2004.01 東京都医師会 HOT project

わーくすてーしょんのあるくらし (76)

2004-1 大橋克洋

私のところのインターネット回線ですが、 いままで ADSL 回線を使っていたのを 昨年暮れに Bフレッツの光回線に換えました。 私の住んでいるマンションで光回線を入れる話があったのですが、 共同利用では固定IPはもらえません。 私のところは自前サーバを上げるため固定IPが必要で、 個人でBフレッツを引くことにしました。

○ ADSL から Bフレッツへ回線変更

さてBフレッツにして目に見えて速度が上がったかというと、 体感速度としては余り変わらないようです。回線の混雑度などにもよるのでしょう。 外部からこちらのサーバへのアクセスが早くなったのが大きなメリットでしょうか。

心配だったのはその回線の切り替え作業でした。 12月1日に切り替えになったのですが、 ADSL と Bフレッツではルータなどの機器も違い設定も異なるので、 果たして1日でうまく切り替えに成功するか心配でした。 いつも、このあたりでひっかかると結構時間を食います。 回線が開通する前にBフレッツのルータだけは届いていたので、 できる範囲での設定は事前に済ませておきました。 しかし実際に接続してうまくつながるのでしょうか。

さて、切替え当日です。 この日はこの後東京都医師会へ出かけなければならないので、 作業にかけられる時間が3時間ほどしかありません。 結論から言えば「案ずるより産むがやすし」、持ち時間内で設定に成功し無事開通しました。 PPPoE の設定が初めての経験でちょっと戸惑いましたが、試行錯誤でうまくいきました。 やー、これが繋がらないとまた陸の孤島状態になってしまうところです。 最近は都医がらみの重要なメールが飛び交うので、つながらないとピンチです。

○ 東京都医師会 HOT project

東京都医師会の地域医療連携推進事業 HOT project (Health of Tokyo) は、 都内の診療所や病院を電子カルテで結び、 医療連携や患者さんへの情報提供を行なおうというものです。

もともとは2002年に、東京都健康局から東京都医師会へ来た 「情報開示・地域医療連携推進モデル事業」という補助金事業がきっかけですが、 現在はもっと幅広い東京都医師会の独自事業である HOT project へと発展しました。 そもそも東京都がめざすところは、「都内の診療所に電子カルテを普及させ、 それによって都民への医療情報開示を促進する」ということで、 その目標自体は非常に結構なことと思います。 都のモデル事業はそのためにモデル地区を決め、 その中で初めて共同利用型(ASP型あるいは、ホームページ型)電子カルテを導入する診療所を対象に、 電子カルテ利用料の半額として補助金を出そうというものです。

しかし本当にその実現をめざすなら、東京都全域を対象とし、 各医療施設ごとの事情にあった電子カルテを利用し、 利用料という「消費的」対象に補助金を投下するのではなく、 インフラ整備という「生産的」対象へ投下すべきです。 このような消費的資本投下は、一部の企業を潤すことはあっても、 補助事業終了後は(水に投げた波紋のように)消えてしまうだけで後に何も残りません。 つまり税金の大きな無駄遣いということです。

○ 税金はこうして無駄に使われているのかも

東京都と話を進めるうにち、ASP 型電子カルテに限定すると、 現状で使えるものは結局セコムの「ユビキタス電子カルテ」しかないことがわかりました。 つまり補助金のすべてが、企業へ流れる構図になっているわけです。 土木建設と同様、行政と企業との密着を頭に浮かべてしまうのは仕方のないことでしょう。 東京都の担当者にこの点を言及しましたが、 あわててしきりに否定するところをみると、「火のないところに煙...」なのかも知れません。 「日本ではこのようにして、大きな税金の無駄遣いや不公平が行なわれているのだな」 ということを強く意識させられました。

都の掲げる高邁な目標と現実との大きなギャップを是正すべく、 昨年5月から粘り強く交渉してきましたが、 都としては一旦たてた予算の用途を変えるわけにはいかないとのことで、 頑として路線変更する気配はありません。 そこで東京都医師会では補助金に頼らず、独自予算で 「都内全域を対象とし、電子カルテの選択は自由」という条件のもとに、 「患者さんへの情報提供や医療連携を行なう」システムを構築すべく HOT project を立ち上げたという経緯です。 この中で都のモデル事業は、HOT project の中の one of them という位置づけです。

東京都医師会の予算は決して潤沢なものではありません。 幸いなことに、私には電子カルテに関しては誰よりも長い関わってきましたし、 その間に蓄積したノウハウや、医療情報学会や電子カルテ研究会などで見聞したこと、 広い人脈などがあります。 このような利点を生かし、他地区ではできない少ない予算でコツコツと、 本当の意味で社会に益となるシステムを構築したいと考えています。 この考えに都医の唐沢会長から賛同を頂いていることも、大きな勇気となっています。

○ 人生における運命的なものを感ずる

今回、東京都医師会の理事になってこのような仕事を行なうとは、 1年前には思ってもみませんでした。 この web site の私のプロフィールで 「いちばんやりたいのは医療とベンダーの間でのコンサルタント的仕事」と書いてありますが、 思いがけずそのような立場になりました。 「何としてもこれがやりたいぞーと叫んでいたら、神様から授けられた」 ということでしょうか。

