電子カルテの「ユーザごと多様な要望」への対応

2-H-2-3第17回医療情報学連合大会 17th JCMI(NOV,.1997)

大橋 克洋 , 高橋 究

大橋産科婦人科 , 佐藤病院

More flexibility with network and plug-in on computerized medical record

Katsuhiro Ohashi , Kiwamu Takahashi

Ohashi Obst and Gyne Clinic(ohashi@ocean.linc.or.jp) , Sato Hospital

Abstract:The computerized medical record system will be a very complicated and diverse application. So, the methods for communicate with another system and peripherals must be standardized. On the other hand, user's working space must has no limitation. Our new system on OPENSTEP has only general purpose functions basically. But it can communicate with data base server, medical fee account server, and other servers with TCP/IP network. And user can plug-in many tools for his exclusive use very easily. With this system, many objects are separated independently, and at the same time it cooperates with network and distributed object system.

Keywords: electronic medical record, computerized medical record, network, OPENSTEP, object oriented

1. はじめに

医療という極めて「多様性に富んだ現場」で、電子カルテのように「多様性に富んだ目的」を持つツールの実用化には、従来のような「お仕着せ」の考え方は現実的でない。可能としても膨大なコストとマンパワーの裏付けが必要となる。

電子カルテという新しいツールは、他との「コミュニケーション」や「周辺ツールとの接続規約」などインフラのみを標準化し、それ以外には何の制約もなしに自由な開発・流通がはかられるべきであり、またユーザごとの要望を満たす「自由なカスタマイズ」ができなければならない。

1989 年に Emacs というテキスト・エデイターの中に LISP 言語で構築した「第1世代 WINE」、NEXTSTEP 上のネットワーク、マルチメデイア、オブジェクト指向をフルに活用した「第2世代 WINE」に続いて、Macintosh の新しい OS Rhapsody を動作環境に予定しつつ「第3世代 WINE」を開発中なので発表する。

2. 動作環境

WINE の動作環境 OPENSTEP は市販されたオブジェクト指向環境の中でもっとも長い運用実績を持つ安定したシステムである。Apple 社に吸収された後は Macintosh の新 OS Rhapsody として進化しつつある。

NEXTSTEP という名称の頃から DOS/V 互換機や、Sun、HP、DEC などの上で、完全なマルチ・プラットフォーム OS として動いていたが、今後はこれに PowerPC を加え JAVA による開発環境、Windows NT 上でも動作など、「ハード・ソフトに縛られない柔軟なツール」を作成するに最適の OS となった。

WINE は数種類のサーバとクライアントが機能を分担し、ネットワークを介して有機的に協調しつつ動作する。各部署のマシーンを Ethenet で接続して使うのが通常の利用形態であるが、スタンドアローンの閉じた世界でサーバとクライアントを動かしてもよい。

3. 開発コンセプト

WINE は当初よりオブジェクト指向言語で開発され、モジュール化がはかられていたが、第3世代ではさらにこれを徹底し WINE 本体には基本機能しか実装しない(シャーシに駆動系など必要最小限を載せた車のようなもの)。

色々なツール類は、OPENSTEP の「分散オブジェクト」と「Bundle 機能」などを徹底的に活用し、好みのものをプラグ・インするよう設計した。Bundle とは OPENSTEP の開発言語 Objective-C の特徴である「オブジェクトの実行時ダイナミック・バインデイング」機能を使って、別個に開発されたツール類をユーザが自由にプラグ・インできる機能である。

自前で開発してきたデータベース機能も、第3世代では業界標準の Sybase や Oracle を使えるので、より堅固なものとなり、汎用なので他のシステムや Web サーバなどとも協調しやすい。

第3世代 WINE の開発コンセプトを簡潔に述べれば以下のようなものである。

・自己完結ではなく、他システムとオープンな関係で協調して動作すること。

・特定メーカーに依存せず、好みのシステムを自由に組み合わせて使えること。

・開発側は不得意分野を他システムで補完し、得意分野に精力を集中できる。

・これにより医療におけるコンピュータ利用の発展に寄与したい。

4. 実現された機能

4.1 ユーザの要望に柔軟に対応

作画・定型文書作成・処方箋発行・備忘録・オーダリング・カレンダーその他のツール類を好みに応じてマウスでドラッグし、WINE のアイコンの中へ放り込んでやるだけで、ツールとして WINE に組み込まれる。

プログラミング的には5つほどの簡単なメソッドを実装するだけで WINE の標準ツールとして組み込めるようになる。個別に開発できるので、WINE のあるパーツだけを随時ユーザの手で新しいバージョンに交換できる。

フリーウエアのツールや、しっかりした機能を持つ商品版のツールなど色々なものが増える可能性がある。

4.2 ユーザの要望に柔軟に対応

それぞれがオブジェクトとして完全に独立しているので、開発者にとってはプログラムが簡潔になり開発が容易でバグの発生が減る。逆に同じツールを、色々なメーカーの電子カルテでも利用できればさらに理想的であろう。

これにより開発コストやサポートの手間が減る。ソフトにかかる経費の大部分はここにあるので、全体的なコスト削減につながる。OPENSTEP がマルチプラットフォームに対応することにより、このメリットが生きてくる。

4.3 オープンなシステムによる他システムとの協調

Fig.1 のように、電子カルテ・各種ツール・各種サーバは、それぞれ完全に独立しており、かつ相互に協調して動作する。診療録データはサーバが一括して管理するが、同様に「診療費計算機能」もサーバとして独立させた。計算サーバと WINE とのやりとりは極めてシンプルな手順で済むことを確認した。

現在はこの計算サーバも自前のものであるが、いずれレセコンのノウハウを持ったメーカーが、ネットワークにつながるレセコン・エンジンを提供してくれれば、そちらのサーバにすげかえてしまえばよい。

5 おわりに

本当の意味でのオープン化により、夫々に開発コンセプトや利用方法が異なったツール類も、現場のニードに応じて自由に取捨選択し共有の財産として使うことができる。ユーザにとって「開発費を大勢でシェアすることによるコストダウン」、開発元にとって「良いツールが広く使われることによるシェアの拡大」という相互のメリット、さらには「多くのユーザの意見が反映された優れたツールに淘汰される」という副作用も生ずることになる。

このようなシステムが一般的になれば、インターネット上にいろいろなサービスを提供するサーバも現れてくるはずで、電子カルテはそれらを利用してさらに機能を拡張し、知識を共有できるようになる

(図1)サーバやツール類と電子カルテとの協調

説明:電子カルテはいろいろなサーバやプラグイン・ツールを接続することにより、ユーザの多様な要望に対応する。

参考文献

1 大橋克洋,高橋究:「電子カルテ」における不定型情報の自由なとりあつかい:第14回医療情報学連合大会論文集、699-700, 1994.

2 大橋克洋:「電子カルテ」が診療を変える:電子カルテってどんなもの?(中山書店)、p18-34, 1996

Mon Mar 2 10:36:30 JST 1998