2010.08 世の中の方向性はクラウドへ

わーくすてーしょんのあるくらし ( 210 )

2010-8 大橋 克洋

先月「iPad はクラウドへの流れを加速するに違いない」と書きました。 世の中の動きを見ていると、ますます「これからはクラウドの時代」という考えに確信をもつようになりました。 電子カルテの Web アプリ化を考え始めた10年前、私にもそこまでの洞察力があったわけではありません。しかし 考えてみれば来るべき世の中の方向性へ向け、着々と歩を進めてきたことになります。

もちろんクラウドには良いことも悪いこともあります。そんなことについても考えて行きたいと思っています。

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Windows でも奇麗な画面で見るには Windows 版 Safari をお使いください

○ クラウドの利点

以下は東京都医師会の先月号ニュースに載せた記事の抜粋から、、

「クラウド」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「パソコンの書類(文書・写真・音声・動画でも何でも)を手元でなくインターネットの彼方に置く」「ソフトを購入することなくインターネット上のサービスを利用する」ことをクラウドと言う。文字通り「雲」のイメージ、インターネット・サービスである。携帯電話で利用できるものも多い。 クラウドのメリットは「高価なパソコンを購入し自分で設定したり、ソフトを入れる必要がない」「トータルコストは遥かに安い(無料サービスも山のようにある)」「多くの場合使い方も極めて簡単」「常に最新ソフトを使え、不具合の修理もあちらまかせ」など。

メリットがあるところに必ずデメリットもある。「すべてのデータが雲の彼方にあるのは何となく不安」「セキュリティーへの不安」などであろう。

一時 ASP: Application Service Provider という言葉が流行したことがあります。 しかし当時から、私は ASP を好きではありませんでした「専用アプリが必要では意味ないじゃん」と。 案の定というか ASP は一部の人が期待したほど普及するでもなくフェードアウトして行きました。 これに対し Web アプリケーションによるクラウドのメリットで大きいのは 「手元に専用アプリを置く必要がない」「インターネットをブラウジングできる環境さえあれば それですべてオッケー」ということ。SaaS: Software as a Service という言葉が示すように。

とにかくクラウドのサービス、 これは大変便利です 「コンピュータの仕組みなど知りたくもない」「ボタンひとつで操作できる TV」 や「携帯電話」くらいしか使いたくない人にも使えます。

開発者にとって大きなメリットもいくつかあります。 10年前そのようなものに取り組みたいと思ったものの Web 上でデスクトップと同等のアプリの実現は困難でした。 しかし、ソフトウエア技術もマシーン・パワーも飛躍的に進化した現在 「Web アプリにできて、デスクトップ・アプリにできない」ことの方が多くなっているのかも知れません。

これで Apple が iOS を表に出してきた理由がわかります。 しかしこれからも当分の間 MacOSX や Mac がなくなることはないでしょう。 それらは縁の下の力持ちとして、裏方としての役割が主体へと変わってゆくのではないでしょうか。 今から25年ほど前の 1984 年の医療情報学会で、 名も知れぬ一介の開業医だった私が「これからは UNIX のような OS がネットワークで水平に繋がり仕事をする時代。メインフレームはその一端を担う役割となる」 という発言をしたところ、フロアーのメインフレーム屋さんから散々反発を受けたことを思い出します。

○ ASP について

現状でクラウドの利用は Web アプリだけとは限りません。私の愛用する Evernote などは 専用アプリを使いますから ASP とも言えるものでしょうか、、となると 前言は ASP そのものに対してではなく、ある特定の ASP サービスについての感想だったのかなと、、

そこで「言葉を曖昧に使うのはいかん」ということで調べてみました。ASP の定義は以下のもののようです。

ビジネス用のアプリケーションソフトをインターネットを通じて顧客にレンタルする事業者のこと。ユーザはWebブラウザなどを通じて、ASPの保有するサーバにインストールされたアプリケーションソフトを利用する。

