハードウェアとソフトウェア 3.1 ハードウェア SUN-3/50(サンマイクロシステムズ社) 主記憶容量 8Mバイト 外部記憶装置 600Mハードデイスク 補助記憶装置 1/4インチテープ ネットワーク イーサネット プリンター キャノンレーザーショット モデム TB-2000 (19200bps) 3.2 ソフトウェア SunOS Ver.3.5 UNIX BSD+システムV 開発環境 GNU Emacs 使用言語 Emacs Lisp 当初C言語で開発を行なってきたが、開発に非常に時間がかかったため、4 年目から開発言語をEmacs-lispに変更し、大幅に開発時間をショー トカットすることが出来た。Emacs-lispとは、GNU Emacs というテキストエデイターの中に組込まれた処理系で、Emacsの優れたテ キスト処理能力を最大限に利用することができる。 多くの方言のあるLispの中でも一般的なCommon Lispの系統 で、インタープリタで開発を進め、実用段階になればコンパイルして効率を高 めることのできる優れた処理系である。 電子カルテが実用化できたのも、Emacsの高い能力に負うところは大き い。これにより、今後の改良や機能アップも極めて容易に行ないうる。Ema csに切り換えてから、わずか1か月足らずで電子カルテの基本部分が動きだ したことが、それを如実に物語っている。 4 電子カルテの機能 前述のコンセプトに基づき実装された機能は以下のようなものである。 以下に 日本語 Emacs 中で動作する「電子カルテ」の画面を示す。 ------------------------------------------------------------------------- > 891031 01265200 目黒 浩子 10:11 140 0 140 candida... 891031 12296002 後藤 幸子 10:17 0 2880 2880 am... 891031 12206000 長野 三枝 11:00 0 3260 3260 妊婦健診... 891031 10233802 岡村 久美子 11:31 840 0 840 GB... --**--Emacs: 8910 ----------- (Fundamental Narrow)----Top---[FID=EEE]---- 検査:細菌顕微鏡検査/微()25 検薬: 微生物学的検査判断料()90 --- 健保700*1=700 + 自費0-割引0+消費税0=0 = 700 ---] Assesment[candida?] Plan[通院治療] NVD[891030] *** Date[891030] Week[Mon] Time[09:50] Age.34 Subject[itching:continued] Object[vaginitis:-,vulvitis:+] Treatment[ 再診:再診料()41 処置:外陰処置()28 処置:膣洗浄()30 処薬:アデスタンG300(1Tab)28 処薬:アデスタンクリーム(1gr)4 --- 健保131*1=140 + 自費0-割引0+消費税0=0 = 140 ---] Assesment[] Plan[通院治療] NVD[891031] *** Date[891031] Week[Tue] Time[11:42] Age.34 Subject[症状軽快の由] Object[discharge:normal,inflammation:-] Treatment[ 再診:再診料()41 処置:外陰処置()28 処置:膣洗浄()30 処薬:アデスタンG300(1Tab)28 処薬:アデスタンクリーム(1gr)4 --- 健保131*1=140 + 自費0-割引0+消費税0=0 = 140 ---] Assesment[candia] Plan[通院治療] NVD[891102] --**--Emacs: 012 ------------ (Fundamental Narrow)----Bot---[FID=EEE]---- ------------------------------------------------------------------------- 4.1 マルチ・ウィンドウ機能 「電子カルテ」は上4行のサブ・ウィンドウと、その下のメイン・ウィンド ウから構成され、メインとサブとは必要に応じ色々な情報の表示に利用される。 