2001.04 WINE もいよいよ Aqua の上

わーくすてーしょんのあるくらし (40)

2001-04 大橋克洋

< 2001.03 電子カルテはかくあるべし | 2001.05 これからメインマシーンはノートブック >

この原稿を書いているのは1月です。昨年まで診察室では今とな っては古いベージュのタワー型マシーン PowerMacG3 に MacOS X Serverを走らせ、電子カルテWINEを使ってきました。 現在もマシーンは変わらないのですが、新年からは MacOS X(pub lic beta)を載せて仕事をしています。 MacOS X の Aqua と呼ばれ る水をテーマにした環境では画面がとても明るいので、デスクの上 も華やいだ楽しい雰囲気になりました。

何せまだ public beta というお試し版ですので、後で述べるよう に何かと問題はあるのですが、従来の MacOS よりは明らかにグレ ードが上がっています。 UNIX などを昔から使ってきた立場から見ると、従来のMacOS は見 かけも使い勝手もまさにパソコンという感じでしたが、今度は一昔 前の言葉を使えばまさにワークステーションです。MacOS よりずっ とパワフルで安定し、私のやりたいことができるようになりました (Macintosh は初代からのユーザですが、結局パソコンの限界で本当 に仕事には使えませんでした)。

まだ従来からの Mac の誰にもわかりやすい使い勝手に届かない部 分があるのがちょっと、というところですが、正式リリースになっ てしばらくすれば次第に両者の間の溝は埋まり、さらに従来なかっ た良さがでてくるに違いないと考えています。

○ MacOS X をいよいよ仕事に使う

MacOS X を走らせて使っている Panasonic の液晶デイスプレイの 質はそう悪くはないのですが、MacOS X のいわゆる Aqua と呼ばれ る環境で使うと、やや文字がにじんだようで見づらいです。Aqua 環 境は美しいのですがそれだけに、よりデリケートな色合いを表示す るため、従来より質の高いデイスプレイを要求するようです。

最新の G4 Cube と StudioDisplay なら、とても見やすいはずで す。そろそろ仕事場のマシーンもリプレース時期なのかも知れませ ん。ベージュG3のマシーンも今年で3年目になります。3年くらい が通常のパソコンの現役年限かも知れませんね(もちろん、最大性 能で使おうというのでなければもっと保ちますが)。 そこへ行くと NeXT マシーンのように、後半は二軍的用途ではあ っても現役で10年も働いたのはすごいことでした。Jobs のこだわ りの固まりで、かなり高価なマシーンでしたが NeXTCube の品質は 大変高かったと思います。

この雰囲気を少しただよわせたマシーンが先日発表になりました 。チタン合金を使った New PowerBookG4 です。やー、これは物欲を そそりますねえ。新しいノートブックはグラファイト系で出してく ると思っていたのですが、予想は良い方向へはずれました。

このコラムでも何度か「SONYのVAIO級のPowerBookが欲しい」と書 いてきましたが、今回のJobs のプレゼンテーションでもVAIOの名前 があがり、Apple社としてはかなりVAIOを意識したようです。とても 楽しみです。やはり「これが欲しいぞー」と叫んできた甲斐があった ようです。叩けよさらば開かれん。 重量はまだまだ軽いとは言えませんが、画面が大きいのとより早 いCPUを積んでいることなどで許してあげましょう。外部デイスプレ イ接続時のミラーリング機能などが使えるようになっていれば嬉し いのですが。

○ 新年からWINE のMacOS Xバージョンをエイヤっと現場投入

2001年初日から外来で使う電子カルテWINE を、MacOS X(pub lic beta)版にエイヤっと切り替えました。これは、昨年から予定し ていたことでした。 2年間使ってきた MacOS X Server 版は応答もスピーデイーで大 変安定しており申し分なかったのですが、もうこちらをメンテするよ り新OSであるMaxOS Xに注力すべきと考えたからです。

MacOS X版はサラから書き直したので、まだまだ完全なバージョン とはとても呼べないのですが、2年前OPENSTEPからMacOS X Server へ切り替えた時も、その後開発が一気に進展した経緯があり、使い 物になる版にするにはむりやり現場投入することにしました。 これにそなえ、昨年暮れから基本機能のテストをくりかえし、ま ずまずと思っていたのですが、現場投入してみるとボロボロ落ちる は、新患登録ができないはと、結構重要なところで問題が発生し、 正月最初の2日間の診療は本当に大変な思いをしました。

それから問題点を掘り起こし、1週間ほどでほぼ使い物になる状 態になりました。やはり無理矢理にでも現場投入しなければ、ここ までスピーデイーに熟成させることはできなかったとつくづく思い ます。これも、開発者がエンドユーザを兼ねているという強みで、 通常ではとてもこのような強引なことはできません。コンピュータ 仲間からは、ベータ版を仕事に使うなど、これで飯を食っている人 間からみると考えられないことだと言われました。