レンタルアプリケーションを利用すると、ユーザのパソコンには個々のアプリケーションソフトをインストールする必要がないので、企業の情報システム部門の大きな負担となっていたインストールや管理、アップグレードにかかる費用・手間を節減することができる。従来はERPなどの大規模な業務システムがレンタルの対象であったが、近年ではワープロや表計算などの日常頻繁に使われるアプリケーションソフトもレンタルされるようになりつつある。

つまり ASP というのは「商用アプリ」をクラウドから提供することのようです。 Evernote のように「あからさまに商用」でないものは ASP ではないと(勝手に)考えることにしよう、、

○ 今月の歩術

「電車の中でつかまらないで立つ」について、「腰を柔らかくすることにより、両膝を曲げないでも揺れに対応しやすくなった」と以前書きました。これに加え最近あらたに会得したことがあります。 以前読んだ何かの本で「骨盤を立てる」と表現されていたのと同じものだろうと思います。 これは恥骨側を上に引き上げるような意念。これにより前後の揺れへ自然に対応しやすくなることを 偶然発見しました。

何故なのでしょう。骨盤を立てることにより上体が安定して骨盤に乗り、骨盤が柔軟になるのでしょうか。 そうか、骨盤を立てることにより腰椎の湾曲が少なくなるからかな。 腰椎が強く曲がっていると柔軟に思えますが、実際にはそれを支える筋肉はぎりぎりまで頑張っており 結果的にかなり硬直しているということ。腰椎の湾曲を少なくしてやることにより、 周囲の筋肉にゆとりが生まれ前後の揺れに対応しやすくなるのでしょう。 さらに追求してみたいと思います。

早速その翌日、電車の中で「腰椎をまっすぐにする」ことを意念してやってみました。ところが 腰椎周囲の筋肉をリラックスさせるはずが、逆に腰椎のあたりの筋肉が凝ってしまいました。 うーむ、慣れないのでかえって緊張してしまうのでしょうね。 そういう意味からも腰椎を直接意念するのでなく「骨盤を立てる」という間接的表現の方がよいのかも知れません。

それからしばらくして、太極拳の極意を書いた本を読んでいると「腰を立てる」と 同じことを指すと思われる文言にぶつかりました。 「臍を天に向ける気持ちで、下腹部全体を下から軽く前方に半回転させるように持ち上げると、 無駄な力を入れず正しい形を取ることができる」とありました。 まさに私が電車の揺れの中で偶然見つけたと同じことを言っていると思われ 「これにより自然に腰を守ることができる」そうです。

○ 中国四百年の知恵、太極拳

この太極拳の本には「含胸抜背」「立身中正」などの文言がありました。中国武術の本で何度も見てきた言葉です。含胸抜背とは「胸を張らず背中をゆるめる」というようなことですが、猫背になるということではありません。胸を張ることは、腰椎がぎりぎりに頑張ると述べたと同じことで、上体の柔軟性をなくしてしまいます。 胸と背は一対なので、胸を緩めることと背中の力を抜くことは同じことを指していると思われます。 「このようにして気を丹田に沈めることができる(気沈丹田)」 「よく背を抜くことができれば、力を脊背から発して、向かうところ敵なしとなる」とありました。 立身中正は読んで字の如し、全身の力を抜いて身体がすっとまっすぐ立つこと。 中国武術では「頭のてっぺんを糸で吊られたように立つ」などとも表現されます (私は腰を立てるという表現の方が身体的に納得しやすいですが)。 この2つの言葉は最近意識から遠のいていましたが、考えてみると、電車の中で掴まらないで立つには「腰を立てる」とともに「含胸抜背」「立身中正」が、その要点であることを再認識。

この本には「体動極意の源は腰間にあり」とありました。これも「今月の歩術」で繰り返し述べてきたこと。 「腰を緩めることができて初めて両足は力を生じ下半身が安定する」 「身体に力が入らないときは腰腿に真実の力を求めなければならない」とあります。 上物に力が入って固くなってしまうと土台が安定しない 「巨大なクレーンのようなものは、土台へ必要以上に大きな負荷がかかっている」ということなんでしょうね。 「腰を中心にバランスを保ち、腰をゆるやかにして柔らかく動け」。 これを可能にするには長い年月をかけ不断の修練が必要だそうです。