サブ・ウィンドウの来院者一覧から、患者をカーソルで選びスペースバーを 叩くと、メイン・ウィンドウにそのカルテが開く。そこではカーソル上下によ り見たいページ(過去の診療記録)にスクロールさせることができる。 4.2 ファイル構造の単純化 当初電子カルテをデータベースで構築することを試みたが、これはむしろ柔 軟性を欠きプログラムも複雑化することが判明した。そこで発想を転換して単 純にフリーテキストを基本とし、これを構文解析してデーターを特定・処理す ることによりデータベースと同様の効果を実現した。 現在の高速・大容量のハードウエアでは、この方法でも十分な高速処理をす ることができ、保守は極めて容易である。電子カルテの如く利用者毎に使用形 態の異なるものでは、従来のデータベースのように項目を固定してしまうと、 柔軟性に欠け変更に極めて大きな労力を要する。 図の如く、カルテの中のカギカッコからカギカッコまでの間が「データ入力」 エリアで、カッコの外に入力することはできない。これによりカッコ外のカル テ書式部分が壊されることを防いでいる。このように固定された「書式の部分」 と、ユーザの「データ入力部分」とを区別し、カギカッコ直前の単語が項目名 となる。 4.3 入力の効率化 患者を前にしてワープロ的にキーボードから所見を入力するのは、患者との コミュニケーションという意味で感心できず、現場の道具として使えない。実 用化の鍵は入力の簡素化にあり、以下のような機能を実装した。勿論、通常の ワープロと同様の入力も出来る。 4.3.1 テンプレート機能 通常よく入力するものを集めた「テンプレートファイル」を作成し、必要に 応じこサブ・ウィンドウに表示する。これを自由にスクロールさせて必要な項 目をみつけ、スペースバーを叩けばその内容がメインウインドウのカルテの中 に取り込まれる。 この手法が有効なのは、処置や薬剤名の入力などである。疾患名をタイトル としてその下にそれに対する処置や薬剤名などを記録したテンプレートを作成 しておけば、通常の処置入力などはワンタッチに近い操作で一括入力できる。 例えば「貧血」にカーソルを合わせてスペースバーを叩けば、貧血に関して 登録された投薬、検査、処置などがカルテの処置欄に取り込まれる。 これらを一つ一つ入力するより、最大公約数を登録しておき、カルテにコピー 後、不要なものの削除、必要なものの追加をする方が能率的である。 4.3.2 カットアンドペースト機能 フィールド内のデータをワンタッチで複写・削除できる。これを別のフィー ルドに貼り付けることも出来るが、これを「カット・アンド・ペースト」と呼 ぶ。 4.3.3 do機能 前回来院時の同じ項目のデータを、本日のフィールドにワンタッチでコピー することができる。前回と同じ所見や処置の場合など大変便利である。 4.3.4 自由な書式設定ができる カルテ書式は医療機関毎に全て異なると言ってよく、カルテのフォーマット は自由な設定ができなければならない。 新たに自分用カルテを設定するには、日常使用している紙のカルテのフォー マットをまずワープロでタイプし、所見その他、記入部分をカギカッコでくく る。これで自分用の電子カルテフォーマットが完成と考えて良い。カッコの外 が従来の印刷部分、カッコ内が記入できる部分である。 新患カルテ作成毎に、この設定フォーマットが自動的にコピーされカルテが 作成される。他人のフォーマットをコピーし、これを自分なりにアレンジして も構わない。 4.3.5 フィールド毎の条件設定 「日付を自動入力する」、「一旦入力後はデータを変更できない」、「必ず 何かを入力しなければ次のフィールドへ進めない」などの条件をフィールド毎 に設定できる。 4.3.6 自動スタンプ機能 新しいページを作成する毎に今日の日付をタイムスタンプ、現在の年齢を計 算してスタンプ、来院時刻をタイムスタンプなど、自動的に必要なものはコン ピュータがスタンプしてくれる。 4.3.7 ロータリースイッチ機能 スペースバーを叩く毎にフィールドの内容が「男、女、不明、男、女、不明」 と変化するような設定もできる。 4.3.8 辞書変換機能 通常のワープロと同様、辞書による変換機能を持ち、いつでも必要な単語を 登録できる。この有効利用も、入力効率のアップにつながる。 4.4 画面情報参照の効率化 紙のカルテでは、パラパラとページをめくるのは簡単だが、コンピュータ画 面でスクロールやページめくりをしたり、検索機能を使うのは目がチラチラし て大変わずらわしい。