1995.06 若いドクター逹とサミット方式の「電子カルテ研究会」

わーくすてーしょんのあるくらし (2.0)

1995-06 大橋克洋

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日常診療を「電子カルテ」で行うようになって、先月で丁度6年になります。 私が開発をはじめた10年前は、まだその概念もない頃で参考文献もまったくな く大分苦労しましたが、最近ようやく「電子カルテ」という名前がぼちぼちと 目につくようになってきました。

昨年の医療情報学会で、全国の若手ドクターに呼びかけて「電子カルテ研究 会」という小分科会を作ってもらいました。今年5月に宮崎医大の医療情報学教 室主催で、第一回のミーテイングが開かれまして、これがなかなか楽しく、実 りある研究会でしたのでレポートします。

○ Seagaia のリゾート地に若手ドクター集まる

会場は新聞やTV よく広告が出てくる SeaGaia という宮崎の海岸ぞいの広大 な敷地にある大リゾート地です(さすが九州ですね。こんな素晴らしいところで、 しかも格安で二泊三日のミーテイングができてしまうなんて。宮崎のシンボル であるフェニックスの樹が印象的でした)。

金曜の夕方、全国から集まった参加者たちはホテルにチェック・インを済ま せると、オーシャン・ドームという巨大なドームの下の人工海岸に集まりました。 参加者はほとんどが若手のドクターでしたが、富士通などメーカーからの参加も あり総勢30名弱でした。関東近辺では東大や千葉大、国立癌センターなどから参 加していましたが、開業医は私を含め二人だけです。東京からは飛行機で1時間 半くらいでしたが、九州各地から参加する人たちの方が大変だったようです。

人工海岸には大きな波がうち寄せ、海水パンツ持参のドクター達は早速海に入 りましたが、金曜とあって期待していた可愛娘ちゃんの水着姿は余り見られませ んでした。夜になると素晴らしいウオーターショウを見られるのが売りで、食事 をしながらショウを楽しみました。海の中から吹き上げる水の幕の上に巨大な人 の顔が浮かび上がるなど、とても幻想的で大掛かりなショウでした。

○ リラックスした感じの Off Line Meeting

食事を終えてホテルへ戻ると、早速第一夜のミーテイングです。ホテルにはコ テージ(いわゆる洋式離れですね)があり、その一室に集まって、ビールや水割り をのみながら自己紹介、続いてフリートーキングの形でデイスカッションが行わ れました(いわゆる BOF つまり Bird of Feather、同じ穴のムジナ形式です)。 初対面であっても、電子メールをやりとりしている仲間が多いので、最初から 「やあやあ」という感じで大変親近感があります。メーカーの年配の方一人を除 けば、私など一番年長者ということで、殆どが20代から30代のドクターばかりで した。

翌日は朝食後、車に分乗して宮崎医大の医療情報学教室で実際のマシーンを囲 んでの討論です。今回の研究会を主催していただいたのは宮崎医大医療情報学教 室の吉原教授です。40代半ばくらいのバリバリの教授で、以前から学会でのデイ スカッションを通して親しくさせていただいている外科医でしたが、この春めで たく医療情報学教授に選任されました。

会場は医療情報学実習に使っている部屋で、周囲のコの字形の机上にずらっと コンピュータが並び、すべてネットワークに繋がっています。私など早速そこか ら荏原の自宅のコンピュータに入って遊んでしまいました。Internet に繋がると 面白いもので、折角よそのマシーンを触らせてもらえるのに、自分のところに入 って遊んだりしてしまいます。先日も折角東大のシステムを触らせて頂く機会が あったのに、結局自分の家に入って遊んでしまいました。

こんな遠方の初めて来た場所から、Internet で自宅の書斎に直結してしまえる のがどう考えても不思議なのです(理屈ではわかっても、実感として納得していな い。いずれ海外からも試してみよう)。

実習室中央の大きなテーブルを囲んでデイスカッションです。天井には大きな ビデオプロジェクターがあり、壁のスクリーンへビデオはもちろん、コンピュー タの画面・テレビカメラからとり込んだもの、何でも投影できる快適な仕掛けに なっています。10年ほど前、東芝本社の会議室を見学したことがありますが、 そこの超デラックスな会議室も同様になっていました。これからの会議室は、 このようにマルチメデイアでプレゼンテーションできるものが理想です。

○ SeaGia'95 format と命名

問題提起と言うことで、私の電子カルテと、宮崎医大医療情報システムの実演 が行われ、その後デイスカッションに入りました。 今回のメイン・テーマは「今後色々な施設で使われることになる電子カルテの 標準規格について考える」ことです。いずれ必ず行政が「標準化」をはかってく るはずですが、行政の決めた規格は現場では大変使いにくいものになるに違いな いので、その前に現場の方で全国規模の実績を作ろうというのが目的です。

吉原教授の進行により、自由なデイスカッションの中から皆の考えが大体まと まりましたので、これをテーマに実験運用を行おうということが今回の会議の結 論でした(この原稿を書いている時点で、厚生省健康政策局から、私の電子カルテ を見学したいとの電話が入りました。やはり思っていた通り、電子カルテの規格 化を検討するためだそうです)。

合意の要旨は「電子カルテの形式については規格を決めず、各施設で自由な発 想の元にどんどん開発を行う。そのうち自然と良いものに統合されてくるはずで、 細かい規制は優れたアイデアの発生を阻害するものでしかない。ただし、相互の 電子カルテが共通に使えるために、基本的なデータ受け渡しのルールだけは決め よう」ということです。

この標準規格の素案がまとまり、私の提案で「SeaGaia'95 format」と呼ぶこと になりました(光デイスクの世界標準規格に「ハイシェラ・フォーマット」という ものがあります。これは規格を決める会議の行われたホテルの名前をとったもの です)。

サミットにならい最後の日の朝は、例のコテージの一室に集まり、「SeaGaia '95 format について」「Internet 上でのバーチャル・ホスピタル(仮想病院)の 構築について」共同宣言を行い散会しました。バーチャル・ホスピタルについて は、また機会があれば書いてみましょう。

今回の会議は建前よりも本音で意見を交換できる形式だったため、実りの多い 充実した時間を過ごせたということで、皆大満足で来年の再会を約して別れまし た。その後のデイスカッションは、現在も Internet 上の電子メールで継続され ています。

Internet は「時間」と「空間」を超えてコミュニケーションがとれる素晴ら しいものですが、年に一回でもこのように実際に顔を合わせてデイスカッション することは欠かせません。そうでないと、人間というものは本質的に納得しない ものなのです。

今回の「電子カルテの開発や、標準規格を自分逹で作ること」などのように、 時と場合によっては受け身ではなく「自分逹で道を作り、橋をかけて、渡って しまう」ことも必要ではないかと思っています。 将来、仲間逹がその道を通り、橋を渡り、よりよい世界を享受するために、、、

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