速歩術として「脚を踏み出す時、ほんのちょっと腰を入れる」という記述も、 これまた最近の試行錯誤から会得したコツ。「古来の太極拳は、やはり凄いなあ」と感心しています。 しかし、これも数年にわたり試行錯誤してきたからこそ理解できること。 その過程を経ず読んでも、心にピンと響くものはなかったに違いありません。 この本で感激することはまだまだありそうです、また改めて、、

○ 新しく知った身体操作、自分から爺いになることはない

中国武術では意念という言葉をよく使います。読んで字の如しですが、最近流行のイメージトレーニングのようなもの。そこで最近、ふと得られた意念は「中学生の頃に戻った気持ちになってみる」です。お、身体が軽やか速やかに動くじゃないですか、なーるほどね、普段の生活の中で、無意識に自分から中高年の身体の動きをしていたことがわかりました。

家の中を歩くにしてもそうです。中学性の頃に戻ったつもりで歩いてみると、身のこなしが極めて軽やか歩行速度もあがります。おそらく思考過程などにも同じようなことが云えるのでしょうが、私の場合、精神的にはちっとも育っていないので、現在でもせいぜい高校か大学の頃の気持ち?

な~るほど、最近とくに年令よりずっと若い方を見かけますが、あれはこう云う仕組みだったんだと、、

ちょっと話は変わりますが、今シーズンの NHK 朝ドラ「ゲゲゲの女房」は久し振りに視聴率が高いようです。昨日の話の中で、戦友が水木しげるを評して「彼はラバウルの戦地で苦しい軍隊生活の末、爆撃で片腕を無くしたあとも、飄々として明るかった」と述べたのに対し、水木氏は「そもそも人は皆持つものが違うのだから、片腕が無いと言って嘆いても仕方がない。残った片腕で他の人以上のことをすることが大事」と云うような事を言っていました。

全く同感。この人はかなり知能が高いのだと思います。知能は必ずしも生来のものだけでなく、努力により身につくもの。知能の高い人は、あることでうまくいかなくてもメゲることが無いのだそうです「これが駄目なら、ほかの手を考えよう」と。そして、その成功体験がまた自信を増すという良循環をもたらします。マイナス思考では、その逆の循環。こうして、 その人をとりまく状況は同じでも、気の持ちようだけで人ごとの人生はガラリと変わりますね、天国から地獄まで、、

○ 今月の iPhone

iPhone4 になってカメラの解像度が上がり、動画もハイビジョンで撮影できるようになりました。 前々から中国武術の自己流トレーニングをビデオ撮影し問題点を改善したいと考えてきましたが、 私はビデオカメラを持っていません。最近はデジカメで動画撮影もできますが、 何となく「デジカメじゃあねえ、」と馬鹿にする気持ちもありました。 しかし iPhone を手にしてから動画を非常に気楽に撮れるようになったこと。iPhone4 になって解像度が上がり、 とても綺麗にとれるようになったこと。そして iPhone4 は辺縁が平らで机の上に自立するようになったこと などから、朝のトレーニングを動画で撮ってみることにしました。 iPhone4 からは iMovie も使えるようになったので、撮影した動画を iPhone 上で編集できます。 早速、動画を編集しようとしたものの、さて iMovie の使い方がわかりません。 iPhone の iMovie のユーザインタフェースは極めてシンプルですが、シンプルすぎて使い方がわかりません。

まずわからないのが、撮影した動画の頭とお尻のトリミング。動画の帯をタップすると黄色い枠で選択され、 前後に摘み状のものが現れるので、それを摘まんでスライドさせてみるのですがトリミング動作になりません。 次にわからないのは、動画に default 以外の BGM を付けたいと 長いこと試行錯誤しましたが、どうしてもやり方が見つかりません。

