わーくすてーしょんのあるくらし ( 367 )

大橋 克洋

katsuhiro.ohashi@gmail.com

2023.12 流水 先を争わず

○ 流水 先を争わず、ただ滔々(とうとう)と流れる

たとえ激流にあっても、水は先を争うことなく そろって流れていきます。人生にあっても そうありたいもの。

人生のどんな激流にあっても心乱れることなく ただ滔々と流れてゆくよう心がければ、道を誤ることも少なくなります。

禅にも次のような言葉があります。

竹影階を払うも塵動ぜず

階段の上の塵を月に照らされた竹の影が一生懸命掃いているが、塵はまったく動かない。それはそれ、これはこれ。

○ 今年の大ニュース

年末恒例、今年の振り返り。国内、国外の他に我が家のニュースも含まれます。

娘と愛犬の散歩にでかけた家内が転倒し骨折

ワールド・ベースボール・クラシックで日本が優勝

chatGPT などのサービスが誰でも使えるようになる

2020 年から続いた制限が5月に緩和され、ようやく通常生活に

SNS で不特定の若者に闇バイトを勧誘、凶悪犯罪も

故ジャニー氏の遺した問題発覚し、紛糾の末ジャニーズ消滅

築41年で劣化した浴室を快適なユニットバスに改装

昨年2月からのウクライナ侵攻やまず終戦の見通したたず

ハマスによる襲撃を発端にガザ地区の住民が悲惨な状態に

最近めっきり視力低下し、年末に白内障手術に踏み切る

最近顕著になってきた視力低下

5年ほど前、右眼のゴロゴロがいつまで経ってもとれないので麦粒腫かなと馬術部後輩の眼科医に診てもらいました。その結果「ああ、逆さ睫毛(睫毛内反)ですね」と軽く言われました。老人性のものとのこと。そう言えば私がインターンの頃、蒲田で眼科開業していた祖父と叔父のところでアルバイトをしました。私は爺ちゃん婆ちゃんの患者さんの逆さ睫毛を抜く仕事。現在、鏡でみると自分の眼があの頃の患者さんと同じ老人特有の萎縮し潤んだものになっている。

話を元に戻します。後輩眼科医に「年齢の割に白内障の兆候はほとんど出てませんね」と言われ安心していました。ただ、最近は視力低下が顕著で特に細かい文字が非常に読みづらい。近眼なので眼鏡を外せばどんな細かい文字で読めたのに、今は眼鏡を外しどんなに眼を近づけても文字が読めなかったりします。ついに「これは白内障かなあ、」と思うようになりました。先日の馬術部 OB 会で彼に会ったので、最近の視力低下について相談すると「そうなると最後の手段は手術ですね」と言われました。白内障という文言はまったく出てきませんでしたが、私の年齢だと白内障一択ということのようです。

周囲の話を思い出してみると、多くの方々は私よりもっと若い頃(と言っても多くは70代ですが)に白内障手術を受けているようです。くだんの後輩に「81歳でどうせ先は長くないんだから、もう少し様子をみてからで良いかな」と尋ねると「やるなら早い方が良いですよ」とのことで、迷いなく手術に踏み切ることにしました。

○ 白内障手術を受ける

手術するなら年内に済ませてしまうか、ということで今月初め慈恵の眼科を受診。手術は左右それぞれ1日ずつ行うということで2泊3日。2010年脳梗塞疑いの入院以来、3回目の入院。今度の病室は東京タワーが見えた以前の病室とは反対側で、目の前には虎ノ門ヒルズなど多くの高層ビル群がそそり立つ。

初日は12時までに外来手術棟へ、術前処置として1時間かけ5分毎に3種類の点眼実施。その後、手術室入室。局所麻酔の点眼後、眼を開いたまま瞼から眼球にかけて透明なサージカルテープでばっちり固定、開瞼器がかけられ手術側の眼は開いたまま固定。手術自体は恐らく30分も掛かっていないと思われ痛みもほとんどありませんでしたが、眼を開いたまま照明が当てられているのには辛いものがありました。ともすると力が入ってしまうので、気がつくと深呼吸し全身の力を抜くよう心がけていましたが、手術布の下では両拳を握りしめ耐えることになりました。

