2000.09 ユーザインタフェースをめぐって

わーくすてーしょんのあるくらし (33)

2000-09 大橋克洋

<2000.08 人工生命からみえてくる真理 | 2000.11 札幌での MedXML ミーテイング >

ここのところ、ある Mac プログラマー達のメーリング・リストが ものすごい盛り上がりを見せていました。 私はその他いくつかのメーリングリストに入っているので、半日 のうちに100通ものメールが溜ってしまい、その山の中から必要 なメールを堀り起こすのが大変でした。ひとしきりメールを読んで 、返事を書き終ってみると、もう10通以上たまっている有り様で 流石にこれにはちょっと閉口しましたが、最近はようやく鎮静化し てきたようです。今月はこの話題についてです。

○ ユーザインタフェースの変化への抵抗

盛り上がった話題はというと、今年の夏頃にベータ版がリリース 予定の MacOS Xのユーザインタフェースについてです(この原稿を皆 さんがお読みになる頃にリリースされていれば良いのですが。きっ ともう少し後でしょうね)。 MacOS X で新しく採用される Aquaと呼ばれるユーザインタフェー スは、従来の Mac と NeXT 両者の血を受け継いでいますが、使 い心地はどちらともかなり違った新しいインタフェースと言ってよい でしょう。

古くからの Mac ユーザにとって、これがどうも気に入らない 点が多いようです。確かに普段使うものについて、いきなり使い勝手 が変わってしまうというのは、一般的には「使いにくい」と感じて しまう面が多いでしょう。 Apple の創設者であり現在のApple の最高責任者である Jobs は 、今までに何度もいきなりの大改革をしてきました。それが彼の思 惑通り大成功に繋がらなかったこともあるのですが、多くは最終的 に画期的な進化へと繋がってきたと思います。

ただ世の中より余りにも先を行きすぎて成功しなかったというこ とも多かったのは確かです。NeXT がそのよい例で、10 年前に NeX T がはじめて登場した頃標準搭載していた多くの機能を、ようやく 最近のパソコンが搭載しています。そこへ行くとマイクロソフト社 は、それらの革新的機能を後から載せて上手に商売へと繋げてきま した。 例えば VISUAL BASIC が世にでた時、NeXT ユーザは前から使い慣 れた NeXT の Interface Builder とまったく同じような見掛け、同 じコンセプトに目を丸くしたものでした。

○ 自分ひとりしか使わないのに、なぜパスワードが必要?

さて、Mac ユーザの議論に話を戻しましょう。 現在発売されている MacOS 9 からは、コンピュータ使用時にログ インパネルが開き、パスワードを尋ねてくるような設定ができるよう になりました。 古くからの Mac ユーザの声は「何でパーソナルに使うのに、いち いちログイン・パネルが開いてパスワードを入れなあかんのだ」と いう具合です。

これに対して「これからは、例えパーソナル・ユースであろうと、 ネットワーク接続が当り前になるのだから、パスワードなしは危険 ですよ」「自分ひとりしか使わない場合でも、コンピュータの設定 など重要な操作を一般ユーザとしてやると、うっかり大切なファイ ルを壊して二度と立ち上がれなくなることがありますよ」「家庭で 使う場合でも、自分あて e-mail をほかの家族に読まれたくない場 合もあるでしょ」などの回答がありましたが、古くからのMac ユー ザはそれでも「何で自分だけが使うのにパスワードが必要なんだ」 とつぶやきます。

「だからね、そのような人のために、ログインパネルが開かない ような設定もできるんだよ」と説明があっても、まだ不服のようです。

○ 新しい階層型のファインダー

もうひとつ、彼等の不満は階層型のファインダーです。「従来の Mac の場合は、机の上に書類を開くのと同じように開いていけばよ いので、自然でわかりやすい」という主張です。 「だから机の上が散らかって、必要な書類を取り出すのに苦労す るでしょ。階層型のファインダーであれば、どんなに深い所にしま った書類も簡単に探し出すことができて便利」という回答があると 、「Mac の良さはわれわれの身の周りの事象を模した概念にある。 その統一性をくずすのは気に入らない」という意見です。

私は NeXT で使われていた階層型ファインダー(NeXT ではファイ ルビューアやブラウザーなどと呼ばれていました)は、人間工学的に 優れていると思います。従来の MacOS や Windows でも階層型のビ ューアが使われていますが、段落がつくものの実際には同じ列の中 で階層化します。ところが NeXT で採用されてきたものは、階層ご とに別の列に表示してゆきます。ちょっと考えるとどちらでも同じ ように思うのですが、使って見ると全然違うことに気づきます。 最初の頃、電子カルテ WINE に、わざわざ MacOSや Windows と同 じような階層で表示するビューアを作り実装しました。ところがと ても不便なのです。