そこで「わからないときの web 頼み」で探してみました。トリミングは、やはりあの摘みでやるようです。 それから再び試行錯誤、やっとわかったのは「摘みをごくゆっくりとスライドさせる」ということ。 普通の速度で摘みを動かすと、動画の中のカーソル位置が動くだけでトリミング動作になりません。 BGM の自分好みの設定も同様に再度の試行錯誤の中から、ようやく見つけ出しました。 プロジェクトの中で撮影済みの動画を選択する下向矢印アイコンがあります。これは単に動画選択のみ という思い込みがあったのですが、やっているうち動画以外にも iPod の音楽を選択できることがわかりました。 これで、撮影した動画を好きにトリミングし、格好良い BGM をつけることに成功。

さて撮影したトレーニング内容ですが、予想通りかなり つたないものでした。 しかし、どこをポイントに改善してゆけば良いか具体的に映像で把握できるようになったので、 自己流トレーニングも一段ステップ・アップできそうです。

○ Google と Apple

一時は非常に仲の良かった Google と Apple が、最近は相対するようになっているのはやや残念です。 Steve Jobs を最も尊敬する人に挙げている Google 創業者の2人のこと、 はたから見るほどの敵対はないのだろうと思っていますが、、 両社がお互いの不得意分野を補完する方向で、共存共栄してくれることを強く望みます。

Apple はここのところ iPhone4 のアンテナ問題で、米国のマスコミから猛烈なバッシングに遭っています。 私が日常使っていても、ここで言われるような iPhone4 の不具合はまったく感じていません。 ついに Microsoft を追い抜き、コカコーラとペプシを合わせたより大きな企業へと 登りつめた Apple の瞬間風速に対する羨望のまなざしが、バッシングの源としてあるのでしょう。 Google においては iPhone4 のアンテナ問題のようにスポットライトを浴びる問題こそ現在ないものの、 羨望のまなざしからのバッシングについては一触即発状態と言えるかも知れません。

その後の米国の調査会社による調査では、iPhone4 ユーザの 2/3 はアンテナ問題、いわゆる death grip を経験していないとのこと、やはり想像していた通り意図的なバッシングの可能性が高そうです。

SONY や HONDA の栄光なきあと Google と Apple には、その共存共栄の中から ぜひ世の中へ次々と新たなときめきを送り出していって欲しいと願うものです。

○ MacBook black 思いがけず蘇生

5月の入院から帰ってくると、外来診療デスクで使っていた MacBook が死んでしまっていた話を以前書きました。 何度立ち上げなおしても、すぐまたパニック画面。 OS をインストールしようとしても同様の症状でした。 MacBook を閉じたまま外部ディスプレイと外付けキーボードを接続して使い、 本体の上には書類が山積みという状態。このためのうつ熱で、 おそらく電源か基板が熱で劣化・変性してしまったのだろうと考え、 NeXT を思わせるマット・ブラックの筐体には愛着がありながら 「もうお釈迦」と諦めていました。

その後、家内が愛用していた iBook がこれまたイカレてしまいました。 こちらは結構長いこと使ってきたマシーン、やむを得ないかも。 そこで、昨年まで持ち歩いていた MacBook Air を家内へ譲りました。しかし、このマシーン、 かなりバッテリーがヘタっていて頻繁に充電が必要。 居間でしか使わないのでこれは良いとしても Air には DVD ドライブがないという不便があります。 また、夜には仕事から帰ってきた末娘も同じマシーンを使います。

そんなことで、一旦あきらめていた MacBook をダメもとで修理に出すことにしました。 そのマシーンの前に外来で使っていた白いパネル型 iMac が、 容姿端麗、美しい画面を保ったまま動作不安定になり 修理に出したところ基盤交換が必要でかなり高額な修理代。それならちょっと待って新しいのを買ったほうがまし、 ということで iMac の修理は諦め MacBook を使っていた経緯があります。 今回の MacBook はもっと重症と思われたことと、 前回の iMac の修理見積りがかなり高額だったことから MacBook の修理も同様に違いないと諦めていたのです。