術後、病棟から迎えに来た車椅子で20階の病室へ。病室では家内が待っていてくれました。1時間はベッドで安静、その後は起床して構わないとのこと。入院中のほとんどは持参した iPhone とコードレス・イアフォンでラジオやポッドキャストを聴いて過ごしました。朝昼夕就寝前1日4回の点眼。

2日目の朝、やってきた看護師さんが「眼帯を取りましょう」内心「えっ、もう取っちゃっていいの?」。ベリベリっと眼帯を止めていたテープを剥がすと、手術した眼で何もなかったかのように視えるのには「へえー、そうなんだ」。

術後、看護師さんから「痛みがあれば言ってください。痛み止めを出します」と言われていましたが、痛みは一切なし。術後半日ほど手術した眼の渋い感じ(「沁みる」より軽いもの)があったのみ。

二日目は朝から術前点眼を繰り返し、9時から反対側の右眼の手術。2度目はちょっと慣れるかなと思いましたが、そうでもないですね。やはり眼を開いたまま光を当て続けられての手術はちょっと辛いものがありました。その後は前日と同様の経過。3日目に診察を受け問題ないことを確認後、無事昼前に退院してきました。

○ 白内障手術のあと

手術では、20,30cm 前方に焦点の合う固定焦点レンズを入れてもらいました。話に聞いたとおり術後の視力はクリア、TV やパソコンなどの白い画面が青っぽく見えるようになりました。白内障という名前でも、眼の水晶体は黄色っぽく濁っていたのだと思います。

固定焦点といっても、遠方の景色の輪郭もほとんど不自由なく見えているので、とりあえず眼鏡がなくても生活には支障なさそうです。

しかし眼鏡なしだと、目の周りの涙袋や萎縮など老人性変化が目立ち過ぎる。伊達メガネと言われても眼鏡がないと格好がつかないということで、退院の迎えに来た家内娘とともに武蔵小山の安売眼鏡店に寄り、度なし素通し5500円の眼鏡購入。

術後しばらくは、洗顔・洗髪・入浴・運動などは禁止。手術した眼球は縫合もしていないので、術後感染が最も怖いようです。病院売店で購入したゴーグルで眼を保護しながら首から下だけシャワー。しかし今月中旬は最低気温3度くらいということもあって、暖房つき浴室内はとても楽ではあっても、シャワーを終えてからが寒くてかなわない。3日目からはゴーグルかけながら湯船で身体を温めるようになりました。術後入浴がだめなのは、汗が眼に入る懸念があるためとのこと、

朝昼晩就寝前1日4回の点眼は、少なくとも来月4日の眼科受診までは継続予定。

○ Face ID で困ったこと

手術1日目のこと、大河ドラマ「どうする家康」の最終を観たいと思い、iPhone で NHKオンデマンドを開こうとしました。ところが顔面の半分以上を大きなガーゼを幅広のサージカルテープでばっちり覆っているため Face ID が通らない。普通 Face ID が通らないとパスコードを使う画面になるのだが、そうならない。いろいろやってみましたが iPhone はどうしても Face ID を使おうとする。根負けして、諦め、、

翌日ガーゼがとれたところで、ようやくオンデマンドを観ることができました。Face ID はとても便利なのですが、こうなると「小さな親切、余計なお節介」。困ったちゃんです。

ところで「どうする家康」最終日、大阪城落城で一面火炎につつまれる中、自害する家来たちを前に北川景子演ずる茶々の鬼気迫る好演、観た甲斐がありました。

慈恵医大入院中の病室から見上げる虎ノ門ヒルズほか