現場導入から3週間を経た現在でも、まだいきなりストンと落ち ることがあります。MacOS X Server ではなかったことなので、pub lic beta というお試し版OSのためもあるかも知れませんが、他のア プリケーションではそのような現象は少ないので、おそらく私の書 いたコードの中のメモリー管理あたりにまだ不十分なところがある のかなと思っています。

しかし MacOS 自体が落ちたり凍り付くことはありません。落ちて もアプリケーションを再立ち上げすれば済むことなので、実用に使 いながら原因をさぐっているところです。

○ public beta ならではの問題点

上に述べた問題はともかく、現在もうひとつ問題があります。レ スポンスがやたら遅いことがあるのです。特に WINE 独特のメニュ ーを開いたり閉じたする時など、画面の描画がかなり遅いようです 。OSにバンドルされたアプリケーション類では遅いと感ずることは 余りないようなので、どこか私の使っているライブラリーあたりに その原因があるのだろうと思っています。同じ機能も MacOS X Ser ver では何のストレスもなく動いていましたので、これはおそらく ベータ版ゆえの問題で正式版では解消されることを期待しています 。

あと現在ちょっと不便をしているのは、メールです。MacOS X には Mail というアプリケーションがついてきます。これは NeXT 時代のとても使いやすいメールビューアの発展型ですが、ベータ版 のためか、時々おかしな挙動があり無理矢理落とさなければならな かったりします。使いやすい部分はとても使いやすいので、これも 正式リリースで安定することを大きく期待するものです。 この原稿を皆さんがお読みになる頃には、MacOS X 正式版がリリ ースされているかも知れません。

○ 計算サーバとのやりとりに CLAIM プロトコルを搭載

WINE では初期の頃から診療費の計算機能をもっていました。最初 の頃はこの機能を WINE 自体に組み込んでいましたが、サーバ・ク ライアントのシステムになってからは、計算サーバを分離していま す。 サーバとのやりとりは効率を上げるため冗長度をなくし、コンパ クトな独自フォーマットを使用してきましたが、今回からここに標 準プロトコルを使用することにしました。

われわれが使う健康保険制度は日本独自のものですので、利用で きるプロトコルとしては MedXML コンソーシアムで提案しているCL AIMくらいしか現在ありません。CLAIMは,電子カルテ交換規約であ るMMLに組み込めるモジュールのひとつとして設計されています。 これは Web のコンテンツを記述するHTMLの親戚で、書き出された 実体を見ると、データにつけるタグの方がずっとかさばり冗長度は かなり高いのですが、どこの環境に持っていっても読み書きしやす いというのが特徴です。

プログラム的には、WINE側では内部コードを一旦 CLAIMフォーマ ットに変換して計算サーバへ送り、計算サーバ内部でも CLAIM を内 部コードに変換して計算、その結果を再び CLAIM に変換して送り返 す。CLAIM を受け取った WINE は、再びそれを内部コードに戻して 表示という操作が必要で、冗長度にはかなり高いものがあります。 前述のように、現在使用しているOSベータ版はまだ処理速度の遅 い点があるのですが、このようなテキスト処理の速度はそう遅くは ないだろうと思っています。まだ実装して本格的に使うところまで は行っていませんので、改めてレポートすることにしましょう。

○ 計算サーバのオープンソース化について

そういえば日本医師会が会員皆でシェアできるオープンソースの 計算サーバを提供する計画(ORCA)が発表されたようです。驚いたこ とに、オープンソースとして皆でシェアするという計算サーバの構 想は昨年あたりからここにも書きましたし、私がことあるごとに主 張してきたことなので、何人かの先生から「大橋先生が関与してい るのですか」と尋ねられました。私はまったく関与していないので すが、これはとても歓迎すべきことと思っています。

電子カルテ自体の規格化には絶対反対なのですが、計算サーバの ようにブラックボックス化されて、ユーザインタフェースなど色々 な使い勝手に対応する必要のない部分についての規格化は大賛成で す。特に日本医師会による規格化はベストとも言えるでしょう。

ただちょっと心配なことがあります。昔から UNIXユーザたちが作 ってきたこのような「自由な文化(自由とは好き勝手をやって良い という意味ではなく、各人が責任を持つということ)」が、日本医 師会のような大きな組織になじむものかどうかということです。こ れについては楽観できないと思っていますので、それはそれとして 草の根運動的に当初の考え通り、このようなプロジェクトをやって みたいと考えています。

もっと期待できるかも知れないのは、日医のアナウンスが与える 企業への影響です。レセコン屋さんに口をすっぱくして、標準プロ トコルでの接続機能を説いても、まったくその動きはなかったので すが、日医がそのような方針となればうかうかしていられなくなり ます。これが一番大きいのではないかと期待しています。 医療が情報開示を迫られたように、どの分野もオープンな姿勢を 持たなければ、これからは生き残っていけないかも知れません。情 報化の時代とはそういうことだと思います。

< 2001.03 電子カルテはかくあるべし | 2001.05 これからメインマシーンはノートブック >