さて MacBook を修理に出して3週間を経ても何の連絡もありません。 いつもなら1週間以内に「修理代にこのくらいかかりますが、修理しますか」という電話があるのですが、 どうしたのでしょう。こちらから電話してみました。お盆休みと重なったためか忘れていたのか 「それは済みませんでした。ちょっとお待ちください」とのこと。折り返しすぐ返事がありました。 今回の故障の原因は「2枚差しになっているメモリーのうち1枚がダメになっただけ」 「筐体のキーボード手前のあたりにクラックが入っていたので、無償で交換しておきました」とのこと。

おー、ラッキー、思いがけぬ結果に喜びました。「メモリーをこちらで交換すると高めになりますが、 お客様の方で交換されますか」とのこと、もちろん「こちらで交換します」と返事。 結局、かかった費用は往復の宅急便代のみ。 帰ってきたマシーンに家内用の環境設定をするため OS からインストールしようしたところ 「OS をインストールするにはメモリーが足りません」とのメッセージ。片肺で 500MG のメモリーでは 今時の OS はインストールできないんですね。即効でメモリーを Web で探し発注しました。 へえー 2GB のメモリーがたったの5千円台で買えてしまうんですね。

今回は思いがけず かなり安価に修復できたラッキーな症例でした。うーむ、本当に捨てなくてよかった、、

○ MedXML コアメンバー合宿

22日(土)午後から23日(日)昼まで MedXML のコアメンバー合宿に参加してきました。 MedXML ならびに日本医療ネットワーク協会の懸案事項について集中的にディスカッションし意思決定するため、 最近は年に1回開催しています。今年は伊豆天城高原にある IBM の研修施設をお借りすることができました。 リゾートホテルのような快適な施設で、夏休みをとらなかった私の心身をリフレッシュ、英気を養うこともできました。

コアメンバー合宿を行った「天城ホームステッド」

今回のテーマは2つ。1つは日本医療ネットワーク協会の事業として、 現在運用している各地の医療連携システムをデータセンターの共通サーバの中へ収容できるようにしては、 という案件。とりあえずは現状で動いているシステムをデータセンター上のバーチャル環境へ構築することとし、 将来的にはすでに古い構成となっている dolphin system を新たに書き直すことも視野に入れるということです。 東京都医師会の「ほっとライン」もそろそろ先のことを考えていかねばならないと思っていたところで、 それとも合致する方向性。それにはクリアすべき問題が幾つもありますが、 何とか皆の力を併せ理想の方向へ進んでいきたいと考えています。

2つ目は、私が以前から唱えてきた MML の簡素化バージョン(いわゆる MML Light)。 米国では HL7 CDA: Health 7 Clinical Document Architecture の流れの中から greenCDA というプロジェクトが動き始めたとか。 これは、複雑な HL7 CDA は現場での運用にそぐわない点も多いため 「極めてシンプルにしてしまった CDA を作り、通常はこれで運用する。 必要に応じフルセットの HL7 に変換して送ることもできる」という構想のようです。 まさに私が考えてきたこととピッタリ一致します。 いつも海の向こうには、私と同じことを考えている人がいるもの。 そして大抵の場合、あちらがその構想を実現してしまうところが悔しいというか、 自分の力の至らなさを感ずるところです。とりあえず MML Light 叩き台は「言い出しっぺの法則」、私が担当することになりました。

○ スクリプト言語 Python

この合宿に今回は Google エンジンを使って札幌生協などのシステムを作っている大松さんも参加。 大松さんによる GAE: Google App Engine の話は大いに興味をそそれられました。 GAE は Python でハンドリングしていたが、最近 Java でも使えるようになったとか。 ここで Python という言語に興味を持ちました。早速 Web で言語仕様を見てみると、 私好みの極めてシンプルな仕様、かつ多彩なことができそうです。

現在の NOA のサーバ部分は PHP で動いていますが、これを Python で書き換えるのもよいかな、 と思いました。帰ってから早速 Python を勉強しはじめました。まだまだ入り口のところなので 何とも言えませんが「あれ? なかなか簡単には現在のサーバ部分を置き換えられないなあ」 と悩んでいるところ。

