1987.01 ワークステーションとマンマシンインタフェース

わーくすてーしょんのあるくらし (1)

1987-01 大橋克洋

1987.02 SUN-3 の使い勝手 >

思いがけず雑誌「インフォメーション」より原稿を依頼され戸惑った。 何せ私はコンピュータとはまったく畑違いの人間で、 本来の仕事は産婦人科の医者である。 しかし「コンピュータ屋さん」ならぬ 「唯々コンピュータが好きでたまらないというだけ」の素人が、 エンドユーザの立場から本音を書くのもまたよいのかも知れない、 と勝手に解釈してお引き受けした次第である。

○ パソコンからワークステーションへ

まず最初に自己紹介をかねて、 私とコンピュータとのつながりについて書いてみたい。 昭和40年代からコンピュータには大変興味を持っていたものの、 とても手の届くところになろうとは思っていなかったが、 昭和53年暮れ、まがりなりにもコンピュータと名のついた代物を 渋谷の西武デパート(当時はデパートで売りはじめたのである)でみつけた。

これがパーソナルコンピュータのはしりで、 御三家の1つであるコモドールの PET2001 であった。 PET についてきた一冊の(雑誌ほど)薄いマニュアルを頼りに BASIC を独習し仕事に使い始めた。 しかしやがて BASIC は機種を替えるごとに方言があり、 大きなアプリケーションになってくるとそのメンテナンスの手間の大きいことにも ホトホト手を焼いて、 一年半ほどで UCSD Pascal に乗り換えた。

やがてこれにもできることに限界が来て、 昭和58年より UNIX 上で C 言語を使うようになり現在に至っている。 UNIX 的考え方をのみこむにつれて、 これを作り使い込んできた人々の考え方に共鳴するところが大変多く、 今ではぞっこんほれ込んで使わせてもらっている。

また UNIX を使うことによって、遂に長年の夢が実現することになった。 私のところは「お産」を主体とした産婦人科診療所であるが、 院内各所に端末を設置して相互につなぎ、 データーを共有することが簡単に可能になったのである。

現状では日常のデスクワークのほとんどがコンピュータ上に載っており、 SUN-3 が2台イーサネットで繋がり、 さらにこれに以前から使っている東芝 UX-300 を介して 光モデムや RS-232C で数台のパソコンがぶら下がっている状況である。 院内は勿論のこと、自宅の書斎、必要があれば電話回線を介して遠方からでも 同じ環境でコンピュータを使えるようになっている。

大学や研究所、 あるいは一部の企業などではこのような環境も珍しいことではないであろうが、 個人経営のところでこのようなシステムを実現し、 日常業務へ活用しているところはまだまだ少ないであろうと思う。

このようなシステムが医療の場に限らず、 世の中にもっと広く一般的に使われるようになるためには、 今後改善されるべき状況が多々あると感ずるので、 将来へ向けて改善されるべき点や それを実現するために私なりに考えていることなどについて述べてみたい。

○ コンピュータにはもっと「遊び心」がほしい

現在最も必要なのは、ハードウエアの現状や将来的発展の見通しではなく、 現場の人間が今 何を必要とし、 それを解決するにはどのような機能が欲しいかということを、 頭を柔軟にして考えることであろうと思っている。 ハードウエア上の制約やソフトウエア上の実現の困難さなどは、 後から何とかつじつまを合わせてしまえば良い。

畑違いの人間から悪口を言わせていただくと、 日本のソフト屋さんの頭は一般にかなりハードな場合が多いと思う (もちろん例外はある)。特に大メーカーほどその症状はひどい。 おそらく日本では専門家の勉強不足(しもじもの事を知らなすぎる)も さることながら、真面目に仕事でやろうとするほど 面白いものが生まれない土壌にあると思うのだが、 この辺はこれからの新人類に期待したい。

換言すれば「遊び心」があってこそ 良いソフトが生まれるということで、 UNIX の特にバークレー版のツールや、 さらに顕著なものでは Macintosh のアプリケーションをつかってみればわかるように、 このようなものを使えば仕事も大変楽しくできること請け合いである。

○ 楽しく、簡単に!

現在、コンピュータの素人への最大の障害が マンマシーンインタフェースの悪さであると思うが、 これに関して XEROX のパロアルト研究所での成果は画期的なもので、 先にも述べたように身近に Mac などで経験できるところである。 その最大の特徴は、 われわれが普段使っている身近な道具、 たとえば鉛筆、消しゴム、ハサミ、ノリ、などを姿形から使い勝手に至るまで、 そっくりそのままシュミレートしたことであろう。

このようなシステムでは、 全くの素人であってもマウスやウインドウ、 プルダウンメニューなどの基本操作さえ覚えれば、 あとはほとんど推測で使うことができてしまう。何しろ日常使い慣れたものと 全く変わらないのだから。

たとえば Mac のミュージックソフトに面白いものがある。 画面にテープデッキが現れ、 実物そのままにマウスでデッキのボタンを押すと、 再生、早送り、巻き戻し、停止が行われて、 リールが回るとともに、デジタルカウンターの目盛りもインクリメントされて行く。 業務用アプリケーションで このように凝ったものはまだお目にかかっていないが、 今後は仕事に使うものこそ、 このようにズブの素人でも楽しく簡単に扱えるための工夫なり遊びが 是非必要であろう。

特に医療のように、 場合によっては一刻を争い 間違いが絶対に許されないところでは なおさらである。

○ ハードとソフトの互換性

オーディオの世界では、 以前からハードならびにソフトの面での互換性が確立されていて、 アンプはどこそこ プレイヤーはどおこそこで、 スピーカーはどこそこという具合に、 自分なりに好みのメーカーの周辺機器を組み合わせたシステムを 作り上げることができる。

コンピュータの世界にも、 このような互換性の確立されることを切望してきた。 私が BASIC から UCSD Pascal を経て UNIX と C へ転々としてきた理由の最大のものもここにあるが、 最近この世界にもこのような考えが少しずつ普及しつつあるのは 大変望ましいことと喜んでいる。

現在、政府の肝いりで進められているシグマ計画も、 一面では大変歓迎すべきことと思うと同時に、 お堅い大メーカーとさらに堅いお役人とで進めるプロジェクトに 面白いものはまず期待できないと、 大変残念に考えているのも事実である。

ともあれ、今度はサンマイクロシステムズあたりから ネットワークを介して共通の環境を提供する考えが普及してきそうで、 この辺は大いに期待している。

○ すべてをひとつのメディアに

一昨年から FAX を入れて大変便利をしている。 当時すでに UNIX を電話回線に接続し uucp とオートダイアルアップで 特定の場所とはメールが行き交っており、 FAX など入れてもいずれコンピュータに置き換わるからと 導入を拒んでいたのだが、 途中で考えを変え少しでも早くその恩恵に浴した方がよいとのことで導入した。

結論として、それでよかったと思っているが、 今後ファクシミリ、イメージスキャナ、レーザプリンター (これらは1つの機器としてまとめられてしまうだろうが)、 電話機、ボイスレコーダー、CD、VTR など すべてのメディアがコンピュータの周辺機器として比較的安価に、 しかもプリンターやフロッピーディスクドライブをつなぐように 簡単に接続して使えるようになることを切望している。

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