たとえば診療処置内容を入力する場面で考えてみましょう。投薬 という行をクリックすると、その下に内服・屯服・外用と三つの行 が段落をつけて追加されます。その中の内服をクリックすると、さ らにその下にずらずらっと内服薬の名称が表示されます。 そうしておいて検査項目を入力しようとすると、内服薬の数が多 いので検査項目の行はずっと下へ押しやられていて、画面をスクロ ールしなければなりません。

NeXT 型であれば、内服を選択しても内服薬はその右の行(欄)に表 示されます。検査の行はというと、内服と同じ左の行(欄)に残って おり見えています。つまり、かなり多くのデータ中を飛び回る場合 も、NeXT 型であれば余りスクロールさせずに飛び回れるのです。 実際に仕事に使って見ると、この違いはとても大きいのですが、 使ったことのない人にこの差はなかなか実感できないかも知れませ ん。

○ 慣れるほどに良くなるシステムを

人間は学習能力を持ちますので、最初はとまどったり不便に感じ ても次第に慣れ、そのように感じなくなる場合が多いものです。 ただ、ここで大切と思うのは「本当は不便な機能なのに、慣れて しまったので不便と感じなくなる」のは駄目で、「慣れないために 最初は不便に感じていたが、慣れるに従ってその良さが発揮される 」ような改革でなければならないと思います。

そのためには何が必要なのか。いくつかありますが、私は以下の ようなところがポイントと思っています。

    1. 習熟度に合わせて使い勝手を変えられること。

    2. 初心者にわかりやすい機能、例えば「ボタンの近くにカーソルが 行くと説明の吹き出しがでる」とか、「キーボードでなく、マウス でしか操作できない」などは、熟練するにつれてとても邪魔だった り素早い操作ができないので、仕事の能率が上がらないシステムに なってしまいます。

    3. 目の前にはとりあえず必要なものしか見せないこと。

    4. どんな熟練者でも、余り沢山の操作ボタンがあると、どれを選択 するか、いつも目はそれらを追いかけ頭はそれらを選択するため判 断機能がフルに動いてます。とても疲れます。

    5. 人間の思考順序に合わせて操作体系ができていること。

頭の中で余計な判断機能を消費しないですむので、とても快適で す。適度に判断機能を使うことは快感であっても、過度に使うこと は疲労やイライラの原因になります。

○ 間違いを恐れず進むものだけが、次の道を切り開ける

すべての Mac ユーザがこのように頭が固いわけではないのでしょ うが、この世界に頑固なユーザが多いのは、どうも世界的な傾向の ようです。米国の Apple 本社でも、折角新しいコンセプトでこれか らのコンピュータ環境を整えようとしているのに、このようなユー ザの対応に苦慮している面があるように見受けられます。

このメーリングリストで「このように従来の Mac のユーザインタ フェースにこだわるのは、もう古い Mac ユーザだけでしょう。なぜ なら、現在の iMac のユーザ数は元からのユーザの数を上回ってい るでしょうし、彼等はこのように昔からのものにこだわることはし ません」というコメントがありました。なるほど、これは言えるか も知れません。

私は最初この ML で、Read Only Member を決め込んでいたのです が、このように Mac の進化に反対し、かたくなにレガシー・インタ フェースにこだわる Mac ユーザに、とうとうキレてしまい以下のよ うな意見を書きました。

昔のシステムが良いなら、いつまでもそれを使えばいいじゃない ですか。どうせ version up すれば「前のと違うぞ!」ということ になるのだから version up など意味ないし、というのがひとつ。 ふたつ目は「世の中には進歩が必要」。進歩には間違いもある。 しかし「間違いを恐れず進むものだけが、次の道を切り開ける」。 「新しい道に不便は当り前。不便なら便利にすれば良い」です。

今から10年前、日本 NeXT ユーザ会を設立するに当り、会則に 「NeXT に代表される先進的なユーザ・インタフェースに感心を持っ たユーザの集まり、、、」という文言を設けました。 NeXT が百年もつとは思っていませんでしたが、その優れたコンセ プトは千年もつ(?)と設立メンバーの誰もが思ったからです。そし て今 NeXT は消えても、 そのコンセプトは MacOS X として確実に生き残っています。

なぜ Mac ユーザは、 これだけ優秀な Mac のインタフェースが消え去ると思うのでしょう。 「なぜ進化に反対するの? 信じられない」「進化に間違いは当り 前じゃないの」「なるほどねー、だから Apple は滅びようとしてい たんだ」と思うわけです。「死」が「生」を維持するために必須で あるように、革新は現状維持のために必要なのです。

今回 Jobs が帰ってきてから Apple の置かれた状況がどう変わっ たかは、皆さんおわかりですよね。Jobs の過去の歴史を見ても、彼 は以前のものを綺麗に捨て去って、新しいものを提供するというこ とを何度もしてきました。失敗もありましたが、多くの場合それは 今までなかった新しい世界、大きな進歩に繋がってきたのです。

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