これを解決するため以下のような機能を実現した。 4.4.1 ページ毎のジャンプ機能 「電子カルテ」では1日診療単位を1ページと呼ぶが、ワンタッチでカーソ ルを各ページの先頭へ1ページずつジャンプさせることができる。 4.4.2 アウトライン機能 画面に各来院日の日付行だけが連続表示され、この一行にカーソルを合わせ スペースバーを叩けば、そのページが展開される。 内科系のように来院履歴が多数におよぶ場合はページジャンプで画面をジャ ンプしていくのはわずらわしいので、この方法が有効である。 4.4.3 キーワードによる検索機能 キーワードに一致した部分にカーソルが移動し、リターンキーで更に次の一 致点を検索する。 4.4.4 時系列的データ参照 電子カルテに記載されたデータは時系列的な表やグラフとしてプロットした り、あるいは一定条件のものを拾いだして処理を加え、別ウィンドウに表示し たり、ファイルしたり、別の書類にペーストすることも自由である。 Fig.5は、カルテ中に記載された測定値を来院日ごとに時系列的に拾い 出し、標準曲線の上にプロットしたものであるが、これはワンタッチでできる。 一目で異常値のチェックができ、患者への説明効果も大きい。 あえてグラフィックを使わず、キャラクターでグラフを構成しているのは、 どのような端末やパソコンを接続しても利用できるためである。 4.4.5 各種台帳とのリンク 産婦人科の場合、スメア台帳、検査台帳、IUD台帳、分娩予定台帳などの 台帳があると大変便利であるが、これらは「電子カルテ」と結合され、カルテ 中からワンタッチでその台帳のその患者の記録が開き、そこにカーソルがジャ ンプする。 もし、まだ登録されていなければ「登録しますか?」と尋ねてくるので「イ エス」と答えれば、自動的に登録される。 4.5 ハイパーテキストによる 「電子マニュアル」 「電子カルテ」中の述語にカーソルを合わせ解説を求めると電子カルテは知 識ベースを検索し、関連するマニュアルを開いてくれる。 更に情報を次々と孫引できるので、治療指針マニュアルから薬剤能書などと 知識の糸をたぐっていく事ができる。 このように連想的に情報がリンクされたものを「ハイパーテキスト」と呼ぶ が、このような機能を持った電子カルテはドクターのナレッジ・ナビゲータす なわち「診療支援情報システム」としての役割を果たしてくれる。これは今後 医療の分野で最も有効に使われるコンピューター技術の一つと考えられる。電 子カルテの大きな特徴の一つとなろう。 本格的な「ハイパーテキスト」はまだ本家の米国でも完成されておらず、著 者もそのデザインについて試行錯誤を繰り返しているところである。最終的に はこのような機能は電子カルテに内蔵せず、電子カルテから送られたリクエス トにネットワーク上の「知識サーバー」が答えてくれるようなものにしたい。 4.6 水平型ネットワークによる情報の共有 医療では、受付事務、ドクター、ナース、検査技師など、複数スタッフによ る作業結果が複雑にからみあっていることが多い。 従来のシステムではこれらスタッフが同時に一つのカルテに記入することは できず、カルテの搬送や記録など、本来の仕事でない部分に時間が費やされて いた。しかし、これらをネットワークで結べば、相互の待ち時間を軽減、ある いは同時平行で進められるようになる。 大型機を中心とした中央集権型システムも、今後はワークステーションを多 数接続した地方分権型LANに移行するべきことを4年前より主張してきたが、 最近ようやくその兆しが見えてきた。 今後、大型機は大きな記憶容量や計算能力を生かしたネットワーク上のサー バとしての位置けが正しい使い方ではないかと考える。 メインフレームによる中央集権型との大きな違いは各部署毎の異なる要望に 柔軟に応え、分散管理できる点、必要であればその部署だけ切り離して独立運 用できる点などである。 また、その逆に個々に独立運用していた各システムが予算と習熟度に応じて 増加して行き、相互にネットワークで繋がるようになり、最終的にはあたかも 全体が一つのシステムであるかのような運用も出来る。むしろこれがワークス テーションとネットワークの正しい運用の仕方であろう。 部署毎に完結する作業はその部署に任せ必要情報のみ共有する方が、運用な らびにシステム開発も容易で、故障による危険性の分散、予算と利用技術の向 上に応じたシステム拡張ができる。 