ある人から、「今回の大橋先生の立場には運命的なものを感じますね」と言われました。 考えてみると確かにそういうところがあるかも知れません。 1978年にパーソナルコンピュータと出会ったのが始まりで、 道楽でいろいろなソフトウエアの開発をしてきたこと。 地元医師会、日本産婦人科医会、東京産婦人科医会などの役員をつとめ、 組織や医師会について勉強して来たこと。20年近くにわたる広報の仕事。 電子カルテを世にさきがけて開発し運用してきたこと。 電子カルテ研究会の中核メンバーのひとりとしてかかわってきたこと。 電子カルテのデータ交換の標準交換規約の開発・普及にかかわってきたこと。 それらに関して築かれた日本全国にわたるいろいろな分野の人脈。

これらのどれもが一本の糸として現在の HOT project へと集まり、 私をプッシュする大きな推進力となって行くはずです。へえー、面白いものですね。 この仕事を自分の人生最後の大仕事と考え、 何とか軌道に乗せるところまでやってみたい、というのが現在の私の気持ちです。 東京都という地域で、このような事業を達成することは凄く難しいことだろうと思っています。 また、結果が善かれ悪しかれ、多くの非難を浴びることもまず間違いないことでしょう。 まあ、それも良いでしょう。 「私がいなくなってから世の中に評価されるような仕事ができれば嬉しいな」と思っています。 一方で私を支えてくれる何人かの先進的でパワフルな方々がいるのは、とても有り難いことです。

○ カルテは誰のもの

このプロジェクトの責任者となって、はじめて見えてきたことがいくつかあります。 そのひとつが「カルテは誰のもの」という議論についてです。 私は少なくとも「物理的なカルテ」は医療機関の業務用書類であって、 「医療機関のもの」と思っています。 ただしその内容としては「患者さんのもの」が沢山含まれています。 企業や行政など他の組織を考えてみた場合、 業務用書類のコピーそのままを顧客へ渡すケースは極めて少ないはずです。 業務用書類と顧客へ渡すものとは性格が異なるので、自ずと違ってくるでしょう。 顧客へ渡されるデータは、 業務用書類の中から顧客が容易に理解でき役立つよう抽出されたデータのはずです。

そこで、医療機関の業務用書類である「電子カルテ」に対して、 患者さん個人の所有物である「電子健康ノート」のようなもの があるべきと考えるようになりました。 この考えを話すと、医師だけでなく多くの人が賛同してくれるようです。

東京都医師会の HOT project は、 近い将来「電子カルテ」と「健康ノート」、そしてそれらに付随する多くの「医療支援サービス」 などをシームレスに結びつける 「医療情報環境」のインフラとして発展すべきと考えています。 それらはローカルなネットワークが相互接続してインターネットへ発展したとまったく同じように、 「医療のインターネット」となるべきです。

○ 電子健康ノート

すべてのひとが「健康ノート」を個人所有し、個人の責任で管理します。 銀行の通帳と同じと考えれば良いでしょう。 個人は自分の好きな「医療情報銀行」へ「電子健康ノート」を預けます。 セキュリティーがしっかり守られ、便利に使える「医療情報銀行」が選ばれるはずです。 銀行ではインターネットを介して自分の口座の内容を閲覧したり振込をしたりできますが、 健康ノートもまったく同じようにホームページを使って読み書きできるようになるはずです。

主治医は、診療の都度患者さんの健康ノートへ医療データを書き込みます。 電子カルテであれば、これはかなり容易でしょう。 患者さんが自宅で書き込んだコメントや質問、計測値などを主治医が参照することもできます。 健康ノートは(暗証番号などを介して)ネットワーク上のどこからもアクセスできますから、 旅先で病気になっても過去のデータをすぐ参照できます。 産婦人科や小児科には馴染みの深い「母子健康手帳」を発展させた 「生涯健康ノート」として機能するものと考えてもよいと思います。

○ シンプル イズ ベスト

ここで大切なこと、すなわち世の中で本当に便利に使われ普及するためには「シンプルであること」 と思っています。Web, E-mail, 携帯電話、すべてがシンプルなゆえに爆発的普及を見たのです。 これらは極めてシンプルな構造ですが、 一旦普及してしまえばかなり複雑なことも処理できるようにどんどん発展していきます。

「電子健康ノート」もそうあるべきです。最初のイメージは「まっさらなノート」のようなものです。 そこへ主治医が生活指導のメモや検査データなどをぺたぺた貼ることができますし、 自分で書き込みすることができます。絵や画像も貼れます。 主治医が書き込む内容は主治医によります。 極めて簡潔な内容を貼る先生もいるでしょうし、かなり詳しい内容を貼る先生もいるでしょう。 後は患者さんが選ぶことかも知れません。

以上のようなイメージを考えています。 健康ノートに最低限備えるべき機能としては、そこへ貼付けるデータの「書式」と、 「目次」や「索引」など全体を見渡せる機能や「検索機能」だろうと思っています。 「極限までシンプルで、かつ無限の発展性を残したシステム」の構築、 面白くなってきました。

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