1988.10 なぜワークステーションか

わーくすてーしょんのあるくらし (22)

1988-10 大橋克洋

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私のところで、スタンドアローンのパソコンのOA利用が次第にグレードアッ プし、ネットワークとワークステーション環境になって4年程になる。 最近パソコンかワークステーションかというテーマが話題となってきたので、 参考までに私のところが、どのような過程でネットワークとワークステーショ ンに移行して来たかについて振り返ってみよう。

○ マルチ・ユーザで使いたい

私のところはベッド数10床ほどの産科診療所だが、医療というのは複数の スタッフによる共同作業で成り立っている。すなわちマルチユーザ環境で仕事 が進められるわけである。

まず受付で来院した患者さんの診察カードにより、患者さんの診療録(カル テ)を棚から取り出したり、初めての患者さんなら新しく診察カードやカルテ を作ったりする。こうして出て来たカルテを見ながら医師が診療を行い、その 結果をカルテに記録する。検査データや、行った処置の記録などは看護婦が記 録する場合もある。

診療が終わると、再びこれを元に受付事務が診療費を計算し会計をしたり、 診療録や処方せんを元に薬が出されたりする。というぐあいに、診療は進めら れていくのだが、カルテを中心に行われるこれらの作業は、待ち行列のサンプ ルのようなもので、前の作業が終わらなければ次の作業が始められない。

○ メデイカル・セクレタリー

一人の診察が終わると、待ち合い室に大勢待っているのを知っていても、診 療結果を正確にカルテに記録してからでないと次へ進めない。忙しい時など、 待たされている患者さんは勿論、看護婦も事務員も、そして書いている医師自 身もいらいらしたり、気がせいたりすることになる。

このような時、オーバーラップして行える作業を先読みして行ったり、前の 作業プロセス終了と同時に次のプロセスがその結果をとりこんで作業を行えれ ば、患者さんの待ち時間はかなり短縮できるし、われわれはその分ゆっくりと 患者さんの話を聞いてあげたり説明してあげることができる。

一番簡単で能率の良い方法はマンパワーを使うこと、即ち有能なメデイカル・ セクレタリー(医療秘書)を使えればベストだが、今の時代人件費くらい高い ものはない、何とかそれをシステムに乗せられたとしても、経済の原則で結局 医療費となって患者さんのところにツケが回ることになる。

そこで、OA化ということが考えられる訳である(うーん、しかし医療とい うのは、人間を扱うため最も複雑な要素が多い分野で、OA化が最も大変な分 野である。しかし逆に、だからこそOA化のメリットがあるとも言え、自力で それに挑戦しているのだが)。

○ マルチ・ターミナルが必要

マルチ・ユーザということは当然マルチ・ターミナルということで、当時は イーサネットを個人で引くなど、とんでもないことで、RSー232Cケーブ ルを何本もスター型に張りめぐらし、パソコンを利用した端末をぶらさげるこ とになった。

こうなると、自宅に帰っても仕事をしたいということで、約50m程離れた 自宅まで関東電子から発売されている光モデムを接続した。これは普通のRSー 232Cと何ら変わらない使い勝手で、価格も比較的安い。自宅の書斎でPCー 9801をCtermで立ち上げ、50m離れた診療所のマシーンを使うとい う、それまで夢に見ていた環境を実現できることになった。

○ マルチ・ウインドーが欲しい

どの事務作業でもそうだが、われわれの普段のデスクワークというのは、割 り込みのかたまりで、カルテを書きながら他の患者さんのカルテも見なければ ならないし、住所録を参照してどこかへ電話をかけたりと、パソコンのように 一つのプロセスの中ではとても仕事などできたものではない。

せめてマルチ・ウインドーで他の作業結果を参照しながら、作業を進めたい と考えたが、当時はマルチウインドーをサポートしたシステムなど、とても手 の届く値段ではなく、アプリケーションでキャラクター・ベースのマルチ・ウ インドーを作ったが、結構これでも便利であった。

現在でもまだメニュー画面になる度、今までの画面が全部消えてしまい、新 しいメニューが表示されるパターンというのは結構多いが、これは人間工学的 に見て最悪である。なぜなら、われわれはそのような場合、無意識に前の画面 を頭の中で再生しようと努力するので大変疲れ、いらいらする。 このような時たとえ無関係でも、前の画面の一部が残っていると、随分疲れ が少ない(個人的にはコンピュータ利用上の、このような人間工学的研究には 大変興味がある)。 現在は勿論SUN上で、本物のマルチ・ウインドーを使っている。

○ マルチ・プロセスを走らせる

マルチ・ユーザで使用するためには当然裏ではマルチ・プロセスを走らせる ことになるが、最初の頃、なるほどこれがマルチ・プロセスのご利益かと喜ん だのは、Cで書いたアプリケーションをコンパイルする時だった。

何せ診療の合間に自分の使うソフトを開発するものだから、デバッグしたソー スをちょっと裏のプロセスでコンパイルさせておいて、その間に本来の仕事を する。コンパイルが終了するとピッとbeep音がするように仕掛けておき、 再び診療の合間にテストランするなどの芸当ができるのには、いたく感激した ものである。当然、何かのリストをプリントアウトする間に他の作業をするな どの芸当も簡単にできる。

○ ファイルを共有したい

マルチ・ユーザで使用できるようになると、一つのファイルを複数のスタッ フが利用したいということが起こってくる。例えば私のところでは、受付で来 院した患者さんを来院患者リストに登録すると、医師の端末でこれを参照しな がら診療を行っていく。

診療内容を医師が入力すると、それを元に計算された診療費が受付の画面に 出るので、これを元に会計を行え患者さんの待ち時間を少なくできる。この場 合、来院者リストは受付と医師とで共有して利用する訳で、患者さんの基本情 報を記憶したデータベースなどもそうである。

これだけなら、ファイルロック機能を付ければ、センターマシン上に持つこ とで実現できる(実際最初はそうして実現していた)が、やがてもっといろい ろな場面で、そうした要求が出てくると、NFS(ネットワークファイリング システム)が必要になってくる。

○ ファイルサーバをつなげたい

かくして、本格的にネットワーク環境をフルに利用できるようになってくる と、ネットワークのどこかに巨大なストレージを持つファイルサーバをぶらさ げて、そこに共有されるファイルをぶちこんで管理したいということになって くるのだが、100メガ単位のハードデイスクとなるとなかなかの値段でおい それと手に入れることができない。しかし、長年の悲願であったこの問題も、 ようやく近いうちに解決されそうである。

というような要求を残らず実現していくと、UNIXをOSとし、SUNや PCー98をイーサネットで数台ぶらさげたネットワーク環境で仕事をすると いう現状に至ることになる。

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