このように共通部分はネットワークで共有し、部署ごとの固有部分は独自に 対応するという切り分けが出来るため、システムの特殊性が部署ごとの要求を 規制することは極めて少ない。 4.7 発生源入力とオーダリング 「電子カルテ」は「オーダリングシステム」を包括するものでなければなら ない。 また、例えば検査台帳などは検査室のコンピューターで一元管理し、そのデー タをネットワーク経由で検査室、診療室、研究室などの複数部署で共有するよ う考えるべきであろう。 これにより、同じ情報を一回しか入力しないワンライテイングシステムで転 記ミス防止、複数スタッフによるダブルチェック・トリプルチェックができ、 他部署での発生情報をリアルタイムに参照・転送が可能になり、マンパワーを 本来の仕事にふりむけることができる。 オーダリングにはUNIXの電子メーリングシステムで蓄積された技術を応 用することができる。 4.8 電子メーリングシステム 電子メイルでは、宛名を記入するだけでシステムが自動的に文書を配送して くれるので、これを複数の診療科間で診療情報交換の手段として利用すれば、 カルテの一部をメイルに貼り付けたり返事をカルテに貼り付けたりできるよう になる。 しかし、それ以上に有用と思われるのは、人手を介さないファイル配送シス テムにより、医師の生涯教育情報や最新医学情報などを、電話回線を介してセ ンターから各医師のワークステーションに配布できることであろう。当院のシ ステム上では、医学用ではないが全国を接続したJUNETというUNIXネッ トワークで、電子メール・電子ニュースシステムが稼働している。 この原稿自体も東京と茨城県に分れた共同研究者間の電子メールで推敲を重 ねたものである。 4.9 情報の加工と自動処理 電子文書は自動処理が可能で、マンパワーと時間の節約をはかることができ る。FAXや留守番電話は時間的・空間的距離を大幅に短縮し、TVや電話は 遠方の情報を見聞できるが、コンピューターネットワークでは更に遠方のもの を「処理」することができる。 4.9 .1 不要情報の自動廃棄 情報の効率的処理と質の向上には、データをためこむだけでなく、その整理・ 分析・評価ならびに次第に蓄積する不要な情報いわゆるゴミの廃棄も大変重要 である。一定期限を過ぎた書類は自動的に廃棄または別管理区域に移動される。 4.9.2 情報の加工 ある項目についての時系列的評価、一定条件のデータのみを拾い出し一定処 理を加えたりできる。前出のデータのグラフ化などがこれである。 4.9.3 自動チェック機能 機械的に判断できる部分は極力機械にやらせ、誤操作防止を行なう。 4.9.4 診療費の計算機能 診療録中にフリーテキストで記載された内容をシステムが構文解析して診療 費を自動計算する。 Treatment欄に処置や検査などの診療行為を入力し、計算命令一発 でシステムはこれを構文解析して処置コード順に並べかえ、この欄の一番下の 行に計算結果を追加する。 当院においては、電子カルテを用いるようになって最もメリットの大きい機 能である。 この機能だけ取り上げればレセプト専用機と同じであるが、診療費の算定だ けを目的とするのでなく、あくまでも医師の診療記録を記述することを目的と し、ワンタッチでそれを解析して診療費の算定をも行なう点において、背景に ある思想ならびに使い勝手はレセコンと大いに異なっている。 システムが構文解析を行なってデータを特定するには用語の統一が必要であ り、これは入力に必ず辞書を使うことにより解決できる。この辞書に「コード 番号」を登録すれば、コードによる処理にも容易に対応できる。 4.9.5 処方箋発行 処置、検査などの記載と同様、薬剤辞書を元にカルテ内に処方を記入するこ とができるが、これを市販の処方箋にプリントアウトし処方箋を発行すること ができる。将来は配合禁忌などのチエック機能も追加したい。 4.10 電子カルテの保存 一旦電子化された情報は自由自在に処理することができるが、人為的その他 の事故で一瞬にして全てが失われる危険性もあり、この対策は重要である。電 子カルテの保存には現在、以下の2つの方法を併用している。 4.10.1 ハードコピー 診察終了後、カルテをプリントアウトし、そのハードコピーに医師がサイン して実際のカルテホルダーに収納する。これが法的診療録となる訳であるが、 前回記述部分の次行からプリントするためにプリンターに挿入する際、用紙の 位置あわせが必要で、また一枚の用紙の裏表を使いきるまで糊付けできずホル ダーに狭んでおかなければならないのが難点である。