コアメンバー合宿

で、しばらく Phthon と格闘した結果「現状では NOA のサーバ部分を Python で書き換えるのは適当ではない」という結論に至りました。Python そのものの言語仕様は非常に魅力的なのですが、まだ動作環境が整わないというのが一番大きな理由。Python は MacOSX に標準搭載されていますが、配布用 NOA はユーザの便宜をはかるため MAMP の中で完結するようになっています。MAMP の中で使うには、Python そのものや DB へアクセスするライブラリーなどのソースを探してきてインストールしなければならなりません。これがなかなか一筋縄ではいかない。

コンパイル・エラーと格闘し、何とかある程度は動くようにはなりましたが「こりゃあ、とても配布版への採用は現状では無理」との結論。ちょっと残念、非常にシャクですが、しばし環境が整うまで待つとしましょう。Web 版 NOA に至るまでの数年間がそうであったように。

○ 今月の脳トレ

NOA の開発も一段落し、日々の診療の中で安定して機能しています。 こんなことで開発も小康状態ですが、そうなると何となく物足りなくなる性分。 何か新しい機能を付け加えたくなりました。折角データが集積されているのだから、 その中から何か生み出せないものか、、

残念ながら突飛なものは生み出せませんでしたが 「蓄積された主訴や診療内容について頻度をプロットしてみると面白いかも」 「曜日ごとに受診者数の多寡があることはわかっているが、実際はどんな傾向なのか」 などをグラフで表すことができると面白いかも知れないと考え、早速そのようなツールを作ってみることにしました。DB からデータを引っ張り出すだけなので比較的簡単なツールですが、 作り始めると凝り性の性格。ユーザ・インタフェースなどに凝ってしまいましたが、1週間ほどで完成。

早速このツールで、今年初めからのデータを解析してみました。結果は ほぼ予想していた通りですが、それにしてもうちの診療内容は極めてシンプルだなあ、、と。 お産の入院をやっていた20年前と比較し、公費検診の割合がダントツに伸びています。 お産をやめると内科などを併科する先生も多いのですが、意地でも産婦人科単科を標榜してきました。 そのためガクンと収入減少した丁度その頃、行政が公費健診に力を入れるようになりました。 私にとってはこれが幸いし、何とか今日まで生き延びることができました。 それでも解析結果を見ると、妊娠関連も案外大きな割合を占めているのは意外でした。 妊婦健診の受診頻度が、他疾患に比べると多いこともあるかとは思います。

こんな簡単なツールを使ってくれるユーザさんあるかどうかわかりませんが、 とりあえずオープン・ソースとして NOA プロジェクトのポータルサイトで公開することにしました。 ざっくりした統計なら1年分の解析でも、数十秒で処理してしまいます。 BASIC でやっていた20年以上前には考えられないような細かい処理をしていてもです。 巨大なメモリー、CPU や通信の速度、データベース性能などの向上たるや実に驚嘆すべきもの。 さて「何かもっとお利口な面白いツールを作ってみたいなあ、、」とアイデア思案中、、

○ ようやく便利さを実感することになった MindNode

さて先日の合宿で MML Light の提案を振られ、早速原案作りに取り組むことにしました。 4年前に MML Light の概要を作ったことがありましたが、もう一度仕切りなおしです。 米国で EHR のための交換規約として提案されている CCR がかなり良く出来ているので CCR と MML との良いとこどりをしながら、さらに簡潔で実用的な仕様を提案したいと思っています。

で、両者のリファレンスを見ながら概要を書き始めたのですが、 通常のテキストではなかなか全容を表した記述がしにくい。 以前 MacOSX 用と iPhone/iPad 用のアプリとして MindNode というアプリをダウンロードしてありましたが、 まだ本格的な用途も思いつかず遊んでいることを思い出しました。 そこで Mac の MindNode で書き始めたのですが、 「おー、これはなかなか良いじゃん」という感触。色々なものの 相互関係を樹枝状に描いてゆくことができるツールです。 そうなると出先でも MML Light の仕様をいじってみたくなりました。

