1989.07 WS をめぐるイベント(日本UNIXユーザ会)

わーくすてーしょんのあるくらし (31)

1989-07 大橋克洋

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○ jusシンポジュウム

一昨日はjus(日本UNIXユーザ会)シンポジウムに行ってきたが、発 足当時のjusの「機械振興会館」地下セミナールームの会合に比べ、最近は 参加者も増え、かなり盛大になってきた。シンポジュームそのものも楽しみだ が、第一日目夕に行なわれる「情報交換パーテイー」はユーザ会ならではの大 変盛リ上がるイベントの一つである。

UNIXも年々メジャーになってきて、今回のパーテイーの参加者は一番多 かったようである。会場は人がぎっしり、舞台の位置もいつもと違い、例年楽 しみにしている舞台上のイベントは盛リ上がらず尻切れトンボに終わったのは 大変残念だった。立食パーテイーが終わったあと会場を3階に移してBOF (Bird of Feather、即ち同じ穴のムジナというような意味)が 行なわれた。今回のテーマは「GNUプロジェクト」で、これが最も面白かっ た。

○ BOF

このセッションのチェアマンは後述のFSFに参加しているSRAの引地さ ん夫妻で、参加者はいかにもUNIXのハッカー達らしく、パーテイーで残っ たビールのグラスを片手に熱気を帯びたものである。

後日JUNETのニュースに、このjusシンポジュームを評して、Tシャ ツ姿でわがもの顔に参加するのはケシカランとか、よそ者を受付けない雰囲気 だとか、ちっとも商売に結び付く話がないとかの意見が載っていた。私にとっ ては、この雰囲気こそ最高に良いのであって、クソ面白くもないビジネスの話 だけの会になったら何の魅力もなくなってしまうのだが、、、

BOFでは、NECの某氏が個人的にシャープのマシーンにGNUのソフト (だったかな?)を移植したとかの話が出、「エーッ、日本電気がシャープに ソフトを移植したってえー?」という声が上がりドっとウケたりして、ビジネ スだけの会ではとてもこんな楽しい雰囲気は望めない。

○ GNUプロジェクト

以前書いたことがあるが、GNU emacsを作ったRichard St allmanは優れた基本ソフトウエアは空気のように誰でも自由に使えるべ きだという考えで、emacsは勿論のこと、UNIXのカーネルそのもの (現在はUNIXから発展したMACHのカーネルを対象にしている)までP DSとして配ってしまおうと、FSF(フリー・ソフトウエア・ファウンデー ション)という組織を作り、ボランテイア活動で優れたソフトを作成するプロ ジェクトを進めている。

Stallmanが提唱しているものにcopyleftというものがある。 これは読んで字のごとし、copyrightの逆で、copyleftのソ フトウエアは「タダで自由にコピーして使う権利をあげるから、欲しい人があっ たらあなたもタダで自由にコピーを許さなきゃだめよ」というものである。

○ GNUのCコンパイラー

GNUのCコンパイラーであるgccが、かなり完成されたものになり、N eXTがこれでコンパイルされているのを始めD社のコンピューターにも標準 コンパイラーとして付いてくる。 となると、そのgccで開発したアプリケーションは、商売で売ることはで きずコピーフリーにしなければならないのかという問題が出てくる。

これに関してカンカンガクガク色々な意見が飛び交ったが、このようなフリー のソフトウエアを広く世界に普及させることがStallmanの目的なので、 GNUで開発されたアプリケーション販売の規制はその普及を妨げることにな り、従ってGNUで商用アプリケーションの開発は可能なはずだというのが大 体の結論のようだった。

FSFでは賛同する人達からの援助をつのっている。形はソフト開発、機材 の提供、寄付などどんな形でも良い。以前からStallmanのプロジェク トには大変共鳴するとところが大きく、何らかの形でこれに貢献したいと思っ ているが、優れたソフトの一端を担うという協力はとても無理なので、自分に できるのは何がしかの寄付をすること位かなと思っている。お金で解決するこ とは大変不本意だが、まあ今のところ他にお手伝いできそうなことがないから 仕方がない。

○ NeXT発表会

jusシンポの前日、NeXTの発表会があった。極東の総代理店となった キヤノンの開催で、NeXTを開発したステイーブ・ジョブス自身がプレゼン テーションをする。会場は東京デイズニーランド隣の「東京ベイNKホール」 で、遅刻すると会場に入れないと招待状に書いてある。いかにもジョブスが言 いそうなことだなと思いながら、遅刻しないよう家を出た。

期待どおり、プレゼンテーションはジョブスらしい大変良い出来で、最後は NeXTで数曲の音楽を奏でた後、一流バイオリニストによる生のバイオリン 演奏で終わるというものだった。スライドなどを使ったイントロの後コーヒー ブレイクをはさんで、舞台にNeXTを置き(暗くてよく見えなかったが、ダ ウンにそなえもう1台置いてあった由)ジョブスが実際に操作する画面がスク リーンに投影された。

デモを開始するに当たりジョブスが言うには、「デモを行なうには2つの法 則がある。1つは途中で必ずシステムがダウンすること、2つ目にそれは会場 に集まった聴衆の数に比例する」ということだったが、幸い音楽のアプリケー ションでちょっと暴走したのがご愛敬だったくらいである。 自分で使っている時は何でもないのに、人前のデモでは必ず言うことをきか なくなるのがコンピューターという認識を持っていたので、「ジョブスもやっ ぱり、、、」と面白かった。

○ NextStep

開発環境であるNextStepのデモでは簡単なアプリケーションを作っ てみせた。これはオブジェクト指向にもとづいていて、まず空白のウインドー を開きツール類の入ったウインドーからボタンだとかフィールド、更には前に 作った小道具類をマウスで引きずってきて配置する。

そして、ボタンを小道具類へドラッグしていくとボタンと小道具類とが糸の ような線で結ばれ、あとはボタンをクリックすれば小道具が動くという次第で、 部品を組み合わせるだけで非常に簡単にアプリケーションを作ることができる。 実際に自分でやってみないと本当のところはわからないが、額面どおりだと すると、これこそUNIX環境の上で動くハイパーカードのようなもので、こ のエッセーを書きはじめたころから繰り返し「欲しい、欲しい」と言ってきた 道具が遂に実現されたことになる。

○ HDの無いNeXTなんて

8MBのRAM、256MB光ディスクの本体と専用ディスプレイの基本シ ステムが200万弱、ポストクリプトの走るレーザープリンターが50万弱は 良いのだが、330MBのハードディスクが1台付くごとに約100万円づつ アップはチョット、どうも、、、

OSはMACHなので、光ディスクで立上げればシステムが動いている間そ れを抜くことはできず、1台の光ディスクドライブではバックアップもとれな い。256MBというのはUNIXライクなOSにとって決して大きな容量で はない。従って、購入するにはHDは不可欠ということになる。

今回の発表会はかなり経費がかかっている印象だったが、NeXTを是非使 いたいと思ったのは私だけではあるまいから、キヤノンにとって大変有意義な 投資だったのではないだろうか。

かく言う私も、雑誌で読む限り NeXT は私の要求をすべて満たす 大変魅力的なマシーンに見えるものの、実態はどうなのだろうという疑問もあった。 しかし Jobs のデモを見ての帰り「ヨシ、これだ!」ということで、 その足で新橋のキヤノン「ゼロワンショプ」へ寄り、 早速 NeXT をオーダーしてしまった。 かなり早期の NeXT ユーザとなるはずである。

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