これについては、今後さ らに解決を考えていきたい。 いずれにせよ、電子化されても当分はハードコピーを併用する必要があろう。 4.10.2 バックアップ 現在は毎日あるいは数日毎、1/4インチカートリッジテープに全データを コピー保存している。最近ネットワーク上に256MBの光磁気デイスクを持 つワークステーションが接続されたので、これを用いれば更に便利である。 理想的には電子カルテをネットワーク上のファイルサーバに保存するととも に、そのコピーを定時にバックアップ用の別系統の機械に自動的転送、追記型 光デイスクに保存する方法が考えられる。追記型光デイスクは一度しか書き込 めない為、カルテの改竄防止効果もある。 4.11 統合環境としての電子カルテ (Fig.6 Adress book.) 電子カルテは診療記録を扱うだけでなく、医師の日程表や住所録、様々なメ モ、ワープロ、電子メールなどを包含する「システム手帳」である。診療録か ら、これらの業務への移動はワンタッチで、元の画面へ戻ることも同様に簡単 である。 Fig.6は診療中に医師会の電話番号を調べる必要があり、上のサブ・ウ インドーに住所録の検索結果を表示したところである。 このように「一つの環境の中で、必要な全ての作業が出来る」ということは ワークステーションに必須の機能である。またコンピュータが現場で実際に利 用されるための大切なポイントは「コンピューターのそばへ出向いて作業する のではなく、そばにいつもコンピューターがあり、いつも電源が入り使えるこ と」である。たとえ隣の机であってもコンピュータを使うために席を移動しな ければならないとしたら、それは使われなくなる。 5 今後追加したい機能 5.1 マン・マシーン・インタフェース向上 (Fig.7 Next version.) 現在のシステムは、あくまでも著者が自分の日常診療のために実現した道具 であり、一般向けとは言い難い面もある。 1年間のフィールドテストを済ませ、今後はこの上にマウスやアイコン、プ ルダウンメニューなど優れたマン・マシーン・ユーザ・インタフェースをかぶ せ、誰でも簡単に使えるシステムへと発展させる予定である。 Fig.7は今後の「電子カルテ」のイメージである。ここには色々の支援 機能が搭載される。例えばカルテの中のcapsuleという単語をマウスで 選択し(グレーに反転されている)、電子辞書を引くと、下に電子辞書のca psuleに関するページが開く。 このように診療をしながら、医学書、薬剤の能書などを引いたり、診療内容 に対し色々なチェック機能を働かすことができる。 5.2 マルチメデイア対応 近い将来、文字、音声、静止画像、動画像などの「マルチメデイア」対応へ と発展させたい。これは、医師の生涯研修や、患者説明用プログラムなどを載 せるために是非欲しい機能である。 5.3 サーバ・クライアント方式の実現 現在のシステムは、上述の殆どの機能をEmacs内のLispコードが実 行しているが、いずれは機能毎にネットワーク上のサーバに分担させ、電子カ ルテからのリクエストに答えてくれるサーバ・クライアント方式7 を実現した い。 「医学知識サーバ」、「診療費算定サーバ」、「周産期管理サーバ」などで、 これによりシステムの柔軟性、拡張性は更に高まる。 現在組み込まれた診療費算定機能は、まだ日常診療に必要な最低限の機能し かサポートしていない。健康保健算定基準は通常の方法で機械化するには適し ていないので、今後この部分はProlog言語による「診療費算定サーバ」 がリクエストに答えてくれる方式をとりたい。 健康保健のような非論理的算定を完全にこなすには、知識ベースによる解決 が最も適していると考えるからである。 6 「電子カルテ」にして得られたメリット 全ての診療記録が電子媒体として保存され院内のどこからでもアクセスでき るため、自宅で患者から電話を受けても、そばのワークステーションで診療記 録を見ながら対応できる。 どんな情報の検索も、全データをサーチしてくまなくピックアップし、これ を簡単に文章の中に取り込み、加工することが出来る。 診療記録そのものをシステムが解析して診療報酬を算出するので、診療の記 録に専念すれば良い。同様に内容を解析して、結果を図表にプロットするなど、 原データを自由に加工できる。 カルテと各種検査台帳などがリンクしているため、検査データの転記などが 大変楽になった。 