「ん? もしかして Mac 版と iPad 版はデータの同期ができるのでは?」 と思い、調べてみるとできそうです、、が、同期機能を使っても、 どうもうまく行きません。そこで「困った時の Web 頼み」調べてみると、 Mac 版の方を有償の MindNode Pro にするとできることがわかりました。 数千円のアプリなので、早速購入。 おー、めでたく iPad との間でデータの export / import ができるようになりました。 使い始めたら「これは便利、便利」、今後 愛用することになりそうです。

○ 地球上の生命

NHK オンデマンドで地球上の生命の発祥について非常に興味深かく視聴しました。 以前見たことのある番組ですが、記憶力のよく無いのが幸いし非常に新鮮に見ることができました(頭の中の引き出しがもともと少ないところへ持ってきて、新しいことにどんどん興味を持つもので、以前のものはすぐ押し出されます)。地球上に生命が発祥し、微生物だった生命体が目に見える大きさになったのは極めて最近のこと。その間には地球全域が氷に覆われる時代もあったそうです。 目に見える大きさになった生物はやがて海から陸にも広がり、恐竜の時代を経て再び絶滅の大異変を乗り越えてきました。そして人類が出現し、やがて知能や文化を持ち繁栄に至るまでの過程は、生命誕生からの時間帯の中では瞬きするほどの時間でしかありません。

これとは別に未来戦について米国の番組を見ました。イラク戦争のころ戦場に始めて投入された模型飛行機のような無人機は、今や急速に進歩を遂げつつあるようです。地上戦におけるロボットも同様。中近東の戦場で戦闘を行う無人機の操縦は、遠く離れた米国の操作室で行われるそうです。朝、戦闘に「出勤」し、ピンポイント爆撃で何人もをあの世へやった後、夕方には家へ帰って食事をしながら子供の話を聞く。この様なことから、彼等には実際に戦闘を行う兵士より PTSD の発症率がずっと高いとか。

電子書籍「i文庫」をあさっていて初めて知ったのですが、太平洋戦争開戦1年前、石原莞爾という軍人がある講演会で、これからの「最終戦争論・戦争史大観」という演題で実に的確な予言をしていました。「ナポレオンの頃は兵隊が横一列に列んで進む一次元の戦いだった。第一次大戦で機関銃などの新兵器が出現し、線から面すなわち二次元の戦いになった。そしてこれからは飛行機の出現により、立体的な三次元の空中戦が中心になるだろう。そして、傭兵で戦っていた時代に代わりこれからは女も男も老いも若きも戦争に参加することになる、国民の持つ戦争力を最大限に使うことになろう。 さらには戦争発達の限界、四次元の戦いとなるはずだが、それがどういうものかは自分には解らない」。 これからのバーチャルな戦争こそが、それなのかも知れません。

石原莞爾は、講演の中で他にも的確な未来予測をしています。「これからの戦争では、忠君愛国で死を決心している軍隊などは有利な目標でなく、工業都市や政治の中心を徹底的にやる。老若男女、山川草木、豚も鶏も同じにやられるのです。空軍による徹底した殲滅戦争になります。今日の建築は危険極まりなく、主要都市の根本的防空対策の断行を強く提言します。やがて、都市一つを丸ごと吹き飛ばすような爆弾が現れるでしょう」まさにその5年後、原子爆弾が広島、長崎を襲ったのでした。莞爾はまた「このような最終兵器の出現により戦争はできなくなる。戦争発達の極限に達することで戦争はなくなり、世界はひとつになる。突飛だと思うかも知れませんが、私は理論的に正しいものであることを確信いたします」とも述べています。確かにそれ以後、小競り合いはあっても第三次大戦のようなものはありません。彼は「戦争発達の極限が戦争を不可能にする」と述べています。しかし決して安心はできないところです。

で、思うことは、いずれ浅はかでどん欲な人間の欲望が、自分で自分の身を滅ぼすことになるのではないかと、、しかしそのような人類の興亡も地球の歴史の中での、ほんの一瞬のこと。織田信長の唄ったように「人間五十年、化天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」、、

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左下の光が自宅から見おろした武蔵小山商店街アーケード、夜景になると綺麗

これは日々の生活で感じたことを書きとどめる私の備忘録です