ワークステーションの中でデスクワークの全てを次々とウインドーを切替え て処理でき、必要に応じデータの相互利用、相互参照が出来る。医学・経営・ その他、全てのことがワークステーション上でできることは大変便利で、勿論 この原稿もその中で記述している。 これらは、いずれも電子カルテでなければ不可能なことであった。 7 現状での問題点と今後の対応 入力に関しては色々な簡素化をはかったが、それでも新患の登録時など3、 4分の時間がかかり手書きに比し必ずしも早いとは言い難い。 現在のシステムはテキストエデイターベースのもので、キーボード入力を主 体とする。キーボードのホームポジションから手を離すことなく、効率的に全 ての操作ができるので、キーボード操作に慣れている者にとっては極めて快適 に利用できるが、決して汎用のシステムとは言い難い。 またプロトタイプであるので、誤操作に対するチェック・対応なども充分と は言えない。 キーボードに殆んど触れることなく、マウスの操作だけで誰でも簡単に利用 できるシステムの完成が今後の目標である。 複数端末から同時に複数のスタッフが1患者の記録を書くにはまだ未完成の 部分がある。 これが解決されれば、受け付け事務が新患の住所その他の事務的内容、医師 が診療内容、看護婦が計測値その他を記録するという具合に作業が分担でき、 待ち時間を無くして効率化が計れる。 ネットワークによるデータの共有は便利になるほど、一方で守秘義務に抵触 するという「両刃の剣」の性格を持ち、今後この問題については更に研究が必 要である。 しかし、セキュリテイー優先では使いやすいシステムの開発はまず不可能と 云ってよく、使いやすいシステム作成後、セキュリテイーを付加していく方法 の方が実際的であり、しかも開発は早い。そのような意味で私どものような個 人診療施設での実験が有効と考える。 8 考察 電子カルテの実用化には、構造を単純なフリーテキストとし、これを構文解 析してデーターを特定、処理する手法をとったことが成功であった。これによ り、ユーザは固定フォーマットのシステムのように規制されず、自由な使い方 が出来る。 このような設計は著しく処理速度を落し、内部メモリーや外部記憶量を消費 するので敬遠されてきた。しかし現在のワークステーションクラスの計算機に とって、さほど負担は大きくないので、実用上のレスポンスも充分満足でき、 開発、保守も容易で柔軟な対応が可能となった。 最近「電子カルテ」に関する発表も散見されるようになったが、その意味す るところ、実現方法にはやや差異が見られる。中には単に従来の診療録を磁気 媒体に置きかえるだけととらえられている向きもあるが、これでは電子化のメ リットは極めて薄い。電子化した情報を自由に検索、分析、加工できる状態で 保存し、更に様々な診療支援システムと組み合わせること、そして更にネット ワークにより複数スタッフが協同作業を行なえることにより飛躍的に効果は大 きくなる。また、日常行なっている診療手順を大きく変更しないで利用できる ことも実際には重要である。 このようなシステムを大規模施設で使うことも可能で、本来そのような使い 方を念頭に開発した。しかし、それには更に多少の拡張が必要である。 まず当然のことながら、各科ごと特殊な要求に個別に対応しなければならな い。しかしLISPベースのシステムであるので、個々に対応する機能を付加 するだけでよく比較的容易である。 もうひとつ、大きな組織になった場合、ネットワーク管理者が必要となる。 これは大型計算機が管理者を必要とするのと全く同様である。 しかし、本当に汎用性を持つのはマウス主体の容易な操作環境を持つように なった時と考える。 臨床の現場で医師が診療を行なうための日常の道具として開発したのがこの 「電子カルテ」であるが、一年間の運用実績から見て、十分その責を果たして いるものと感じている。 この論文が今後「電子カルテ」システムが一般医師にとって、なくてはなら ない便利な道具として活躍する一助となれば多きな喜びである。 引用文献 1.大橋 克洋:UNIXによる診療所統合情報システム 医療情報学,5(2):142-151(1985). 2.大橋 克洋:電子カルテ 助産婦雑誌,43(1):78-79(1989). 3.Richard Stallman:GNU Emacsマニュアル 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